小さな淑女とイカサマ紳士

● クッキー・カップル

（「……どうかこのかたに、めがみさまのかごを、もたらしてください……」）
　イエンシェンは、１つの包みを手に、そうそっと心の中から祈りを込めた。
　灰色の包装紙と青いリボンでラッピングした、その箱の中身は、ランララ聖花祭の伝説にちなんで、朝開いたばかりの花の蜜を一滴いれたクッキーだ。

　上手に焼けているだろうか？
　大切な、あの人のために頑張ったけれど、そもそも甘い物が好きなのかどうかも知らない……。
　そう、思わず顔が曇りそうになる自分へと、イエンシェンは、今更じたばたしても始まらないと言い聞かせる。
　……だから。
　朝露の花園へと現れた彼に、包みを差し出すのだ。
　最高級の笑顔と共に。

「ガルフェスクさまに　めがみさまの　ごかごが　ありますように」
「……ありがとう、イエンシェン」
　イエンシェンが差し出した箱を前に、ガルフェクスは恭しく１つお辞儀をする。
　……まるで紳士を気取るかのような、その芝居掛かった口調や仕草は、ガルフェクスなりの照れ隠しだ。
　人への敬意を忘れない淑やかな振る舞いの奥に、まるでその緋色の髪のような、情熱と信念を見せてくれる彼女。
　こんな魅力的な女性は、なかなかいないのではないか、とガルフェクスは思う。
（「恋人を気取るには、彼女は些か幼すぎるけど……」）
　せめて、傍に控えて守ってあげられたらと思う。
　騎士のように……。
（「……こんな事、恥ずかしくて絶対に言えないけどな」）
　だからそれを気付かれないように。紳士のような仕草を装って、イエンシェンからのプレゼントに手を伸ばす。
（「……わたしも、それにふさわしい、しゅくじょとしてふるまわなければ……」）
　彼が自分を１人の紳士として扱ってくれるのなら、それが礼儀だろうとイエンシェンは思うと、指先の動き１つにまで注意を払い、淑女らしくなるよう努めながら、彼の手の中に箱を贈る。
　このような時、淑女とは何と言えば良いのかを胸の内で悩み、難しいものだと感じながらも……浮かべた、とびきりの笑顔だけは、決して曇らせない。
（「……いつまでも、こうして、えがおでいられたら……」）
　早速箱を開けてみるガルフェクスの様子を見ながら、きっと、それは本当に素敵な事だろうと、イエンシェンは心の底から思うのだった。


イラスト： 倉田　盆