● …来てくれて、ありがとう…

 ランララ聖花祭の日。
 エフィアは、女神ランララの木の下で恋人を待っていた。
 実は、この会場に来る前に。
『今日は空いていないかもしれない』
 と、既に言われていた。
 がっかりしながらも、でも、と思う。
(「もしかしたら、来てくれるかもしれない」)
 淡い期待を胸に、エフィアは、日が高い内に会場に来ていたのだ。
 その手には、初めて作ったチョコレートを入れた箱を持って。

「ごめん、待たせちゃったかな?」
「ううん、さっき来たばかりよ」
 エフィアの周りには、一人、また一人と恋人と連れ立って行ってしまう。
 それをエフィアは黙って見送った。
(「……やっぱり……来れないのかな……」)
 少し寂しくなって、エフィアは気晴らしに散歩を始める。
 ランララの木の下から、朝露の花園。さえずりの泉、そして、星屑の丘。
 気が付けば、空には星が瞬き始めていた。
「わあ、綺麗……」
「そうだね……」
 エフィアの目の前に、カップルが幸せそうに夜空を眺めていた……。
(「来ないのはわかっているのに……どうして、私はここにいるんだろう……」)
 つうっと、エフィアの瞳から、涙が零れる。ぽろぽろと後から後から溢れていく。
「帰ろう……」
 そう呟き、目を閉じた瞬間。

「ごめん! ……遅くなったっ!」
 荒い息と共に、誰かがエフィアを後ろからきつく抱きしめたのだ。
「え!?」
 思わず振り返る。
 そこには、来るはずの無い恋人、ビリーの姿があった。
「エフィー、ごめんね。……ずっと……待っててくれたんだろ……?」
 ビリーはそう言って、エフィアの冷たくなった手を優しく握る。
「ビリーさん!? どうして、ここに?」
「こういうお祭り、いつも一緒に行けなかったからね……」
 苦笑しながら、ビリーはそっとエフィアの頭を撫でた。
「………来ないと……来ないと、思った……ですっ」
 止まらぬ涙をそのままにエフィアは笑う。いつの間にか、エフィアの瞳から流れるこの涙は、悲しみの涙ではなく、嬉しさから生まれる涙へと変わっていた。
 作ってきたチョコレートを一つ、ビリーの口に入れて。
「ありがとうございます……ビリーさん。……大好きですっ」
 ありったけの感謝を、嬉しさでいっぱいの感謝を込めて、エフィアは伝える。
「ん……ありがとう、エフィー。……愛しているよ……」

 夜空にまた、星が流れた。
 その美しい輝きの下で、幸せそうな二人が、静かに目を瞑った。


イラスト:船崎由徒