『 心をときほどいて… 』

●夜の泉

 月が泉に映りこむ。
 ゆらゆらと泉の中で月が形を歪めていく。
 ここはさえずりの泉。
 日が出ているときであれば、小鳥の声が響く場所なのだが、さすがに夜は静かであった。
 その泉のほとりに二人は座っている。
 二人は、いつもまとめている髪を解き、向かい合っていた。
「綺麗だ」
 どちらが言ったのか、覚えていない。
「綺麗、だな……」
 アリエとフィルは互いの髪を触れながら、出会った時の事を思い出していた。

(「フィルと一緒に見た初日の出は忘れられないよ」)
 アリエのささやかな想い。
(「誕生日に貰った歌……いつまでも口ずさませてくれ……」)
 フィルのささやかな願いが交錯する。

 ほのかなランプの明かりを頼りに、二人は夜道を帰ってゆく。
「気をつけて」
「アリエも……」
 二人は互いに心配し合う。
 どこか不安定な夜道。
 それはまるで夢のように、錯覚させる。
 けれど。
 その手に伝わる二人のぬくもりだけは夢ではない。
 繋いだ手の、ぬくもりだけは……。


イラスト: 都 和