九尾吊り社


<オープニング>


 石段を登り、古びた鳥居を潜った先にある小さな社。
 薄闇に包まれ、朱塗りの鳥居ばかりが妙に生々しく彩を添える。
 そこに現れたのは、いかにも仕事帰りといったスーツ姿の青年だった。賽銭箱に小銭を投げ込み、拍手を打つ音が静かな境内に響く。
「(母さんの病気が早く良くなりますように)」
 小さく呟き、熱心に祈る青年の背後で、ざわりと鎮守の森がざわめいた。
 びくり、肩を震わせて振り返った青年だったが、後ろには誰もいない。
 ほっと息を吐いたその瞬間、首に何かが絡みついた。
 それは何重にも巻かれた縄のように、彼の首をへし折らんばかりに締め付け、社の中へと引き摺って行く。
 自分の身に何が起きたのかさえ理解出来ず、苦しみに藻掻く青年の意識は途切れた。

「集まったな、そろそろ始めようか」
 放課後、人気のなくなった教室で能力者達を迎えた王子・団十郎(高校生運命予報士)は、そう切り出した。
「とある小さな神社に、人を取り殺し続けている地縛霊がいることがわかったんだ。皆には、これからそいつを倒しに行って貰いたい」
 言いながら、該当の場所に赤い丸印を付けた地図を取り出す。
「この地縛霊、社の中で首を吊って自殺した女性の残留思念から生じたもののようだ。人の姿をしていることには変わりはないが、狐の面を被って複数の尾まで生えている。九尾とでも呼ぼうか……まるでお稲荷さんだな」
 溜息混じりに呟き、彼は頭をボリボリと掻いた。
 神社は寂れてはいるものの地元の人々とは縁深く、既に訪れた人々が何人も犠牲になっているのだという。
「こいつはひとりで参拝に来る人を狙い、首を絞めながら社の中に引き摺り込もうとする。神社の周辺は森になっているから、地縛霊が現れ易いように工夫してみてくれ」
 地縛霊が狙った相手を引き摺り込む時だけ、社の扉からこの地縛霊の作り出した空間に移動出来るのだという。空間に侵入する猶予は扉が開いてから10数秒程度で、入りそびれれば締め出されてしまう。
 社の中の空間は、教室くらいの広さがあるので身動きに差し障りなく戦闘出来るだろう。
「攻撃は、ファイアフォックスのものに似ているな。狐火なんて可愛いもんじゃない、当たれば暫く炎に包まれて苦しむことを覚悟しなければならないだろう。それから、戦闘になると同じように狐の面を被った地縛霊が2体現れる。こっちはたいして強くはないが、縄状のものを巻きつけて拘束してくるのが厄介だな。くれぐれも油断はするなよ」
 敵に関する情報を話し終え、ただでさえ開いているのか閉じているのか判別のつき難い目を更に細める。
「俺が視た犠牲者は、病気の母親の回復を祈願しに来ていた健気な青年だったよ。世間には、仕事と看病に疲れた末に首を吊って自殺、なんて片付けられてしまっているようだがな。全く、やりきれない話だ……」
 暫し夕暮れに染まる窓の外を眺めていた団十郎だったが、ふと表情を緩めて能力者達に向き直った。
「これまで犠牲者になってしまった人々の為にも、鎖を断ち切ってやってくれ。皆なら果たせると、信じているぞ」
 そう括って、彼は事件の現場へ向かう能力者達を見送った。

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参加者
黒峰・綾子(中学生霊媒士・b00002)
九鬼・桜花(高校生魔剣士・b00036)
銀河・流星(高校生魔剣士・b00213)
神無月・神子(中学生魔剣士・b00269)
黒崎・累(高校生魔剣士・b00570)
氷室・雪那(中学生魔剣士・b01253)
エリカ・マイヤー(高校生魔剣士・b03256)
敷島・真(小学生水練忍者・b04056)



<リプレイ>

●鎮守の森と小さな社
 静かな夜の住宅街を抜けると、その森はあった。
 小山を覆うように鬱蒼と木々が生い茂っている。
 参堂の入り口には何故か、『本日工事中』と書かれた看板が立てられていた。簡易的な物だったが、万一訪れた人があっても大抵は引き返してくれるだろう。
 緩やかな石段を上れば、赤い鳥居がそびえる境内の奥に、ひっそりと社が待ち構えている。
 何処か神聖な空気を湛えるような佇まいの中に、よもや人を死の淵へと引き摺り込むゴーストが潜んでいようとは。
「ここにしようぜ」
 能力者達がそれぞれ抱えた複雑な想いを払拭するよう、太い木の幹に手を掛けた黒崎・累(高校生魔剣士・b00570)が少女らしからぬ口調で明るく皆に言った。
 境内に程近い森の中を見て回った能力者達は、扉が開かれた際に駆け込めるだけの距離を取って陣取った。この位置からなら、参拝者の姿もよく確認出来る。
「それじゃ、俺は参道を辿って行くから」
「流星君がんば♪」
 女性や年下の後輩にやらせるわけにはいかない、と囮役を買って出た銀河・流星(高校生魔剣士・b00213)は、参拝客を装う為に踵を返す。その背をぽんぽんと叩いた九鬼・桜花(高校生魔剣士・b00036)は、すぐ助けるからね! と激励の声を掛けた。
 暗がりに消えて行く流星を見送った能力者達は、木の陰でそれぞれカードを掲げ、起動した。
「お社の中なんて……どうしてそんな所で自殺なんかしたのかしら」
 事件の発端となった女性のことを思い、青い瞳を伏しがちに呟いたのは氷室・雪那(中学生魔剣士・b01253)だ。
「残留思念残して他人取り殺すんだったら、最初から自殺なんかしなきゃいいのにね」
 神無月・神子(中学生魔剣士・b00269)は星明りに照らされる社を眺めながら、面倒くさそうにフンと鼻を鳴らした。
「とにかく……犠牲者が何人も出てるんじゃ、早いところ片付けないといけないわね」
 2人の言葉にそう返したエリカ・マイヤー(高校生魔剣士・b03256)に、相槌を打とうとした敷島・真(小学生水練忍者・b04056)だったが、彼女の姿を見て慌てて目を逸らした。
 エリカの纏っている防具は、肌の露出が多くてちょっと刺激が強かったのだ。
 女の子は冷やしちゃダメです、なんて小声で呟いた真に、でも私の剣は脱げば脱ぐ程強くなるのよ、とエリカも何処か照れたように答えた。
 虫の声以外は聞こえない静寂の中、能力者達は息を潜める。

 石段を上って現れた流星を確認すると、黒峰・綾子(中学生霊媒士・b00002)は刃の付いた銃を握り締めた。罪なき人々の日常を壊した輩は許せない。
 いつ社の扉が開かれても走り出せるよう集中した。
 手を清める施設も見当たらず、流星は真っ直ぐ社に向かうと小銭を取り出して賽銭箱へと投げた。金属が小気味よい音を立てるのに合わせて、拍手を打つ。
「屋台が商売繁盛しますように。あとは……仲間の無病息災! 宜しくお願いします」
 願いを告げる声の後、暫しの静寂が流れる。
 突然音もなく扉が開かれたのは、流星が怪訝に思って周囲を窺おうとした時だった。

●闇の中へ
 張り詰めた糸が一瞬緩む時を待ち構えていたように、『それ』は牙を剥いた。
 開け放たれた扉の奥から縄のようなものが飛び出して、流星の首に巻きつく。
 掛った――
 隠れていた能力者達は誰彼となく息を呑み、柔らかい草の茂った地面を蹴った。
 流星は首に絡みついたものに手を掛け、渾身の力で踏ん張る。
 が、抵抗虚しく彼の足は石畳の上を滑り、ついには宙へ踊り、忍ばせていたカードから開放された力がその身を包む。
「流星!」
 全速力で駆ける累が叫んだ頃には、彼の姿は闇へと消えていた。
 追い縋るよう社への小さな階段を駆け上がり、或いは飛び越えて7人の能力者達は怯むことなく闇の支配する空間へと飛び込んだ。

 扉を潜った瞬間、今までとは全く違う場所に出たのだと全員が感じた。
 突然開けた周囲に目を凝らすと、薄っすらと壁の輪郭が窺える。社の内装がそのまま拡がったような、板張りの広間だ。
 流星の名を呼び、神子は刀を握り直し一歩前に出る。少し顔を上げると、梁の部分にずらりと飾られた狐の面が闇に仄白く浮き上がっていた。
「何処かしら……」
 雪名も暗闇に目を凝らし、その姿を探す。どんな危険に晒されているか知れない、一刻も早く助け出さなければならないだろう。
 何処から急に仕掛けられるかと、警戒しながら彼らが空間の中央付近まで歩みを進めたその時。
 脅かすように、突然空間内がぼんやりとした光に照らされた。壁際に次々と青白い火の玉が灯る。

 明るくなった空間の隅に、ぼろぼろの着物を纏う女性が佇んでいた。赤い筋の入った狐の面を被り、首には夥しい程の鎖が巻かれている。
 幾本もの尾を持った地縛霊は、まるで獣が二本の後ろ足で立っているような前屈みの姿勢で能力者達を見ていた。
 流星は、その足元に転がされていた。未だ首に絡んだ縄を解こうと藻掻いていたが、見る限り思ったよりはダメージを受けてはいないようだ。
 力のない人間だったら、例えこの時点で運よく生きていたとしても、逃げ場のない空間でじわじわと恐怖を煽られて殺されていく……そんな光景が脳裏を過ぎり、かっと目を見開いた桜花は己が名を叫ぶ。
「私の名前が引導代わりだ、迷わず地獄に墜ちるがいいっ!」
 二振りの刀を構えた桜花の脇を、呪いの篭った符が九尾の地縛霊目掛けて滑空した。
 神子の投げた符が九尾を大きく仰け反らせたのを皮切りに、戦いは火蓋を切った。
 前方にいたエリカと神子、累が九尾に向かって駆ける中、九尾はしゃがれ声で狐の鳴き声を真似たように遠く吼える。
「……来るぞ!」
 背後から迫る気配に気付いた綾子はすかさず振り向き、引き金に指を掛けた。
 彼女の声が早いか、左右の後方から狐の面を被った地縛霊が飛び出し、手近な相手に縄のようなものを放つ。
 2体はそれぞれワンピースのスカートとスーツを纏っており、取って付けたような狐の面は酷く不自然に見えた。
「スーツの方、行くよ!」
 生き物のように対象へ絡みつこうとする縄を切り裂き、桜花も切り込む。綾子が打ち出した術式から生じた炎の弾がタイミングよくヒットし、激しく炎上した地縛霊に闇色を帯びた桜花の刃が振り下ろされた。
 魔炎は、何も敵方だけが得手とする訳ではない。
 一方、ワンピース姿の地縛霊は雪那と真が注意を引き付けている。
「……っ」
 一度目の縄をかわして一太刀浴びせた雪那だったが、幸運は続かなかったようだ。
「雪那さん!」
 真が水流で出来た手裏剣を投げつけている間に、彼女も縄から抜けるよう抵抗を試みる。
 神子の攻撃に引き付けられ、まず闖入者を排除しようと決め込んだらしい九尾が跳躍する。
 その尾に青白い炎を帯びたかと思うと、着地寸前に身を翻した。
「くっ……」
 燃え盛る炎を巨大な刀で受け止めたエリカの、食い縛った歯が軋る。なんとか炎に巻かれるのは防いだものの、その一撃は重い。
 少ない人数でまともに遣り合える相手ではないと、肌で感じる。
 上手く回避出来たとしても、何度も攻撃を浴びればいずれその炎に捕らわれてしまうだろう。
 それでも、仲間が2体の地縛霊を倒すまでは時間を稼がなければ……そう決意を固めた。
 その間に、累が漸く解き放たれた流星の許に駆け寄る。
「うっ……ごほごほっ」
「大丈夫か?」
 急に呼吸が自由になったせいか咳き込む流星の背を擦ってやると、荒い息の合間に小さく礼を告げる彼の声が聞こえた。
「さぁて、やられっ放しじゃいられないぜ」
 流星に手を貸し、一緒に立ち上がった累が肩越しに不敵な笑みを浮かべる。下手な男顔負けの凛々しさだ。
 この位置からなら丁度、地縛霊達と仲間が戦っている姿が一望出来る。
 九尾を差し置いても、拘束をもたらす2体の地縛霊は厄介なようだった。だが、縄に手を焼きながらも各地縛霊に当たった2組は確実にダメージを与え続けている。
 あと一押しだ。両手を翳し、覇気を放つと現れた蟲達が地縛霊目掛けて宙を舞った。

 敵を喰らった白燐蟲の名残を追うように、綾子の放つ雑霊の塊がスーツ姿の地縛霊に命中する。
 ぎゃん、と動物のような悲鳴を上げ、地縛霊は燃え尽きるように消滅した。
「あと1体……!」
 執拗に放たれる縄を切っ先で払い、雪那がワンピース姿の地縛霊に肉薄する。
 闇より暗い影を帯びた剣が、地縛霊の身を深く抉った。
 彼女の背後から水流の刃が飛び、先に地縛霊を倒した面々の攻撃も集中して一気にカタが付く。
 炎の残滓と共に消えゆく姿を何処か悲しげに見送った雪那だが、すぐに顔を上げて振り返る。
 残すは、九尾のみ。

●断末の炎
 青白く大きな炎の弾をぶつけられて、綾子の身体が炎に包まれる。
「っ……!」
 綾子は蹲り、歯を食い縛って身を苛む炎を耐える。悲鳴のひとつも聞かせるものかと声を殺して九尾を睨みつけた。
 さり気なく庇うように前に立った神子は、詠唱兵器を構えながら九尾の様子を確認していた。
 能力者達は何度か魔炎の洗礼を受けて大分消耗していたが、その分九尾にも相当なダメージが蓄積されている筈だ。
 地縛霊となった女性が何故首を吊ったのか、どんな未練を残したのか知ったことではないが、
「死ぬ気もないの殺された人の無念くらいは、晴らしたっていいわよね」
 呟き、滑るように走り出す。同時に流星も累も、エリカも何かが通じたように駆け、九尾へと迫る。
 それぞれの得物が深い闇色の影を纏い、
「これで終わりだ!」
 流星が横薙ぎに直線を描きながら走り抜け、
「在るべき所に、さっさと還れ!」
 累が袈裟懸けに切り伏せ、
「やれやれ、ね……」
 神子の刃が深々と九尾の胴に沈み、
「今までの分のお返しよ!」
 エリカが高く振り被った鉄塊の如き刃が叩きつけられた。
 畳み掛けた攻撃に数瞬の余韻を残して、九尾の身体から青白い炎が噴き出す。
 奇怪な断末魔と共に仰け反りながら倒れ込み、着床するまでの間に何も残さず燃え尽きた。
「こんな方法でしか終わらせられないんだ。ごめんね……」
 この地に縛り続けられていた者の苦しみを思ってか、真は九尾が消滅した場所を見つめてそっと詫びた。

 能力者達が気が付くと、古びた壁が目の前にあった。
 格子の嵌められた窓からは、柔らかな星明りが差し込んでいる。
 主を失った空間もまた消滅し、どうやら社の中に戻されたようだ。
「せ、狭いわね……」
「ちょっと、変なところ触らないで〜」
 だが、小さな社の中は、詠唱兵器を携えた8人が納まるには少々手狭だったらしい。
 扉を開け、皆我先にと外へ出て行く。
 真も続こうとしたが、ふと振り向いた。片隅に狐の面が落ちている。
 地元の人々が奉納した物なのか、壁にびっしりと並ぶ狐の面の中一ヶ所だけが空いていた。能力者達が鮨詰めになった時に落ちてしまったのだろうか。
 戻そうと拾い上げた面に描かれた赤い文様は、九尾の地縛霊が着けていた物とよく似ていた。
 だが、狐の表情はとても穏やかに笑っているようで、彼も俄かに口元を緩めた。遺された存在を思えば、痛みも込み上げてしまうけれど。
 少なくとも、ここで悲しみが積み重ねられることは、もうない。
 起きてしまったことは仕方がないけれど、せめてもの餞にと綾子は目を閉じて祈る。
 閉ざされた社の扉の前には、桜花が用意していた花が手向けられた。
 夜の境内に、優しい歌声が響く。雪那の美しいソプラノが、彼女と仲間達の想いを乗せて静かな森へと吸い込まれていった。

「累の奢りかしら?」
「勿論だぜ! ほら、綾子も早く選びな!」
 ぽつりと零した神子の声に、累はからっと笑って自動販売機に次々硬貨を投入している。
 普段小銭を持ち歩かないのか、少し落ち着かない素振りをしていた綾子は内心ほっとして累に奢られることにした。そっぽを向いて呟いた礼は、それでも彼女に届いただろう。
 思い思いの缶ジュースを手に、すぐ側の空き地に陣取った能力者達は、夜空から零れ落ちんばかりに輝く星々を見上げた。
 夜空の星は死者の魂なのだと、耳にした話を口にする累に、感心したように流星が相槌を打つ。
 役目を終えた工事中の看板に腰掛けた桜花も、星々の瞬きに目を細める。
 あの空の何処かに、彼らは旅立って行ったのだろうか。
「それじゃ、夜空の星に」
「皆の初依頼成功に」
 それぞれが缶を掲げて、口々に乾杯の声を上げる。
 勝利の美酒ならぬジュースに、疲れも癒されそうだ。
 満天の星が見守る中、能力者達は役目を果たしたことを祝い、労わり合った。


マスター:雪月花 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2006/09/27
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冒険結果:成功!
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