Serenade Instrumental

● Serenade Instrumental

 普段一緒に居られる時間は少ないから、今日はすごくすごく嬉しい。
 『今』が終わらなければいいのにって……そう思う。
 だから、今だけはもう少し……この幸せな時間を私に下さい。

 ここは星屑の丘。
 二人は丘にある木の下で腰掛けていた。
 日も暮れて、心地よい風が二人の横を駆け抜けていく。

 チョコレートをユディエトに渡し終えたウィルア。
「ありがとう。ウィルアさん」
 嬉しそうに微笑みながら、受け取るユディエトの姿に、ウィルアはほっと息をつく。
 それまでずっと緊張していたのだ。
 喜んでもらえるかどうか。
 気に入ってもらえるだろうか。
 ユディエトはウィルアの隣で、貰ったチョコレートをさっそく食べてみる。
「とっても美味しいですよ」
 どうやら、味も喜んでもらえた様子。
 もう、それだけで充分だった。
「私も……嬉しいです……」
 そう自分の気持ちを伝える事しかできなかった。

 気が付けばウィルアは、うとうとと夢の中に入っていた。
 緊張していた事。
 そして、美味しいお菓子を作る為に疲れが堪っていたのかもしれない。
 ユディエトの肩にウィルアの頭の重みが加わった。
「ウィルアさん?」
「うーん……」
 ウィルアは幸せそうに眠っていた。
 もう一度、声をかけようとしたが、やめた。
 しばらくそっとしておいた方がいいだろう。
 と、ウィルアの手がユディエトの手に触れる。
「あ」
 思わずユディエトは頬を染める。
 相手は寝ぼけているのだ。
 そうわかっていても、やはり照れてしまう。
 つい、周りを見渡して、誰かに見られていないかを確かめる。
 誰もいない。
 その事に安堵しながらも、また隣のウィルアの様子を見守る。

 年の差もあり妹を見るような気持ちでいるのもまた事実。
 大切で愛しくて優しくしたいけれど。
 けれども他人に守ってほしいと思うばかりの少女ではないから。
 せめて……見守ってやりたい。

「ん……ここに、いて……」
 突然、ウィルアが声に出した。
 その声に驚きながらも、ユディエトは囁く。
「安心してください……私はここにいますから」
 その言葉に幸せそうに微笑みながら、ウィルアはまた夢の世界へ。
「貴方を……少しだけ甘やかすのが好きなんですよ。私も、本当は甘えていますけどね」
 小さな声で囁くその言葉は、ウィルアに届いただろうか?
 いや、そんな事はどうだっていいのだ。
 こうして、二人で夜を過ごす。
 それだけで、二人は幸せなのだから……。
 ユディエトの手の上に添えられた手。それを優しく握り返す。
(「……貴女と過ごせて、今日は、いい日でした」)
 言葉にならない気持ちは、手のひらのぬくもりに乗せて。
 ユディエトは気持ち良さそうに、その瞳を伏せた。


イラスト: 上篠建