<破軍の剣アンサラー・北の砦エルドール スレッドリプレイ>


【監視業務】3月19日に起こった事件 白髏の霊査士・ロウ(a90004)

場所:妄想と愛憎渦巻く広場   2006年03月19日 15時   発言数:1
●報せ
 静かだった。
 風もなく光もなく、生きとし生けるものの息吹も無く。
 良くも悪くも慣れた停滞。
 そんな死の大地で周辺警戒に当たるもの達が、風を感じた。
 肌で感じる風は無い。血の臭いを感じる淀んだ空気の中、あまり良い予感ではなかった。
 だが、その予兆を見過ごして戻るわけにはいかない。
 ゆっくりと進めば、風と感じたものの正体は「声」であった。
 其の姿を認知したのは、古き森の・ユレイラ(a22991)――遠眼鏡を降ろし、振り返る。
 彼女の合図に頷いたジョーカーとは違う存在・カリス(a07331)が警戒しつつ、更に距離をつめる。其の間に又鬼・コロクル(a08067)が拠点へと声の矢文で「異変」を伝えた。
 これで情報は順々に後方へと伝わっていくだろう。
「おーい!」
 大きく手を振りながら「彼」は確かに護衛士達へと呼びかけていた。
 遠くてよくわからないが、黒髪の、ヒトのようだ。黒い鎧にこびり付く黒ずんだ血の跡が印象強い。恐らくは、皆が戦うために此処にいるものであるゆえに。
「アンサラー護衛士の方々ですね? 僕はミュントス特務部隊に所属している者です!」
 彼は必死に叫ぶ。
 一歩分でも早く、護衛士達に伝えんとする姿勢が見えた。
「僕らは失敗しました! 現在敗退して撤退してきています。アンデッドに追われて危険な状態です……至急、増援を頼みます!」
 其処まで彼が告げると、驚いたカリスが「なんだと?」と更に距離をつめた。
 しかし、黒い鎧の青年は慌てて背を向ける。
「僕はすぐに戻らないと……方角はこっちなので後に続いてください!」
 その姿に、護衛士達は様々な表情を浮かべた。
 焦り。起きてはならぬことが起こってしまったのではないかという、戦慄。
 彼の背に恐ろしい傷があったことも、事の大きさに信憑性を持たせた。
 だが、同時に、拭い切れぬ不信感があった。
 殊に、コロクルやカリスには実際の経験があった。
 明確に答えをつかめるわけではないが――

 彼らは知る由も無い。
 この報せが本来有り得ぬものであるということを。
 しかし虚実には、真実も混ざっているものなのだ。

●熾烈
 決断の時間はあまり猶予を持たなかった。
 そして短い決断で為されたこと。
 ――現段階の救援は不可能。
 現在、全てとは言わぬが同盟の戦力は、はるか遠い地、レルヴァに集まっている。
 この状況において対ミュントス特務隊が無念の壊滅を果たそうとも――否、なればこそ、アンサラーは死者の祭壇を守らねばならない。救援を選ぶにせよ、アンサラーの規模は彼らの規模と大差ない。数名送っただけでは大した力にもならず、かといって此処で戦力を極端に二分すれば、或いは総力をもって救援に向かえば、祭壇がおろそかになる。
 それでは、ノスフェラトゥの思う壺だろう。
 このドラゴンズゲートをノスフェラトゥの手に渡すことだけは避けねばならぬ――それが長期にわたってアンサラーが物言わぬ死者の祭壇を監視し続けた理由に他ならない。

 満を持して。
 荒涼の大地の上、死者が葬列を為していた。
 人の姿をしたものもあれば、獣のようなものもある。肉を持つものもあれば、骨のみになったもの、武器を持つもの持たぬもの、それぞれだった。
 死の匂いをこれ以上も無く振りまいて、彼らは暗い空の下に構える祭壇を目指す。
 その先頭に立つものは、微笑う重騎士・イツェル・スィート。
 誰も知らぬが対ミュントス特務部隊にて、凄絶な戦死を遂げたものである。
 今、彼は新たな生を持ち、新たな任を背負っている。
 アンサラーに特務部隊の壊滅を報せ、そしてアンサラーを潰すこと。
「やはり……信じたくは無かったのですが」
 苦い表情で花影・マサキ(a17214)が言う。朝霧・ニコラシカ(a17900)も静かに遠眼鏡を下げた。
 彼女達だけではない。
 誰も、二度と味わいたくは無かった、仲間との対峙。
 それが「彼が彼ではない」とわかっているから尚、やりきれない。
 生前の面影を残す微笑んだような表情で、重騎士の青年は斧を構えた。
 従うようにアンデッド達が襲い掛かってきた。

 戦いに赴いた護衛士達と、数の差は倍。雑魚も多いが数体、手ごわい相手も混ざっていた。
 決して多くは無いが、それがいっせいに襲い掛かってくる状況に、余裕があるかと問われれば首を横に振らざるを得ない。
 せめて拠点にいる者たちの撤退が完了するまでは、などというのはあくまで護衛士達の都合である。易々叶えてくれるはずもない。
 銀と赤黒色の炎を纏いながら、白焔の夢・ハルキ(a31520)が白い刃を振るった。よろめき傷つくも機動に何の支障も無いアンデッドが今度こそ動けぬよう、破壊の一撃を地獄夜の番人・オズリック(a10046)が与え、更にその後ろからカリスが矢を射、援護する。
 灰銀の旋律・エンヤ(a18647)が描いた紋章は光の雨となってアンデッドたちに降り注ぐ。戦場に歌が聞こえる。空言の紅・ヨル(a31238)の声はアンデッドから受けた傷を癒す。
 アンデッドたちの軍勢に紛れ、いつしか後方まで切り込んでいたのは――イツェル。
「ラシィさん!」
 すぐ傍にいたマサキが警告の声を放った。
 後方からの支援で前線で戦うものたちを支えていたニコラシカの一瞬の虚をつき、回り込んでいた彼が、斧を振り下ろそうとした時――背後から音も無く忍び寄った死徒・ヨハン(a04720)が鋭い一閃。
 痛みが無いゆえに、彼の反応は鈍かった。
 二度目の死にイツェルが何を思ったのかは、その笑んだような表情からは察せられなかった。
 聖槍が彼の背を照らす。何かが、光を浴びて輝いた。黄金の弓に銀の剣が交差した紋章――傀儡からの解放を祝福するように、ヨハンは静かに十字を切った。

 激戦の中、ふと護衛士達は此処までノスフェラトゥの姿を見ていないことに気がついた。
 同盟の者を使ったアンデッドを使い、感情と戦力を其方に向けて。
 彼らを操り命令を下したノスフェラトゥは何処へ。
 今更のうのうと、此の程度の戦力をぶつけ、嗤っているのか?
 否、決まっている。
 陽動――彼らの目的が「地獄門」であるのならば、それしかあるまい。
「皆……! 団長……!」
 今更気付いたところで手遅れ――だが、コロクルはその危惧を矢文で伝えることができた。
 撤退のための交戦をしているものたちに、彼は言葉を送る。錆びた剣が振り下ろされるのに気付き、身を翻して改めて矢を射る。
 戦いに、引き戻される。
 例え統率を失って、雪崩れるように、アンデッド達は襲い掛かってくる。
 だからといって、すぐに退くことは許されない。
 ノスフェラトゥにせよ、アンサラーにせよ――此処を崩せば、すべて失うのだ。

●命を賭す
 死者の祭壇内――
 監視を行っていたものたちは、外の異変を既に耳にしている。他の地に就いているものたちからの連絡を天速星・メイプル(a02143)が受け取ると、すかさず皆に知らせたからだ。
 彼らは改めて、監視のためではなく、戦闘のための布陣をとることになる。
 長きに渡る祭壇の監視で、勝手は身にしっかり刻まれている。
 だが手ごわい相手が直接攻め込んでくるともなれば、流石に緊張を覚える。
 できれば、外に構える者達で掃討できれば良いのであろうが――或いは、アンサラーのためを思えば撤退では有るが、此処で撤退することが相応しいのか。
「いよいよ、か」
 流水の道標・グラースプ(a13405)が呟く。震えた手を押さえる。何の心配も無く全力で叩き潰せる強敵、武者震いこそせよ恐怖で震えているわけではない。
 だがミュントス残党が攻めてくる、という事実に、何かしらネガティブな感情がないわけではない。
「しかしグドン地域にいる方々は一体どうなってしまったのでしょうか」
 壊滅は真か嘘か。いずれにせよ、何かがあったに違いない。
 草原に舞う梟・ウィニア(a02438)が表情を曇らせた。
「今は、わからぬ」
 悩むときは今ではなく「集中すべきは目の前の戦い」と求道者・ギー(a00041) が静かに告げた。
「危険と思ったらくれぐれも深追いはしないよう」
 振り返りグラースプは護衛士達を一瞥し。
 そして――決して仲間は立てぬであろう騒々しさに気付いた。

 黒く染まった紗の服に清楚なレースが目を引いた。ほっそりとした手足に整った目鼻立ち。
 華奢な外見と衣類から、一見大事に育てられた一国の姫か何かのようだ。だが彼女に従うは影のように黒いローブを纏っている数人と、夥しい数のアンデッドだ。どれもこれも恐らくは祭壇の何処かで造られるアンデッドだろう。
「愚か者、わたくしに拳を振り上げる暇があるのならば、わたくしの敵を殺しなさい」
 目の前にのそりと現れる立ちはだかったアンデッドに鋭い一声を浴びせる。上品で静かだが、絶対の命令であった。
 死者の祭壇を構成する敵はアンデッド。それら全てが護衛士達の敵であり、ノスフェラトゥの配下である。
「これ以上、進ませるか!」
 早速とばかり切りかかる緋の護り手・ウィリアム(a00690)の赤い曲刀を、毒々しい形状の衣類を纏う者が素早く命じて、アンデッドを盾にした。黒いローブをはためかせ、艶やかな色に髪を染めたノスフェラトゥが黒炎を纏い、応じた。容赦なく放たれる炎を避け、ウィリアムは構えを直す。
「この者どもは、我々が」
「当然でしょう」
 隈取も鮮やかな顔の者たちが恭しい言葉を吐き、少女は一蹴する。その様は滑稽だったが、一瞬の思案のうちに、少女は姿をくらませていた。
 さっと確認するとノスフェラトゥは五人。アンデッドが彼らを守るように次々と襲い掛かってくる合間から、容赦なくブラックフレイムを食らわせてくる。
 アンデッド達もただ闇雲に襲い掛かってくるのではなく、統率と絶妙なタイミングを突いて来る。
 すべてはノスフェラトゥの指示である。
 厄介な――舌打ちし、ならば薙ぎ払うまでと緑風の双翼・エリオス(a04224)はソニックウェーブを放った。アンデッド達が衝撃波に押され、倒れる。
 開いた空間に潜り込み、勢いのままウィニアが斬りつけると、屈強な体躯をしていようと術士であるがゆえに、力負けする――そのまま止めを狙う。
 サーベルが身体に触れる瞬間に合わせて、ノスフェラトゥは冷静に禍々しくひずんだ鎖を放った。
 しかし顕現している独特のフォルムのマントがそれを弾く。退いた彼女に合わせ、逆に前へと進んだ天魁星・シェン(a00974) は言葉には出さずありがたいと呟くと、拳を振り下ろした。
 近くに居たノスフェラトゥが悪魔の顔を持つ炎を放つと同時に、屈強なアンデッド達が壁のように突進してくる。ギーが押さえに入ると、白い光で出来た槍がアンデッドたちの上に落ちた。暗い祭壇の中で、ひときわ眩い光であった。
 皆に届くようにとヒトのダメ吟遊詩人・ナイチチ(a01310)が声を張り上げ、凱歌を歌う。風が吹き、光が傷を癒す。
 回復を阻止するつもりか、横たわるアンデッドを踏みつけにして、短刀を手にノスフェラトゥが切りかかってくる。
 死を望むような特攻だ。ギーの腕に短刀が刺さるも、そのまま斬り返される。傷はどう考えても、ノスフェラトゥの方が深い。前進する想い・キュオン(a26505)がとどめの一矢を放つと、血を吐いてそのまま後ろに倒れた。
 仲間と敵と死人が流す咽るような血が、元々ある祭壇無いの臭気や死の気配と綯交ぜになり、息苦しい。そんなことに気をとられるばかりではないが、視界が開けるにつれて、彼らの無謀とも思える食い下がりに舌を巻く。
「長い時間潜伏し……やっと辿り着いた此の地……生き延びたいとは…思わないのですか……?」
 ふいに口から出た疑問。白骨夢譚・クララ(a08850)の呟き。彼で無くとも、思ったことではあろう。賢く卑怯な彼らが、何故ここまでするというのか。
「今が死を厭わず事を為す時……!」
 黒い炎が燃え上がり、諸共食らい尽くそうとする。この期に及んで、自滅になりかねぬ暗黒縛鎖で、一人でも多く護衛士達の足を止めんとする。
 間が開けば、アンデッドが押し寄せる。その繰り返し。
 形勢はなかなか一方に傾くことは無い。数の利で負けようと、召還獣という強みが護衛士達にはあった。平凡なアンデッドであれば、数体絡まれようと、そのまま振り切れた。
 個としての力の差――それは若干護衛士達に軍配が上がったとして、尽きぬアンデッドとミュントスの冒険者の前に、数十名で対応するのは苦しいものがあった。
 然れども。
 ノスフェラトゥを倒しきれば、際限ないこの状況は終わる。

「どうしますか……?」
 一息をつき、木陰の医術士・シュシュ(a09463)が皆へ問い掛けた。
 ミュントス軍残党と思われる、五人のノスフェラトゥは討った。
 さて、此処で撤退するか否か。
 アンサラーの大事を思えば、此処で撤退するのも悪い案ではない。
 だが、肝心な少女の姿は、アンデッドたちに紛れて消えていた。
 繊細なレースの端さえ、捉えることは叶わぬ状況で――傷も負わせることも出来ず。
 時間はどれほどたったのだろうか。
 退くわけにはいかない。

●畏怖の鈴
 行く度に、アンデッド達が道を塞いだ。広い通路であろうと、階段であろうと、狭い通路であろうと、尽きることなく現れ、少女の指示なのだろう護衛士達を――皮肉な表現ではあるが――死の物狂いで食い止める。
 最後の扉を前に立ちふさがるものどもを薙ぎ倒し、やっと終わりが見えてきた。
 開かれた扉の先は広い赤い絨毯があたかも血のように。むせ返る腐臭は相変わらずではある。其処で護衛士達が見たものは、ザンギャバスに覆われた地獄門と、背を向ける黒衣の少女。
 門には光を放つ魔法陣のようなものが描かれており――不穏な空気を感じる。
「止めろ!」

 アンデッドたちに扉を封鎖させ、何人も通すなと命じ、荒い息を落ち着かせる事も忘れ、死したザンギャバスが門の前に張り付き形成する「門の蓋」に、少女はそっと手を添えた。
 一瞬不快そうに眉根を寄せるも、躊躇いは無かった。
「失礼致します、殿下」
 形式だけの言葉を紡ぐと、作業を開始する。
 少女が触れている部分から光が放たれる。途切れ途切れの光は線となり文字となり、大きな魔法陣のような形となった。
 だが、其処まできて堅く閉じられたはずの扉は、開かれてしまった。
 淡く光るそれを睨むように、少女は「早く、急いで……!」と焦りの言葉を洩らす。
 冷笑こそ似合えど、焦りなど似合わぬし、醜いとさえ思っていることだろう。そんな彼女が焦りのまま言葉を零したなど、恐らく生まれて初めてだろう。
 肉を裂くような音がして、熱の通わぬ身体が袈裟懸けに弾けた。
「どうだ!」
 手ごたえにようやく憎い相手を倒したと、緋炎断罪・ゴウラン(a05773)が瞳に勝利の歓びを浮かべたときだった。

 リィィン……

「!?」
 聴きなれぬ、鈴の音。
 それを耳にした護衛士達は、心の奥底から揺さぶられるような「恐怖」を覚えた。
 脆弱な鈴の音色であるにも関わらず、彼らの平常心をねっとりと絡めとるような、力に満ちた禍々しい音。

 同じく聴きつけた少女は口の端に笑みを浮かべた。
 艶やかに鮮血を散らし。
 無様に内腑を撒き散らそうとも、「成し遂げた」彼女は美しく、笑んだ。
「……あの方が……太陽さえ……統べられるのも……時間の」
「煩い」
 グラースプが暗い表情で、少女の紡ぐ言葉を遮った。
 戦いは、勝利は甘美なれども。不安は、重く彼の心を支配していた。
 肉体的な疲労よりも、心を蝕む何かが重荷であった。
 また、鈴は鳴る。不安を煽るように。

 リィィン……

●予言
 護衛士達の活躍により、死者の祭壇に侵入したミュントス残党軍の排除には成功した。
 だが、彼らの目論見を阻止する事はできなかった。

 彼らの目論見とはなんだったのか?
 地上と地獄とを結ぶ回廊には死せるザンギャバスの肉塊が鎮座し、地獄と地上との往来は閉ざされ続けている。
 つまり、彼らの地獄への帰還はならなかった。

 では、あの魔法円の光は、あの鈴の音はなんだったのだろう……。

 本部に戻った護衛士達は、団長のロウに出来る限りの情報を持ち帰って霊視の結果を待った。

 沈思黙考していたロウの無表情が微かに動いたのを、黒紋の灰虎・カラベルク(a03076)は確かに見た。
「大丈夫か?」
 状況が状況だ。心配そうに、というよりも何事かを確信するように紫眼の月・ヴァルゴ(a05734)が問うた。

「申し訳ありませんガ……このままアンサラーにいる事はできないヨウデス。アンサラー護衛士団はエルドールまで撤退しマス」
 そのヴァルゴの問いに対する、ロウの答えは簡潔な物であった。

 霊視によりいかなる情報を得たのかは判らない。だが、想像する事は容易であったかもしれない。

 そもそも、地獄と地上とを隔てる壁は、死せるモンスターザンギャバスの肉塊だけであった。
 この肉塊が、ノスフェラトゥへの抑止力となりえていたのは、モンスターザンギャバスが健在だと誤認させていた事につきる。
 仮に、モンスターザンギャバスが地獄の門の内側に陣取っているのならば、ノスフェラトゥ軍といえども容易に地上に侵攻する事は出来ないのだから。

 だが、その地獄の蓋が紛い物でしかないという情報が地獄に伝わってしまったとすれば……。

「ノスフェラトゥ軍の侵攻が再開されるという事だな?」
 九天玄女・アゼル(a00436)が問い直す。ロウは頷いて返事とした。
 ――そのアゼルの言葉に護衛士達は顔色を変えた。
 列強種族ノスフェラトゥが再び侵攻を開始すれば、監視業務を行うだけの戦力しかないアンサラーでは持ちこたえる事などできはしない。

「団長」
 短く呼びかけて促すは黎燿・ロー(a13882)だった。
 一刻も早く、後方のエルドール砦へ合流し防衛線を築く必要がある。
 そして何よりも、同盟本国に……円卓にこの情報を伝えなければならない。


 ノスフェラトゥ軍に動きあり……。
 暗鬱に広がる死の国の不穏な影が、ランドアースの澄んだ空を翳らせようとしていた。

●アンサラー護衛士団撤退 エルドールの霊査士・アリス(a90066)

場所:広場   2006年03月19日 21時   発言数:1
「あ……あれは何です?! こ、こういう時に、狼煙を使えば……?」
 クア村に住むのはたった1家族5人。その大黒柱である男は、エルドール砦に向かう50余名の冒険者集団と、暗闇に揺れるカンテラの灯かりに慄いた。ここより西から来るものに、良いものなど有り得ないと思っているようだ。
 巡回に来ていた灰燼の狂戦士・ウォルルオゥン(a22235)と休まない翼・シルヴィア(a07172)に何事かと問う。
「いや、あれは……アンサラーの護衛士達だ」
「とにかく落ち着いて。避難指示は出てないが、準備はしてててくれ」
 彼らの元には、少しまえ既に、不吉の月・ラト(a14693)から報せが来ていたのだ。――アンサラー護衛士団がエルドール砦へ撤退してくると。

「詳細は先にアリスへ伝えられるだろうが……以前の壊走とは訳が違うらしい」
 そう言ったラトも、まだ正確には聞いていないのだろう。
「住民の避難は必要だろうか? 早々に砦近くへ……」
 思案するシルヴィアに、ラトは小さく首を振った。
「分からんな。だが……彼らが撤退する以上、ここが最前線になったのは確かだ。準備は必要だろう。南部もアルフリードとサンタナが報せに行っている」
 その言に頷き、ウォルルオゥン達は村内へ引き返したのだった。

 アンサラー護衛士団は、壊走ではないものの、ゲート転送を使わずエルドールへ撤退してきたのだ。それは、死者の祭壇が敵の手に渡ったと同じことではないだろうか……。


 ホットギミック・ヒィオ(a18338)が見つめる先に、近隣の村の狼煙は上がっていない。こんな時の運用法が、まだ詳細には決まっていなかったからだ。代わりに見えたものは……北西からやってくる『味方』の姿だった。
「凶報は西より来る……か。状況はどうあれ、アンサラーから使者が来るのに、あんまり良いことは考えられないなぁ?」
 篝火の下、厄介そうに言った赫髪の・ゼイム(a11790)は、「だろ?」とヒィオへ同意を求める。
「そう決め付けるのも……」
 言ってみたが、さすがに、ヒィオでも楽観的な返答は思い浮かばなかった。

 やがて、龍騎艦隊・イマージナ(a18339)が、先触れになるアンサラー護衛士達を連れて砦へ帰還した。それを通した血に餓えし者・ジェイコブ(a02128)と櫻・フィリス(a18195)達は、異変の憶測をしつつ警戒業務に戻る。いずれ、彼らがすべきことは伝えられるはずだ。それを待つつもりで、撤収してくる剣振夢現・レイク(a00873)達もいる。
「指示が出たら交代しよう」
 彼らにそう言い置いて、レイクはアンサラー護衛士達に続いて砦へ戻る。
 定位置になりつつある東の主門から、来訪者の報を受け西門へやって来た蜂蜜騎士・エグザス(a01545)は、それが仕事とばかり、無言で蝶番を外し門扉を開ける。黒紋の灰虎・カラベルク(a03076)や紫眼の月・ヴァルゴ(a05734)らに護られて現れた白髏の霊査士・ロウ(a90004)に、彼は形式的に所属と名前だけを尋ねた。
 エグザスも知るアンサラー護衛士証が4つと霊査士が揃っているし、西巡回を担当した中には、エルフのアルフリードとサンタナもいる。懸念の確認には十分だろう。
 短い遣り取りでエグザスが彼らを先へ促すと、砦内では、遍く光を享受せし者・シャーナ(a14654)や悼みの微笑媛・エレアノーラ(a01907)らエルドールの護衛士達が出迎える。
「どうぞ。こちらへ……」
 歓迎する……とは言えない来訪かもしれないが、彼女達は努めて微笑を浮かべた。
 地下を見回って戻った嵐と共に微笑む・ヴィナ(a09787)は、
「来たのが味方とは言え、非常時にそう軽々と出歩かれては困るんだけどね……」
「おねえちゃまのお客さんは、グリが連れて来てあげるのー」
 そんな、フェイクスター・レスター(a00080)や緑のちび魔女・グリューネ(a04166)の声が聞こえて顔を上げる。なぜ大人しく団長室で待てないのかと、護衛でついていた数人に、階段途中で止められているエルドールの霊査士・アリス(a90066)を見つけ、彼女は小首を傾げた。
「何かあった……?」
「アンサラーの護衛士さんが来たみたいだよ」
「ロウ団長、自らお越しですわ」
 丁度、見張りを交代しに上がろうとしていた星蒼に舞う月華・シアン(a11415)とランドアースの薔薇・アンジェラス(a04345)が、入って来た者達の面を確認して言った。
「アンサラー護衛士団が撤退して来るのだと思いますわ」
 わざわざ、霊査士であるロウが、言伝の為だけに来るはずはない、とアンジェラスは言う。そして、実際のところ、その通りなのだ。
 慌てて風紀委員長・ネイル(a07082)を探す西海白竜王敖閏・クレア(a09544)や、外から戻った者達もいて、俄かに、周囲は騒がしくなっている。
 ヴィナは振り返り、今しがた自分と交代して階下へ下りた業の刻印・ヴァイス(a06493)へ、このことを伝えに行った。

「でも、早く確かめたいことが……」
 常に無く緊張した面持ちのアリスに、レスターと顔を見合わせたアイギスの黒騎士・リネン(a01958)とアイギスの赤壁・バルモルト(a00290)は、
「分かった……」
「仕方ないな」
 と、道を開けてやる。指示待ちとなる者達のためにも、せめて早く戻らせるつもりで。
「ありがとう」
 階段を駆け下りたアリスは、見知った顔ぶれに軽く会釈する。
「アリスさん、後で、セティニアさんが他のアンサラー護衛士の皆さんを連れて来るはずやし、うちはネイルさんらと受け入れ準備しませんと。説明はこちらの方々に任せますな」
 引き継いだイマージナに、頷きを返して送り出し、彼女は残ったロウ達に説明を求めた。
「それで、何があったのかしら……?」
「簡単に言うと、レルヴァ大遠征の最中に、ミュントス軍残党による死者の祭壇強襲があったのデス。アンサラー護衛士で撃退しましたが、地獄への門で何かされたようデ……」
「……?」
「『何か』の説明は難しいデス」
 ロウは、「視てみると良いですヨ」と自分のアンサラー護衛士証を差し出した。


●選択
 ロウ達から仔細を聞きながら団長室へ戻ったアリスは、程なくして、気ままに・エーテル(a18106)と幻影の月・ツカサ(a07624)を呼んだ。
「砦の狼煙を上げて。それから、近隣の村々を回って、急いで避難を始めるよう報せを出してくれる? 巡回に出ているグンバスさんやアルフリードさん達には、そのまま避難準備を手伝うように伝えて」
「分かりました」
「また……? やっと戻って来た人達もいるのに……」
「それでもよ」
 残念そうなエーテルの呟きに、アリスは強い口調で返した。
「住民の皆さんを護る方法をとらないと意味が無いわ。エルドール護衛士団がどうするかは、これから皆さんに決めてもらうけれど……」
「どうする……とは?」
 おもむろに書類から目を上げ、眉を顰めて問う赤烏・ソルティーク(a10158)に、アリスは選択肢を告げた。
「『ここに残って防衛する』か、『黄金霊廟まで撤退してドラゴンズゲートの死守を優先する』かね。ただ……砦に残るのは、とても危険な気がするの」
「砦に護衛士が70名、アンサラーも合わせれば120余名になるはずですが。それでもなお……ですか?」
 護衛士名簿をヒラリと翳しながらの問いに、彼女は目を伏せる。
「……きっと、少なすぎるわ」
 迫る危険は、霊視したアリスに、悪寒に似た恐ろしい予感だけを残していた……。