二人の一夜

● 二人の一夜

 日が沈み、星がきらめく星屑の丘。
 カスミはそこで、リョウが来るのを待っていた。
「まだ……来ない……」
 ぽつりと漏れる呟き。その顔には深い憂いがある。
 リョウと7時に待ち合わせをしたカスミは、朝からずっと、ここでリョウを待っていた。
 けれど、彼は日が沈んだ今もまだ、現れる様子は無い。
(「愛想を、尽かされてしまったのでしょうか……」)
 小さく溜息をつきながら、カスミは思う。
 カスミには、彼が来ない理由は、もうその位しか思いつかなくて……。

「あれ、カスミ。もう来てたのか」
「……え?」
 カスミがもう1度溜息をついて、もう帰ろうかと思った、その瞬間。
 掛けられた言葉に、カスミはゆっくりを顔を上げた。
 目の前に立っているのは、紛れも無く、カスミがずっと待ち続けていたリョウその人だった。
「随分と早いな。いつから来てたんだ?」
 約束の時間にはまだ結構あるだろ……なんて続けるリョウの言葉に、カスミは彼が遅れてきた事に対して怒るよりも、一体どういう事なのだろうかと、不思議そうに首を傾げる。
「いつ、って……約束してた7時から、ですけど……」
「え」
 その返事に、今度はリョウが怪訝そうな顔をする番だ。
 カスミは、約束の時間から、ずっと来ないリョウを待っていた……と思っている。
 リョウは、約束の時間よりも、少し早めに訪れた……と思っている。
「…………わ、わたし、朝の7時と夜の7時を勘違いして……?」
 互いに顔を見合わせて……やがて、2人の食い違いの理由に見当がついたカスミは、そう恥ずかしそうに呟いた。

 そんな勘違いはあったけれど、無事に会う事が出来た2人は、丘の一角に並んで座ると、一緒に星空を見上げた。
「お弁当も用意してありますから……ほら、あーん、してください」
 カスミは、バスケットから取り出したお弁当を広げると、フォークに刺した玉子焼きを差し出す。
「お、おう……」
 お弁当を食べさせてあげようとするカスミに、リョウはイチャつくのは恥ずかしいと少しだけ躊躇いを見せたが、彼女がそうしたいなら……と、彼女の手から玉子焼きを食べる。
「美味いな……そっちは?」
「これはですね……」
 一緒にお弁当を突付く2人の頭上には、満天の星空が広がっていて……カスミは、ふと夜空を見上げては、本当に綺麗だと目を細める。
「ケーキもありますから……いっぱい食べてくださいね」
 そして、視線をリョウの方へと落とすと……今、この場所で、こうして彼と一緒に過ごす事が出来て、本当に良かったと、そうカスミは心から思うのだった。


イラスト: 秋月えいる