卒業旅行2009〜白き大地サーリセルカ


<オープニング>


 透き通った静寂と、煌いた氷が蒼き天空に舞う。
 氷雪で模った村が息吹く中、曇りを知らぬガラス越しに映るのは、神秘の光で編まれたカーテン。
 遥か北の町サーリセルカ。そこは、寒さに耐え忍ぶ者だけが知ることのできる――オーロラの地。

「オーロラ見にフィンランド行こうよ〜」
 卒業を迎えた君へ、井伏・恭賀(高校生運命予報士・bn0110)が声をかける。
 恭賀が差し出したのは、北欧をテーマにした卒業旅行の案内パンフレットだ。
 円高格安キャンペーンを利用し、銀誓館学園の高三メンバーで参加しようと恭賀は言う。
 君はページをめくってみることにした。

●オーロラの神秘と出逢う7日間〜北欧フィンランドへ〜
 目的地はフィンランド。ラップランド州にこじんまりと建つ町サーリセルカとなる。
「基本的に終日フリー行動だからさ、そこはオプショナルツアーでパーッと遊ぶ感じだね〜」
 1日目は到着間もなくホテル行きで、6日目は午前中に空港は向かうため遊ぶ暇は無い。
 2日目から4日目までは、学生旅行らしくオプショナルツアーで遊びに行く仕様だ。
 犬ぞりやスノーモービル、クロスカントリーで遊ぶ定番ツアーから、トナカイ牧場でトナカイや牧夫と触れ合うもの、少し遠くのサンタクロース村へ足を運ぶものまで多種多様。
 自分の好みや料金と相談し、ここは自由に行くのが良いだろう。
「5日目だけは、皆で大体同じことする感じだねー。ほら」
 恭賀はそう言いながら、終日のスケジュールを指差した。

●スノーイグルー宿泊体験でオーロラを見よう
 恭賀の示した指の先、パンフレットにはそう書かれていた。君はふと、載っている写真を見遣る。
 大きくなだらかで、カマクラに似た建物が連なっている。これをスノーイグルーと言い、暖房器具の代わりにトナカイの敷物や防寒具一式が揃った建物だ。夜には静寂と煌く雪に包まれる。
 5日目に訪れるのは、冬季の間サーリセルカ郊外にできるこの氷雪の村。
 トナカイの引くソリでサーリセルカの森を周遊した後、そのままこの村へ向かう。

 氷雪の村には、礼拝堂やレストランまである。
 もちろん全て雪や氷で出来ていて、レストランではトナカイ料理を食べることも可能だ。
「氷の礼拝堂で挙げる結婚式が人気なんだって。雰囲気だけ味わうのもいいかもだね」
 また、フィンランドと言えばサウナだろう。150人が一度に入れるスモーク・サウナもここにある。
 サウナ前では『アヴァント』と呼ばれる氷の穴が口を開けていて、そこから水へも入れる。
 極寒の地で水中と聞くとゾッとするが、サウナから出てすぐ雪の上へ転がったり、アヴァントでの水浴を繰り返すのが、フィンランドでは健康法の一つなのだ。
「さすがに穴へ飛び込むのは、勇敢な人か地元の人ぐらいなんだってさー」
 一緒にやらない? と恭賀は誰かを道連れにする気満々らしい発言をする。

 簡略化すると、5日目はまずサーリセルカ周辺の森をトナカイソリで周遊。
 ソリの定員は2名だがトナカイは何匹もいて行き来するため、希望者全員乗れる。
 そして、夕食前には各スノーイグルーへ一旦帰還。
 サウナへ入るなど自由に過ごし、トナカイ料理を堪能した後、オーロラ観賞となる。

「オーロラは町のホテルからも見られるけど、町は照明が多いからね〜」
 氷雪の村には照明が殆ど無い。何かに邪魔されることなく、オーロラを観賞できるのだ。
 しかもイグルーの近くには、ガラスコタと呼ばれる円錐形の小屋が建っている。
 曇らないサーモガラスで造られていて、銀世界を室内からはっきり眺められる仕組みだ。
 オーロラは、皆でこのコタ内へ入り、日付が変わる頃を待って観賞する。
「北欧デザインの敷物の上に腰下ろしたり、寝転がったりして、ちょっと何か摘んだりしてさ」
 温かく甘酸っぱいベリーティーを片手に、町で購入した菓子類をつまむも良し。
 地元の人になりきって、ムンキと呼ばれるドーナツ型のふわふわ揚げパンや、プッラというシナモンロールを頬張ってみるのも良いだろう。いずれも、観賞前に一人へ一つずつ配られる。
「そうそう、能力とか使っちゃダメだからねー」
 法律に反する行為や迷惑行為はもちろん、使役ゴーストを含め、本業能力も禁止だ。
「サウナは水着かタオル着用でってことらしいよ〜。でも雪の上転がるとかなら水着がいいかも」
 タオルだと凍っちゃいそうだし、と恭賀が笑った。

 高校生活の最後を思い出色に染め上げる、卒業旅行。
 遥か北の大地で過ごす日々を有意義に過ごすためにも、日頃のことは忘れ、能力者としての役目も今は留守番してもらおう。ハメを外すのも良いが、極端に外してしまわぬようにだけ注意して。
 手を振り立ち去る恭賀を見送り、君はパンフレットを閉じる。

 さあ、光降り立つ大地へ共に旅立とう。

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参加者
NPC:井伏・恭賀(高校生運命予報士・bn0110)




<リプレイ>

●白き大地サーリセルカ
 青白く化粧した樹氷が出迎える世界を、トナカイが鈴を鳴らし駆け回る。
 先ほどから若者達を乗せ、触られてきたトナカイは怯えていたのか強張っていたが疲労を露わにすることもなく。
 風を切るソリは小刻みに揺れ、舜は白と黒のマフラーが飛ばされぬよう握り締める。サンタになった気分だ、と眩しげにまぶたを閉ざせば、結社にいる仲間達の顔が浮かんだ。
 すぐ近くで、ソリから降りた世寿がトナカイの傍らに佇む男性へ、勇気を振り絞り声をかけていた。後ろでは月姫がトナカイに触りたくてそわそわしている。
「アンナ、ミヌン、オッター、クヴァ」
 本を片手に世寿が断ると、男性は大きく頷きトナカイを宥めだす。
「楽しみなのですよ」
 月姫と世寿が嬉々として記念撮影に取り掛かる頃、傍らを過ぎるソリからは。
「伊達、行きまーすっ!」
 威勢の良い正和の声が響いてきた。

 北国のサウナは挑戦者達へ温もりをもたらし、待ち構える氷の穴は悲鳴を招く。
 褌一丁という何とも男前な姿で、ガイが真っ先に氷上の穴へ飛び込んだ。周りにいた挑戦者達も、次々サウナとアヴァントを行き来し始める。
 ――本当はダーリンと来たかったのですが……。
 サウナから出たばかりの明日香は、そのまま穴へ向かわず雪の上で寛ぎ始める。
「帰ったら、井伏さんが『ただいま』ってみんなに言うんだぞ」
 不意に飛び出したマイの言葉に、恭賀が目を瞬かせ、堪えきれなかったのか笑みを零し、頷く。
「恭賀君ってたまにマニアック……」
「何かその言い方危ない人みたいなんだけど!?」
 サウナに氷水と聞き、すいひが二人の後ろでぽつりと呟く。咄嗟に否定した恭賀へ、忙しなく周りを気にしていたマイが声をかける。
「男は細かいこと気にしたらアカン! 一緒に行こか!」
「私も思い出づくりに飛び込んでみます!」
「やった、道連れ更にゲットだ〜」
 マイに続き名乗りをあげた繭を見やり、恭賀が声を弾ませた。すいひもタイミングを合わせ氷穴へとダイブすると、高々と飛沫が空を翔る。
「うおぉぉ!」
 轟いた叫びは、頭から氷穴へ飛び込んだ裕のものだった。周りにいた者達が反射的に振り向くと、裕は一瞬で雪上へ這い出て。
「冷てぇぇぇぇ!!」
 一目散にサウナへと舞い戻っていく。
 忙しないその様子に、サウナ周辺にいた者達から笑いの渦が巻き起こった。

 混浴とは聞こえが良いものの、秘められた罠もまた存在する甘い言葉だ。
 御守と一子が巴へ仕掛けたのは、唐突に巻いていたタオルを全開放する「実は水着でした」という荒業。
 しかし巴は満面の笑みでサムズアップ。作戦失敗、と真っ赤になって照れたのは罠を仕掛けた御守の方だ。鼻の下をでれーんと伸ばす巴をちらりと見やり、修也は呆れを含みかぶりを振った。
 史恵がだらしないその顔を撮影すると、そんな彼女へ巴は哀れみとからかいの情を絡めた笑みを返す。
「(胸的な意味で)小学生がこんな所で何してるんだい?」
「ほほほ、相変わらず死亡フラグを立てるのがお上手なことで!」
「ま、面白そうだし突き落とされておけ?」
 御守と史恵を修也が手伝い、薔薇を手にした一子も一緒に巴を氷穴へと押していく。不意の事態に抗うべく、巴は近くで頬を紅潮させていた靜の腕を掴んだ。
 巻き込まれた靜は不思議そうに首を傾いだまま、巴もろとも氷穴へ突き落とされてしまった。

 ひょこひょこ友人についてきたリヒテンシュタインが、足を止めた友人を振り返る。
「面白いものってこの穴?」
「リティなら平気だって……たぶん」
「何で目逸らすの!?」
 彼の不安げな問いに和彦は答えない。
「行ってこーい!」
 爽やかな笑みで紀里恵が言い放つと同時に、彼女と和彦の手が細いリティの背中を押した。虚空へ悲鳴が掻き消え、飛沫が空に舞う。
「リティ大丈夫かなぁ。あ、手ぇ振ってるし大丈夫かな」
 紀里恵が何の疑念もなく手を振り返す。
 リティが風邪を引いたのは言うまでもない。

 青く透った冷たさは荘厳を生み、氷雪の礼拝堂に気高さを羽織らせる。
 イルミットは壇を前に佇み、昇る呼気を見つめた。
「ドレスを着たらきっと凍えてしまうわ!」
 あどけなさが零れる。
 礼拝堂を、真魔も訪れていた。話に聞いていた氷と雪の礼拝堂。それが今視界いっぱいに広がっている。
 ――おとぎ話のようだ。
 壇上で揺れる灯りを前に目を瞑る。祈りと約束を胸に秘めて。

●光を待って
「あれ、忍?」
 夜の帳もすっかりおりた頃、突然背へかかった聞き覚えのある声に、振り返ったエルが微笑む。
「これから飯なんだけど一緒にどう?」
 外国来てまでこれかよ、と頼人が忍の軟派っぷりに目を覆う。灯夜はすかさず忍をスリッパではたいた。
「奢ってくれるなら是非っ」
 予想外にも、エルから返って来たのは良い返事だ。
「あ、少し待っててくれ」
 エルに一言断り、優輝は頼人と灯夜へ目配せする。重なった視線が合図となり、忍を物陰へ引き摺っていく。愛の篭もった制裁が忍に下る中、優輝と灯夜は声音を揃えこう告げた。
「忍、おまえとの数々の思い出……ナンパばかりでお決まりパターンじゃん」
「こうして、彼の高校生活は終わりを告げたのです」
 結局、忍が人数分奢らされたとか何とか。

 サーモガラスで造られたコタの内部は暖かく、過剰に着こまずとも過ごせる温度だった。最も外へ出れば話しは変わってくるため、各自防寒具は肌身離さず持っている。
 既に多くの人が戯れる中、すいひは名を呼ばれ立ち止まる。すると、仲間と来ている楓の姿がそこにはあった。反射的にすいひが彼女の口へムンキを押し込む。
「殺す気かッ!?」
 なんとか咥内を空にし、楓が声を張り上げた。
 二人の周りもオーロラを待ってか賑やかで、それぞれ同じコタの仲間へ菓子を配りあったり、思いがけぬ知り合いを見つけて手を振ってみたりと、思い思いのときを過ごしている。
 北欧デザインの敷物の上に腰を休め、沙夜はカップを包み込んだ。かじかむ指先を熱が走る。遠出した地の光景を、沙夜はそっと蘇らせ耽り始めた。
 そういえば能力者らしいことはしていないと、瞬狼はカメラの具合を確かめながら学園生活を思い出す。
 瞬狼に限らないことだった。卒業式を終え、この旅行から帰ればあっという間に四月を迎える。そう考えると想い出を辿らずにいられない。
 約束の言葉を懐かしんだ後、アリエノールは徐にかぶりを振り、コタの外側へ広がる暗闇と銀世界へ目を向けた。
「町で買ったキャロットケーキがあるの。一緒にどう?」
 そして、恭賀や単独で来ていた学生達へと気丈に声をかけていく。
 鶴の折り紙を折っていた青人も、耳をふさいでいたヘッドフォンを外し、彼女の誘いに乗る。
 コタから見上げる夜空は、まさに天然のプラネタリウム。
 一方の『天体観測同盟』は、オーロラ観賞の準備を整えていた。陽炎が写真撮影に忙しい中、ジングルは寒そうに腕を擦っていた仲間達へ毛布を手渡していく。
「有難う」
 祈一郎が毛布を羽織れば、近くではカオルが睡魔と闘いながら天を仰ぐ。
「オーロラを待つまで、見習いサンタとして星語りをプレゼントしましょう」
 今宵は良く晴れた日だからと、ジングルが奏でるのは星の夢。
 詳しくもわかりやすく説明するジングルから意識を逸らさず、九龍は一緒に行けなかった大切な人へ想いを馳せる。
 浪漫も、手に包まれたベリーティへ息を吹きかけ覚ましながら、語りを黙って聞く。星の世界へ心を寄せる茉莉の近く、カオルは感心したように幾度も頷いていた。
「ジングルはやっぱり凄いな。俺の知らない事をいっぱい知ってる……」
 おしゃべりに花を咲かせているのは、『幻桜の灰』も同じだ。
 サウナの感覚を失わぬまま、紫郎が卒業した後の未来予想図を語る。その間、志津乃はこそっと光國へ何事か耳打ちした。途端、彼は耳まで朱に染めて。
「私で良ければ後でご一緒させて下さい」
 答えを返した志津乃に、光國は感謝を示すべく辞儀を向けた。
「ムッキとプッラ、お代わりないのー?」
 もっと食べたいと駄々を捏ねだした神那へ、フィネが用意してきたアーモンド風味のビスケットを差し出す。
「るーくんまだ寝ちゃダメだ!」
 突如、ぺちぺちと小気味良い音と共に陽斗の声が響く。周りの人々が見やると、どうやら舟を漕ぎ始めた汝洪を寝かせないためにもののようだ。
 思い出話に明け暮れていた八咫と陽斗が、瞳を濡らし落ちてしまいそうな程震わせた。陽斗が雪夜に巻いてもらったマフラーで目元を擦り、直後小さなくしゃみが雪夜の唇から零れる。
「……ちゃんと、寒くないようにしておけよ」
 それまでうとうとしていた汝洪が、ダウンジャケットを肩へかけた。
「……汝洪さん、ありがとう御座います」
 礼を述べたままの流れで、雪夜は八咫さんの眼前へハンカチをそっと寄せる。
「やだやだ、花粉症はこれだから……」
 春先の所為にしながら、八咫がまぶたを押さえる。
 ふと、コタの何処からか控えめな歌声が漂ってきた。
 玲樹だ。エスキモーの民謡を遠い記憶の引き出しから少しずつ引っ張り出す。オーロラを呼ぶ歌といわれているのだから、歌えばすぐにオーロラが出てくれるかもしれないと、優しい願いを乗せて。
 ショールを被り直した雪羽は、そんな玲樹に合わせて自分も歌を披露した。
「オーロラは口笛に寄ってくるって聞いたことがあるですけど、本当でしょうか」
 オーロラを呼ぶ。そんな話を小耳に挟み、蒼燈がゆいやレイと寄り添いながら口笛でメロディを生む。鼻水を凍らせていたゆいは、蒼燈の口笛をも縮こまって眺めるばかりだ。

「ぁ! あれオーロラかなっ?」
 水葉が、ガラスの向こうに映る淡い光を指差す。一緒にいた暈人は、思わず上半身を起こしてオーロラを探した。
 コタの仲間達も、次々天空に浮かぶ光の波へ意識を向けていく。おお、と唸る気持ちさえ制止できない。
 透き通った静寂と、煌いた氷が蒼き天空に舞う。氷雪で模った村が息吹く冬、優しくも雄大な光のカーテンが学生達の目を奪う。
 温かい飲み物を口に含むのも忘れ、龍一も「キレーだなぁ」と呟いた。目を閉じても消えず、けれどまばたく度に新鮮で。
 しかしアルトのように、オーロラを眺めながらも食欲の絶えない者はいたようだ。
 鏡夜は目的のものを見た瞬間、フラッシュバックのように想い出を走らせ、そして傍らに寄り添う桔梗への情を改めて確認した。うとうとし始めた桔梗をつついて起こせば、愛らしい反応が返る。
 ――何だか重症ですね、私。
 頬を赤らめる桔梗の温もりを抱きながら、鏡夜は己の症状に苦笑した。
 撮影に取り掛かる者は多く、ウィルもまたその一人だ。カメラにはもちろん、瞳にも焼き付けねばとまばたきさえ惜しむ。壮麗な空の奇跡が、確かに現実と化している。
 この空ならサンタクロースも御伽噺ではないだろうと、ウィルは微かに笑んだ。
 同じく撮影に励んでいた流羽は、この旅行のためだけに買った新品自慢のデジカメを懐へしまい、コタを飛び出していく。雪に寝転がって眺めたいようだ。
「こいつぁいい」
 存分にカメラへ収めたのか、是清が口角を上げ呟く。
「恭賀も卒業だね。イカスプランに誘ってくれて感謝するよ」
 日本で待つダチ達に見せたいと嬉々として語る是清に、声をかけられた方も顔を綻ばせて頷いた。
 夜空に横たわるオーロラの下、水葉はと暈人は互いに感謝の言葉と約束を交し合う。
 その近くでは、瑠璃家が昇一郎へ身を預け感嘆の息を漏らしていた。始めの内はオーロラに見入っていた昇一郎も、やがてそんなオーロラに心奪われた瑠璃家へと視線を移す。
 ――二人で来れて良かった。
 そう思わずにはいられなかった。
 写真に収める仲間もいれば、絵として残す者もいる。
 明美と蒼烏は、先ほどから黙々とスケッチを進めていた。
 ――あの冬戦争の舞台で有名で、観光地としても名を馳せている国に行けるなんて、千載一遇の好機。
 ぐっと拳を握り締め、明美は空と手元を交互に見やる。
 蒼烏もまた、ベリーティーを一口ずつ含みながら手を休めない。そしてオーロラの前に書いた氷で作られた礼拝堂を見直し、微笑んだ。
「世界は、どうしてこんなに美しく出来ているんでしょう……」
 そう呟いたのは雪羽だ。ようやく言葉を思い出したかのような雪羽の隣で、玲樹はココアを零さんばかりに感激で瞳を輝かせていた。
「地球には不思議なことがまだまだ一杯だね」
 オーロラの煌きが、彼らの想いに沿って気まぐれに色を変えていく。
 こんな凄いものを見せられたら自分が小さく感じられると、俊紀はそこで肩を竦める。
「でも、小さいなりに自分の好きなようにやってみよう、って自信も湧いてくる気がします」
 控えめに笑いを落とせば、透がベリーティーの入ったカップを掲げて。
「オーロラに負けないビッグな人間になりたい! ってことでとっしー、乾杯!」
 ぶつかるカップが、静かに絆の音を鳴らした。

●光のカーテン
 長くも短く。ひとときの愛しさを報せるかのように佇むオーロラが姿を現してから、まだそう時間は経っていない。
 けれど友と、恋人と、仲間と過ごす時間は刻々と過ぎ行き、恋路の願いを寄せる仁美とユーリィさんは、互いを想い合うことにそんな時間を費やしていた。
「仁美さん、好きな人と一緒に行きたかったんじゃありませんか?」
 ユーリィの迷い無き質問に、仁美がゆっくりかぶりを振る。そして次に唇を動かしたときには、こう告げた。
「卒業しても、ずっと友達でいましょうね」
 小指を重ね、誓いを結ぶ。
「そういえば、普通に海外旅行したのは始めてかもしれな〜い」
 戦争や依頼で行くことは何度かあったのに、と他意もなく告げたシルヴァーナの指先を、統悟がそっと包み込む。シルヴァーナも甘えるように、統悟の腕へ抱きついた。
 ――これからも胸を張って生きていけるように。
 統悟が秘めた新たな決意は、ただ彼の心のみが知る。
 やや冷える肩を上着で覆い、紫苑は沸々と湧き上がる幸福感で表情を緩めていた。
「……これ、おばあちゃんになってもきっと忘れられない思い出に……なるね」
 北欧の大地に降り注ぐ、大自然が織り成す神秘。
 目の当たりにした紫苑を横目に、透輝はまぶたの裏へ景色を刻むかのように視界を閉ざす。

 『六芒会』の学生達は、一箇所に固まり首が痛まんばかりに目を動かしていた。
 水葵が、飲み物の減った仲間に気付き次第注いで周り、天空へと眼差しを向けながらも心配りに精を出す。
「……ゆっくりお茶を飲む時間、意外と作れなかったりするんだよね」
 卒業後もそうなるだろなー、と楓が空を仰ぐように仰け反る。
 汽水へコーヒー缶を手渡しに着ていた紫郎も、楓の言葉には同意を示す。
「何かと慌ただしい生活が続いていましたから、こうして安らいだ旅行が出来ることが嬉しくてなりませんね」
 卒業旅行という名に恥じぬ仲間達とのひととき。漂う平穏を噛み締めて、汽水は静かにまぶたを伏せた。
「不思議な感じやなあ。高校生活もこんな感じに、長い様で短かった様が気がするで」
 いなりが細い息を吐ききる。日常にありふれた仲間達の顔を眺め回し、躑躅は瞳を眇め穏やかな『今』を抱きしめた――私は何て幸せ者なのでしょう、と。
「卒業しても、何時何時までも仲良くさせて頂きたいものですわ」
 躑躅が吐息だけで笑うと、水葵が紡ぎかけの言葉を付け足すかのように首を傾ける。
「お別れ旅行ではなく……これからもよろしくという意味での、旅行にしましょうね……」
 顔を見合わせて頷きあう中、笑みが次々と頬から零れていく。
 遠い所に行った人達にもあの光は見えているだろうかと、いなりは濡れる瞳を誤魔化すように口角を上げた。
 ふと、そこで汽水が記念撮影を提案する。
「卒業おめでとう。来年度もお互い頑張りましょう。というわけで、改めて宜しく」
 挨拶を述べ、すぐに彼は仲間達を集わせ始めた。

 見上げたオーロラの輝きは、卒業という節目にも似ていると蒼夜がひとりごちた。そして、顎へ指を添えたコーネリアを一瞥する。
「高校では一番信頼してた相棒で、恋人で……もう少し同じ位置にいて良いですか?」
 深くも静かな問いに、コーネリアは顔を近づけまばたく。
「蒼夜、これからも宜しく頼むぜ?」
 答えはそこにあったのかもしれない。
 一方、オーロラの由来を鼻を鳴らして語っているのは雪祢だった。へぇ、と一つ一つ応じてくれる椎を前に、興奮が止まらない。だからこそ、二人は両者の道を祈った。
 素敵な光の導きがあるよう、そして二人が歩む未来に光が差すようにと。
 綺麗なもんだなぁ、と誠示郎が仲間達と感想を分かち合う。
「おーおー、やっぱ生で見ると違うな」
 宇宙のような暗闇に負けず浮かぶオーロラを、智矢の眼差しが射抜く。
 三年間という短くも長い高校生活を振り返り、日花はこのメンバーと取った行動に肩を震わせた。バカやったことも、本気だった時も、全部三人が共有する大切な思い出だ。
「天見と赤倉、今まで有難うな。俺達いつまでも友達だよな!」
「ありがとう、と、これからも、よろしく」
「あっと……今までサンキューな。でもまぁ、これからもよろしくな!」
 それぞれがそれぞれへ向ける挨拶までもが重なり、思わず顔を見合わせ笑いあった。
 はしゃぐような声や音から離れたコタの隅では、寝転んだままの蒼十郎が薄くまぶたを押し上げ傍らのリッタを振り返る。すかさず蒼十郎がすっと拳を向ければ、コツンと当て返された。
「高校最後の、エエ思い出や」
 さらりと口にした蒼十郎の言葉に、リッタはくすぐったさを堪える。まさか自分も同じことを言おうとしていたなどとは、今更口に出し難い。
「草剪、プッラやるから代わりにムンキくれ」
「食べてしまった後だ……と言ってみたいところだが」
 恭介が差し出した手の平へと、斗輝は手際よくムンキを乗せる。まだ手をつけていないのか、齧った跡すら無い。
 プッラとムンキを頬張りながら遥かなる天空を仰げば、思い出すのは日本に残してきた存在で。どうやら同じことを考えていたらしいと顔を見合わせれば、表情は緩むばかりだ。
 次に来る時はダブルデートでもするかと、言い出したのは果たしてどちらだったか。

●卒業旅行の幕がおりる
 青白くちらつく大地は、何処の灯りでもない輝きに照らされ闇夜に立つ。
 卒業生達は凍る睫毛も知らぬコタの温かさに包まれている。緩く波打ち幾つもの色を滑らせたオーロラも、もうだいぶ長いこと見上げているように感じた。
 日本で生まれ育っていると、今広がっている光景と出逢える機会は殆どなく、夢まぼろしではないかと繭は思い込んでいた。
 ――寒いな……こんな時、近くにいてくれれ良いのに。
 コートに這う優しさを握り締め、そっと目を瞑る。
 ときには暁の女神、またある時には戦乙女の甲冑の輝きと称される夜空。舞い踊る自由奔放さとまとった荘厳さに、アリエノールは心ごと呑み込まれてしまいそうな感覚に陥る。
 その眩ささえ目に沁みた。だからこそもっと輝かねばと、眠る意志へ発破をかける。
「良い物が見られました。一生の想い出になりそうです」
 ひととおりオーロラの流れを堪能した後、隆之が想いを吐息に寄せ吐き出した。言葉が出ない――そんなこと本当にあるのかと疑いたくなる麗しい夜空と、光の帯。熱くなる目頭を押さえ、隆之は色あせることのない色を、しかと胸にしまいこんだ。
 柾世からベリーティーを受け取り、壱球はチョコを差し出しながら動物の息遣いから離れた北国の空気を思い切り吸い込む。
「雪に囲まれてると、ホント静かなんだな」
 雪の海。そう呼びたくなる見渡す限りの銀世界。ああそういえばといつかの朝焼けを蘇らせ、無意識に笑いが零れた。
 一方の柾世は、なびき引き寄せるかのようなオーロラへ両腕を精一杯伸ばして。
「手が届きそう……」
 掲げた指先にかすりもしない光へ、不意に畏怖の念を覚え引っ込める。
 この神聖な地に立つ喜び。それを誇りとして胸にしまい、再び沈黙の時間が流れた。
 ひっそりし始めた終端を前に、伊織は鮮やかな光の幕から目立たぬよう、蛍へ囁く。
「またこうして、一緒にはじめてのことやってきたいですね」
 咄嗟にきゅっと手を繋ぎ合わせれば、蛍も頬を桃のように彩り抱きついた。
「ずーっと蛍と一緒にいてねっ?」
 伊織と蛍の祈りが、温かさになって重なる。

 空と向き合うように寝転がれば、オーロラへと飛び込んでいけるかのような錯覚に陥る。
 水咲は、望む未来と今まで歩んできた足跡とを比べ、待ち構えるこれからへの不安を拭い去った。入り組み、真っ直ぐ、時折立ち止まって共に過ごしてきた仲間との歴史。それはいつも変わらぬ星の神秘とそっくりで。
 大好きな人たちと一緒にここへ訪れることができたと、先ほどからほくほく胸の内を温めていた朔之助も、似た感情を覚えている。
「なぁ、手……繋いでもいいか?」
 陽の突然の提案に、照れながら「悪くねぇ」と燵吉が頬を掻き、朔之助も笑顔で応じる。皆で繋いだ手は弧を描き広がっていく。
「こうやって、四人でいれることが幸せだ。……俺達、卒業しても一緒にいられるよな?」
「……あのな」
 確認する声を震わせた陽へ、燵吉が暫し迷った言葉を紡ぐ。
「変わりようがねぇよ、何一つ。卒業しても水咲は一番好きだし。陽も朔も、すげー大事なんだ」
 恥も躊躇い脱ぎ捨てた返答に、幾つもの頷きが添えられる。
 しんみりと落ち着いた空気を取り払うように、水咲がそこで「あ」と声をあげた。
「真っ黒な飴があったから買ったのだけれど、食べてみる?」
 パッケージこそ外国の食品らしい雰囲気だが、真っ黒という時点で皆の顔色が曇る。
「何でも人外的な味がするそうよ……」
「「人外的な味!?」」
 陽と燵吉が頬を引きつらせた。
 彼らがあの飴の味に耐えられたか否かは、本人達のみぞ知る――。

「夜に皆で集まるというのはわくわくするね」
 幻桜の灰の集いで、フィネが穏やかな眼差しで仲間を見回し、声を弾ませた。まるで合宿か修学旅行のようだと思えば、それは学生の時にしか味わえないイベントであることを思い知らされる。
 寂しいような複雑な気持ちが巡る。けれど志津乃はすぐに、厳粛な心持でオーロラへ向き直った。
「こんな綺麗なものが見れるなら、また来たいわね」
 寒いのは苦手だけど、と腕を擦りながら紅吏がそんなことを言い出した。紅吏と同じことを考えていた者もいるのか、賛同の声も届く。
「オーロラ、この世の物と思われへんわ。来て良かったわ」
 来てよかった、ともう一度だけ繰り返し神那が瞳を眇める。
「こんなに感動するもんが世界に溢れてる……」
 光國の視界に飛び込む神々しい光の舞いは、しなやかに揺れながらいつか訪れる夜の終わりを示す。
「……それだけで奇跡だと思うんだ」
 続けた光國に喜んだかのように、光の帯がくすぐったそうに笑った気がした。
 天体観測同盟でもまた、想い出に浸っていた浪漫が緩みかけた涙腺を引き締める。
「改めて、皆卒業おめでとさん、歩む道に星々の加護があらんことを……」
 祈る浪漫の言葉にふと、祈一郎は道と星々の加護とを重ね合わせた。
 ――最初のサンタクロースも、夜空のカーテンの向こうからやって来たのかなぁ。
 そうだとしたらロマンチックだと、唇に笑みを刷く。
 透き通る硝子越しに広がる光の宴。朔はただただオーロラを瞳に映してばかりだった。光か妖精が舞い踊っているみたいだと、膨らむ想像は加減を知らない。
 そして何よりも、周りへ意識を向ければ存在する、天空を眺める人々の顔。
「この空も、思い出のアルバムの途中の1ページなのですわ」
 口を開いた茉莉に、朔は想っていた感覚全てを注ぎ込み頷く。
 彼らのそばでは、司が揺れ動く光と己の拳とを比較していた。自然が人の手では抑えきれぬほどの力を秘めていることは、周知の事実だ。けれど、それでも小さいと感じてしまう。自身に対して。
 ――でも、何も出来ないわけじゃない。
 何もしないわけでもない。司は、いつか誰かに俺も光を与えてやると意気込み、握り締めた天へ捧げた。

「そういえば、オーロラは地球が見ている夢だそうです」
 未久は近くにいた単独参加者達へ、そんな話しをし始める。
「それが本当なら、地球は優しい夢を見ているのでしょうね」
 ゆえにこんな光景を生み出しているのではないかと、未久が清々しさを思い切り吸い込む。
 たとえ厳しい世界が人々に降りかかろうとも、地球がこのまま夢を見続けていられたら。
 ――そのためにも、これからも頑張りたいですね。
 暖かいカーペットの上へ、少年の決意が音にならず転がっていく。

 今夜もまた、白き大地は夢を見る。
 包み込むように舞う光の下、新たな旅立ちを迎える人々と一緒に。


マスター:鏑木凛 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:101人
作成日:2009/03/16
得票数:楽しい8  ハートフル20  ロマンティック9 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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