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甘い唇
さえずりの泉のほとり。
セシリアはアンナと向かい合うようにして立っていた。
セシリアは背後に隠すようにしてチョコレートを握っているが、どうしてもアンナに渡す事が出来ないらしく、ソワソワとした表情を浮かべている。
このチョコレートはセシリアが試行錯誤を繰り返し、何度か味見をしている最中にあっちの世界に旅立ち、生死の狭間を彷徨いながら、ようやくん完成させた逸品。
数多くの失敗作とは異なり、唯一美味しいものである。
だが、その形は予定していたハート型とは大きく異なり、いびつな形になってしまっていた。
その形の悪さと渡す事自体の恥ずかしさから、最後の一歩を踏み出す事が出来ず、先程からモジモジとしているようだ。
「むー、お嬢様、何か隠してない?」
アンナもそれを見抜いたらしく、セシリアにジリジリと迫っていくが……。
「な、何でもないですわ!」
と半ばムキになって反論し、なかなかチョコレートを渡そうとしなかった。
それでも、アンナは『怪しい』とばかりに探りを入れ、ジリジリとセシリアに迫っていく。
「あ、そこが怪しい気がするー。見せて、見せてー!」
まるで玩具を見つけた子供の如くじゃれつき、アンナがセシリアに勢いよく飛びついた。
その拍子にセシリアがバランスを崩し、アンナを巻き込むようにして泉に転がり落ちる。
「あっ、チョコレート」
水面に浮かんだ包装紙から食み出ている形の崩れたチョコレートを見つけ、アンナが全身ずぶ濡れになったまま、ハッとした表情を浮かべて大声を上げた。
「そ、そうですわよ、隠してたのはこれですわ!」
慌てた様子でアンナからチョコレートを奪い、セシリアが恥ずかしそうにしながら言い放つ。
それでも、恥ずかしい気持ちが抑えきれなかったため、『あ、アンナのせいでこんな形になって、びしょ濡れになっちゃったんですわよっ!』と自分の失敗を責任転嫁した。
「責任もって……、食べなさいっ」
だが、さすがに言い過ぎたと思ってしまったため、アンナに突き出すようにしてチョコレートを渡す。
その様子がとても可愛らしかった事もあり、アンナのイタズラ心が刺激され、少し艶を含んだ表情を浮かべてセシリアに視線を送る。
「じゃあ、お嬢様のお口で食べさせて欲しいな」
その途端にセシリアの顔が真っ赤になり、後には引けよう様子で深呼吸をした。
「う……わ、わかりましたわ……」
観念した様子で小さく頷き、セシリアがゆっくりとチョコを咥える。
そして、セシリアはアンナと身体を重ね合わせるようにして、チョコレートを口移しで渡すのだった……。
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