● 聖花の口付け

 空が茜色に染まる中、コウショウとクリスティナの二人は、さえずりの泉を訪れていた。
 昼の間は二人で一緒に街をデートして、夕暮れ時を待ってから試練に挑み、女神の丘へ到着した二人は、その足で泉へと向かったのだ。
 もうじき日が沈むためか、泉でさえずる鳥の数は少ない。
 どこか、寂しさすら感じるような静けさの中、泉のほとりに、二人は腰を下ろす。

「コウショウ、これ」
 一日デートを楽しんだ体へ、束の間の休息を与えながら、クリスティナはチョコレートを取り出した。
 今日はランララ聖花祭だから。コウショウへ贈る為に、用意しておいたのだ。
 でも、クリスティナは、それを彼に差し出そうとはしなかった。
 かわりに、それをぱきんと割ると、自らの唇に咥えて、コウショウに近付く。
「クリスティナ……」
 それの意味と意図を察して、コウショウはそれを受け入れた。自分の膝の隙間に感じる彼女の体に軽く腕を添えて、寄せられたチョコレートを、クリスティナの唇ごと味わう。
 とろけるように、口の中に流れ込むチョコレート。
 その味をしっかりと、更に深く、深く味わおうと、舌が動く。
 這うように、絡め取るように。
 二人は唇を重ねたまま、ゆっくり、じわじわと、その味を堪能する。
 つ……と、唇の端から溶けたチョコレートが垂れ流れていけば、それを、互いの舌が舐め上げる。
 決して、破片すら逃がさぬように。
 チョコレートを味わいながら伸ばされたコウショウの腕が、クリスティナの体を抱きしめる。
 ……絶対に、離したく、ない。
 まるで、そう言うかのように、彼女をきつく抱きしめたまま、コウショウの指先が彼女の体を這う。
「ぁ……」
 小さく吐息が零れれば、それがより深く二人を結びつける。
 唇が、指先が、身体が……心が。
 全ての芯まで深く重なり合って、一つになる。

 長い長い、永遠に続くかのような時間。
 重ねた二人の身体が離れる頃には、辺りは夜の帳に包まれていて。
「………」
 他に誰もいない、静寂に満たされた泉のほとりで、二人はもう一度抱き合った。


イラスト:みなと