誘森・菓子子

<銀誓館襲撃〜誘森菓子子>

 銀誓館学園に潜入したナイトメアビースト「お菓子ハウス」誘森・菓子子は、その特異な能力を駆使し、給食が届かないというトラブルを引き起こすことで、瞬く間に小学校を己の牙城とした。
 空腹感を感じたことで小学生達は『はらぺこドラゴン』と化し、教室は『お菓子の教室』と化したのである。
 だが銀誓館学園の能力者達が作り上げた愛情手料理は、菓子子の能力を打ち破り、ぬいぐるみの如き『はらぺこドラゴン』へと変えられた小学生達を、元の姿へと戻していった。
 残ったドラゴン達は自分達の主である菓子子の元に助けを求めてか、ぽよぽよと廊下を跳ねるように逃げて行く。
 その後を追い、能力者達は廊下を駆ける。

 はらぺこドラゴンを追ううちに、靴の裏がベトついて来るのを小野崎・穂乃美(夢の杜・b53780)は感じていた。よくよく見れば、柱の一部がクッキーに、窓ガラスもキャンディーへと変わりつつある。
「菓子子の力が、小学校全体におよびつつあるんですね……」
 甘ったるい匂いの中を走り抜けながら、穂乃美は白燐蟲の力を解放、つい先ほどの戦いで傷ついた仲間達を癒す。
 この調子だと、『お菓子の小学校』が誕生しかねない。
 急いで倒さなければならないと決意を抱きつつ、能力者達はドラゴンを追って屋上に出た。
 冷たい風に髪を揺らし、黒須・烈人(にゃんこはかぶりものです・b64496)はアームブレードを構えて屋上を見渡す。
「ぼくの30代なおかーさんよりお肌お疲れな菓子子ちゃん23歳はどっこかなー?」
「もぉ、何やってるの? 使えないんだから!」
 逃げ戻って来たドラゴン達を罵倒する菓子子は、烈人達に目を向けた。
「……げ。こんなに早く見つかっちゃうなんて」
「子供達を利用しようなんていう企み、私達には通用しないことがわかったかしら?」
 天鳥・てふてふ(真電脳魔女っ娘・b00248)は言ってピンクのエプロンを外した。
 能力者達と同様、はらぺこドラゴンも集まって来てはいるが、この数ならばなんとかなると彼女は判断する。
「ま、まだよ。こんなもんで負けを認めるわけが……」
「23歳バカ発見〜!!」
「ひどっ!?」
 紗白・波那(光巡る花・b51717)が上げた大声に、菓子子が目をとがらせる。
 とはいえ、大声をあげた甲斐あって、他の能力者達にも、菓子子が屋上にいることは伝わったようだった。
 怒りと不利な状況であることへの理解から表情を引きつらせる菓子子に、穂乃美は懇願するように言った。
「もう、こんな哀しい事は止めて下さい!」
「えー? でも、ガキどもは苦しめたいしぃー。」
 穂乃美の懇願を、菓子子は冷笑で受け止める。
 その様子に、てふてふは微妙な違和感を感じていた。
(「何なの? この余裕……」)
 圧倒的な強さを誇っていた天竜・頭蓋とは異なり、菓子子自身の力は、本来の実力から大して変わっていないように見える。だとすれば……。
 近くにいた波那も、同じことに気付いたようだった。
「気をつけて。何かが……!」
「それにぃ、あんた達さっきから人の年がらみのことしか言えないとか芸無いわけその程度の知能しかないようなオサルさんなんて生きてる価値無いわよね」
 機関銃のように言葉を放つと、菓子子の腕が、紫色をした悪夢の力に覆われる。
 そして彼女はインカムを装着し、叫んだ。
「来なさい! 『はらぺこ十一頭竜(ハングリー・イレブンヘッド・ドラゴン)』!!」
 校舎が揺れた。
 上空から飛んで来たドラゴンが、屋上に降り立ったのだ。
 その頭の数は、名前の通りの十一。
 全身に稲妻のような光を帯びたドラゴンは、菓子子を恭しく抱えると、背中へと乗せる。菓子子が抱き着くかのような姿勢で、腕をドラゴンの背中に突き込むと、菓子子の力がドラゴンへと流れ込んだ。ぬいぐるみのようだったドラゴンの瞳に悪しき意志が宿るのを、能力者達は感じ取る。
「どうかしら? 体育の授業直後の男子十一人から作り上げた『はらぺこ十一頭竜』!」
「おのれ、誘森菓子子! この期に及んで自分で正面切って戦わないつもりか!」
 怒りもあらわに、マチルダ・バレンタイン(零下に舞う白薔薇・b59286)は、剣の先を十一頭竜に向けた。
「貴様には三つの罪がある! ひとつは食糧を武器にした事! ひとつは子供を狙った事! 最後のひとつは菓子を悪用した事だ! 此度のフルコースは、貴様の開きで締め括るッ!」
「やぁん、かっこいい! でもでも、菓子子はズルいから、自分じゃ戦いたくないの♪」
「あぶねぇっ!!」
 須釜・黎治郎(中学生魔剣士・b70526)の声と共に、ケットシー・ガンナーがマチルダを背後から狙おうとしたはらぺこドラゴンの一匹を撃つ。
 続けて黎治郎の影が手の形に伸び、そのドラゴンを貫いた。
「……やってくれるな!」
「この程度で卑怯とか言ってるなら布団をかぶって震えてなちゃい、お子様ちゃん♪」
 菓子子の声と共に、一斉にはらぺこドラゴンが能力者達へと一斉に襲い掛かった。

 誘森・菓子子と一体化した十一頭竜は、他のドラゴンを圧倒する力で能力者達へとサンダーブレスを吐き出し続ける。
 瞬く間にボロボロになっていく校舎を目にし、姫神・くくり(掬想・b36996)は怒りを隠さず菓子子をにらみつけた。
「大切な……学校、壊す。……くくり許さない」
 居場所の無かった彼女にとって、迎え入れた銀誓館学園は大切な場所だ。
「許さないなら、どうだっていうの?」
 返答は、天空からの光として菓子子の入った十一頭竜を撃った。
 石のように固まる十一頭竜に、波那の幻影兵団を受けた能力者達の攻撃が向かう。てふてふが撃ち込んだ隕石の魔弾が、能力者達の前方を切り拓いた。
「年齢11倍は辛くないかい?」
 真顔で問うのは葛城・時人(光望青風・b30572)。光の槍を十一頭竜へと突き立てる彼に、犬塚・沙雪(通りすがりの正義の味方・b38003)も同調する。
「お前も11倍か。じゃあ菓子子253歳だな!」
 特撮物のヒーロー的にビシッと指差して挑発する沙雪に、菓子子は苛立たしげな声を上げた。
「何様のつもりよ、人を馬鹿にしてっ!!」
「通りすがりの正義の味方だ!」
 もはや無言で叩き込まれて来る十一頭竜のサンダーブレスを、沙雪は刀で受け止める。
「……そうムキになるなよ。違う出会いしていれば友達になっても良かった気もしなくはないけど、ここで終いだ、覚悟しな」
 フォア・メルヴェイユ(星詠の謳・b53391)は真サキュバス・ドールの『ブランシェ』に共に攻撃するよう命じつつ、言葉を投げかける。
「意地悪が過ぎたようだね。大人げない23歳の貴女のことは少し可哀想だけどここでお終いにさせてもらうよ。さようなら。道を踏み外した23歳」
「……あの、俺のちょっといい感じのセリフが台無しなんだけど」
 沙雪が半眼になる。その間に屋上の金網フェンスを蹴って走るのは、比良坂・銀夜(闇守の蜘蛛・b46598)だ。
「逃がさんぞ、誘森菓子子23歳! 若作りをしても首周りや膝の皺で判るもの!」
 銀夜がフェンスを蹴って跳んだ。顔を下に向けて、飛び込むように十一頭竜の翼にかじりつく。綿菓子のような甘い味が、銀夜の口の中に広がった。
 彼はそのまま、十一頭竜の体を噛みちぎる。
「飢えているのはお前の心。悪夢では心は満たされん! 悪夢は夢の中に還るがいい!」
「大体、23歳でゴスロリはさすがに……似合う似合わないの前に、いいトシなんだから弁えないとねー?」
 倉科・こころ(焔の如き希望と共に歩む者・b34138)がからかうように言う。菓子子は苛立ちを隠さない声音で、それに応じた。
「大体、あんな破れたスカート履いて登校してる学校の人達に服装云々言われたくないわ!」
「「ああいうデザインなの!!」」
 高校生以上の女性能力者達が、一斉に反発した。
 たじろぐ菓子子の十一頭竜に、萱森・各務(遊鬼士・b56350)の白燐奏甲を受けた樹・吉野(永訣のサウダージ・b16185)が剣を叩き込む。
「子供たちに、これ以上手出しはさせません。笑顔を守る。私たちの『力』は、その為にあるのですから」
「子供の笑顔なんてあっても無駄じゃないそんなに笑顔が好きなら接着剤で顔を笑顔に止めとけばっ!!」
 吉野の言葉に何か感ずるものでもあったのか、力任せの十一連攻撃が彼女へと叩き込まれた。
 一瞬にして傷つけられながらも攻撃を凌いだ吉野を、各務がすかさず癒す。
「うざったいわねぇ……!!」
「直接戦えなくても出来る事はある、援護こそが私の戦いよ!」
 苛立つ菓子子は後方の能力者達を狙おうとするが、吉野をはじめとした前衛達がそれを許さない。加えて、はらぺこドラゴンの数は、菓子子の想像以上に減っていた。
 能力者達の愛情料理は、消せはしないまでも確実にはらぺこドラゴン達を弱体化させている。
「ああもうイラつくわ何なのよ本当に」
 余裕の無い口調でブツブツと言いながら、菓子子は狂的な声を上げた。
「いいわだったら本当に胸糞悪い力の使い方っていうのを見せてあげる。……一切合財容赦なく、普通の小学生どもをブチ殺すのよ、はらぺこドラゴン達!」
 能力者達に戦慄が走った。
 屋上から飛び降り、窓を破れば、小学生達のいる教室までは10秒とかからない。
「さあ、行きなさ……」
「誘森さんさ、何で子供ばっか狙うの?」
 八伏・弥琴(始まりの空・b01665)の言葉が、菓子子の意志は一瞬揺らがせたようだった。
「ドラゴンを呼び出す力は、寂しさの裏返しじゃないの……?」
「寂しそうな子供ばかり狙っていたね。彼らの寂しさが分かるということは、君にも、そうした時期があったのではないか?」
 静島・茅(果敢な紡ぎ手・b45688)が、弥琴の言葉を引き継ぐ。
 悪夢の力を受け入れ、強いナイトメアビーストと化すに足る素養を培った出来事が、菓子子にもあったのではないか……。
 2人の言葉に、菓子子は一瞬戸惑ったように動きを止め……そして、誤魔化すように、嘲笑するように笑い声をあげた。
「あ、アハハ、ハハハハ!! 何言ってるのよバカじゃないの御人よしもほどほどにしなさいよ私は子供が憎くてしょうがないだけよっ!」
「チッ! こんなヤツに甘い夢みてんじゃねぇ!」
 十一頭竜から噴きだした紫の煙が能力者達を眠らせんとするのを、シーナ・アルファッド(風のあるじ・b58350)の浄化サイクロンが吹き飛ばす。
 動き出そうとしたはらぺこドラゴン達は、能力者達の攻撃を受けて、そのことごとくが倒されていく。
「おい、ロリババア(23)! お前の好きにはならねぇみたいだな!
 シーナの投じたブーメランを避けようとした菓子子に、琴之音・琴子(とこしえの旋律・b05004)の声が飛ぶ。
「お前は想像力が足りないんだ。一つは『子供達の喜ぶ顔』もう一つは、『自分が負ける姿!』」
 琴子の箒が魔法陣を描き、炎の魔弾が飛び出し、ぬいぐるみのような十一頭竜が燃え上がった。
 炎に包まれた十一頭竜に、能力者達の攻撃が殺到する。
 崩れるように、十一頭竜の姿が消えた。屋上に落ちた菓子子から、もう戦う力は感じられなかった。茅は彼女に歩み寄り、告げる。
「……君にも、私達が作った揚げパンを食べさせてあげたかった」
「いらないわよ、そんな子供っぽいの。私はもう、虐げられるだけの子供じゃ……」
 最後まで憎まれ口を叩きながら、菓子子の姿ははらぺこドラゴンと共に消えて行った。
 『お菓子の家』と化しつつあった校舎が、元の姿を取り戻す。
 銀誓館学園を襲ったナイトメアビースト第二の刺客との戦いは、こうして決着したのである――。