● 遠い空、近い雲

 見上げる夜空には、まるで降ってきそうなほどの星が輝いていた。
 少し肌寒い風に身をゆだねながら、スタインは今までの事を思い出していた。

 スタインはかつて、ノルグランド傭兵大隊と呼ばれる護衛士団に所属していた。
 信頼する仲間と共に、幾度と無く繰り広げられた、トロウルとの戦い。
 その激しい戦いは生きるか死ぬかの瀬戸際ばかり。
 だが、今はもう、その戦いも無い。
 トロウルとの戦いに決着が付いた今、平和な時間を……穏やかな時間を過ごしている。

 むに。
「え?」
 突然、ほっぺたを突付かれた。
「スタインさんったら〜」
 その声にスタインは、はっと気づく。
「何、難しい顔をしていらっしゃるんですの?」
「すみません、メイさん……」
 そう、今はメイと共にいるのだから。
「その、1年前の事を思い出してしまって……」
「ノルグランドの……ですわね」
 メイの言葉にスタインは頷いた。
「わたくしも、去年の事を思い出しておりましたの」
「メイさんも?」
 ええと頷き、メイは続ける。
「わたくし、去年の今頃、さえずりの泉でスタインさんを見ましたの」
「え? ちょ、ちょっと待ってください!」
 何故なら、その日、スタインはその場所にいけなかった。なのにメイは……。
「さえずりの泉がスタインさんの姿を見せてくれましたの……少し疲れていたようですけど、怪我も無く無事な姿を見れて、ほっとしましたわ」
 もしかしたら夢かもしれませんけど、とメイは付け加える。
 その言葉に、スタインはあっと声を出した。
「そういえば、一度だけ……メイさんの声が聞こえた気がしたんです。気のせいだと思っていたんですが……」
「スタインさん……」
 メイはぎゅっとスタインを抱きしめる。
「メイ……さん……」
「今日は、ずっとこうしていても……かまいませんか?」
「ええ……」
 会えなかった時間を埋めるように、二人は寄り添った。

 ランララ聖花祭の日。
 星屑の丘で二人はずっと、夜空を眺めていた。
 幸せそうに寄り添いながら、ずっと……。


イラスト:琥姫ミオ