≪大神の棲み処≫お喋りの舌を、抜け


<オープニング>


 ばちん。
 翁の手に握り込まれた糸切り鋏が、静かな竹林の中に硬い音を響かせる。
 ばちん。
 隣に立つ嫗が、それに呼応するように同じ音を鳴らした。
 二人が背負っているのはつづら。翁のものは小さく、嫗のものは背を覆わんばかりに大きい。
 彼らの身に着けた、やけに裾の長い和服。その色や裾の形が何かに似ているように見えて、フゲ・ジーニ(永遠に続く幸せの迷宮回廊・b07584)は記憶を探る。
 すぐに分かった。
 雀、だ。
 翁と嫗の周りには5人の子供。擦り切れた浴衣のようなものを着た彼らは、皆やけに長い舌をだらりと唇の端から垂らしていた。虚ろな瞳と血の気の失せた肌が、彼らを同じ顔に見せている。正確な年齢も、性別すらも分からなかった。
 翁と嫗。そして、子供達。彼らの背からは、細く長い鎖が伸びている。それは紛れもない、ゴーストの証。
「舌を抜け」
 翁が口を開く。同時に、ばちんと鳴る鋏。フゲのすぐ横を、衝撃波がすり抜けて飛んで行った。
 翁とフゲとの距離はおよそ20メートル。あの攻撃には、能力者の射撃と同程度の射程があるようだ。
 フゲはイグニッションカードを取り出し、改めて周囲の様子を窺った。
 相手は7人。しかし真に強敵となるのは翁のみだろう。特に、子供の地縛霊は雑魚と呼んでも差し支え無い。
 勝ちの目は出せるかという自らへの問い掛けに、肯定の答えが出るまで時間は必要無かった。彼は今、一人ではないのだから。
 神社の裏という場所のせいか、竹林の中に人気は無かった。外界から切り離されたかのようなこの地には、彼らとゴーストの他には誰もいない。
 視界は良好。足元も悪くない。
 神社の側で近所に住んでいると思しき子供達の姿を見掛けたが、この竹林まではやって来ないだろう。
 ここで倒すしかない。
 導き出された結論に、カードを掲げ、叫ぶ。
「イグニッション!」
 一瞬の後にあどけなさを残した少年の姿は消え去り、勇ましき戦士の姿へと変化する。そして傍らに現れる真モーラットピュア。
 警戒心を刺激されたのか、子供の地縛霊たちが翁の周囲へ集まった。まるで自らの身を盾にしようとしているかのように。
 翁の手の中で小刻みに鳴る鋏の音が、雀の鳴き声のように聞こえた。

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参加者
アルベド・ホロスコープ(白き闇呼ぶ歌姫巫女・b07267)
フゲ・ジーニ(永遠に続く幸せの迷宮回廊・b07584)
楢芝鳥・俊哉(新人な図書室の主・b20054)
白銀山・丹羽(バステトと踊れ・b32117)
鳴神・裁(風の駆り手・b45171)
ジンク・ネームレス(ボールライトニング・b46260)
上条・楓(ガリ勉どら娘・b56813)
メルニア・ジェラジフィエル(原初の水と叡智の守護御魂・b59755)
NPC:皐・由衣子(歌う眠り子・bn0179)




<リプレイ>

●むかしむかし、したきりのおじいさんが
 優しいお爺さんはここには居ないみたい。
 真モーラットピュアの閃へ前へ出るよう指示を出し、フゲ・ジーニ(永遠に続く幸せの迷宮回廊・b07584)は子供達の地縛霊に周囲を囲まれた翁を見据えた。
 握り込まれた鋏の鳴らす音のせいか、身に着けた和服が雀を思わせるせいか、眼前のゴースト達は雀が舌を切られてしまう昔話を彷彿とさせた。
「そっちこそ静かになって貰うから」
 地面に落ちた竹の葉を踏み締め、フゲは僅かに立ち位置を変えるとリフレクトコアを自らの周囲に旋回させる。
「翁を抑え込む。丹羽、サポート頼む」
 ざっと地を蹴り地縛霊達との距離を詰めに走るのはジンク・ネームレス(ボールライトニング・b46260)。
「こっちは任せて下さい」
 頷いた白銀山・丹羽(バステトと踊れ・b32117)は、後衛を担う者達の前に位置を取っていた。
 ジンクは走り出した勢いに任せて翁に肉迫しようとしたが、その手前には子供達がいる。彼に続けて鳴神・裁(風の駆り手・b45171)が地を蹴る前に、鋏を持つ翁の手が鋭く空を切った。
「舌を抜け」
 しわがれた声と同時に放たれる衝撃波。裁の服の肩口が、ばっと赤く染まった。傷と共に刻み込まれたのは鋏の欠片に似た鉄片。それは癒しを阻む力。
 裁は傷口を一度だけ強く押さえると、子供達へと接近し竹の葉に覆われた地面を踏み締めた。吹き飛ばされた3人の子供達は、背に庇う翁にぶつかって止まる。閃の周りで火花が爆ぜて、子供達を巻き込んだ。
「切ってしまえ!」
 嫗が叫び、糸切り鋏が雀の断末魔のような音を響かせた。ジンクのパーカーに血が滲む。
 後衛よりは前、しかし前衛よりは後ろ。いわば中衛とでも言うべき位置に立つアルベド・ホロスコープ(白き闇呼ぶ歌姫巫女・b07267)は、植物の槍を作り出し翁と子供達の間に打ち込んだ。慈悲の力を秘めた槍はその場で爆ぜ、子供の一人が地に倒れ伏す。
「……っは! 守ろうとして逆に狩られてんじゃ意味ねぇんだよ」
 赤い瞳が嘲りを宿して僅かに細められる。
「コルン!」
 別の子供へ接近したメルニア・ジェラジフィエル(原初の水と叡智の守護御魂・b59755)が一声叫び、狼のオーラを身に纏った。
 皆が翁と子供達へ意識を向ける中、楢芝鳥・俊哉(新人な図書室の主・b20054)は一人、嫗との距離を詰める。
「始まりの鐘、廻る音」
 ぽつんと紡がれた言葉に誘われ、彼の前方に強力な魔法陣が生成された。
 竹林に響く呻くような声。だらりと垂れた長い舌を揺らして子供達が動き出す。
 一人は翁の間近へ。アルベドの槍で受けた傷を、べろりと舐めて癒す。何らかの加護を受けたのか、翁の手にある糸切り鋏が冷たく凶暴な光を宿した。
 残る3人は翁を狙う敵――ジンクを取り囲む。
「うわ……っと!」
 不自然なほどに長い三つの舌が一斉に襲い掛かる。子供達は彼から見ても明らかに弱い。しかし、だからといって全てを避け切れる訳ではなかった。舌は螺旋状の尖りを帯びて、繰り返し彼を穿つ。
 後衛より全体の様子を窺っていた上条・楓(ガリ勉どら娘・b56813)が、地脈を乱す不浄の気を呼び出す。足元に穢れた色の沼が生まれ、地縛霊達に毒を打ち込む。子供の一人が倒れ、溶けるように消えて行った。慈悲の槍に討たれた子供もまた、同じ道を辿る。
「はう……」
 彼女と同じく後衛に位置する皐・由衣子(歌う眠り子・bn0179)は、祈りを込めてゆるりと舞った。ジンクと裁を苛む鉄片は取り除かれたが、刻まれた傷は全く塞がらない。丹羽が涼やかな声で歌い、二人に癒しの力を届ける。
 翁と嫗の手にある鋏が、雀の鳴き声のような音を響かせた。

●こどもたちはしたをぬかれて
 フゲの撃ち出す輝く槍が、子供の胸を貫く。仰向けに倒れた子供は、さほどの間を置かずふつりと消えた。これで残る子供は二人。
 並ぶ二人の間を抜け、ジンクは翁へ迫る。三日月の軌跡を描く高速の蹴りは、しかしすんでの所で避けられてしまった。
 がたっ、とやけに大きな音を鳴らして、翁の背負うつづらの蓋が動く。そして溢れ出る、無数の蛇のようなもの。霞を思わせる薄紫の蛇たちは音も無く地を滑り能力者達を締め上げる。ジンクと丹羽がそれを避けられたのは、運が良かったからに他ならない。
 続けて音を鳴らしたのは、嫗の背負う大きなつづら。零れ出でた大蛇はジンクとアルベドの間に頭をぶつけ、そこで爆発した。ガラスのように砕けた大蛇の破片が、二人の他に裁をフゲ巻き込んでその身をざっくりと傷付ける。閃が主人の元へと駆け付け、傷口をぺろぺろと舐める。
 身を縛る蛇を振り解こうとしたアルベドと裁が、逆に締め付けられて顔を顰めた。
 自らの周囲を改めて見回し、ジンクは自らの誤算を悟った。彼の予定では、丹羽も共に接近し翁を包囲する筈だった。しかし仲間の傷を癒す事を選べば、彼女はその場から動けないのだ。
 身に絡む蛇を振り払ったメルニアは、羊の角を思わせる長剣を横に振った。刃は子供の腹を薙ぎ、鎖に繋がれた身をこの世から解き放つ。
 俊哉も同じく蛇の締め付けより脱し、魔道書を繰って魔弾を嫗へ撃つ。炎を編み込まれた魔弾は糸切り鋏に阻まれ、掻き消えた。
 ただ一人残った子供の地縛霊は、長い舌で裁を打つ。肩を打った舌先が螺旋の尖りを帯び、傷口を幾度も抉る。
「うそ……っ!」
 繰り返される舌の攻撃は予想以上の激痛を彼女にもたらした。思わず膝をつきそうになる。
 楓は体の自由を取り戻すと神聖な舞を踊った。能力者達の身を縛る蛇が消えて行く。丹羽は喉を震わせて癒しの歌を高らかに歌い上げる。由衣子が土蜘蛛の魂を呼び寄せ、裁の術扇に宿らせた。重なる癒しの力。しかし、足りない。
 フゲが輝くエネルギーの槍を撃ち、最後の子供を空へ還す。
「舌を抜け」
 しわがれた声。裁の二の腕に、衝撃波と共に鉄片が打ち込まれる。続けて鳴るのは嫗の鋏。
「切ってしまえ!」
 ばちんと音を立てた糸切り鋏が衝撃波を飛ばし、裁を刻む。ウェイトレスを思わせる服がやけに赤く染まったと気付く間も無く、彼女の意識は飛んでいた。
「お前ら……っ!」
「おい、一度下がれ」
 翁へ突進しかけるジンクの肩を、アルベドが掴んで引く。怒りと疑問がない交ぜになった青い瞳を、半ばまで伏せられた赤い瞳が見返す。
「そっちもボロボロだろうが。回復する間ぐれぇ作ってやるから、さっさと立て直して戻って来なぁ!」
 ジンクの傷も完全に癒えている訳ではない。アルベドの手にあるのは射撃に適したホーミングクロスボウだが、後衛を担う楓や由衣子と比べれば体力がある方だ。持ち堪えるくらいは出来る。
 翁に近接した閃がぱちぱちと火花を散らした。
「恩は三倍返し、恨みは十倍返しが我が家の家訓なんですよ」
 丹羽の瞳が翁を睨め付け、ケーキのようなデコレーションを施されたピンクのガトリングガンが弾丸をばら撒く。メルニアの斬撃が翁の肩から胸元を斜めに裂いた。俊哉が魔弾を放ち、嫗を炎で包む。
 由衣子は再び土蜘蛛の魂を呼び寄せ、ジンクの傷を塞ぐ。楓が毒の沼を作り出し、翁と嫗を蝕んだ。
 フゲの槍が翁の胸を射抜く。ジンクは再び前へ。
「あ、ちょ……」
 毒と炎を振り払った嫗が軽く地を蹴ったのを見て、俊哉は慌てて行く手を遮ろうとする。しかし、嫗が彼の脇を抜ける方が早かった。ばちんと鳴る鋏がメルニアの背を切る。翁の鋏は彼女の正面から襲い来る。アルベドが弓引き翁を魔力の矢で貫いた。
「……大丈夫、まだまだ行ける!」
 メルニアが隙の無い戦闘態勢を取り傷を癒すのを見ながら、フゲは自らへ言い聞かせるように言葉を紡いだ。

●そうして、いじわるなおばあさんは
「キッテキッテキッテ、ばらばらニばらばらニー!」
 獣のように吼えながら、メルニアが翁を引き裂く。クレセントファングを使い切ったジンクは、ヨーヨーに氷を具現化し、翁に叩き付けた。相手を凍て付かせる事が叶わなくとも、癒しを拒む反動は等しく降り掛かる。
 がたっ、と翁のつづらの蓋が動き、薄紫の蛇が溢れた。避けられたのはフゲと楓のみ。
 嫗の背負うつづらの蓋が開いて、大蛇が零れる。狙いは後衛。丹羽がせめて間近のアルベドだけでも庇おうとするが、締め付ける蛇はそれを許さない。爆ぜた大蛇の破片は一片の慈悲も無く、範囲内にいる者を切り裂いた。
「これじゃ追い付かないわ……」
 祈りを込めて舞い癒しの力を仲間へ届けながらも、楓は軽く唇を噛んだ。この中で、閃に次ぐ回復の力を持つ由衣子は未だ蛇に捕らわれたまま。同じく蛇に戒められているジンクに至っては、舞いの治癒すら届いていない。
「ちょっと厳しいかな……」
 灰色の羽根を描いた和服がぼろぼろになっている事に気付いて、俊哉が魔弾のエネルギーを体内へ逆流させる。
 フゲは輝く槍を作り出し、翁へ撃ち出す。恐らく、翁の体力は残り半分を切っている。しかし、その半分を削り取るのが、果ての無い作業のように思えた。そしてそれを為し得たとしても、まだ嫗がいるのだ。
 翁はそんな彼の胸中など気にも留めず、無情に言葉を紡ぐ。
 舌を抜けと。
 鉄の欠片を孕んだ衝撃波が、由衣子のギャルソン服を真っ赤に染める。小さく咳き込むような声を漏らして、細身の体がうつ伏せに倒れた。そのまま、起き上がって来ない。
 竹林に響く、切ってしまえと叫ぶ声。次に倒れたのはジンクだった。
 閃の癒しを受けながら、アルベドは軽く舌打ちする。既に前衛の半数が戦闘不能。嫗は前衛と後衛の間に入り込んでいる。避けたいと思っていた陣形の崩壊が起こっていた。
「死者は大人しく眠ってな!」
 翁の足元に植物の槍が落ち、爆ぜる。丹羽の優しい歌声が能力者達の傷を包んだ。メルニアの斬撃を翁は鋏で弾く。炎を秘めた俊哉の魔弾は避けられた。楓が毒の沼を作り出す。
 また翁の背負うつづらの蓋が鳴る。地を滑る蛇。今度は誰も避けられない。嫗のつづらより出でし大蛇が、爆ぜて砕けて能力者達を切り刻む。
 倒れ込みそうになるのを意思の力で踏み留まり、フゲは仲間へ視線を走らせる。
 今の一撃でメルニアが膝をついた。倒れてこそいないが、これ以上戦う事は出来ないだろう。俊哉も危険な状態に陥っている。閃とアルベドが回復に回ってくれたとしても、次はフゲか俊哉が落とされる可能性が高かった。
 まだ、戦うのか?
 能力者達の脳裏を過る問い掛け。
 楓が、和弓をぎゅうっと握り締める。
「……撤退しよう」
 苦渋の決断を下したのはフゲ。
 言葉も無く頷いた丹羽は、倒れ伏す裁を抱き抱え後方へと下がる。
 地縛霊達が攻撃に移る前に、1秒でも早く。
 痛みを感じるのは、生きている証。
 仲間と共に竹林を走りながら、フゲは歯を食い縛る。

 彼らが竹林を抜け神社に戻った時、そこで遊んでいた子供達の姿はもう無かった。
 元々、この神社を訪れる者自体が少ないのだろう。何も知らない一般人があの地縛霊達に遭遇する可能性は低い。
 それが、唯一の救いだった。


マスター:牧瀬花奈女 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2009/04/23
得票数:笑える3  泣ける3  カッコいい5  知的2  せつない12  えっち1 
冒険結果:失敗…
重傷者:皐・由衣子(歌う眠り子・bn0179)(NPC) 
死亡者:なし
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