結婚

● 結婚式

 世界の果てが赤く燃えている。夕陽が全てを、暖かな色の光で満たす。
 何もかもが曖昧に溶け合う夕暮れの花園を、フィオルとウィルは手を繋いで歩んでいた。
 色々な場所を巡った。
 笑い声と楽しい思い出に満ちた一日だった。
 心を告げるのは今日しかないと思えるほどに完璧な日だった。
 花園にそそり立つ大きな木の根元でフィオルが立ち止まる。
 勢い手を引かれて、ウィルが振り返った。
 黒い双眸に真摯な色。唇には淡く笑みが浮かんで。ウィルの心が予感に震える。
 繋いだ手を解き腕を伸べて、一瞬一瞬を心に焼き付けるようにゆっくりと、少女の細い腰を抱き寄せるフィオル。ウィルの流れるような赤い髪が夕陽の中でより一層美しく輝く。フィオルは、僅かに戸惑いながら青の双眸を瞬かせるウィルに微笑を見せて言った。
「メル、好きだよ……このまま、結婚しよう」
「ん。私も、フィオル、大好き。断る理由ないから、喜んで」
 この世で最も信頼できて愛すべき人から贈られた言葉に、幸福に満ちた声で答えるウィル。
 濃さを増す夕闇の中で2人の影が重なる。溶け合う唇。深い深いキス。
 ウィルの眦から太陽の残照に紅玉と輝く涙が一筋毀れた。
 唇を離し、また重ね合わせて確かめ合って。それから、まだ結婚はできないけれど大切な約束として、今交わした言葉と唇の甘い感触を胸の奥に閉じ込めて、2人はまた手を繋ぎ夜闇迫る朝露の花園へと歩き出す。
 触れ合い触れるようなキスを交わし、取り留めの無い会話を沢山しながら夜の花園の2人、歩く。
 互いの好きな物の事、友達の事、旅団の事。
 言葉を尽くした後に降りて来る優しい沈黙の中で、ウィルがぽつりと呟いた。
「フィオルが悲しいときは、私も一緒に悲しむ。フィオルが嬉しい時は、私も嬉しい。ずっと、一緒」
「ん……俺も、一緒。メルと居られて幸せだよ」
 ぎゅっと手を強く握ってフィオルが言えば、ウィルはにかんだ様に笑みを返した。その笑みに心掴まれて、フィオルは思いのままにウィルを抱き上げる。気が付けば夜も深まっていて、フィオルは冷たい風からウィルを守るように風上に背を向ける。
「さて、そろそろ本格的に寒くなってくるし、帰ろうか、何時もの場所に」
「ん。一緒に帰ろ。だから、もう一回だけ、ね?」
 微笑むフィオルを見上げ、ウィルは小首を傾げた。
 薄闇の中で夜に咲く花の様に深みを増したウィルの赤い髪がさらさらと流れる。
「いいよ。いつでも、ずっと……」
 囁きながらフィオルは伏せられたウィルの瞼に口付け、愛を誓った少女の唇に未来を誓うキスを落とした。

イラスト: 山葵醤油 葱