病垂・愁一

<銀誓館襲撃〜病垂愁一>

●学校の怪談
 神崎・真希(優しき路傍の石・b75013)は、仲間達と共に逃走する怪談ゴーストを追っていた。
 敵に刻みつけたゴーストチェイスが、彼に病垂の居場所を教えている。
「校舎じゃないな」
 ゴーストの反応が校舎の外に向かうのを感じ、真希はそう呟きながら窓から、銀誓館学園の校庭を見下ろした。校庭も怪談の舞台となってはいたが、出現していた怪談ゴーストは能力者達によって破られつつある。
「そっちも片付いたか!」
 廊下の向こうから駆けて来た御鑰・陽一郎(オックルタメント・b35995)達をはじめとする能力者達と合流し、彼らは校舎の外に出た。
 冬休みの今、一般生徒の姿は無い。
 響くのは、詠唱兵器があげる唸りとゴースト達の金切声のみだ。
 能力者達の行く手に立つのは、校舎裏に立つ一本の大樹。その下に待つのは、逃走していた怪談ゴースト達と、どこか線の細さを感じさせる一人の少年だった。
「病垂……!」
「やぁ、お邪魔しているよ」
 ナイトメアビースト『学校の怪談』病垂・愁一は、自分を取り囲む能力者達に薄笑いを向けた。櫻・広樹(踊るハイエナ道化師・b03077)は、ケルベロスオメガを伴い病垂に剣を向ける。
「こそこそ隠れやがって……ようやく見つけたぜ」
「僕は臆病だからね。こそこそとやらせてもらうのさ。どうやって僕を見つけたんだい?」
「怪談ゴーストに案内して貰ったよ!」
「おっと、これは失敗だったかな」
 月島・眞子(トゥルームーン・b11471)に、どこか余裕のある仕草で肩をすくめる。眞子が構えた長剣『月白風清』の刃が、病垂の白い顔を映し出した。
「それで、病垂君は何が11倍なの? 怪談の数? 怖さ? まあ怖さが11倍なんて、あんまり想像もつかないし、七十七不思議なんて多過ぎて覚え切れないけど」
 ニルティア・アイエーワイ(加速する遊離電子・b59770)は、スピードスケッチで近くにいた怪談ゴーストの姿を描きながら言った。
 デフォルメされたゴーストは、宙を飛ぶと元となった怪談ゴーストを打ち滅ぼす。
「それにほら、あんまり怖くないよね」
「フフ……手の届く敵に恐怖を抱くような君達ではないだろうね」
 病垂の腕が、不意に紫色の怪物めいたものへと変化するのを、能力者達は見た。
 その腕に地縛霊のそれを思わせる錆びついた鎖が現れ、それを病垂が引っ張ると、空間を切り裂くようにして赤錆に覆われた巨大なハサミ……クロスシザースが現れる。
「僕がこれまで、何のために全国の学校を回っていたのか。その理由を教えてあげ……ッ!?」
 口上を述べていた病垂は、不意に飛来した十字架型の紋様をクロスシザースで叩き落とした。
 藤森・青葉(光紡ぐアステリズム・b42571)の放ったクロストリガーだ。
「避けられちゃいましたか」
「……人が怖い話をしようとしているのに、邪魔するなんて無粋だね」
「こっちはそれに付き合う義理なんて無いですから」
「その通りッス! つまんない怪談なんて聞きたくないッス。お化けはぶっ倒す物って決まってるんス!」
 宮古島・うるみ(猛襲破砕型必殺撲殺赤貧少女・b57318)が腕をぶんぶんと振り回し、断罪ナックルで怪談ゴーストを撲殺しながらそう叫ぶ。
 2人の言葉に、病垂は酷薄な笑みを浮かべた。
「ごもっとも……だけど、話を聞かなかったからといって、襲い来る恐怖がなくなるわけではないんだよ。知らずともそこにある……。それが学校の怪談というものさ」
「なら、精々話してみろよ」
 鎖の巻き付いた病垂の腕に、さらに別の鎖が飛来し、巻きつく。
 真希の放ったタイマンチェーンだ。
「聞いてくれる奴がいない寂しさも11倍になってんだろ? 俺らで遊んでやるぜ!」
「言ったな! それなら教えよう、怪談の恐ろしさを!」
 挑発めいた言葉と共に、戦いは始まった。

「さあて、怪談噺もこれで仕舞いにしようか!」
「その腐りきった悪趣味を叩きなおしてやる……ッ!」
 桐嶋・浅葱(夜明前迄・b31324)の黒影剣、陽一郎の蒼の魔弾が続けざまに病垂を狙った。それを怪物のようになった手で受け止めた病垂は、クロスシザースの刃でタイマンチェーンを断ち切ると、静かに話を始める。
「全国の小中学校、その数は合計しておよそ3万5千が存在する。そして、各学校ごとに七不思議は存在する……不思議の数は24万5千」
「この、冬の忙しい時期に……!! 冬コミ直前の同人誌書きがどれほどの修羅場か、この煮えたぎる怒りを思いしれっ!」
 真和・茂理(一閃華烈な蹴撃乙女・b44612)のクレセントファングが病垂を襲う。
 胸板に蹴りの直撃を受けた病垂は、クロスシザースに寄り掛かるようにして立ち上がった。
「それを十一倍して……二百六十九万五千。まあキリよく二百七十万としておこうか」
「何を、わけの分からない事を……怪談ゴースト事件は、今日で終わりにしていただきます」
 椎名・睦月(高校生鋏角衆・b60382)は、一気に飛び出した。
 本来ならば彼女と共にあるべきスカルサムライは先程までの戦いで倒され、イグニッションカードへと戻っている。彼女に噛み付かせるに任せ、病垂は血を滴らせながら笑みを浮かべる。
「無理に飛び出すな! 何かおかしい……!」
 リシャール・ノーウィッド(灰色猫真魔弾術士・b59630)が叫ぶが、その声は周囲に溢れる怪談ゴースト達の呻き声によって遮られた。
 強力な怪談ゴーストとの戦いで満身創痍のリシャールはギンギンパワーZで仲間達を支援しようとするが、彼の視線の先で病垂は奇怪な黒い球体を生み出した。
「『二百七十万の恐怖』」
 球体は急激に拡大し、周囲を覆い尽くす。
 その内に秘められた悪夢めいた不思議の数々のイメージ、そこに封じられた恐怖の感情が、能力者達の精神にとりつき、炸裂した。
 恐怖心は疑心暗鬼へと繋がり、周囲の仲間達にすら恐怖を抱かせる。そして、恐怖を打ち払うための手段……詠唱兵器を、彼らは仲間へと振るった。
「これが奥の手か!?」
「……まあ、そんなところだね。怪談ゴーストを生み出す力も11倍にはなっているけれど」
 リシャールに応じる病垂。だが、その数に不満を感じているのか、彼は不機嫌そうに言った。
「とはいえ十一倍の力でも、この程度……散々妨害されたからだろうね。まあ、意趣返しとしては上々といったところかな」
 直撃を受け、恐怖心に囚われた能力者達は、同士討ちを始めている。その光景を見つめ、病垂は歪んだ笑みを浮かべた。

●恐怖の化身
「これは……いけない!!」
 決戦の場である大樹の元に辿り着いた那智・りおん(イルカの夢・b53173)は、状況を見て取ると即座にケルベロスオメガの『れおん』を飛び込ませた。
 れおんに病垂の注意を引き付けさせる間に、慈愛の舞を踊り始める。
「変な怪談はここで終らせます、病垂」
「おや……これは面倒そうな人が来ましたね」
 自分の能力とは相性が悪い相手だと理解したのだろう、病垂の目が細められた。続けて戦いの場に到着した鈴乃宮・光華(影を愛でる光・b76361)もまた、浄化の風を巻き起こす。
「みんな、しっかり!」
「気をつけて。病垂の能力は……危険よ」
 頭を振って恐怖を振り払い、茂理は病垂を再び睨みつけた。他の能力者達も後続の者達の援護を受け、再び病垂へと向き直る。
「メガリス『ティンカーベル』を護る為にも、フルスロットルで行きましょう!」
「ええ、恐怖の時間はもう終わり。……今までの分の代償は払ってもらうよ?」
 倉科・こころ(焔の如き希望と共に歩む者・b34138)のナイフの切っ先が、デフォルメされた病垂の姿を宙に描き出す。
 その光が飛ぶのを皮切りに、能力者達は再び病垂と、彼の率いる怪談ゴーストの群れとぶつかり合っていった。

「大切な場所、返させて貰う」
 菅間・ヤロスラーヴァ(静かなる追跡者・b67571)は静かな言葉だけを残して急激に動いた。怪談ゴーストがその行く手を阻まんとするが、ヤロスラーヴァは銀誓館学園を、一般人の友人達を守る。その決意を胸に全力でスパナを振るう。
 怪談ゴーストが一撃の元に粉砕され、続けてロケット噴射を伴って繰り出された打撃は、強かに病垂の肩を打ち据えた。
「チ……!」
 顔をしかめた病垂は、再び恐怖を凝縮した球体を生み出し、解き放つ。襲い来る恐怖心を耐えしのいだ桐嶋・宗司(深黒晦冥・b25663)は、前進と共に剣を振るった。
「怪談好きな『だけ』の奴なら興味もねぇトコだが……人様に手ぇ出すんなら話は別だ」
 宗司の両手に携えられた二振りの剣に、黒い影が宿る。
「怪談より怖いものがあるってことを教えてやるぜ!」
 続けざまに襲う刃を、病垂はクロスシザースを盾として切り抜ける。
「やれやれ……一番怖いのは人間だとでも言うところかい? お約束ではあるけれど、あまり好きな話の構成じゃないな」
「だったら理由も無い恐怖ならいいって言うの? そんなのってないよ!」
 山野・進(ぽかぽか陽だまり拳士・b76199)の手甲が氷に包まれる。全力で振るわれた拳が、病垂を打ち据え魔氷で侵す。
「理不尽な被害を増やさないために、絶対にここで倒すんだっ!」
「何でこういうことばかりするんだよー!」
 サンストーンをはめ込んだ長杖を丸く振り回し、草凪・緋央(おひさまの申し娘・b24940)は天を指し示す。降り注ぐ隕石の魔弾が風を起こし、真紅の詠唱マントを揺らした。
 爆発の向こうから聞こえる声が、
「楽しいから。……とでもいえば、納得するのかい?」
「こんな寒ぃのに怪談なんてあわねぇんだよ! 帰って一人でやってろ!!」
 葛原・流(灰ノ鬣・b37977)の鉄球を回避する病垂。だが、流は即座に次の動きへ移る。
「本命! 頼んだ、爺ちゃん!」
 流の『爺ちゃん』……使役ゴーストである真スカルロードが大鎌を振るい、病垂の首を狙う。
 シャツを深く切り裂かれながら身を翻した病垂の懐へと滑り込むのは天宮・信長(天狼地祇・b16653)だ。音もなく振るわれる拳は、断罪のオーラに覆われている。
「怪談は時期外れでしたね?」
「夏休みに来れば歓迎してくれたとでも?」
 信長の拳が、病垂のかざしたクロスシザースを激しく軋ませる。

●怪談の終わり
 恐怖と混乱をまき散らす病垂の能力を、銀誓館学園の能力者達は打ち破りつつあった。
「メガリスは渡さないし、学園を壊させたりもしない!」
「そうです! お前達に銀誓館学園は負けません!」
 峰連・要(紅雨幽けし・b00623)の白銀の扇子が振るわれ、その隙を埋めるように羽住・蒼流(空謳・b50424)の魔眼が病垂を射抜く。
「ティンカーベルは、絶対あげないんだから! 」
 水本・涼花(小学生魔にゃん術士・b47600)が、マジカルロッド『詠う子猫』を一振りすると、白い雷がその先端に集中した。
 可愛らしい気合の声と共に放たれた魔弾が、仲間に蹴り掛かろうとしていた二宮金次郎像を空中で打ち砕いた。本当の銅像ではないのだろう、その怪談ゴーストは破片すら残さずに消滅した。
「成る程ね。これは手強い……」
「貴様らとは覚悟が違う。不退転とは……こういうことだ!」
 全身に虎の縞のような模様を纏い、渕崎・寅靖(人虎・b20320)は仲間達の前に立って敵勢の攻撃を受け止めた。
 彼の後ろから要や蒼流、涼花の攻撃が飛び、カラフルな紙切れのような怪談ゴーストを消滅へと追い込んでいく。寅靖の前進に合わせて、怪談ゴーストの群れが割れて行くかのようだった。
「雑魚はこっちに任せろ! 病垂を頼む!」
 相澤・頼人(闇纏う希望の双剣士・b01073)が声を張り上げた。
 銀誓館学園を滅茶苦茶にした怪談ゴーストへの怒りをぶつけるように剣を振るう彼を中心とした能力者達は、怪談ゴーストの群れを押しとどめんとする。
「銀誓館の団結力、思い知らせてやるんだ!」
「分かってる!」
 御形・司(天雷无妄の理・b22570)はギターマシンガンを勢いよく構えると、病垂の後方へ回り込む。鏡・月白(シルバースター・b37472)も、それに続いた。
「隠れる事と逃げる事だけは一人前だったがこれで王手だ、銀誓館まで踏み込んできたことが運の尽きだったな」
「あなたとのいたちごっこも、これで終わりだ!」
「もう勝った気でいるのかい? 怪談は最後に落とし穴があるものだよ」
「そんなドヤ顔をしたって、ジャックにとってはあなたも所詮捨て駒に過ぎないと思う」
 月白の指摘にも、病垂は薄笑いを浮かべ、再び怪談の力を解放する。
 しのぎながらも、黒桐・さなえ(甘党で乙女な魔術使い・b20828)はそこに、どこか皮肉めいた色を感じ取っていた。
(「他の仲間と一斉に攻撃すればメガリスを奪取出来たかもしれないのに、何故そうしなかったのか不思議だったけれど……何かあるようね」)
 それは、何かの狙いがあっての事なのか、あるいはそうできない理由があるためなのか……。
 さなえの疑問をかき消すように、爆音が響く。
 西条院・水菜(退魔の姫巫女・b38359)の放ったアークヘリオンが、病垂を直撃したのだ。
 周囲のゴーストもろとも
「病垂愁一……私は以前、貴方のコピーに言いました。いずれ、報いを受ける時が来ると……今が、その時です!」
「報い、ね……僕は常に、怪談と共にあるだけさ。自分の能力を使って、何が悪いんだい?」
「それなら、幾らでも出すといいでしょう。私の猟犬が満足するほどに!」
 骨咬・まゆら(煉獄のインクィジター・b43009)を取り巻くように、無数の針金の猟犬が飛び出し、周囲の怪談ゴーストを喰らい尽くしていく。
 猟犬達が走り抜けた後には、怪談ゴーストは欠片も残さず消滅していた。
 病垂の周囲に、ぽっかりと敵のいない地帯が生まれた隙を逃さず、能力者達は一気に彼との距離を詰めた。
「距離を詰めるのかい? なら、また同士討ちでもするといい――!」
 再び黒い球体を生み出す病垂だが、その動きは足に走った強烈な痛みによって止められた。遠峰・真彦(怪談ストーカー・b33555)の振り下ろしたハンマーが、病垂の爪先を叩き割っている。
「――ッ!」
「嗚呼、長らく御会いしとう御座いました語り合いとう御座いました。しかしながらお別れで御座いますねぇ……ヒヒヒ」
 真彦と入れ替わるようにして、能力者達の攻撃が病垂へと集中する。
 そしてセドリック・ヘブナー(睡臥・b50715)の一撃が、勝敗を決した。
 地面から現れた無数の黒い手に貫かれた病垂は、力なく地面に崩れ落ちる。その体が徐々に崩壊を始めているのは、能力者達の目にも明らかだった。
「しかし、病垂……怪談を通してしか人と関われない人ですか。考えようによっては、寂しい人なのかもしれませんね……」
「ああ……。怪談なんかに惹かれても、寂しいだけだよ」
 まゆらの言葉に同意して、セドリックは武器をしまう。
 水刃手裏剣を放っていた掛葉木・いちる(翔月六花・b17349)は、怪談ゴーストが消えて行くのを見てその手を止めた。
 病垂の死と共に、怪談ゴースト達もまた、消滅しようとしているのだ。
「病垂もまた、孤独だったのかも知れない……」
 いちるはそう呟いた。
「誰も頼れず孤立の果てに怪談に縋りたくなる程に。だからって……だからって許せやしないけれど」
「孤独で捻くれた……って所か? だが自業自得だ、自分から一歩を踏み出せなかった事を悔やめ、来世でな」
 言い捨てた司の声に、地面から反応があった。
 倒れた病垂は、崩壊しながらも薄笑いを浮かべて自分を倒した能力者達を見る。
「フフフ……表層しか見ないで、怪談を全て理解したつもりでいるのかい? 薄っぺらい理解も同情もいらないよ。怪談はいつだって消えやしないんだ」
「ええ、そうでしょうとも。此れからは皆様の心の中、永遠の怪談として御残り下さいませ。僕も貴方の事を決して忘れませぬ故……」
 真彦の言葉に苦笑めいたものを浮かべ、地面に溶けるようにして消えて行く。
 かくして、『学校の怪談』はその命を失った。
 だが……その存在は、それによって永遠のものとなったかも知れない。
 彼の事が銀誓館学園で語り継がれるようになるのか否か……それは、今の能力者達が知るところでは無かった。