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遠く彼方に想いを馳せて
ここは北方セイレーン王国の港に停泊している船の上。
その白い船の甲板上に一人の青年、リオネルは、手摺りに体を預け、遠い故郷を思う。
「今日は、ランララ聖花祭だっけ……」
そう言葉にした息が白く変わる。海もあるせいか、ここはかなり冷えるようだ。
(「今頃はきっと、同盟諸国中が幸せに包まれているんだろうな」)
揺れる波間を眺めながら、リオネルの思いは続く。
「そういえば、冒険者になってからは、この日は毎年シスと過ごしてたっけ」
隣にいるはずの姿を探して、いないことを改めて実感する。
違和感にも似た不思議な気持ちが、リオネルの心を満たしていく。
「今頃、どうしているかな……」
ふと出た言葉に、リオネルは思わず苦笑する。
静かな海に向かって、言葉を重ねた。
「心配かけてごめんね。でも、きっと無事に帰って来るから。……だから、笑顔で待っててね」
言葉を届けたい相手は、ここにはいないけれど。
冷たい風だけが、リオネルの横を通り過ぎていった。
普段と変わらずに、シスは木陰に座り、編み物をしていた。
気がつけば、子猫がシスの膝の上で丸くなっている。
シスの膝がそんなに気に入ったのか、それとも暖かく良い場所なのか。
子猫は気持ちよさそうに眠っているようだ。
そんな様子にシスは思わず笑みを浮かべる。
そしてまた、編み物を始めた。
シスは編み物は得意ではない。
それでも編むのは一種の願掛けなのかもしれない。
「お帰りになるまでには、綺麗に編めるでしょうか……」
不揃いな網目を見て、シスは思わず苦笑を浮かべる。
静かなときがゆっくりと過ぎようとしていく。
ふと、シスが顔を上げた。
少し冷たく、けれど心地よい風。
シスは気持ちよさそうに瞳を細め、風を追うように空を見上げた。
「……頑張ってくださいね」
小さな呟きは、きっと風が運んでいくだろう。
幸せそうに微笑んで、シスは心の中で呟いた。
(「笑ってお会いできるように、私は此処で頑張ります」)
そろそろ船内に戻ろうとしたリオネル。
「えっ……」
誰かに呼ばれたような気がして、振り返った。
誰もいない。
あるのはただ、冷たい風。
けれど、心地よく感じるのは、気のせいだろうか。
リオネルは嬉しそうに微笑むと、ゆっくりと仲間のいる船内へと向かったのであった。
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