百目鬼・面影

<銀誓館襲撃〜百目鬼面影>

 ナイトメアビースト第5の刺客、「リメンバー昭和」百目鬼・面影(どうめき・おもかげ)。
 昭和の品々から『昭和ゴースト』を生み出す能力を持つ彼は、昭和ゴーストを一時的に元の品物の姿に戻し、チャリティバザーに持ち込んだ。
 そして、再びゴーストと化した彼の配下達は、バザー会場をたちまち占拠したのだ。
 能力者達は、バザー会場を奪還せんと体育館周辺を取り巻くゴースト達を退け、百目鬼の待つ体育館へと踏み込んでいた。

●百目鬼
 チャリティバザーが行われていた体育館には、出品された品々が取り残されていた。
 その真ん中にいるのは、制服を着た一人の少年だ。
「ああ、素晴らしい……僕が持ち込んだ以外にも、こんなに素晴らしい品々があるなんて。この金属の質感。まるで僕を誘惑するかのような美しい曲線が……」
「そこまでだぜ、百目鬼面影!」
 扉を開いた篠田・春一(夕焼けの春空・b01474)の声が、体育館に響いた。
 呪いを篭めた春一の魔眼を、チャリティバザーの品々に囲まれていた百目鬼は真っ向から受け止めた。大気が一瞬揺れ、春一は軽く舌打ちする。
「受け止められたかよ……」
「やぁ、突破されてしまいましたか。流石に強いですね」
 リュクサーリヒト・ユーバー(夜想玉兎・b23319)は、両手の術扇を構えると慎重に体育館へと踏み入った。
「古き良きものを愛でる気持ちは良し、しかしそれを以て他者を蹂躙するとは、貴方は本当に物を大切に想っているのですか?」
「古きモノを尊ぶ気持ちを持つまではよかったが……それで誰かを傷つけるのは許されないことだ!」
「力の使い方は僕が決めますよ」
 これまでにも幾つもの無差別殺人を行おうとして来た百目鬼・面影への怒りをぶつける聖に、百目鬼は飄々と応じる。
 百目鬼の腕が膨れ上がり、学生服の袖が内側から破裂するかのように弾け飛ぶ。紫色を帯びた悪鬼めいた腕を軽く振った百目鬼は、挑発するように指で能力者達を招いた。
「古き物を慈しむ気持ちだけならば、共感もできたのでしょうが……残念です」
「行くぞ、モラ!」
「モキュッ!」
 星・聖(青藍の黒き風・b13484)がモーラットと共に体育館へと躍り込む。
 だが、その足元で起こった動きに、宮古島・うるみ(猛襲破砕型必殺撲殺赤貧少女・b57318)は咄嗟に制止の声を上げた。
「危ないッス!」
 転がっていた消しゴムが突如として人間大になった。繰り出された拳は、急停止した聖の頬をかすめて過ぎる。
 直後、うるみがその消しゴム怪人の前に飛び込んだ。ロケットスマッシュが現れた昭和ゴーストの1体を吹き飛ばす。
「……! 助かった!」
「気をつけるッス。あいつの戦力、外にいた分だけで全部じゃないッス!!」
「あの野郎、さっきの誘いは……!」
 月映・旦(暁のエアライダー・b77686)は、悠然と構える面影を見た。
「心配性でして。手元に戦力を残しておきたいんですよ」
「だったら!」
 琴吹・紗枝(青空駆ける春一番・b49528)が、体育館に飛び込むと同時に己の力を解き放つ。
「妙ちくりんなゴーストばっか作り出して……! ボクが成敗してやるから覚悟しろーー!」
 体育館の入り口を中心として、紗枝の妄想が描かれた漫画原稿が猛烈な勢いで飛び散った。
 原稿を避けるため、あるいは直撃を受けて、昭和ゴースト達がその姿を現す。腕を軽く振るってそれを避けた百目鬼は、原稿に目を落とすと感心したように呟いた。
「ほう……これはこれは。昭和的なものも感じさせるような……」
「よ、読まないでよ変態!!」
「昭和昭和とやかましいっての! 平成生まれの意地……見せてやらァ!」
 旦が赤いスカーフをなびかせて突進する。グラインドアッパーで敵陣を切り崩しにかかる彼の後ろから、リュクサーリヒトもヘリオンの力で援護射撃を放って行く。
「露払いはお任せを!」
「昭和ゴーストは古き良き事物を歪めているだけです。過ちは、正さなければなりません、ね」
 そっと目を伏せた新城・紫織(黒紫の祓い手・b05154)は、大鎌を一閃させた。曙光色の刃が、仲間に迫らんとしていた黒電話の頭部を持つ昭和ゴーストを斬り裂いた。
 大きな頭部に不釣り合いな細い体がバランスを崩して転倒する。即座に紫織が大鎌の柄を叩き付けてとどめを刺すと、砕けた電話がその場に残った。
「やれやれ……やっぱり皆さん手強いですね」
「見つける目は確かなんだから、アンティークショップでも開けばきっと人気出たのに……」
 杜塚・紗耶(夢うつつ端境の野に戯れて・b52278)の封神十絶陣が、周囲のゴースト達を巻き込んで広がっていく。
「過ぎ行く時代を懐かしむのは悪いことじゃないんだけど……でも、それが今を生きる人を傷つけることはあっちゃならない。それがわからないあなたは……わたしの手で、過去の存在にする」
 眠たげな目を向けながら、椎名・悠(深緑のねぼすけ娘・b20132)は両手の剣を頭上で振り回して百目鬼を見た。
「なんで命かけてまで、こんなことに手を貸しているの?」
「ジャックさんが王に相応しい力を得た以上は彼に従いますよ。そして何より……貴方達は、父さんを殺した。まあ、貴女の言葉を借りるなら、『過去の存在になった』とでも言うべきですか? まあ……父さんも、僕のことなんて忘れていたでしょうけどね」
 紗耶の問いかけに、百目鬼は肩をすくめた。
 彼の溜息と共にサイコフィールドが展開、強化された昭和ゴースト達が一斉に悠達に躍り掛かる。たちまち体育館の中を舞台とした乱戦が巻き起こる中、ギンギンカイザーXを飲み干した竜桜院・エレナ(幸運の金色兎・b32417)は、百目鬼の姿を素早く宙に描く。
「貴方は所詮、父親に縛られているだけではないですか……!」
「生憎、百目鬼の家からはとうに勘当を喰らった身でしてね。家を出てから、父さんと話したことは一度もありませんよ。これは僕の我が儘というやつです」
 デフォルメされた自分の姿を、百目鬼は怪物めいた腕を振るって叩き潰した。埃を払うように手を叩くと、目を細めて述懐する。
「とはいえ……あんな人でしたが、一応は血の繋がった父親でして。仇は取らせて貰いますよ」
 百目鬼面影の父、『ワンチャンス』百目鬼・戦闘力もまた、ナイトメアビーストだった。
 かつて『揺り籠の君』の配下『バビロンの獣』の一人として銀誓館学園の能力者達と戦った彼は、聖杯戦争に破れ、琵琶湖に散ったのだ。
 能力者達が見る百目鬼の顔からは、彼がどれだけの憎悪を内に宿しているのか、見当もつかない。
 と、自嘲するかのような笑みが、彼の口元に浮かんだ。
「……なるほど。ジャックさんが、僕を最後にした理由がなんとなく分かりました。僕が『仇討ち』で戦う以上……他の人達が敗戦してからの方が、憎しみは、力を増す」
「最後?」
「おっと。これは失言でしたね」
 エレナの言葉に苦笑を浮かべると、百目鬼は自らの身を激戦の場へと飛び込ませた。

●過去からの声
「俺、4月になったら男の娘卒業するんだ……!」
「古典的なフラグですね。悪くない」
 北欧・月凪(うたかたの紅い蝶・b61966)の顔面を目掛け、百目鬼の拳が繰り出された。クロスカウンターの形で互いの顔を撃ち抜く2つの拳。
 古典的とも思える光景だが、三つ編みにメガネ、おまけに旧式スクール水着という月凪と、詰襟の学生服(ただし袖無し)の百目鬼の取り合わせが実に奇抜だった。
「ちなみに旧式とは言いますが、結構最近まで使われていたりしましたので昭和ゴーストにはなりません。悪しからず」
「誰に説明しているんです?」
 月凪が崩れ落ちると同時に、
「懐古趣味も嫌いではありませんが……後ろばかり見ていても、何も変わらないんです、結局は。だから、貴方とは合いそうにない」
 渡良瀬・戒杜(闇染の月光蝶・b57326)が冷たい笑みを浮かべると共に、ケルベロスオメガの『零』がその翼で昭和ゴーストを蹴散らした。昭和ゴーストが消滅し、開いた射線を飛んだ破魔矢が目鬼を貫く。
「不倶戴天というわけですか……」
「そもそも昭和の素晴らしさを伝えると君は言っているが、このチャリティバザーは物を大事にしようとする想いの詰まった場所なんじゃないか。それを何故壊す!」
「ノスタルジーも悪くはないが、迷惑をかけずにやってもらおう」
 流茶野・影郎(覆面忍者ルチャ影・b23085)ことルチャ影のグラインドアッパーと椎名・竜兵(手を差し伸べる・b15684)の光の槍を、百目鬼は交差させた両腕で受け止めた。
「昭和の品物は保護しますよ。それ以外に興味はありません。ついでに言えば、銀誓館学園で行われている行事なら、幾らでも破壊しますよ?」
「勝手なことを……! 行事がらみで何故か戦いになるとか漫画じゃあるまいし、ここであんたは終わらせるわ!」
 紗白・波那(光巡る花・b51717)の幻影兵団が、能力者達の射程を一気に伸ばした。各々の攻撃が、着実に敵の数を減らしていく。
「……昭和は普通に好きだけどあんたは大っ嫌いよ!」
「それはお互い様ですね。こちらも貴方達の事は大嫌いです」
 苛立ち混じりに言う波那に、笑みすら浮かべて応じる百目鬼。
 そうする間にも、昭和ゴーストとの戦いは、激戦の様相を呈しつつあった。
「長引いているわね……」
 アビリティを使い果たした鳳・流羽(門吏の符呪士・b03012)が傷ついた能力者達に肩を貸し、体育館の外へ運びながら呟く。
 体育館内にいた昭和ゴーストは数多く、能力者達は長期戦を強いられていた。
 長期戦に陥ることでのアビリティの枯渇は能力者達の危惧するところだった。だが、流羽を含め、連戦となっている状況のために、アビリティを使い果たす者も出始めている。
「でも、長引けばこっちの戦力自体は増えるわよね」
 言う間にも、昭和ゴーストを突破した星野・優輝(戦場を駆ける喫茶店マスター・b15890)達が、体育館へと走り込んでいく。
「温故知新、いい言葉だ。昭和が良い時代だったのも認めよう。だが、その思いが人を殺めることになるのは間違っている」
 平静な声と共に、優輝の体が躍るように弧を描いた。
 詠唱マントに隠された刃が、優輝を取り囲んだ昭和ゴースト達を斬り裂く。弧を描くステップが終わると同時に、昭和ゴースト達は消え去り、後に残るのは昭和の品々の残骸だけだ。

「ああ……昭和の品々が」
「お前は昭和を大事になんかしてねーだろ! 自分のために利用してるだけだ!」
 大羽・輝流(闇夜を照らす琥珀の月・b25702)が叫ぶ。
「昭和を愛する心だなんだと……戦いの道具にしてる奴の言えたことかよ!」
 輝流の叫びと共に、炎を纏った銃弾が一斉に撃ち出された。
 セルロイド製のお面の昭和ゴーストが炎の中に溶けるように消えて行く。
 その隙間を縫うようにして、伊東・尚人(理の探求者・b52741)は昭和ゴーストとの戦いで傷ついた体を引きずるようにして走った。
「おまえの生み出したゴーストは本当に強かった。昭和に生きた人々の想いの強さ、思い知ったよ」
 拳を固めての疾走が、百目鬼との距離をたちまちのうちにゼロとする。
「だが、それを打ち破った俺が、おまえに負けるはずがない!」
 振り上げた尚人の拳が、百目鬼の顎を跳ね上げさせる。床についた百目鬼の指先が体育館の床を割り掴み、倒れるのを防ぐ。
 だが、狙い澄ました山内・連夜(水奏の観者・b02769)の放った水刃手裏剣が、彼の足へと突き刺さった。
「昭和は敗戦で劇的に変わって飛躍した時代でもある。これまでの幾多の戦いに破れ、それでもで変わることができなかったお前は……昭和の真髄を理解してなどいないんだ!」
 続けざまに放たれる手裏剣を、百目鬼は床に転がり回避する。
 だが、起き上がろうとした瞬間、彼の動きは不自然な形で止められた。
「何が……ッ!?」
 飛来した『靄』に触れられた部分が動かなくなっているのに気付くと同時、その範囲は瞬く間に広がっていく。幻影兵団の力を受けての、真中・縫子(心の縫合士・b75389)の石兵気脈砕きだ。
「確かに、昭和の懐かしいものには機能だけでなく、人の心を揺るがせる何かが込められていると思うよ」
 石化しつつある百目鬼へと気脈砕きの力を流し込みつつ、縫子は言う。
「でも、そんな思いを、今の世の道具だってしっかりと受け継いでいるんだ。便利なだけじゃなく、ね」
「……そうだ。歴史の積み重ねがあり、今がある。過去を懐かしみ、その時代のモノを大切にする気持ちは正しいものだろう」
 猛海・シャチ(わだつみの水練忍者・b43692)は、静かに問いかけた。
「だが、今を生きる者達を大切に出来なくて、どうして過去を未来につなぐことが出来るというのだ。面影よ、お前も“今”を生きている者の一人なんだぞ?」
 自分よりである百目鬼が、過去に囚われているようにシャチには思えた。
 だが、百目鬼は無言のままに、全身に力を篭めた。気脈砕きの力が振り払われ、身体の自由を取り戻す。
「生憎と、この力が僕の『夢』ですよ。この夢がある以上、僕は止まるつもりはありません」
「……ならば仕方がない。力を持たぬ人々と日常を守る盾として、お前を倒そう」
 シャチの手の中に、水で出来た手裏剣が現れる。
「大海原の怒り、その身で味わえ!」
「ワンパターンですよ!」
 百目鬼はすかさず腕を振るい、迫る手裏剣を弾き飛ばそうとする。
 だが、手裏剣は、その腕に深々と突き刺さった。
 ジングル・ヤドリギ(吟星クリスマスロイド・b06651)のかき鳴らすクリスマスカラーのベースギターの響きが、反戦を求める歌声が、百目鬼の守りを崩している。
「くっ……!」
「今です!」
 ジングルの声より早く、
「昔を尊び懐かしむのはとてもいいことだよ。だけど、昔を知って未来をより良く変えようとすることにこそ、懐古の意味がある! 」
「人生のチャンスは何度でもあります。だから、懐かしむ気持ちは大切ですが……、未来に向かう者が勝つのです!」
 ゴスロリのドレスを翻したポルテ・トルテ(フェンリルクォーツ・b37411)の剣が、そして樹・吉野(永訣のサウダージ・b16185)の手にした二振りの斬鬼刀が、百目鬼を斬り裂く。
「過去は未来に勝てない。至言ですね。それでは、さよならです。……映画の解説者でもありませんし、挨拶は一度で……」
 ザ、という音を立てて、百目鬼の体は黒い塵のようになり、床に散らばった。
 スズキカッターを振るい、映画のポスターが元になったらしい昭和ゴーストと切り結んでいた三葛・早苗(ユーチャリス・b00448)の前で、昭和ゴーストが元の物品へと戻っていく。
 同様の現象は彼女の前だけでなく、体育館とその周辺全てで起こっていた。
「百目鬼さんが倒れたから……維持していた力が、完全になくなったんですね」
 以前の百目鬼コピーとの戦いでは、コピーが倒れても昭和ゴーストは維持されていた。それが消えたということは、彼の力の影響が完全になくなったと見て良いだろう。
 同様の判断を下し、ジングルはギターを弾いていた手を止めた。
「面影クンにとって、昭和は大切な思い出がいっぱい詰まった時だったのでしょうか。ひょっとして……あのお父さんとの」
「百目鬼さんは、昭和の品々に自分を顧みなかった父親の心を探していたのでしょうか…?」
 早苗は百目鬼が消えた跡を見る。
 彼の父が、百目鬼・面影の事を忘れていなかったのなら、まだ救いは有る……そうであると思いたかった。
「校舎の方でも、決着がついたみたいだね」
 縫子が校舎の方を見る。
 どうやら百目鬼と共に潜入していた颯爽・菱子のコピーも、その全てが倒されたようだ。
「これでジャック・マキシマムの配下は、颯爽・菱子を残すのみですね」
 ナイトメアビースト側の戦力は、残り僅か。
 勝利を得るのは容易いだろう……。
 彼我の戦力差を考えれば、それが道理であるように思われた。

 だが……その予測が間違いであったことを、能力者達はすぐに知ることとなる!