出港は許可できない


<オープニング>


 全員が集まった事を確認して、運命予報士は口を開いた。

「ご卒業おめでとうございます。……あ、私もですが。
 奥・弓木(高校生運命予報士・bn0073)です。よろしくお願いします。
 卒業旅行の時期ですが、少々人手が必要な事件が起こっていまして、こうして集まっていただきました。

 皆さん、メガリス『闘神の独鈷杵』はご存知ですか? 闇の格闘大会が開催された原因となったメガリスです。
 すでに破壊されたメガリスですが、格闘大会を開催した際の代償はまだ終わっていないようです。皆さんに来ていただいたのは、地中海のコルシカ島で現在発生している闘神の独鈷杵使用の代償。闘神の嵐について、お願いしたい事があるからです。
 闘神の嵐は、強大な魔力の嵐です。現在、それを追って人狼十騎士と狂気の吸血鬼とがコルシカ島に集まっているようです。目的はわかりませんが、穏便に済むとは思えません。皆さんには闘神の嵐を狙う方々の行動を阻止していただきたいのです。

 といっても、皆さんに直接コルシカ島に上陸していただくわけではありません。皆さんにはイタリアの港町ジェノバに向かっていただきます。というのも、人狼十騎士の一人、聖女・アリス率いる人狼騎士の一部隊がジェノバからコルシカ島に向かおうとしているからです。
 この部隊をジェノバで止められないと、コルシカ島に上陸する他の銀誓館の方々が攻撃されてしまうでしょう。必ず人狼騎士の部隊をジェノバで止めてください。

 人狼騎士の方々は港で交渉して島へ渡ってくれる船を見つけるまでの間、市街に潜伏しています。潜んでいるのは使われていないお屋敷ですね。荒れるに任せている廃屋ですが、広さは申し分ないです。庭までついています。幸い、周囲には一般人がいないので、人目を気にする必要はありません。
 正面の門は大通りに、裏門は旧市街の細い路地に続いています。門にもドアにも鍵などはとうに錆びてしまって掛からないようですね。正面から庭を越えて玄関へ行くか、裏から窓を破って侵入するかはお任せします。ただ、正面からですと、玄関前に立つ見張りに見つかりますから万全の状態で迎え撃たれてしまいます。逆に、裏からですと不意はつけますが、窓がどこも狭いため同時に突入するのが難しいです。最初に突入した人ほど集中攻撃を受けるでしょうね。
 裏からの突入で入れる窓は三つです。真ん中はホールの後ろに出ます。玄関から突入するとこのホールの正面に出るわけですね。
 左右の窓は、どちらもホールに繋がる小さめの部屋の窓です。右側の部屋はアリスさんが使っている部屋で、アリスさんと4・5名の騎士の方々がいます。左の部屋にも7・8人の騎士が詰めています。それ以外の騎士たちはホールにいるようです。

 相手の人数は皆さんと同数か、すこし多いくらいです。35名程度です。
 能力ですが、クルースニクの力は皆さんよくご存知ですよね。単体攻撃だけですけれど威力は高いので、皆さんでも集中攻撃を受けると厳しいかもしれません。気をつけてください。

 戦闘に入ってからの注意です。
 皆さんにお願いしたいのはアリスさんの部隊を撤退させることであって、総力戦で叩き潰すことではありません。コルシカ島へ渡るのを断念させれば作戦は成功です。
 逆に、彼らを従えるアリスさんを戦闘不能にしてしまったり、撤退できなくさせてしまったりすれば相手も必死になります。あ、必死にさせないという意味で、今回ヴァンパイアの方とクルースニクの方に遠慮していただいているのもそういった事情です。
 捕縛も良くないでしょう。仲間を見捨てて退却するような方々ではないでしょうし、もし上手くいって捕縛できたとしても、こちらの支援が届きにくい場所です。学園まで連れて帰ってくるのは難しいでしょう」

 弓木が言葉を切る。入れ替わるように能力者の一人、田辺・薫(興味不本位・bn0095)が口を開いた。
「つまりそりゃ、手加減しろってことか」
「そう言っても問題ないと思います。ですが、相手は手加減などしてくれませんし、撤退を考えてもらうには相手にも戦闘不能者を数名出さないといけないでしょうから、優しく攻撃するばかりでもいけません。難しい加減をお願いする事になりますね」
 薫は難しい顔をしてため息をついた。
「……まあ、依頼が難しいのは今に始まったことじゃねえしな」
 弓木がにこりと笑った。
「どうかよろしくお願いします。……ああ、それとですね。人狼騎士の部隊が撤退すればあとはもう安全ですから、せっかくの卒業旅行ですし、ジェノバ見物をしてらしたら良いと思うんです。
 ……ジェノバは雰囲気の変わった港町だそうですよ」

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参加者
桂木・ケイ(高校生魔剣士・b00776)
黒木・優(真夜中に蒼く光る銀剣・b01733)
街田・良(樒・b02167)
山門・新(オーヴァードレッドノート・b02281)
神中・マイ(雪風の鷹・b02913)
宇喜多・斑鳩(梟の裔・b03362)
中宮・紅樹(月明かりの闇猫・b04495)
ラクシュリ・スィフニール(特売マイスター・b04514)
星宮・雪羽(眠り猫のいばら姫・b04516)
バルトロマイ・ユウナギ(グリトニル・b05240)
湊・麗鳴(紅の鷹・b05524)
守矢・小織(更・b09044)
織部・麻樹(永久に響く詩・b10672)
寿・司(外道鈍器使い・b11590)
志乃神・灰霧(パラダイムグルー・b14291)
金剛寺・蓮華(散蓮華・b17186)
佐伯・朱鷺(ただ一人のための太陽・b18757)
祭窈・秦(架空戯曲ノ観奏者・b20105)
葛西・照夜(高校生フリッカースペード・b20770)
マリア・テレサ(光と闇の聖女・b22901)
弾堂・丸馬(クイックシルバー・b23423)
白石・九一(月白風清・b25321)
竜桜院・秀樹(回転王・b27613)
建礼門院・入道二郎(平清・b28424)
月代・奏華(ブレイブヒート・b29755)
香月・かぐや(露骨にエッチな霊媒士・b30832)
パメラ・ウィルキンソン(ドーベルマン・b31695)
藤川・藍綬(鋏角衆藍藤・b32630)
滋賀・賢治(運命のイーハトーヴォ・b41123)
佐賀・剣斗(魔壊刀士・b41124)
NPC:田辺・薫(興味不本位・bn0095)




<リプレイ>

●歴史ある町で
 ここも旧市街の一角に当たるのだろうか。港を背に歩けば歩くほど人気がなくなってゆく。坂を上って行く彼らの背を押す乾いた海風も段々と冷たくなっていくかのようだ。
「あれ、のようですが。ずいぶんと古いですね」
 黒木・優(真夜中に蒼く光る銀剣・b01733)が、石畳の道の先にある屋敷を指す。「古い洋館」などと称されるものよりさらに一回り古い、ともすれば遺跡のようにも見える屋敷の屋根部分が見えていた。
 見た目には歴史ある建造物を見学しに来た修学旅行の学生にしか見えない彼らを異様な雰囲気たらしめているのは、その目に篭もる決意だろうか。

「これ以上進めばあちらの見張りに引っかかるでしょうね」
「ここでイグニッション、やな」
「それがいいでしょう」
 滋賀・賢治(運命のイーハトーヴォ・b41123)に織部・麻樹(永久に響く詩・b10672)が言い、カードを出す。
「「イグニッション!」」
 合計31の光が現れ、カードは戦う力となる。
「あとは、何かしらの決着がつくまでは止まれないってことね」
 ラクシュリ・スィフニール(特売マイスター・b04514)が静かに言葉をこぼす。その表情は複雑だ。
「まぁ、しょうがねぇ。学生生活最後の大仕事だ」
 佐伯・朱鷺(ただ一人のための太陽・b18757)が笑い、首に青のマフラーを巻いた。その青は、彼らがB班である事を示していた。
 事前の相談通り、全体が5つの班に分かれる。
「……では、行きます」
 桂木・ケイ(高校生魔剣士・b00776)が手を上げた。その腕にはA班を示す緑のバンダナが巻いてあった。
 ケイに続いて左に展開するA班、右にはB班が並び、その後ろに白のD班、赤のC班、黄色のE班が続く。
「上手く行くといいな」
 ケイが小さく、心の底からつぶやく。
 一歩一歩踏みしめる先は、昼ながら薄暗さを纏ったような廃屋。坂の上からねめつけるようなその佇まいもあって、まるで中世の城を思わせる。一方で、それに向かい一心に歩を進める30人からの隊列も、城を攻略せんと正面から立ち向かう中世の戦士のようだった。
 彼らは、見張りに気付かれても正面から突撃する事を選択した。

 A班、B班が屋敷の門の手前に差し掛かったところで、彼らの視界に屋敷の正面玄関が入った。門同様にさび付いている。だが彼らが注意を払ったのはそちらではなく、その両脇に立っている人影の反応だった。
「て、敵襲……!?」
 見張りが大慌てで中へと入って行く。
「敵襲だ! 数、10から15、いやもっとかも」
「何者だ!?」
「知るか!」
「休んでいる人を起こしてっ!」
「迎撃するぞ! 迎撃戦だー!」
 静かだった廃屋にざわめきが起こる。
「賑やかなことだ」
 竜桜院・秀樹(回転王・b27613)が目を閉じて言う。
 玄関は広く開けられている。その奥には姿こそわからないが、手に手に詠唱兵器を構えた人狼騎士たちが待ち受けているのが見て取れた。
「出てきてはくれませんか。残念ですね」
 B班の賢治がさして残念でもなさそうに言う。
 その直後、建物にまるで火が灯ったかのように淡い光が満ちた。
「おいおい、これを突っ切れってのか」
 田辺・薫(興味不本位・bn0095)が握り拳を作る。
 淡い光は、人狼騎士一人一人の狼の力、ライカンスロープの光だった。横に並んだ人狼たちが一斉に力を込めたために、燃えたように見えたのだ。

「いくぜ」
 朱鷺がサイコフィールドを張る。呼応してそれぞれが黒燐奏甲や旋剣の構えなど、出来る備えをする。人狼騎士側から見れば、やはり燃えて見えたであろうか。それはわからない。
 一拍置いて、一歩が踏み出された。お互いがお互いを射程に捉える一歩だった。

●衝突
「「おおおおお!!」」
 それは、最初は誰かの叫びだったのだろう。一人が叫び二人が叫び、次第に突入する者たちの斉唱となる。
 射程は互角でも、それはそのまま戦力の互角には繋がらない。この距離を一息で詰め接近戦に持ち込む事は不可能だ。仮に射撃で応じようとしても、踏み込めば先に敵に引き金を引かせてしまう。互いに相手の存在に気付いた状態での開戦は踏み込む側が圧倒的に不利だ。
「攻撃を集中だ。一人ずつ落とすぞ!」
 それは、薫に銃口を向ける人狼騎士の言葉。
「くそっ、敵も同じ事考えてる!」
「それだけ有用な作戦ということですね」
 薫に、同じくA班の山門・新(オーヴァードレッドノート・b02281)が走りながら応じ、薫の顔を見ようと視線を上げる。だが、そこにはもう薫はいなかった。
「っ!?」
 薫は、クロストリガーの直撃を立て続けに受けて血を吹き、庭に沈んでいた。走っている新にはまるでいなくなったように見えた。
「撃破いちっ! つぎっ!」
「やっと一人だと? 何者なんだ?」
 相手の声が良く聞こえるところまでは来た。が、まだ玄関も通っていない。薫を沈めた弾雨は新に踊りかかる。
「回転の力を信じる者だ!」
 同じA班の秀樹が走りながらくるりと回り、黒燐奏甲で新を回復する。新が礼を言うが、この弾の嵐にあっては奏甲が意味を成さなくなるのは時間の問題にも思えた。
「射撃はなるべく相手の癒し手を狙って、攻撃を集中してください」
 その声は、玄関から見えるホール一番奥から聞こえた。
「「了解!」」
 今までバラバラに思う事を喋っていた人狼騎士たちが声をそろえる。
「なるほど、あれがアリス」
 秀樹がその姿を確かめようと目を細めた、その直後。
「ここまでか……」
 一斉に放たれた銃弾に今度は秀樹が倒れた。脇腹を削がれ、突撃の勢いそのままに倒れる。これでA班は後衛を二人、玄関前で失った。

 一方で、B班もまた大いに突入に苦労していた。
「無傷、とはいかないか」
 寿・司(外道鈍器使い・b11590)が、A班を横目で見ながら走る。他人事ではない。弾雨はB班にも等しく降り注いでいる。
「かかってきやがれっ!」
 切り込み隊長を自任した朱鷺は、その弾雨を正面で受けながら進む。
「佐伯さん!」
 明らかな致命傷を精神力で跳ね返し、朱鷺が走る。それでもたった数歩分の時間しか稼げない。さらなる連射を受けて朱鷺の足が止まる。
「仕方ねえよなっ、これも切り込み隊長の役目のうちだ」
 攻撃は誰かが受けねばならない。倒れ込む朱鷺を司は助けられない。
「……畜生」
 クロストリガーの集中砲火は次なる犠牲者を探す。
「いけない!」
 それが金剛寺・蓮華(散蓮華・b17186)へと向かった事を悟ったラクシュリは、その射線上に自分の身を投げ出した。蓮華は回復の要、ここで失うわけにはいかない。
「あ……」
 連撃に耐えようと構えた蓮華の前でラクシュリの身体が爆ぜる、ラクシュリは受身を取ることもままならず荒れた庭の土に落ちた。
「あと、おねがい、ね……」
 絞ったような声は痛々しいが、息があることに蓮華は多少の安堵を覚えた。
「すぐに戻ってきますから」
 そう叫んで蓮華は走る。

 永遠のように感じられる数秒を経て、A班とB班は玄関を越えた。
「両翼へ……!」
 A班のケイがB班の賢治に視線を送る。賢治が頷いた。瞬間、A班とB班は左右へ割れるように移動する。
 斉射を加えていた人狼たちが息を飲むのがわかった。
「後続、敵第二波来てます! 数は……15!? もっとです!」
 AB班が玄関を空けた今、彼らには迫るCDE班が見えている。
 人狼たちは半円の弧を描くように、ホールの中心から奥側に並んでいた。入り口から見れば、両翼が前に出て中心が奥に下がっている陣だ。現在V字型の陣を敷いている銀誓館側と似たような陣とも言える。その二つの陣がぶつかれば自然、両脇が最初に近接戦闘に突入する。両脇はAB班だ。
「一発ぶち込んでやるか」
 A班の志乃神・灰霧(パラダイムグルー・b14291)が長剣に黒影を纏い、構えたまま衝突するような突撃を掛けた。
「くっ……、アリス様」
 撃破はならず。だが有効打。それが銀誓館側の最初の攻勢となった。

●庭の負傷者
「無事かっ?」
「どうやったら無事に見えるんだよ」
 尋ねる朱鷺に薫が答える。
「ははっ! そりゃそうだ」
「うう、いたぁ……。みんな余裕あるわね……」
「そうでもない。すごく痛いぞ」
 ラクシュリの呻きに秀樹が真顔で答えた。
 図ってか図らずか、いずれにせよ仲間の盾となった彼らに出来ることは、仲間の勝利を願うことだけだ。

●乱戦
 アリスが誰かわかるまでは男性を狙う。その作戦通り、敵前衛と接触したB班の弾堂・丸馬(クイックシルバー・b23423)が、正面の女性騎士を避け、隣の男性を狙う。
「HAHAHA、俺は紳士だからね。極力レディを傷付けたく無いんだよ……」
 二本の短剣が閃くが、本命はクレセントファングの蹴り。意表を突かれた男性騎士が直撃を貰い、苦痛に顔をゆがめる。
 その隙をすぐに他のメンバーが狙うが撃破には至らない。
 無視された女性騎士が笑った。
「アタシは淑女だが、紳士にも容赦しないぜ?」
「あ……、ヤバい?」
 彼女の獣爪に冷気が収束する。それが見えるようになる頃には、獣爪は丸馬の身体を捉えていた。前衛の他の騎士たちが攻撃を合わせ、丸馬は身体を凍りつかせたまま膝を折った。
「こんなに早くこれを使うことになるとは……」
 賢治が眉をひそめ、ホイッスルをくわえた。

「ピッピッピッ!」
 その音は、ホールの隅々にまで届いていた。D班、C班、E班がホールに入った今、後ろにいる指揮官ならいざ知らず前線にいる戦闘員が戦場を把握する事は不可能に近い。
「ひと班潰れたようですね。位置からしてEかBです」
 D班の中宮・紅樹(月明かりの闇猫・b04495)が走りながら言い街田・良(樒・b02167)が頷く。左に開いたA班の斜め後方にいたD班は前進し、A班を横からサポートする位置に来ている。
「行きます!」
 守矢・小織(更・b09044)が先行し、容赦ない龍顎拳の一撃を正面の騎士に叩き込む。
「D班、小織が叩いた騎士に集中する」
 良が指差し、同時に冷気を込めた吐息を送る。
「ぬぅっ!」
 騎士が想定外の攻撃に文字通り身を凍りつかせた。D班の面々がそれにぴたりと合わせ、一人を撃破する。
「このままA班側へ押していこう」
 統率を取るべく良が言う。
 反撃の最初の一撃は良が凌いだ。接敵しているのだから反撃があるのは当然だが、それ以降の攻撃は違った。
「こいつだ、こいつを潰せ!」
「リーダーか!」
 良が集中攻撃を受ける。執拗なまでの集中だ。
「良!」
 黒燐奏甲を掛けようとした小織の手は遅い。人狼の、後衛までも一丸となった攻撃に良は瀕死の重傷を負って崩れ落ちかけていた。
 そこに至ってD班の面々は気付いた。
 彼らにとって、隊とはリーダーがいるものなのだ。それなしには統率の乱れるものなのだ。良が行っていた声掛けは、彼が思っている以上に人狼騎士たちには重要な事に思えたに違いなかった。
「これを……」
 伸ばした小織の手に軽い手ごたえがあった。
「大丈夫だ、あと、頼む……よ」
 小織に手渡されたのは、ホイッスルだった。
 先に大丈夫と言われては、頷くほかない。小織はホイッスルを握り締め、撃退すべき相手の方へと向き直った。

 E班の建礼門院・入道二郎(平清・b28424)は、前進していた。
「適度に叩きのめせば良いんだよな!」
 入道二郎の紅蓮撃が、不運な騎士に刺さる。
「なっ……!」
 一撃で防具を貫かれ、騎士がダメージでというより驚きで声を絞り出す。
「こいつ、ヤバイね」
「……見た目からしてヤバイ」
 騎士たちがどよめく。騎士の一人が叫びと共に斬りかかる。
「上等だ、かかってこい!」
 入道二郎の言葉に、遠慮なくとばかりに前衛が群がる。三人分の刃が入道二郎を刺しに掛かった。
「ぐぬあ……」
 その身にざっくりと刺さった冷気の剣を赤手で乱暴に抜き、血をはらう。
「倒れるにはまだ早いよ?」
 祭窈・秦(架空戯曲ノ観奏者・b20105)が、癒しの歌を歌う。
「……ったりめーだ!」
 傷は少しずつ塞がる。秦の歌は効いている。
(「困ったな。全然足りない」)
 攻撃を一点集中させている相手に、広範囲の回復は無力だ。それでも。
(「それでも歌い続けるしかないな」)
 この戦場にいるすべての仲間に歌は届いているはずだ。
「駄目でス!」
 入道二郎の窮状に湊・麗鳴(紅の鷹・b05524)が割って入ろうとする。が、相手も執拗に入道二郎を潰そうとしているため、それは上手く行かず、結果入道二郎は一撃を浴びて倒れた。
「暴れ足りねぇ!」
 そう言い残して。
「駄目って言ってますのニっ!」
「ぐはあっ!」
 ちょっと突き飛ばす、程度の動きに見えたそれは龍顎拳。入道二郎を刺した騎士は、腹を押さえ身体を折ったまま倒れた。
 E班は分厚い前衛をそのまま盾のように押し出してなおも前進する。

 C班は、ホールの中心にいた。相手が前に出て来ない以上、接近戦に持ち込むには進むしかない。そう考え進出したものの、相手中央の前衛の思わぬ前進でホールの中心付近での衝突となった。
「……ここは、通さん」
 騎士の一人が構えてC班の突撃に備える。
「こっちの台詞や」
 赤いマフラーを巻いた神中・マイ(雪風の鷹・b02913)が拳に不死鳥の炎を宿し、思い切りぶつける。騎士がそれに対抗するかのように冷気を纏った長剣で応じた。
 二つの力が衝突した。
「やるな……」
 着地したマイが自分に傷を負わせた相手に言う。
「大丈夫?」
 すぐにマイの失った力が戻って来る。湧き上がる白燐の光に振り返れば、葛西・照夜(高校生フリッカースペード・b20770)が心配そうな顔をしていた。
「ありがとう」
 マイの礼に、照夜が笑みを返す。その笑みはすぐに真顔に戻った。
 他の騎士一人が照夜を狙って踏み込み、ガードの間に合わない照夜に容赦ない一撃を加える。
「これは……僕が大丈夫じゃないかな?」
 ダメージは防具で止まる程度だが、あと数人踏み込んでくれば危うい。
「目の前におる俺を倒さんと、どこに行くんや?」
 が、それはマイが許さなかった。攻撃を邪魔された騎士たちの集中攻撃がマイを襲った。
「礎傍。あの相手を狙え」
 一方的な攻勢は藤川・藍綬(鋏角衆藍藤・b32630)の声に止められる。正確に言えば、藍綬の声に機敏に反応し果敢に飛び掛った蜘蛛童・爆の礎傍によって。
「突破は諦めてもらおう!」
 優が騎士の脇で言う。礎傍の攻撃をガードした騎士だったが、高速で薙ぎ払われる剣を止める事が出来ない。
 吹き飛ぶ仲間を見て、騎士たちが闘志をさらに苛烈に燃やす。
 それらを見ていた一人の人狼騎士が声を張り上げた。
「突出は許しません。その場で迎え撃ってください」
「「了解!」」
 水を打ったような反応だった。乱れ始めた戦列がぴたりと元に戻るかのように秩序を回復する。
 藍綬は声の主を見つめていた。
「あれが、アリスか」
 修道服のような簡素な服を纏った少女だった。
 藍綬と同じようにその少女を見つめていた織部・麻樹(永久に響く詩・b10672)が、ギターを弾く手を止め、癒しの歌を止める。
「少しちょっかい出させてもらうで」
 その手には導眠符が握られ、次の瞬間にはその符がアリス目掛けて直線を描いた。
「アリス様!」
 麻樹の行動に気付いた騎士の一人が止めようと直線上に出るが、間に合わない。だが、彼の言葉で気付いたアリスが寸前で符を避ける。
「ありがとうございます」
 アリスが礼を言う。
「……でも、アリス『さん』ですからね」
 そう付け加えて。
 麻樹は、ちょっかいの代償というには余りに手ひどい反撃を受けていた。
「……と、随分な過剰反応やな」
 まるで麻樹の行動を見ていたすべての騎士たちが攻撃を加えてくるかのようだ。数発は耐えられても、それ以上は持たない。
「う、歌わんと……」
 それでも立ち上がろうとする麻樹。だが、立ち上がるたびに浴びせられるクロストリガーの弾丸に耐え切れず、ついには倒れた。

 A班は灰霧の攻撃を起点に新が切り込み、ケイが鎖剣を閃かせて追撃する。敵も黙ってはいない。最初に踏み込んだ灰霧に応撃を加え、負傷ぎりぎりに追い込む。灰霧はもはやいつ動かなくなってもおかしくない身体で立っている。
「冷静にいきましょう。力みすぎても仕方ありません」
 落ち着いた声で新が言った。状況だけに焦りも現れるが、焦りは危険を伴う。
 そうこうしている間に、灰霧がもう一撃を受けて崩れる。灰霧もさすがにそれ以上立ち上がる事は出来なかった。
「おいおい、本当に一発かよ……」
 苦しそうにしながらも苦笑し、灰霧が言った。一発ぶち込んでやる。その言葉は図らずも真実となった。
 状況をつぶさに見た新がケイを振り返る。
「回復のいない今、力押しでは被害が……」
「うおりゃああ!」
 その新の横を佐賀・剣斗(魔壊刀士・b41124)が走りぬけ、人狼騎士の一人に斬りかかる。先ほどから攻撃を受けていたその騎士は、堪え切れず長剣を取り落として膝をついた。
「なんか言ったか?」
「……いえ。何も」
 新がかすかに笑って灰霧に肩を貸す。世の中には力押しで上手く事を成してしまう者もいる。
「最初の一撃、やっぱりキビしかったな」
 ケイがホイッスルを握る。
「A班、D班に合流します」
「おう」
「はい」
 ケイの言葉に剣斗と新が答えた。

「ピッピッピッ!」
 もう一度ホイッスルが鳴った。
 最初のホイッスルから十数秒ほどの時間しか経っていない。各班の戦闘はほぼ同時に起こったと言っても過言ではない。
 状況は、AB班が半壊、DE班はAB班と並び、C班だけが少し前に出ている。これらの状況を正確に理解している人間は、少なくとも銀誓館側には居なかった。居えなかった。
 乱戦。しかし、入り乱れて敵も味方もわからなくなる最悪の状況ではない。突然の襲撃にも関わらず陣形を崩さず戦う人狼騎士側、臨機応変ながら班という単位を保ち続ける銀誓館側。形態は全く違いながら、統率の取れた戦場がここにあった。

●天秤は動き始める
 倒れた麻樹をかばうように立ち、優はライフルを構えたままの相手を睨みつける。
「やってくれたな」
 優より発せられるは弾丸の雨。クロストリガーのそれとは違う、広範囲に及ぶ文字通りの弾雨。バレットレイン。
「ああ、無傷は無理やったなぁ」
 マイが静かに言うその言葉には苛立ちが多量に含まれている。炎を込めた拳は握られ、振るわれる一撃を避けもせずに食らい、返礼とばかりに炎を叩き込む。
「まずいな……」
 藍綬が少しだけ躊躇い、それから相棒の礎傍に指示を出した。
「礎傍。すまん。神中を守ってやってくれ」
 礎傍はじっと主人の顔を見て、それから前線へと跳んだ。ちょうど、マイの前に。
 ただやられる訳ではない。藍綬の身体から暴れ独楽の力が礎傍へと流れる。相手の前衛に少なからぬ打撃を与え、返し斬りにあって礎傍は消えた。

「藍綬さん!」
 優が振り向くと、藍綬が複雑な表情で頷いた。
「落ち着こう!」
 叫んだのは月代・奏華(ブレイブヒート・b29755)だった。
 マイが振り返れば、奏華は唇を噛んでいる。
「気持ち、わかるわ……。すっごくわかるわよ! けど!」
 同じ前衛として攻撃を続けていた奏華は、今はその手に白燐の光を灯していた。
「目的は殲滅じゃないんだし、出来るだけ長く戦わなきゃ!」
 マイに白燐奏甲を付与した奏華は心底悔しげだった。落ち着こうと言った言葉の半分は自己に向けられていたのだろう。
「そう、やな」
 マイが頷いた。

「あれがアリス……?」
 D班のマリア・テレサ(光と闇の聖女・b22901)は、乱戦の中でアリスに攻撃した麻樹の姿を見落としていた。
「聖なる光よ、槍となりて敵を貫け」
 敵司令官を目の前に、それを無視するのは変だ。マリアの放った光の槍はアリスの防御を掻い潜り肩に刺さる。
「あ……」
 アリスの近くにいた人狼たちが一斉にマリアへと銃口を向ける。ここへ来て、マリアは自らの負傷が避けられぬと悟った。弾雨に撃ち抜かれながら静かに目を閉じる彼女はまるで祈っているかのように見えた。
「ごめんなさい」
 つぶやかれた言葉はきっと、これ以上仲間の力になれない事に対して。
「もう、後がないですね」
 小織が自らに黒燐奏甲を使いながらつぶやく。いくら回復してもそれ以上の被害を貰えば徐々に戦力が弱っていくだけだ。またもう一人、騎士が小織に攻撃する。
「っ……」
 小織が止めようと構えるが、そこに人影が割って入った。
「裕次郎さん、ゴメン!」
 ケイの声は小織の後ろからした。割って入った人影は、人ではなくケイのスカルロード、裕次郎だった。
 A班がD班に合流し、少しだけ流れが変わる。
 マリアに銃弾を放った者たちの一人が吹き飛ぶ。
「あなたに恨みはありませんが……そう撃たれてばかりもいられないんですよ」
 バルトロマイ・ユウナギ(グリトニル・b05240)の牙道砲だった。普段の彼からは想像できない口調と冷笑でそう言う。
 その一撃に香月・かぐや(露骨にエッチな霊媒士・b30832)が合わせた。
「がんにゃー君」
 かぐやのケットシー・ガンナー、がんにゃー君がかぐやの射撃に合わせて銃弾を放つ。紅樹がそれにさらに合わせて魔弾を打ち込み、後衛の一人を撃破する。
「回復の時間くらい稼ぎます。今のうちにどうぞ」
「厳しければ前衛代わりますよ」
「ありがとう」
 かぐやと紅樹に小織が礼を言う。前衛にA班の新と剣斗も加わる。
「さて、まだやりますか? 私たちを全滅させる覚悟をしてもらいますが」
 かぐやの挑発に、騎士の一人が答える。
「それもやむなしだ!」
(「あら? 挑発しすぎました?」)
 想定と違う答えにかぐやが首をかしげた。

「やりますわね」
 E班の宇喜多・斑鳩(梟の裔・b03362)が肩で息をする。麗鳴に変わって正面に出た斑鳩は、攻撃の集中に耐え、血を流しながら微笑んでいた。
「君こそ」
 自身も傷を負いながら笑い返す人狼騎士。なおも斑鳩にフロストファングを叩きこもうとする彼は、横合いからの雷の魔弾に気付かなかった。
「っ!」
「ルー君!」
 魔弾の着弾と同時に星宮・雪羽(眠り猫のいばら姫・b04516)が叫ぶ。ケットシーのルゲイエが呼応して斬り込む。
「甘いっ!」
 それを回避した騎士が、雪羽に標的を変えようとする。が、その前には麗鳴が立ちはだかった。
「通しませんヨ!」
「すみません。私、かばってもらってばっかりで」
「お安い御用でス」
 麗鳴への攻撃はいつまでたってもなかった。
「B班残存、E班に加わりました。方針に従います」
 賢治が言う。その指の先、踏み込む騎士を茨が絡め取っていた。
「サポート、任されますよ」
 司が笑って、その騎士を巻き込んで弾丸をばら撒く。
 斑鳩が、くすりと笑った。
「楽しくなってきましたわ」
 手負いの騎士を一閃で沈め、斑鳩が息をつく。
「方針は、一点集中。それだけですわ」
「E班の前衛は……なんだか」
 斑鳩の傷に祖霊の力を呼びながら蓮華が言う。
「……雰囲気が少し違いますね」
 あまりストレートにも言えずぼかす蓮華に、白石・九一(月白風清・b25321)が笑った。
「ははは、全体的にヤバめだよね。そろえたわけでもないのに不思議だよね」
「……あ」
 九一の明け透けな物言いに蓮華が視線をそらす。後衛のパメラ・ウィルキンソン(ドーベルマン・b31695)が、フランケンシュタインのエピメテウスにゴーストアーマーを付与していた。
「エピメテウス! ノーガードで殴り合いよ! 漢の戦いってのを見せつけてやりなさい!」
 パメラがどこから出るのかという大声で叫び、拳を思い切り振るう。エピメテウスが両腕を振り上げ、相手を地面にめり込ませるほどの勢いで叩きつけた。
「おお……」
 どちらかと言えばエピメテウスよりパメラの声に驚いた九一が少し考え、どこか悔しそうに唸る。
「これは僕も何かやらないとかなぁ」
「……後衛も違いますねー」
 蓮華が、達観した声を出した。

 戦闘が長くなればなるほど、回復手の重要性が増す。銀誓館側は10人もの戦闘不能者を出している。人狼騎士側はまだ5人。それでも、人狼側は最初の優位を徐々に失い始めている。天秤は徐々に動いている。
「……撤退しましょう。全員撤退です」
 アリスは、そう言った。
「了解! 我々は時間を稼ぎます」
 前線の騎士の一人が言う。
「全員、と言いました」
「しかし、後ろを突かれては……」
 騎士はなおも食い下がる。アリスは笑った。
「彼らは正面から来ました。後ろを突く気なら最初からやってますよ。怪我人を運ぶ人が必要です。お願いできますか?」
「……了解」
 ホールに響いていた戦闘の音が引いてゆく。
「撤退!」
「撤退だ!」
「撤退、撤退ー!」
 ホールの向こう側から出てゆく人狼たちの最後の一人を見送って、藍綬がその場にどさりと腰を落とした。
「成功、だよな」

「ふぃ〜、疲れた。喉ガラガラだよ」
 歌い通しの秦が笑う。
「みんな、生きてる?」
 ラクシュリが蓮華の肩を借りてホールへ入る。庭に倒れた者たちも皆入って来た。マリアが安堵の表情を浮かべた。
「これで、コルシカ島に向かった方々が、背後から襲われる心配はなくなりましたね」
「あとはご褒美の観光ですよ」
 蓮華が笑う。
「……あー、ちょっと休んでからの方が良さそうね」
 斑鳩が、全員のあまりのボロボロさにそう言った。
 何とはなしに、笑いがこみ上げた。

●そして明るい港町
 あとは楽しいことばかり。そう思うだけで町の雰囲気は全然違った。空が高く、陽は明るい。
 旧市街は階段と坂道だらけだった。登りながら蓮華の頬には笑みが浮かぶ。山で育った彼女にとってこの坂道はどこか懐かしい。
 小さな木の看板を出している服屋や靴屋を眺めながら歩くと、ちょうど店から出てきた藍綬がいた。
「む……」
 悩む藍綬。
「迷いました?」
「あ、うん、そのようだ。大通りはどっちだ?」
「わかりません。私も迷ってます。これは迷わない方がおかしいですよ」
 蓮華が笑う。
「そうだな」
 旅先での迷子も楽しみの一つ。蓮華の考えに倣って歩く。
「そういえばパメラもさっきのところで靴を見てたが、どこ行ったんだ?」
 藍綬が聞くが蓮華は知らない。
「え? ちょっとここどこ? みんなどこいったの? 助けて〜!」
 そんなパメラの半泣きの叫びが路地二・三本向こうから聞えた気がしたが、助けに行く道もわからない。
「ふむ。迷った」
 彼らの行く先は迷子多発地帯なのか、秀樹が腕を組んで悩んでいた。視線はくるくると回る風見鶏に釘付けだが。
「こんな時には慌てず騒がず。地図を見て方角を見て」
「地図はどこかにやってしまった」
 藍綬が秀樹の言葉に割り込む。
「なるほど。それなら道が広くなる方へ歩いていこう」
「落ち着いてるな」
「慣れているからな」
 まったくいばれることではない事を秀樹は堂々と言ってから、今度は地元民が樽を転がして移動しているのを見てつられて細い道へ入っていく。
「……まいいか」
 大通りに出れば。かぐやが煉瓦の建物を見上げている。
「これ、なんですか?」
「コロンブスの生家です」
 かぐやが目を細める。はるか昔に存在した人物。人は朽ちても、家はそのまま残っている。
「歴史遺産はいいものです」
 かぐやがぽつりとつぶやいた。
「市場の方へは行かないんですか?」
「えっと、どっちでしょう」
 蓮華が首をかしげると、かぐやが大通りの先を指差した。
「あの噴水を真っ直ぐですよ」

 噴水の広場の前には、麻樹がいた。琥羽と向かい合い、真剣な表情で見詰め合っている。
 麻樹は琥羽に告白し、その返事を琥羽が今、言葉にしていた。
 返事を聞いた麻樹が優しく笑う。
「……そうか」
 琥羽の表情が赤く染まる。麻樹が琥羽を抱き寄せ、口づける。
「ありがとな。それと……」
 麻樹が少しだけ恥ずかしそうに目をそらす。
「心配かけて、ごめんな」
 琥羽が微笑み、小さく首を振った。

 広場からの通りは市場になっている。果物や野菜を満載したワゴンが並び、人の良さそうな、あるいは豪快そうな女性たちが互いにお喋りをしながら売っている。
「お疲れさまです。はい、どうぞ」
 リヴィがマリアを労い、今買ったばかりの真っ赤なオレンジを差し出す。マリアが礼を言って受け取る。
「……中まで真っ赤ですわね」
「血のオレンジだそうですから。怪我にいいかもしれません」
 言ってからリヴィも首をかしげ、二人で笑い合った。
「でも良い香りですわ……」
 二人で市を歩き回る。
 別のワゴンでは、マイが統次郎と歩いていた。
「……でな」
「ゴメン聞いてなかった。なに?」
 時差ぼけで半分寝ている統次郎にマイが眉をひそめる。
「これめっちゃ甘いんやて」
 見るからにすっぱそうなレモンを統次郎に勧める。
「へぇ……」
 期待と共にかぶりついた統次郎の顔が、すっぱい顔になった。恨み言を言おうと顔を上げればマイはもういない。
「……覚えてろ」
 やり場のない怒りはレモンと共に吐き捨てられた。
 ケイも灰霧とラクシュリと果物市に来ていた。一緒にという約束があったわけでもないが、行きたい方向が一緒なのでなんとなくだ。
「いや、もう少し負かるなら買えるけどさ」
 灰霧が値切り倒しているのは、ケイがどんな味がするんだろうと言った果物。
「あ、もう一個買いますから、あと少しだけ安くして?」
 ラクシュリが値切っている果物もそうだった。何かに火がついてしまったように二人は価格破壊者と化している。
「ナッツがたくさん。何ナッツでしょう。あまり見ない種類ですね」
 ケイが楽しそうにビンの並ぶワゴンを見る。
「あ、値切らないでいいですからね?」
「……そか、残念」
「粘ればどんどん負けてくれるんですもん」
 彼らの手にある袋詰めのフルーツがいったい合計何ユーロか、ケイは聞くのも怖い気がした。
「あ、戻ってこれました」
 新がケイの顔を見てほっとした表情をする。
「向こうも面白いですよ。工芸の店がたくさんあります。迷いかけましたが」
「へぇ、あ、綺麗……」
 新が持っていたのは、銀と硝子で出来た小さな鳥だった。路地の先へと視線をやるとなるほど小さな看板が出ている。

「料理本? イタリア語で読めないのに?」
「帰ってから翻訳すれば何とかなるよ」
 アーニクスの突っ込みに秦が口をとがらせる。秦の買った本の話だろう。
「うわぁ、綺麗な首飾り」
 工房の前を通りかかった秦が珍しくアクセサリーに反応する。
「……買ってくか?」
「たまには良いよね?」
 ほぼ同時に声を出した。それが面白くて顔を見合わせくすりと笑った。
 彼らのいるのはいくつかの工房が軒を連ねているその一つだ。向かい側では優が真剣な顔でディスプレイを睨んでいる。
「銀ですか。これでデザインが剣なら、うーん。やはりこちらでしょうか」
「へぇ、すげぇな。これ紋章か? おっちゃんコレ幾ら?」
 丸馬が横から覗き込みながら店主に聞く。
「80ユーロ」
 丸馬が頭の中で円に変換する。
「……いや、たけーってそれは。もー少しまかんねーの?」
「79ユーロ」
「おいっ!」
 一品ものは高い。優が険しい目をさらに険しくした。
「79ですか……」
「なるほど」
 賢治がすかさずメモ帳を出して書き込む。
「個人の店なら交渉次第ですか。これは押さえておくべきですね」
 メモには気付いたことが所狭しと書き並べられている。
「次回からと言わずこのお土産探しから生かせそうです」
 そう言う賢治を、店主がこれ以上はまからんぞという目で見ていた。
 並ぶ工房は金属のアクセサリーばかりではない。
「うお、これはっ……」
 いつのまにやら金物工房に迷い込んでいた司が凶悪な形の肉叩きを発見して仰け反る。なんとなくそれを振ってロケットスマッシュのフォームを作ってみたりする。
「っと、何かお探しですか?」
「ホワイトデーのお返し選びなどなど」
 司と背中合わせの場所に照夜がいた。
「このバレッタ良いかな?」
 商品も手作りならディスプレイも手作り。鏡など特にない。照夜が代わりにと司の髪に当てて見てみる。
 短く尖った髪に。
「わかるもんですか?」
「いや、わかんないね」
 照夜が笑った。
 工房の外、狭い路地をたくさん袋を提げた朱鷺が歩いていた。
「怪我人を荷物持ちに使うほど私も極悪人じゃないわよ?」
「大丈夫だっての。しばらく休んだしもうなんでもねぇって。なっ?」
 紫陽に振り返られた朱鷺が、同じく前を歩く薫に振る。
「だから、そんなに丈夫なのはお前だけだっての」
 そう言う薫も特に辛そうには見えない。
「ねぇ薫、一緒に旧市街見て回らない?」
「ん、お、ああ……。別に、構わねえよ?」
 紫陽に言われ薫が何とか返答する。
「んじゃ俺適当に土産見てるからな」
「お、おい!」
 慌てる薫に、紫陽が吹き出した。

 そこから坂を上がって行くと、少し開けたところにカフェがある。九一と紫苑はそこにいた。
「この味が出せるようになりたいな」
 九一がフォカッチャをほお張って言う。さっき焼けたばかりの本場ものだ。
「素朴で美味しいですね。このオリーブオイルとの調和がなんとも」
 紫苑が笑顔で頷く。それに九一が何度も頷いて、それから立ち上がる。
「オリーブオイルか。下に売ってたよね。折角ならそれも本場がいいもんね」
「お土産、買いに行きましょうか」
 九一と紫苑が坂を下ってゆく。
 奏華はコーヒーをそっと置くと、彼らの後姿を見た。その向こうには古い家々の屋根が見え、さらにその向うには海が見える。時間がゆっくりと流れるようだ。
 同じカフェに雪羽が玲樹と向かい合って座っていた。
「イギリスの館とは違うもんだねー」
「そうですねー」
 郷に入っては郷に従え。彼らの前にあるのはコーヒーとティラミス。
「美味しい〜。偶には紅茶以外もいいですね〜」
 それでもどこかティータイムめいているのは拭えぬ習慣の積み重ねと言うものだろう。
「えいっ」
「ふぇ」
 玲樹がデコピンを炸裂させる。突然のことに雪羽が額を押さえて泣いた。
「なんですか〜?」
「親愛の印……?」
 その向こうの席には、良と小織がいた。
「疲れた?」
 小織が良に尋ねる。
「いや……」
 良も自分がぼーっとしていた事に気付き、笑った。
「海を見てた。海と空って一見同じだけど、ちょっとずつ色とかが違うよね」
 良の視線を追って、小織が海を見つめる。
「色んなとこ見に行きたいね。一緒に」
「うん……」
 どちらからともなく手を繋ぐ。同じ海を見ながら。
「……一緒に」
 小織が言う。見詰め合って、笑い合う。
 お互いがいれば、幸せは何処にでもある。
「……甘いものも頼む?」
 良の言葉に、
「勿論」
 小織がまた笑った。

「いやぁ……これが地中海の風か」
 バルトロマイが大きく伸びをする。波音も穏やかながら、風はそこそこ強い。だがその風も不思議とからりとしている。ここはかつてのジェノバの玄関口、旧港。
「近くに海の博物館があるそうです。行ってみませんか? 昔使われていた船などもあるそうです」
 紅樹が声を掛ける。
「お、良い情報やな。なら俺も情報」
 バルトロマイが指を差す先は、クレーンで吊られたような展望エレベータ。
「ビーゴ。あれで上までいけるんや。ひょっとしたら今日の戦場まで見えるかもな」
「コルシカ島……はさすがに無理ですよね」
 真面目に言う紅樹に、バルトロマイが笑った。
 麗鳴は、波打ち際を見下ろしながら歩いていた。
「おおこれは、珍しい貝……かもしれませんネ」
 小さいながら綺麗な貝がらを拾い上げた麗鳴は、歩いていた斑鳩と目が合った。
「お金かからなくても、楽しめるんですよ?」
「そうですわね」
「負け惜しみ違いまス」
 斑鳩が頷く。
「……海の町は好き」
 斑鳩は、そうつぶやいた。
 麗鳴がつられるように海を見た。空が高かった。
 突堤に腰掛け、入道二郎が釣り糸を垂れていた。掛かるのは小魚ばかりだが、慌しい仕事のあととしては悪くない時間が流れて行く。
「んあ! 今何時だ!?」
 隣で船を眺めていたはずの剣斗が飛び起きる。寝てしまっていたらしい。弾みで入道二郎の下ろした針に集まっていた魚が全部逃げて行った。
「ゆっくり寝てろ。時間になりゃ起こしてやるよ」
「……そうか、悪いな」
 入道二郎の言葉に剣斗がまたばたりと倒れる。
「銀誓館学園での活動はこれで終わりだな」
 転がったまま剣斗が言う。
「……だな」
 次の事件なり依頼なりは、もう卒業生として受ける事になる。
 それはこの異国の風のように、大した違いではなく、けれどはっきりとした違いなのかもしれなかった。

 彼らの高校最後の依頼は、かなりの被害を出しながらも、完全に成功した。


マスター:寺田海月 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:30人
作成日:2009/03/16
得票数:楽しい1  カッコいい140  知的2  ロマンティック1  せつない10 
冒険結果:成功!
重傷者:街田・良(樒・b02167)  ラクシュリ・スィフニール(特売マイスター・b04514)  織部・麻樹(永久に響く詩・b10672)  志乃神・灰霧(パラダイムグルー・b14291)  佐伯・朱鷺(ただ一人のための太陽・b18757)  マリア・テレサ(光と闇の聖女・b22901)  弾堂・丸馬(クイックシルバー・b23423)  竜桜院・秀樹(回転王・b27613)  建礼門院・入道二郎(平清・b28424)  田辺・薫(興味不本位・bn0095)(NPC) 
死亡者:なし
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