● ランララ聖花祭〜甘酸っぱい想い出〜

 2月14日、ランララ聖花祭の昼下がり。
 さえずりの泉のほとりで、コハクとアラクナは二人並んで座っていた。
「あれから、もう1年になるんじゃな」
「あれ……?」
 そよそよと吹く風に、微かに揺れる水面。それを眺めながら、感慨深げにコハクは呟いた。
 彼が思い返しているのは、アラクナへの気持ちに気付いた、あの時のこと。
 それは去年のランララ聖花祭、その直前にまで遡る。
 旅団の仲間達と一緒に過ごしていた時のことだ。
「アラクナが、『気になるあの子と急接近ドッキンお楽しみチョコクッキー』を意図せず持って来たんじゃったな。そして、わしとアラクナがみんなから食べさせられそうになって……」
 記憶を懐かしそうに辿るコハク。
「あの時のアラクナが、もう可愛くてのぅ」
「な……っ!」
 うんうんと頷くコハクの様子に、顔を真っ赤にして恥ずかしがるアラクナ。恥ずかしさのあまり、何も言えないといった様子で、黙ってしまう。
 そんな彼女の姿に、コハクはほんの少しだけ笑みを漏らして。
「……そして、わしから告白したんじゃったな」
 彼女が、これ以上恥ずかしくならないようにと気遣い、言葉を選びながら、そう振り返る。
 その出来事をきっかけに、アラクナを好きなのだと気付いたこと。
 ランララ聖花祭の後で告白して、その返事を彼女から受けたこと。
 だからこそ……今、こうして、愛し合っている自分達が、ここに居るのだということを。
「うぅ……」
 そんなコハクの姿を見ながら、真っ赤になりながら言葉にならない声を出すアラクナ。
 どことなく嬉しげにも見えるその顔に、アラクナはただ「そゆことは、言わずに心に仕舞っとく」と、ぷいっと視線を逸らすしか出来ない。
 でも、その仕草がまた、コハクにとっては可愛らしくて……。
 くすりと水面に視線をやるながら、笑みを深めた時だった。

 ちゅ。

 不意に、コハクの頬をかすめる感触。
 慌てて振り返れば、さっきまで隣に座っていたアラクナが立ち上がったところだった。
「わ、私、用事があるから、もう行く」
 そうふいっと身を翻して歩いていくアラクナ。
 そんな彼女の背を、今度はコハクが赤くなりながら見送る番だ。
「一本、取られてしまったのぅ」
 ようやくそう口にした頃には、早足で歩き去るアラクナの背は、もうすっかり小さくなってしまっていて……。
 ふと、すぐ側から聞こえた「にゃーお」という声に振り返れば、愛猫のイムが木の陰から自分を見ているのが分かる。
「……おぬしには、しっかり見られてしまったようじゃな」
 そう苦笑しながら立ち上がると、コハクはイムを抱き上げて……今のアラクナの姿と仕草を思い返して、恥ずかしそうに笑った。


イラスト:酔生夢子