inseparable

●もう一人の女神に逢いに

「………ここなら、人、居なさそうだな」
 その広間は、とても静かだった。
 二人の足音だけが、やけに響いて聞こえる。
 今は、アゲハとアシュタルテだけの貸切り状態と言えよう。
「………アゲハちゃん…ココって……」
 アゲハの手に引かれながら、アシュタルテは訊ねた。
「去年、フォーナやってた会場。……タルテ、来れなかったし、丁度良いかと思って」
 そっけないアゲハの答え。
 けれど、その心遣いがアシュタルテには嬉しかった。
「………ありがとう、アゲハちゃん! ……凄い……これが女神フォーナ像………」
 季節外れの雪のフォーナ感謝祭。
 アシュタルテは、はしゃぎながら、女神フォーナの像を眺めていた。
「いいなぁ〜、私も参加してみたかったな」
 残念そうに呟くアシュタルテ。
「ん? 今年もやるだろ。そのとき行けると良いな」
 そういってアゲハは、アシュタルテを後ろからそっと抱きしめた。
「あ、だったら……」
 振り返るアシュタルテ。けれど、少し戸惑い気味に。
「………私と一緒に行ったら……踊ってくれる?」
「……ん。………踊って欲しい?」
 そのアゲハの問いかけに、アシュタルテは小さな声で答えた。
「………踊って欲しい……」
 恥ずかしそうに、俯きながら。
「……じゃあ、頑張る……」
 同じくアゲハも恥ずかしそうに目を逸らしながら答える。
 アシュタルテの頬が僅かに紅く染まる。
「ありがとう……」
 どうやら、今年の感謝祭は楽しいものになりそうだ。
「………えっと……あのね……」
「……うん? どうかした?」
 アゲハはアシュタルテの顔を覗き込む。
「えっとね……プレゼント、ありがとう」
 顔を真っ赤にさせながら、小さな声で伝えた。
 そう、ここに来る数日前に、アゲハはアシュタルテにプレゼントを渡していた。
 黒のチョーカー。
 今着ている服に似合うアクセサリーであった。
「どういたしまして。……気に入った?」
 こくりと頷くアシュタルテ。
「……凄く嬉しくって……もったいないなぁって………」
 アゲハはちょっと意地悪そうに笑う。
「それは何よりだな。………付けてやろうか?」
「付けてくれる?」
 アシュタルテは持ってきていたチョーカーの箱を取り出した。
「ん? ……そんな大事に持っていたのか?」
 くすくすと笑うアゲハ。まさか箱ごと持ち歩いているとは思っていなかったのだ。
「………だって、せっかく貰ったんだもん……」
 そう言って、アシュタルテはその箱をアゲハに渡す。
 アゲハは微笑みながら、チョーカーを付けてあげた。
「あ、そろそろ帰らないと……」
「そうだな。………もうちょっとゆっくりしたかったけど、ごめんな?」
 アシュタルテはふるふると首を横に振る。
「……連れてきてくれて、ありがとう」
 アゲハの頬に淡いくちづけ。
 ここに連れてきてくれた事と、チョーカーを付けてくれた事の。
「……お礼」
「どういたしまして」
 そう言って、アゲハもアシュタルテの手にキスをする。
 真っ赤になるアシュタルテ。
 そのアシュタルテの表情に、一瞬子供のような笑みが零れた。
「帰ろうっ」
 そのアシュタルテの行動に思わず、アゲハは笑ってしまう。
「…………照れ屋」
「……アゲハちゃんだって照れ屋だもん」
 そして、二人はゆっくりと、その会場を後にした。

 また、ここに訪れる事を楽しみにしながら……。


イラスト: 高屋