以心伝心

● 泉の姿見

  今日はランララ聖花祭。
 だと言うのに、メイはひとりきりだった。
 彼女には恋人が居る。それでも彼女がさえずりの泉の畔で、ひとり寂しく湖面を見詰め続けているのは、恋人が彼女の元へ訪れてはくれないからだ。遅刻などと言う可愛らしいものでは無い。彼は絶対に来てくれないのだとメイは充分過ぎるほど判っていた。
 何故、スタインはメイの元へ遣って来ないのか。
 理由は正に単純明快。
 彼は今、同盟領に居ないのだ。
 スタインは同盟を遠く離れた西の空の下に居る。
 判っていながら、メイはランララの会場に遣って来た。居るわけが無いとは充分に判っていた。けれど、もしかしたらと言う想いがあったのだ。理屈なんて構わないから、奇跡が起こってくれはしないかと一縷の望みを抱いたのだ。

 水面を見詰めて、メイは悲しげに目を伏せる。
 スタインは居ない。
 泉の畔に座り込み、瞳に溜めた涙を零さないよう彼女は気丈に唇を噛む。
 ざあっと音を立てて突風が吹いた。木々が揺れ、葉が宙を舞い、水面に波紋が生まれる。
 思わず閉じてしまって目を、恐る恐る開いて泉を見詰めると波紋が水面に誰かの姿を描いた。
 少なくとも、メイにはそう見えたのだ。

 遠く離れた西の地に居るはずのスタインが、メイと同じように泉の畔に座り、思い詰めたような眼差しで湖面を見詰めている。彼の身体に怪我の無いことを見てとって、メイは思わず安堵してしまう。
 はっと目が覚めたように気付いた時、右手が水に触れていた。
 泉の冷たさで我に返ったのかもしれない。
 まるで白昼夢だ。
 けれど、メイにとっては真実だった。
「……良かった……」  彼は無事だったのだ、と信じることが出来た。
 堪えていた涙が、彼女の頬を伝って落ちる。
 再会出来ることを信じて、メイはほんの少しだけ泣いた。

 戦闘と戦闘の間の、短い休息。
 その時、スタインは恋人の声を聞いたような気がして顔を上げた。
 こんなところに彼女が居るわけは無い。苦笑しながら、スタインは泉を離れて仲間たちの元へと戻る。ただ、幻聴であっても、スタインの心はほんの少しだけ軽くなった。



イラスト: Shanti