その晩、酒場『Eulenspiegel』には『貸し切り』の札が下がっている。いつも貸し切りみたいなものだが……という野暮はよそうじゃないか。 「昨日と今日が誕生日の諸君、おめでとさん!」 美麗! グレイト! オカッパ頭の青い髪! いつも格好いい店長ことネロが宣言する。 ごく平穏な誕生パーティのようなのだが、さにあらず。 「誕生日会のメイン料理に闇鍋を作ってみました!」 などと叫んでネロは、ずしっと巨大な鍋をテーブルに置いたのである。 湯気が踊り、温かな香が漂った。 「えーっと……とりあえず皆さんおめでとうござ……」 パルは箸を取ったところで、ぴくりと静止した。 (「闇鍋、って言いました?」) 温かな香……の正体は刺激臭だ! 鍋の中に、得体の知れないものが顔をのぞかせている。信じがたいが紙束(!)まであった。 「こーいうのは主役が先にやってくれないとアレですから。私はもう少し後でお願いします」 蒼白になり、パルはそそくさと身を引いた。 「ヒィ! 丸ごと蜜柑も混じってない!? 祝い事にスリル求めなくてもいいじゃんか」 ピジョンが抗議の声を上げるも、ネロは胸を張って答えた。 「だって我輩、今、甘いモンも辛いモンも食べる気分じゃないんだもん」 「全然それ納得いく説明になってないヨ!」 「安心しろ! この優しい我輩が、しっかり甘い物も辛い物も入れといてやったから」 「ますます安心できな……!?」 店が暗転する。ネロが店内の灯りという灯りを消したのである。 「ケーキとかさ。普通のパーティ的な………無理ですかそうですか」 半泣きのチノは、小さいものをつまんで口に含んだ。 「酸っぱ! 鍋なのに酸っぱ!」 「ちぇっつまんねーの! ただの梅干しだ」 「いえ十分インパクトはあると思うんすけど!」 ディオも鍋に近づく。 「塩辛が、お鍋をカオスにしている気がする。せっかくだし私も……」 彼女がつかんだのは椎茸、セーフ食材だが、カオス汁につかってイイ味加減(?)だったりする。 「遅くなってごめんなー! ン? なんか店暗い? これ食べるのか?」 来店するなりクロウは、ぱくっと白いものを口に入れた。 「うん、餅だな。甘辛いが美味い」 セーフ。 ペルレが掴んだブツも、ラッキーなことに長ネギだ。 「ネギといえば、してやんよーでごザイましてヨー」 彼女はネギ一束を片手に踊るのだった。 「これは野菜なぁ〜ん?」 クルックの選択も比較的当たりといえよう。アボカドなのだ。 もちろんセーフでない人もいた。ピジョンはマグロの目玉に悶絶し、パルも飛ぶ。 「それでは地雷を踏みに行きましょうかっ!」 「残念。ただの羊羹のようだ」 「この温かい甘さが……はぅ!」 ネロはニヤニヤと笑った。 「完食できなかったか……ならばこのまま年越しと行こう!」 マジデスカー! という抗議の声を聞き流し、 「喜べ、まだまだ具はある!」 湯気上げる鍋をネロはつつくのである。来年もよろしく!
【マスター候補生:桂木京介】
|
|