Eoh 〜黒焔と闇月〜

●真夜中の水遊び

「ラクズ、さえずりの泉に行かないか?」
「う、うん……」
 深夜、ホムラに誘われ、ラクズはさえずりの泉にきた。
 真夜中の所為か、人気はない。
 それが、ホムラにとって好都合であった。
 普段は滅多に笑ったりしないラクズ。
 彼女を楽しませるために、わざと人気のない時間を選んだのだ。
 そうすれば、ラクズを楽しませてやれると……そうホムラは考えたのだ。

「綺麗………」
 静かに呟くようにラクズは呟いた。
 泉には月影が映り、昼とは違う輝きを見せていた。
「そうだな」
 ホムラも頷く。
「あ、そうだ。ラクズにプレゼント」
 僅かに微笑み、ホムラは白い包みを取り出した。
「何?」
「開けてみろよ」
 ホムラの言うとおり開けてみると……そこには、ラクズの大好物である苺のお菓子が入っていたのだ。
「ほ、ホムラ………」
「何だ?」
「あ、ありが、とう……」
 戸惑うようにけれど、ラクズの声は確かに嬉しそうであった。
「あ、あの、ホムラ、一緒に食べよう。一人じゃ……もったいないから」
「そうか、じゃあ、遠慮なく」
 まずはホムラが一口。それについでラクズも一口。
「「美味しい」」
 二人の声が揃う。そして、思わず笑みを浮かべた。
 そう、ラクズが僅かに微笑んだのだ。
 その笑顔にホムラは、心の中でとても喜んでいた。
 よしっと、ホムラは気合を入れる。
 お菓子に夢中になっているラクズをそっとそのままに。
「ラクズ」
 ホムラの声にラクズが振り向いた。
 ぴしゃん。
 ラクズの顔に冷たい水がかかる。
 無表情のまま、ラクズはホムラを見た。
 ホムラはといえば、浅い泉に入って、もう一度、水をかけようかかけまいかと迷っていた。
 ラクズの反応が、ない。
(「も、もしかして、失敗したか?」)
 急に焦りだすホムラだったが。
「…………やったな」
 にっと微笑み。
「はっ!!」
「うお、それかけすぎだぞっ!」
「ホムラだって!」
 びしゃんびしゃんびしゃんびしゃん。
 白熱する水遊び。
 ラクズがホムラを転ばし。
 ホムラはさらに水をラクズにかけていく。
 気がつけば、二人はびしょぬれ。
 けれど、二人とも笑顔ではしゃいでいた。
「あはははっ!」
「ははは、はははっ!」
 最後には互いの姿を見て、大笑い。
 その後、二人は火を焚いて、体を暖めたのであった。

「ホムラ……」
 そっとラクズが言う。
「何だ?」
「今日は、楽しかった………ありがとう……」
 最後に嬉しそうに綺麗な笑顔で。
「どういたしまして」
 ホムラにとって、それが何より一番嬉しかった。

 こうして、素敵な水遊びの時間は終わりを告げる。
 けれど、二人にとって素敵な想い出になったのはいうまでもない。


イラスト: 雅柑乃