絆の記憶 ランララ編 〜くちづけはチョコの味〜

● 絆の記憶 ランララ編 〜くちづけはチョコの味〜

 いろんな意味で激しい試練を乗り越え、アズマは待ち合わせしていた朝露の花園にたどり着いた。
 そこには、そわそわとアズマを待つ、イリスの姿が見える。
「う゛……めちゃくちゃカワイイ……」
 思わずアズマは呟いた。

 少し時間はさかのぼる。
「えっと確かこれをこうして……あ、あれ?」
 失敗。
 また焦がしてしまった。
 これで何度目だろう。
 それとも、何かやり方を間違えてしまったのだろうか?
 イリスにとって、チョコレート一枚作るのに、かなりの時間を要する。
 前日から作り始めて、心底よかったとイリスは思う。
 だが、時間は刻々と迫ってきている。
「あ、や、やっぱり直接、火にかけてはダメなんですね……あつっ!!」
 今度は焦げた鍋を掴もうとして、火傷してしまった。
「ま、まだまだです。アズマさんの為にも……」
 ぐっと手を握り、気合を入れた。
 その指には、くるくると包帯が巻かれている。
「まずは……」
 たんとんとんと、イリスはチョコレートをまた刻み始めた。

 そして、完成したチョコレート。
 形を整える為に、切った欠片を食べて味見してみた。
 味は悪くない。
 問題は形。
 ちょっと歪なものになってしまった。
 けれど、ちゃんとハート型にできた。
 後は、アズマが喜んでくれるのを待つばかり。
 それがまた、イリスに緊張をあたえていたのだが。

「ごめん、イリス。遅くなって……」
「い、いいえ……私も丁度、来たところですから」
 そのイリスの答えにほっとしながら、アズマは笑みを浮かべた。
「あの、アズマさん……」
「ん?」
「このチョコレート、受け取ってもらえますか?」
 勇気を振り絞り、さっそくプレゼントのチョコレートを差し出した。
 包装紙をはがして、中を見てみる。
 ちょっと形が悪いが、それは些細な事。
 色艶、香り、どれもいい感じのように思える。
「ああ、もちろん。……ありがとう、イリス」
 そういって、アズマは受け取った。
 さっそくチョコレートを一口。
「……ん、美味いっ」
「ほ、本当ですか?」
「本当に美味いよ。よくやったな、イリス」
「はい……」
 だが、これで終わりではない。
 物語には続きがあるのだ。

 イリスは、緊張した面持ちで、アズマに渡したチョコレートをかじった。
「イリス?」
 そして、かじったチョコレートの欠片を、アズマの口に寄せる。
 それは、イリスの告白の形。
 恥ずかしいイリスが考え出したものでもあった。
 もしこれをアズマが拒否したら……そのときは……。
 そう心の中で、イリスは覚悟を決めていた。

 アズマもその行動に気づいていた。
 言葉で伝えるのが恥ずかしいイリスが、考え抜いて編み出したものだろう。
 そんなイリスの様子が、アズマには、愛しく感じられる。
「ん……」
 なかなか食べに来ないアズマに不安を覚えたのか、イリスはさらに顔を近づける。
 アズマは恥ずかしそうに頬を紅く染めながら。

 ぱくっ!

 そのチョコレートをその口で受け取った。
 そして、キス。
 とびきり甘い口付けは、時が止まったかのように、けれどもそれは一瞬で終わった。
「愛しているよ」
 顔を火照らせながら、照れたように微笑みながらアズマはそう告げた。
「アズマさん……」
「この絆、一生をかけて紡いでいこうな」
 アズマは、イリスの気持ちに答えた。
「はい……アズマさん、私もずっとあなたと共に……愛して、います……」

 二人の時間は始まったばかり。
 きっと今日は、二人にとって大切な日になるだろう。
 二人の絆を紡いでいく為の、大切な日に……。


イラスト: 秋月えいる