お世話になった人へ

● 義理

 恋人とのデートの下見に遣って来ていたアウラは、聞き慣れた声に呼び止められて振り返る。
「アリエさん」
 近頃ワイルドファイア大陸の護衛士として精一杯働いていると言う彼女を見て、アウラは目を瞬いた。周囲を見回してみるが、彼女の恋人の姿は無いようだ。折角のランララに何故一人で居るのか。何故自分に声を掛けたのか。不思議でならないと思いながら、アウラの目は一点で止まった。
「ワイルドファイア土産なの」
 良く晴れた気持ち良い空の下、アリエノールはペンギンを差し出した。

 可愛い妹と考えているような女性からペンギンを差し出されると言う経験は、アウラ26年間の人生で初めてだった。遠い目になりながら、断るわけにもいかず、困惑しながらペンギンを受け取る。
 彼が驚いているのを見て、彼女は作戦の成功に満足げだった。
 インパクト勝負で行こうと決めていたのである。
 ちなみにアリエノール曰く、このペンギンはワイルドファイア産の虹色カカオなるものから作った、手作りのチョコレートらしい。普段世話になっているアウラへ感謝の気持ちを込めてくれたらしいのだが、フォルム以上に気に掛かるのは「義理」と書かれた赤いタスキだ。
 ……蝶ネクタイには触れないでおく。
「楓華列島から来たお友達が書いてくれたのですけれど……」
 筆文字と言うらしい。
 赤いタスキに書かれた黒い文字が、何が言いたいのかとても良く判る。
 これなら誰も誤解しないはずだ。寧ろ、誤解しようが無いだろう。
「……ありがとう」
 アウラは吹っ切れたように清々しい微笑を浮かべて、ペンギンチョコレートを抱えなおした。
「私たちの腐れ縁に、丁度良い大きさのチョコレートかも知れませんね」
 ふふふ、と笑うアウラ。
 ふふふ、と笑ってアリエノールが答える。
「良かったら、暇なときに齧って頂戴ね」
 ははは、とアウラは少し乾いた笑いを返した。
 赤い瞳を細めて、ほんの少しだけ真面目な声で囁いた。
「……幸せに、なってくださいね」
 アリエノールは当然とばかりに微笑み続けた。あなたこそと言うように青い瞳を細めて頷く。
 澄み切った空の下、血の繋がらない兄と妹は、穏やかな笑顔を浮かべて言葉を交わし、それぞれの恋人の下へと帰って行った。



イラスト: 桂楓*羽鳥まりえ