Ombra mai fu

● 『君を呼ぶ声』

 ナハトと会う約束はしていなかったの。
 ずっとずっと、会えればいいなぁとはおもってたけど。
 会いたいな、会えればいいなぁって…女神様にお願いして。木の上でナハトを待ってたの。
 なんとなく…ちいさな声で歌いながら、足を揺らして。
 今日はねフォーナのときみたいに、着飾らなかった。
 いつもと同じ格好。でもナハトがくれた大事なもの、身につけて。
「この声が、貴方に届きますように」

 女神の木から、歌が聞こえる。
 小さいけれど、優しい響き。
 風に乗ってどこまで届くだろうか?

「歌?」
 ナハトの足が止まった。
 何度も聞いた事のある声。
『ランララに行きたい』
 そう言っていたシルル。それを思い出して、ナハトはこうして、女神の木の近くまで来ていた。
 だが、その姿はまだ見つからない。
「シルル?」
 ナハトは思わず呟く。
「もしかして……」
 ナハトは微かに聞こえる声を頼りに、駆け出した。

「………」
 声が聞こえた。
「シルル」
 今度ははっきりと。
「シルル、おいで」
 腕を広げ、待っているのはシルルの待ち望んでいたナハトの姿。
 シルルは嬉しそうに微笑んで、そこから自然に舞い降りた。
 彼女の背に翼は無いけれど……。

 ああ、ここに来て良かった。
 女神様に感謝しなくっちゃ。

 シルルはナハトにぎゅっと抱きつきながら。
「……ずっと……そばにいてね。離れないで……離さないでね?」
 その言葉にナハトは微笑んで応える。
「離す筈がないだろ? ……俺達はずっと一緒だからな」


イラスト: 上條健