『 ―月彩風夜―序― 』

●真夜中の密会

 真夜中にもなると、女神の木といっても、恋人達の姿はなくなる。
 いや、一人いた。
 鈴蘭が咲き乱れる花園で、肌寒そうに手を温めながら、小さな歌を歌う少女の姿が。
 きっと現れるだろう恋人を、ただひたすら祈りながら。
 この歌は何処の歌だろう?
 少し切なく、少し暖かい、まるでほのかに照らす月のような詩とメロディ。
 彼女は歌いながら、ずっと待っていた。

 もう一人、女神の木を目指す者がいる。
 夜空を見上げ、音もなく歩く青年の姿が。
 そして、その手には小箱があった。

 追う者と追われる者。
 決して相容れてはいけない、互いの関係。
 なのになぜ、こんなにも恋焦がれるのか……。

 もうすぐ二人は出会うだろう。
 静かな時を、ささやかな二人の時を過ごす為に。
 約束の場所はもうすぐ……。


イラスト: 風音昴