君に捧げる花とキス

● 君に捧げる花とキス

 女神の木がある方から、朝露の花園へと歩いてくる2つの人影。
 それは、ナギリとキヒメの姿だった。

(「落ち着かない……」)
 微かに、嘆息しながら歩くナギリだが、それも仕方の無い事だと言えるだろう。
 先程まで、2人の関係は『武家の跡取り娘と、その護衛』にしか過ぎなかったのだから。
 想いが通じ合い、恋人同士になったのだといっても……なかなか、うまく目を合わす事が出来なかったし、言葉もするりとは出て来ない。
 女神の木の元を離れて、しばらく歩いているうちに、気付けば辺りの景色はすっかり変わり、辺りは一面に花が広がっている。
「………」
 1つ、大きく深呼吸をして。ナギリは意を決して、一歩後ろを歩いていた、キヒメの姿を振り返る。
「……昔、キヒメの父上殿と、ある約束をした事がある。今ここで、もう一度その誓いを……」
 ぽつりと、過去を思い出すかのように紡ぎ始めたナギリは、そこで一度言葉を切ると、キヒメの左手を取りながら跪く。
「……キヒメ、俺はキヒメの為だけの存在となろう。ずっと側にいて、支え、導き、護り……キヒメの為だけに、生きよう」
 それは誓いの言葉。
 紡がれるのと同時に、キヒメの手の甲にはキスが1つ触れる。
「ナギリ……」
 そんな彼の動作に、キヒメは頬を真っ赤に染めながらも、そんな彼の姿を見つめる。
 父との誓いという言葉を聞いた時には、もしや何かの命令で、自分の傍に居たのだろうかと、一瞬不安にもなったけれど……不安になど、なる必要は無いのだと、キヒメは自分に言い聞かせる。
(「ナギリが私を信じて来たように……私もまた、彼を信じ続ける……今までと、何も変わらない」)
 そう、気付かれぬように1つ頷きながら思うと、キヒメは視線を上げたナギリを優しく抱きしめる。
 自分は、口数が少ない方だという、自覚があるから。
 不器用な性質であると、知っているから。
 だから……言葉では、言い表す事が出来ない何かを伝えようと、キヒメは行動に出る事にしたのだ。
「……ありがとう。ナギがいるから、私は、幸せ……」
 そう囁くように呟くと、キヒメは少し屈み込んで、ナギリの額に唇を寄せて、一瞬だけ軽く触れる程度のキスを落とす。
「キヒメ……」
 互いを見やる視線が絡むと、お互いにお互いが、顔を赤くしている事が解る。
 それが尚更に、2人の気持ちが通じ合っている事を、教えてくれているように思う。
(「いつまでも……ずっと、一緒に……」)
 そう互いに誓うと、2人はもうしばらく、この数多の花が咲く花園を、散策するのだった。


イラスト: 上條建