Presentiment

●Rain

 雨が降る。
 ツキトはその日、何故か、落ち着かなかった。
 何故かは分からない。
 けれど、嫌な予感を感じるのだ。
 そして、案の定、雨が降った。
 これ以上、何か起きるのではないだろうかと、気が気でなかった。
 普段なら、こんな日は外に出ずに過ごそうと考えるだろう。
 だが、今日は……ランララ聖花祭。
 特別な日だ。
 そして、コユキもその日を楽しみにしていた。
 だから、今更止められない。
 ならば………。

「突然、雨が降るなんて……」
 不機嫌そうにコユキは呟く。
 二人は朝露の花園に来ていた。
 ゆっくりと花園を二人っきりで楽しんでいた。
 雨が降るまでは。
 今、二人は偶然見つけた東屋で雨宿りをしている。
「あ、ええ、そうですね……」
 ツキトの様子がおかしい気がする。
 コユキはじっとツキトを見る。
「何か?」
「ううん、何でもない」
 いつもと変わりない気配。
 本当にそうなのだろうか?
 もしかすると、ツキトに何かあったのだろうか?
 恋人?
 とたんにまた不機嫌になる。雨に当たるよりもずっと。
 と、コユキの肩に暖かいものがかけられた。
 ツキトのジャケットだ。
(「やっぱり気のせいよね」)
 礼を言おうとして、振り返ったときだった。
 ツキトはいつになく厳しい表情で、しきりに辺りを見渡していたのだ。
「何かあったの?」

 時間は僅かにさかのぼる。
 東屋を見つけ、そこに入り込んだ頃。
 ツキトは不安な気持ちに苛まれながらも、辺りを警戒していた。
 言い知れぬ不安。
 いや、いつまでも、この不安に悩まされても仕方ない。
 ふと見れば、コユキは先ほどの雨に当たってか、僅かに震えているように思う。
「コユキ……」
 そっと呟き、自分のジャケットをコユキに掛けてあげた瞬間だった。

「!!」
 確かに聞こえた気がした。
 ツキトの名を呼ぶ声が。
 男のようでもあるし、女のようでもある。
 急いで辺りを見渡す。
 先ほどからずっと見ていたが、やはり結果は同じ。

 ツキトとコユキ以外に、誰も、いない。

「何かあったの?」
 コユキが心配そうにツキトの顔を覗き込む。
「あ、いえ……何でも、ないです」
 とっさに応えられなかった。
 本当の事をいったら、どんなに楽だろう。
 でも。
 コユキを不安にさせたくはない。
 きっと、この自分の不安は、女神ランララが与えた試練なのだろう。
 そう自分に言い聞かせた。
「あっ見てください、コユキさん」
 ツキトが指し示す先には、綺麗な虹が輝いていた。
「どうやら、雨があがったみたい………」
 それと同時に、ツキトの不安もゆっくりと消えてゆく。
「ツキト?」
 訊ねられて、ツキトは苦笑した。
「すみません、虹が……とても綺麗だったものですから」

 恋多き者達には、必ず不安が付きまとう。
 これから先も同じような事が起きるかもしれない。
 でも、そのときは。
 大切な人の事を想い、大切な時間を過ごす事に集中しよう。
 そうすれば、不安も澄んだ青空のように消えてしまうだろうから……。


イラスト: 吉野るん