● 君の知らない春

 やわらかな、優しい日差し。
 風に揺れる華やかな花達。
 溢れるばかりの緑。
 春は近づいている。けれど、時折吹く風はまだ、肌寒くて。

「確か、まだ春ではないと聞きましたが……暖かいみたいですね」
 目の前に広がる光景にデュンエンは瞳を細めながら、隣にいるイコンにそう告げた。
 その様子にイコンはくすくすと笑みを浮かべながら、今日のために持ってきたお菓子を取り出して見せる。
「……ランドアースは、驚くことばかりかな……?」
 イコンが差し出したのは、動物をくりぬいたクッキー。少し焦げているところもあるようだが、クッキーの味には問題なさそうだ。
「いいえ、驚くよりも感動する方が多いです」
 その言葉にイコンは微笑み、そっと花園に視線を向ける。その眼差しは体に感じる優しい日差しと同じ暖かさを感じる。
「これからランドアースは春になる。氷が溶け、新たな芽吹きが満ち溢れる季節になるんだ」
「まだ、想像できませんね……」
 今まで氷の大地、コルドフリード大陸で過ごしてきたデュンエン。
 たくさんの花が咲き、暑い夏が巡り、紅葉を迎える。そして、デュンエンもよく知る冬の季節がやってくるのだ。
 四季のめぐり。
 それを知らないデュンエンにとって、四季を理解するのは難しいのかもしれない。
「……これから解るようになるよ」
 でも、そんなことは些細なことだと、イコンは思う。クッキーの入った箱から一つ取り出すと、デュンエンの前にそっと差し出した。
「まずはこのランララ聖花祭という祭りを知ればいい」
 ありがとうございますと、デュンエンはそのクッキーを受け取り、さっそく頬張る。
「ランララ聖花祭は、とても美味しいお祭りなんですね」
 何か勘違いしたのかしないのか。
 イコンは、それでもいいやと心の中で呟き、笑った。
 その笑みに釣られるように、デュンエンも微笑んで。

 もうすぐ春を迎える。
 君の知らない春が来るんだ。
 そんな素敵な春を一緒に過ごそう。
 イコンはそう、心の中で隣にいるデュンエンに呼びかけるのであった。

イラスト:都 和