|
●『支援要請』の狼煙作成が成功しました。
カディス護衛士団の出立は、既に準備を終えていた故に慌しさこそなかったものの、非常に切迫したものとなった。 ノスフェラトゥとの戦いに敗北を喫した同盟にとり、旧東方ソルレオン領(モンスター地域)の住民を守護することは急務である。モンスター地域東側の守護を担当することとなっているカディス護衛士団だが、その戦う相手は想定とは異なるものになるのかもしれなかった。 「では、後は任せたぞ」 「ええ、そちも頑張っ」 『団長ー!』 カディスの石壁・イニチェリの言葉にオウカが返事をしかけたその時、カディス護衛士団の仮住まいとなっていたノルグランド城砦の入り口から、スピットとイヅモが走りこんで来た。旅装のカディス護衛士達が何事かと見つめる中、オウカの元に滑り込んで二人は荒い息をつく。 「……そちらも忙しいようだな」 「ど、どうしたの二人とも?」 「イリュードさんが来たんで戻って欲しいんですよ」 「団長に直接話がしたいんやそうで」 二人の言葉に表情を改め、オウカはイニチェリを見やる。頷いたイニチェリに深く一礼し、彼女はノソリンに乗り込んだ。
「冒険者様は俺達を守るのが仕事だろう?」 ユーヴィのおごった酒に口を軽くし、中年のリザードマンの男性はそう言うとさらに一杯ジョッキを呷った。カディスにいる一般人は元奉仕種族ばかりではない。 「あんた等はいいかもしれないけどな。俺達や俺のガキどもは、これから先もずっとここで生活していくんだぞ? カディスの護衛士様達が延々と戦って来たってのに、カディス城塞をなくしちまったら聖域戦を仕掛けられて勝てるのか?」 何代か前からカディスで生活しているという彼は、列強種族同士の戦いもある程度の知識を持っているらしい。 「だが、現状ならばソルレオンが攻めて来る可能性は低いと」 「そう、そこだよ、そこ」 ぴっ、とユーヴィを指差し、男は皿の上の腸詰をフォークで突き刺した。 「そう思っていたって、いつ事情が変わるか分からないだろう? 現に同盟諸国がエルヴォーグと手を組もうとしたせいで、ソルレオンとの中は一層悪くなったっていうじゃねぇか」 「む……」 その言の正しさに眉をしかめ、ユーヴィはふとおかしな事に気づいた。 「その話、どこで聞いた?」 「え? ん……どこだったかな?」 (いくらなんでも知るのが早過ぎる) ゲート転送を行う事が出来る冒険者ならばともかく、同盟諸国の西の果てで一般人がその事を知っているのは妙だ。ユーヴィが手を顎に当てた時、横の席に見知った男性がどかりと腰を下ろした。 「クエス殿か」 「よう、黒の兄ちゃん。……どうも、煽ってる奴がいるんじゃねぇかね、こりゃ」 噂の出所は分からんがね、と呟き、クエスは一枚の紙片をユーヴィの前へと滑らせた。 「これは?」 「領収書。……酒代って経費で落ちるかね?」 「無理だろう」 私も自腹だ、と苦笑するユーヴィに、クエスは残念そうなため息をついた。
カディス地域北西部、森の中。 「当たりか」 「聞き込みの甲斐があったようやな」 同意の返事を一つ返し、ディックは湿った土を指でなぞるエルドを見やった。葦原から消えた死体の行く先を探る途中で出会った二人がたどり着いたのは、近辺住民からの情報を元に辿り着いた洞窟の前だ。彼等二人の視線の先、土は靴や骨の形にへこんでいる。 葦原で消えた死体は、長きに渡るソルレオンとリザードマンとの戦争で命を落とし、回収されることのなかった遺体達だ。遺体を回収しようとしたセティが、その数の多さに頭を抱えていたのを思い出し、ディックは苦笑した。先日レイ達が調べた折には判然としなかったが、 「ひょっとすると土ん中から出て来たのもおるかもなぁ……」 「ともあれ、なくなっていた死体の数を考えると俺達二人だけで調べるのも危険か」 「場所は分かったことやし、いったん戻るとしよ。急いで討伐せんとあかんな」 これまでの事を考えれば、例えこの一件が人為的なものであったとしてもこの洞窟にそれを為した者本人がいる可能性は低いだろう。そう判断し、ディックはエルドと共に急ぎ護衛士団本部へと帰還した。
「負けたようだな」 正装をしたイリュードは、いきなりそう切り出した。 「……もう知ってるのね?」 「あれだけ派手にアンデッド共が闊歩して、しかも同盟の者達がそれを止めぬならば嫌でも分かる。北方、東方の国境線では、既に厳戒態勢だ……」 ため息をつき、イリュードはオウカを見やった。 「さて、今回の訪問させてもらったのはそれとは違う件でな」 「?」 不思議そうな表情を作るオウカにイリュードは咳払いを一つ。 「先日報告に来た者達が言っていた駐在の件なのだが」 「えーっと……あ、そういえばそんなのもあったっけ」 ナミが提案していた事か、と思い出し、オウカはぽん、と手を叩く。 一瞬呆れたような目つきになったイリュードは、頭を振って意識を整調、 「マルティアス護衛士団の決定を伝えよう。ソルレオンの正義は、卑劣な企みを厭わぬ東方同盟諸国の者達を我等の領内に置くことを認めん。……だが、マルティアス護衛士団の役割を果たすためにも、お前達東方同盟諸国がこれ以上ソルレオンの正義に反する行動を取らぬよう監視する役割は必要であると判断した」 (好き勝手言ってくれるわね……) 心に細波が立つのを感じながら、オウカは表情を変えずに頷く。イリュードはそんな様子など知らぬげに、 「お前達に異論がなければ、私をはじめ数名がここに留まる事となるだろう。……異議はあるか?」 |