ランララ聖花祭 〜一瞬が永遠になる時〜

● 一瞬が永遠になる時

　それは一通の手紙から始まった。
『女神の木の前で待つ』
　短い文面。そして、添えられた名前はナギリ。
　ランララ聖花祭の数日前に、キヒメはその手紙を受け取っていた。
　そして、キヒメは決めた。
　今こそ、秘めていた想いを告げようと。

　そして迎えた当日。
　ナギリは朝から待ち合わせ場所に来ていた。
「まだ、来ていないようだな……」
　ほっとしたような、それでいて残念な気持ちになる。
　だが、それもつかの間。
（「来てくれるだろうか……？」）
　そんな不安がナギリに重く圧し掛かる。
（「彼女は怒って来ないのではないか？」）
　ナギリの不安は一層、募るばかり。
　隣では笑いあう恋人たちの声が聞こえた。
　だが、その一方でナギリは不安そうな表情を浮かべ、キヒメが来るのを待っていた。

　武士家の一人娘と、その護衛の関係。
　それが、キヒメであり、ナギリとの関係でもあった。
　恋人たちの集う、この場所に来るなどおかしな話かもしれない……。
　キヒメは、やっと試練を潜り抜け、女神の木の前に来た。
　そこには、先に来ていたであろう、ナギリの姿が見える。
　不安げな表情を浮かべていたが、キヒメの姿を見たとたんに笑顔になる。
　その変化に戸惑いながらも、キヒメはナギリの前に立つ。

　そう、今日は自分から告白するのだ。
　きっかけをくれたナギリに感謝を込めて、一番先にこの想いを伝えたい。

　キヒメは緊張した面持ちで、ナギリの顔を見る。
「あ、あの……ナギ……そ、その……」
　事前にあれほど決心したのに、いざとなったら、声も出ない。
　だんだん頬が熱くなっているのが分かる。
　そのせいか、もっと声が出なくなっていって……。
（「やれやれ、やはり手のかかるお姫様だな」）
　そのキヒメの様子を見ていたナギリは、思わず心の中で呟いた。
（「だが、言葉にできないのは俺も同じか……」）
　そう、ナギリもまた、言葉にできなかった。
　こんなにも嬉しいのに、だ。
　だから……。

　苦笑を浮かべて、ナギリはキヒメを抱きしめた。
「あ、な、ナギ……何を……」
　声が途切れる。
　いや、声が出せなかったというべきだろう。
　何故なら、その唇にはナギリの唇が重ねられていたのだから。
　永遠かと思えた、一瞬であった。

「……キヒメ、俺はお前の事を愛している。分不相応な想いだが、これだけは誰にも負けない」
「ナ、ナギっ」
　そう告白したナギリは、恥ずかしそうに赤面し、その頬を掻いていた。
　一方、キヒメはナギリの告白を聞いて、かなり驚いていたが。
　ぎゅっとナギリに抱きつき、そして。
「……私だって……ナギを一番……誰より、ぁ……愛して……る」
　小さな声で、けれど確かにそう告げた。
　今度はキヒメからのキス。
　ほんの僅かな間、ちょっと触れたようなそんな淡いキス。
　そのキスの後、キヒメも顔を真っ赤にさせていた。
　嬉しそうに微笑みながら……。

　この日、二人にとって忘れられない日になったのは、言うまでもない。


イラスト： 吉野るん