思わぬお返し

● 優しい時間

 ほのかな日差し。
 その日差しは、小さな少女を優しく包み込む。

「う、うう………」
 何だか緊張してしまう。
 ミュリムは、待ち合わせしたリュートよりも早く、さえずりの泉にたどり着いた。
 だからこそ、だろうか?
 相手がいない時間、不安ばかりが募ってしまう。
 どきどきする胸に手を当てる。

 心臓よ、止まれ。

 けれど、ミュリムの鼓動は、更に加速していく。
「りぅとさん……」
 ミュリムが顔を上げたときだった。
「お待たせ。今年も試練は凄いね」
 爽やかな笑顔で手を振りながら、リュートがやってきた。
「!!」
 何だか心臓が飛び出しそうだ。
 今だ今だと思いながら、でもなかなか言えない本当の気持ち。
「普段あんまり二人でいないから、今だけ独占」
「え?」
「立っているのも何だし、どこか良い場所で座ろう?」
 ミュリムはこくりと頷く事しかできなかった。

 リュートの勧められるままに、泉の畔で二人はちょこんと座っていた。
 今がチャンスだ。
 ミュリムは、ぎゅっと手を握り、ありったけの勇気を出す。
 手に持った手作りのお菓子を差し出して。
「………す―………すす……好き…です……」
 消えてしまいそうな小さな声。
 けれど、相手にはしっかりと届いていて。
「ありがとう」
 リュートは嬉しそうなとびきりの笑顔で答えた。
 そして……。
「あ……」
 肩を抱き寄せ、ミュリムの額に口付け。
 口付けされた額が、僅かに熱く感じる……。
「お返し。ちゃんとしたのは後日、ね」
 悪戯そうな笑みを浮かべながら、リュートはそう告げた。
 告げられた言葉で真っ赤になりながら、ミュリムは話し出す。
「あ、何て言うか……お菓子作りの腕じゃ、りぅとさんに勝つ勝てない以前の問題ですが……」
 ミュリムが渡したのは、チョコレートケーキ。
 ただし、ちょっと失敗して、表面にヒビが入ってしまっていた。
「大丈夫大丈夫、一緒にここで割って食べれば問題ないって。ほら、一緒に食べよう?」
 そういって、リュートはそのケーキをぱこぱこっと割って、ミュリムに手渡した。
「それにミュリムが作るものなら、何でも美味しく食べるよ。……いただきます♪」
 ミュリムが受け取ったのを確認してから、リュートはケーキを食べ始める。
「うん、美味しいよ」
「ほ、本当ですか?」
「本当、本当♪」
 言われてミュリムも恐る恐るケーキをかじってみる。
 甘いチョコレートの味が、口の中いっぱいに広がった。
「美味しい……」
「ほらね。俺の言った通りだったでしょ?」
 そのリュートの言葉にミュリムは、こくりと頷く。
「ミュリム……」
 ふと、リュートが名を呼んだ。
「何時も言ってるけどね。大好きだよ」
 ミュリムの耳元で、囁くように甘く響いた。
 それは、先ほど食べたチョコレートのように、甘く……。

 小鳥のさえずりが聞こえる。
 二人はのんびりと、そのさえずりに耳を傾ける。
 幸せそうに微笑みながら。
 優しい時間を共に過ごしながら……。


イラスト: いろは楓