Giorno calmo

● Giorno calmo

 穏やかなさえずりの泉。
 ハーウェルは、重い面持ちでここに来ていた。
 度重なる重傷、そして、依頼の失敗。
 この重い気持ちと体とをリフレッシュするためにも、無理を押して、ここまでやってきたのだ。
 微かに甘い香りがするのは、遠くでお菓子を渡すカップルがいるせいか?
 ハーウェルは僅かに笑みを浮かべ、持ってきた本に目を落とす。
 気が紛れるかと思ったのだが、本の文字がなかなか頭に入らない。
 つい、考えてしまうのは、あの依頼のことばかり。
 本をめくるペースが次第に落ちていき………。

 ハーウェルが本を読んでいるとき。
 別の場所から、もう一人の青年が歩いてきていた。
 妙に喉が渇くのは、気のせいだろうか?
 まっすぐ泉へと近づき、そっと冷たい水を両手で掬う。
「ふーー」
 掬った水で喉を潤し、そして。
「今日和……お久しぶり、です…ね……」
 見知った声が聞こえた。

 それにいち早く気づいたのは、ハーウェル。
 本に集中できなかったせいかもしれない。
 ハーウェルの直ぐ横を誰かが横切り、泉の水を飲んでいた。
 しかも、それはハーウェルの知っている、頼れる仲間の一人。
 驚きながらも、ハーウェルは本を閉じ、声をかけたのだ。
「今日和……」
 と。

「ハーウェル、居たのか……久しぶり」
 口を拭って、振り返るのはラズリ。ラズリの犬のしっぽが、ふわりと揺れた。と、ラズリはハーウェルを見て、眉を顰める。彼の視線の先には、痛々しい包帯が見え隠れしていた。
「……また怪我したんだな、御前は」
「あ……申し訳、ありません。……見苦しい所、お見せしてしまって……お恥ずかしい、限り……です……」
 ラズリの言葉に、ハーウェルは困ったような微笑を浮かべた。
 ハーウェルの表情を見て、ラズリは首を横に振る。まだ少し険しい顔をしていたが。
「……ゆっくり休んで、お大事に、な?」
 そっと、ラズリがハーウェルに渡したもの。それは、綺麗にラッピングされた甘いお菓子。
「……有難う、御座います……」
 お菓子を受け取り、ハーウェルは嬉しそうに微笑んだ。
「ラズリ様は、とてもお料理上手なので……戴けて、嬉しいです……」

 本当は甘い物は苦手だった。
 けれど、こうして、君を喜ばせる事ができるのなら、苦手なものでも心を込めて。
「そうか……御前に喜んでもらえて俺も……」
「……ん?」
「あ、いや……なんでもない。そういえば、ハーウェル、何の本を読んでるんだ?」
 きっかけは些細な事。
 けれどこうして話せるのなら、君の笑顔が見られるのなら。
 思いは届かなくても、こうして隣にいられるのなら。
 二人の穏やかな日は、まだ、始まったばかり……。



イラスト: 高屋