召しませ♪ちょこれぃと

● 涙なんかじゃない、これは心の汗なんだ

 ランララ聖花祭の日。
 多くのカップルが集う女神の丘のすぐ側に、彼らの姿はあった。
「ううっ……」
 1人は、羞恥心からか顔を真っ赤に染めて瞳を潤ませながら。
「チョコレートはいかがですなぁ〜ん?」
 1人は、羞恥心を放り捨てて開き直りながら。

 ランララ聖花祭限定、と銘打ったチョコレートを売り歩く、メイド服姿(女装)の2人の姿が。

「がんばれニケやん! くじけちゃダメなぁ〜ん! 俺もがんばるなぁ〜ん!」
「う、うん……ナポぽん、がんばろう……!」
 ナポポラッサルの励ましの言葉に、ニケは頷き返すと、通りかかった人にチョコレートはどうかと声を掛ける。

 ――2人とも、好き好んでこのような真似をしている訳ではない。
 理由はひとつ。
 ……このチョコレートを売り切らねば、店長に炭にされてしまうからだ!
(「もう、やるしかないッ……!」)
 目の前に差し出されたメイド服と、炭にされてしまう自分の想像図。
 その2つを比較した末に、2人は決断したのだ。
 燃やされたくない。だから、これを着てチョコレートを売るしかないと……!

「……ああっ! なんか周囲からの、かわいそうなものを見るかのような視線がイタイなぁ〜ん!」
 それでも。
 14歳の少年2人にとって、周囲からの突き刺さるような視線は辛く、そして切なかった。
 やがて耐えかねたように声を上げたナポポラッサルは、えぐえぐと目から何かを溢れさせている。
「ナポぽん、泣いちゃダメだよ! こんな時こそ笑って……お客さんには笑顔じゃないと!」
「ニケやん……ううっ、これは涙なんかじゃないんですなぁ〜ん。心の汗なんですなぁ〜ん!」
 さっきとは反対にニケから励まされて、目元を拭いながら顔を上げるナポポラッサル。そして、ニケと一緒に笑顔を浮かべて、チョコレートの売り込みに戻る。
 今まさに、同じ痛みを共有している2人は、互いに幾度も励まし合いながら、精一杯頑張ってチョコレートを売りさばいていく。

「……最後の1個、売り終わったね」
 そして、やがて2人が持っていたバスケットは空になって。
 真っ赤に染まった夕暮れの空の下を歩いて、2人はようやく帰路につく。
「ニケやん……俺たち、ずっと友達だよなぁ〜ん……」
「うん、 ナポぽん……」
 その背中に、なんとも表しがたい哀愁を漂わせて……。


イラスト: 枯野ハクヤ