〜Rouge et Blanc〜

●赤と白

 体が、だるい………。
 カメリアは重い体を引きずるように化粧台の前に座る。
 何とか、ドレスは着た。
 後は化粧だけ。
「大丈夫?」
 ロスが訊ねた。
「わかりません、わ……」

 カメリアはこれから出かける所であった。
 ロスがチョコレートのお礼にと、食事に誘ったのだ。
 だが、その前に……ちょっとだけと飲んだつもりの酒が、少し多すぎたようだ。
 これでもカメリアの酔いは、少し楽になった部類に入る。
 まだ、体は重いのだが。

 どうしてこうなってしまったのだろう?
 これからまだ出かけるというのに、呑みすぎてしまったから?
 でも、呑みすぎたのは、あなたの所為。
 大切な、あなたが側にいてくれたから………。

「あん、もう……」
 乱暴に唇からはみ出した口紅を落とすカメリア。
 手が震えて、うまく口紅が塗れないのだ。
 いつもなら、華麗に、綺麗に塗れるのに……苛立ちがカメリアを攻め立てる。
「ん?」
「やって……」
 いつもの笑顔で首を傾げるロスに、無理やり口紅を渡した。
 困るだろうと思っていた。
 拒否されたら、幻の右を見せようとも思っていた。
 それでも駄目なら、もう一度、頑張ってみようと思っていた。
 でも。
「いいですよ」
 いとも簡単に承諾されてしまった。
 困ってしまうのは、カメリアの方。
「大丈夫……ですの?」
 不機嫌さと驚きが混ぜこぜになった気分。
「どうかな? あ、ほら喋らない。じっとして」
 喋ったら口紅が塗れないよと言うように、ロスはまた首を傾げた。
「…………」
 ロスと向かい合わせ。
 ロスはいつもの表情、手馴れた手付きで赤い口紅を塗っていく。
 カメリアは無言で、ロスの手をみつめていた。
「うん、ブラボーだ」
「………できましたの?」
 期待と不安。ロスから渡された手鏡を覗く。
「カメリアさん、綺麗だよ」
 まるで先ほど飲んだワインのように、甘く切ない囁き。

 口紅よりも、頬が紅く火照っているように見える。
 高鳴る胸。
 焦る心。
「あ、ありが……とう……」
 カメリアは俯いて言った。

 鏡に映る自分は、今まで見たことが無いくらい………綺麗だった。


イラスト: 鳥居ふくこ