触れ合う手、募る想い
● 雪梅
女神の木の下。
そこでは、数多くの人々が集まってきていた。
アヤメもその1人。
「どうやら、先についてしまったようですね」
ゆっくりと歩を緩め、アヤメは木の下へ向かう。
こうして、相手を待つのも良いだろう。
それだけでも、アヤメは幸せなのだから。
「ごめんよ。待ったかい?」
息を弾ませ、バサラがやってきた。
「いらしてくださったのですね……ありがとうございます」
微笑んで、バサラを迎える。
そして、アヤメはさっそく持ってきたお菓子を取り出した。
洋菓子よりも和菓子が良い。
そういった、バサラの為に用意した、心のこもったお菓子だ。
差し出すアヤメのお菓子を受け取ろうとするバサラ。
と、僅かに互いの手が触れる。
それは一瞬。
二人は互いに赤面しながら、手を離してしまった。
「あ……ご、ごめん……」
故意ではない。ただ、驚いてしまっただけ。
バサラはそんな気持ちを込めて、もう一度、アヤメのお菓子を手に取った。
「……ありがとう。えっと……開けてもいいかい?」
微笑みながら、アヤメにそう訊ねる。
「ええ、どうぞ」
アヤメも微笑み、促した。
和紙で綺麗に包まれたお菓子。
それをゆっくりと解いていくバサラ。
「雪梅でございます。梅の花を模した形と、まぶしたお砂糖を粉雪に見立てた名前にございます。和菓子の甘さがお好きと仰っていらしたので、甘くなり過ぎないよう林檎餡と鶯餡を挟んでみました……」
その横でアヤメが和菓子の説明をしていく。
いや、それだけではない。
「拙い菓子ではございますけれど、想いが伝わればと願い作りました……」
それは、アヤメの気持ち。
「……アヤメ……」
思わずバサラが呟く。
アヤメのその、慎みに満ちた告白にバサラは、胸を打たれた。
そして、改めて自分がアヤメの事が好きだという事を再確認する。
「君の想い……確かに伝わったよ……」
バサラは続ける。
「この日に言うのはずるい気がするけど……」
恥ずかしそうにしているアヤメを見つめ、バサラは確かにこう告げた。
「これからもずっと僕の傍に居てくれないかな…?」
これがバサラの気持ち。
嬉しい。
アヤメの心は晴れやかに。
けれど、同時に不安も渦巻く。
「私なんかでよろしいのでしょうか?」
控えめなアヤメ。
もしこれで、ダメだといわれたら……そのときは……。
「うん……君じゃないと駄目なんだ」
返って来た答えは嬉しいもの。
「君以外は愛せないんだよ」
なんて事だろう。
こんなにも嬉しい日はあっただろうか?
それとも……頑張って作ったこの『雪梅』のお陰だろうか?
嬉しさのあまり、声が出ない。
溢れるのは、幸せな気持ちと、茶色の瞳から零れる涙。
「アヤメ……」
返事のかわりに、アヤメは力強く頷いたのであった。
この日、二人にとって幸せな日になったのは言うまでも無い。
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イラスト: 上條建