丘の上の演奏会

● 丘の上の演奏会

 夜に沈む星屑の丘の上。天球で音も無く瞬く星々の如くに静かな旋律が流れる。
 音を運ぶ微風に水を思わせる蒼い髪を惑わせながらリュートを奏でているのはクレウディオだ。添う様に、ミカゼが鼓を響かせる。
 掌で、揃えた指先で、鼓の面を端からゆっくりと打ち鳴らして行くミカゼ。夜気に溶け入る鼓の音と前後して対話する様にリュートの弦が鳴る。
 瞳を伏せて音を耳で追い、演奏する事に全てを傾けているミカゼの横顔をクレウディオは見遣り、好ましげに目を細めた。奏でる手を止めぬままにそっとミカゼに歩み寄る。
「ミカゼさん……」
 ミカゼの、風に靡く漆黒の髪が触れるほど近くに膝を突き、クレウディオが歌う様に愛しい人の名前を呼ぶ。鼓を打つ手を止めず、ただ音から離れる様にゆっくりと双眸を開いて、青い瞳でクレウディオを見返すミカゼ。
「君の事が大好きだよ……俺と一緒に、これから先、生きてくれるかな?」
 タンッと強い鼓の音。直後に、沈黙が落ちた。耳の奥で、先ほどまで2人で奏でていた静かな曲がリフレーンしている。それから、クレウディオが言った言葉がすっと心に染み入って、ミカゼは仄かに微笑んだ。
「ええ、ご一緒しても宜しいでしょうか、クレヨンさん。これからも、いつまでも……」
 心と想いを交わす2人。無言のまま拍子を数え、曲の続きを奏で出す。高まる鼓動を表す様に、徐々に旋律は速度を増して。クレウディオが弦に指を走らせ妙なる和音を紡ぎ出し、ミカゼは無心に鼓を打ち鳴らす。弦が響かせるは激しくもどこか安らぎを齎す潮騒の旋律。鼓の胴で反響して夜へ解き放たれる大地のリズム。
 曲と共に心が絡まり合い高まって、瞳に唇に幸せな笑みが花開く。
 鼓とリュートが生み出す楽曲は、互いに支えあい揺らめき調和しながら夜を彩り、喜びの中で最後の一音を響かせ、消えた。

 演奏が終わった後、楽器を傍らに寄り添い合って座り、ランララ聖花祭に付き物の菓子を食べた。甘い甘い菓子が口の中でほろりと蕩ける。星空を仰いでいたクレウディオが、ミカゼに目を戻して微笑んだ。
「今日は良い日だね、ミカゼさんと恋人になれて、こんなに美味しい御菓子も食べられるし……ね」
 その声はミカゼにとって菓子よりも甘く、クレウディオが奏でていたリュートの様。
「私も……幸せです」
 見詰め返すミカゼの答えは、彼女が打つ鼓の如くにクレウディオの心に響いた。
 触れたくて、クレウディオは手を伸べる。
 クレウディオの手に頬を預けて、ミカゼは静かに微笑む。
「これからよろしくね……大好きだよ」
 ミカゼの体を優しく抱くクレウディオ。
 はい――……ミカゼの密かな応えが夜気に溶けた。


イラスト: 山葵醤油 葱