鏡花水月


<オープニング>


 なんて綺麗なんだろう。
 男は、湖面に浮かぶ月に見惚れていた。
 空気の澄んだ空に浮かぶ月もいいが、湖面に映る月も、また美しい。
 静かなみなもに揺れる朧月。
 男は一眼レフカメラで、その情景を収めていく。
「おや?」
 撮影中、男の目に不可思議なものが飛び込んできた。
 湖に女性の姿が見えた、ような気がした。
 辺りを見回す男。
 その姿は、どこにもない。
 気のせいか、霧がそのように見えたか。
 少し、背筋が寒くなってきた。
 男はカメラをバッグにしまうと、帰る支度をした。
 その時。
 その姿は、再び男の前に現れる。
 赤く情熱的な瞳、悩ましげで色っぽい口元、艶やかな黒髪が美しい、女性の姿。
 なんて綺麗なんだろう。
 男は思った。
 心を奪われた男は、女を求め、湖の中へ入っていく。
 そして、女へ手を伸ばすが……美しき姿は、儚くも消えた。
 ああ、やはりまぼろしか。
 湖面に映った月のように、君は手にとることができない。
 呆然とする男。
 刹那。
 背後に凍てつくような殺気を感じる。
 振り向こうとしたが、それはすでに遅かった。
 冷たい手が体温を奪い、女の姿は男を湖の底へと沈めた。

「え、えっと……ゴーストがあらわれました……」
 栗栖・優樹(小学生運命予報士・bn0182)は教室に集まった能力者達へ、ゴースト事件について説明を始める。
 場所はとある地方にある湖、時は夜。
 月が湖面に映る頃、女性の姿をした地縛霊が現れる。
 近くにいる人を誘惑し、湖に誘い込み、そして、殺す。
 地縛霊となったからには、何か理由があるのだろうが、そこまではわからないようだ。
 とにかく、すでに数人が犠牲となっているため、これ以上の被害を出さないように、この地縛霊を倒すのが、今回の任務となる。
「すごくきれいなゴーストです……まどわされないようにしてください……」
 地縛霊の容姿は美しい。
 異性だろうが、同性だろうが、その魅力に囚われれば、地縛霊の虜となる。
 惑わされぬよう、注意してほしい。
 他にも、冷たい手で相手を氷付けにしたり、霧を操り幻を作り出すこともできる。
 また、犠牲となった者達が三体リビングデッド化しており、地縛霊を守ろうと襲い掛かってくる。
 死してなお、地縛霊に魅了され続ける哀れな者達も救ってほしい。

「それでは、よろしくおねがいします……」
 優樹は任地に赴く能力者達へ頭を下げた。

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参加者
エルレイ・シルバーストーン(銀石の操霊士・b00312)
弓張・輝夜(月光闘姫・b01487)
宗像・初心(中学生ヘリオン・b03131)
高坂・司真(影蓑・b05057)
泉野・流葉(目指せ未来の大富豪・b17892)
エルヴァ・シルフィル(茶道好きな魔剣士・b19067)
睦文・鵺夏(穢れし黒狗・b22598)
金城・棕櫚(フィジュルティダ・b25668)
アリーセ・エルンスト(颶風纏いし猟犬・b33163)
陸・桜桃(魄桜鵠鳳・b56789)



<リプレイ>

 能力者達は、空を見上げる。
 夜空に浮かぶ月は、たなびく雲に隠れ、わずかな弱々しい月影を残しているだけだった。
 雲の合間からわずかに覗く月の明かりだけでは、周囲の闇を払い除けることはできない。
 霧も立ちこめ、視界は悪かった。
「夜だし、自然の光に頼るのも不安だからな」
 こんなこともあろうかと、泉野・流葉(目指せ未来の大富豪・b17892)はランプに明かりを灯す。
 念を入れて光源を用意している能力者も他におり、視界対策は十分だった。
「湖に到着するころには、雲も流れるでしょうか……」
 弓張・輝夜(月光闘姫・b01487)もランプで周囲を照らしながら、荒れた道を進む。
 湖までの道のりは、やや起伏があったが、さほど大変というわけでもない。
 道は狭かったが、陸・桜桃(魄桜鵠鳳・b56789)が用意した地図を頼りに進んでいく。
「ちょっと心細いかな〜」
 白燐光が恋しいぞ……懐中電灯の明かりで道を照らしながら歩く桜桃。
 徐々に、空の雲は流されていき、月が顔を出し始める。
 それでも、やはり光は頼りなかった。
「もう少し、厚着してこりゃよかったぜ」
 早春の夜風はまだ冷たい。
 金城・棕櫚(フィジュルティダ・b25668)は、吹き付けてくる風に身を震わせている。
「こんな時期の、こんな場所に人が来ることのほーが信じらんねー」
 体を少しでも温めようと、足を速める棕櫚だった。

 能力者達が湖に到着するころ、空を黒く覆っていた雲は、完全に流されていた。
 月……満月がその姿を現し、湖面を照らしている。
「満月の夜、霧満つる湖……とは。何とも詩的ですね」
 現れるのがゴーストでなければ……高坂・司真(影蓑・b05057)が、月光照り渡る湖を見渡す。
 霧がかかり、月の姿が浮かぶ湖面……幻想的な風景だ。
 緑の香りを乗せて運んでくる夜風が、なお、その雰囲気を引き立てる。
「ここで月見したら最高だろうな〜」
 今はやることがあるけど……桜桃は能力者の力を封じたカードを掲げた。
 イグニッション。
 封印を解くキーワードを唱え、能力が覚醒する。
 自分達がここに来た理由……それは、ゴーストを倒すことに、他ならない。
「現れたようですわね」
 睦文・鵺夏(穢れし黒狗・b22598)が手にした光を湖の奥に向けた。
 霧の中にたたずむ、美しき女性の姿。
 それは、銀の雨によって生まれたゴースト。
 魔の者として描かれている水の精のよう……鵺夏は現れた存在を、そう表現した。
「たしかに見た目は美人ね。以前も、その美貌で男を釣ってたのかしら」
 宗像・初心(中学生ヘリオン・b03131)がリフレクトコアを身の周りに展開した、その時。
 みなもに映る月が、崩れた。
 美貌に惑わされ、命を落とした哀れな亡者が、水底から這い上がってくる。
「死んでまで、あのゴーストに尽くそうなんて……」
 厄介というか憐れというか……エルヴァ・シルフィル(茶道好きな魔剣士・b19067)は、湖面に姿を現したリビングデッドに、複雑な視線を向けた。
 美しき地縛霊に近づくものを取り押さえようと、ゆっくり近づいてくる。
「手にすることができないとわかっていても……だからこそ、手に入れたいと思うのでしょうか」
 鏡の中の花、水中の月のように……エルレイ・シルバーストーン(銀石の操霊士・b00312)が迫り来る亡者達を視界に捕らえた。
 手に入れた代償が死だとしても……それでも、人は求めるのか。
 それだけの魅力が、あの地縛霊にあるというのか。
 犠牲者に憐憫の情がある反面、それを食いものにする地縛霊に憤りを感じた。
「何があったかしらねーけど、そのほーが都合いいぜ」
「存在する理由がわからない以上は、同情もない」
 棕櫚とアリーセ・エルンスト(颶風纏いし猟犬・b33163)が、地縛霊に鋭い視線を向ける。
 この月が水面に映る湖で、どんなことがあったのか……わかることは、ただ、ゴーストとなった女性が、被害を生み出し続けているということ。
 早く屠ってやることだけが救いなのだろうから……アリーセは刀を振り上げ、構えた。
 月の光が刃に反射し、煌く。

 静寂だった湖のほとりが、騒々しくなってきた。
 能力者達の足音、湖から這い出てきたリビングデッド達の呻き。
 その雑音をかき消すほどの、轟然たる声が響き渡った。
 初心の発した叫びは、亡者達へ衝撃となって、その身を打ち拉ぐ。
「ゴースト達に裁きの光を……」
 地獄を思わせる声に震えるゴースト達へ、溢れんばかりの光線が降り注いだ。
 エルレイが浮かべた十字文様に放射する光から、まばゆい光の筋が縞をなしてほとばしる。
「ここは、みんなに任せようか」
 流葉は呪符を捨てた。
 激しい攻撃が続けば、たとえ敵を眠らせても、巻き添えを受けて起きてしまう可能性が高い。
 その辺をもう少し考えてくるべきだったか……流葉は魔弾に炎の力を込めた。
「右にいるリビングデッドは私が受け持ちます」
「こっちは俺が鵺夏と一緒に抑える」
 司真が先行して岸に上がってきた亡者に接近し、他の亡者達にもエルヴァと鵺夏がとりつく。
 亡者の動きを妨害し、その間にアリーセが地縛霊へ向かって駆けた。
「仲間の邪魔はさせませんよ」
 鵺夏が影の腕を伸ばし、アリーセを食い止めようと振り向いた亡者を引き裂く。
 悲鳴をあげる亡者をやりすごし、アリーセは地縛霊へ勢いを衰えさせずに切り込んだ。
「なかなかの美貌だが……」
 惑わせれはしない! ……頭上に構えた刃に、周囲の闇さえも凌駕する黒い気を込め、気迫満ちた声と共に振り下ろす。胸元を斬りつけられた地縛霊はふらつき、そこへ流葉の放った炎が炸裂した。炎は何とか払い除けるも、間髪いれずに棕櫚の影がゴーストを砕く腕となって襲い掛かる。
「……ここに居てはいけないのです。あるべき所に帰るのです」
 輝夜の言葉が、災いをもたらす呪いとなって響いた。
 凄まじい勢いで地縛霊を攻める能力者達。
「さすがみんな強いな〜。ボクも負けないようにしないと!」
 初めての戦場に戸惑いを見せていた桜桃も、仲間の動きを見習いつつ、地縛霊に向けて黒燐蟲の群れを解き放った。地縛霊の近くで勢いよく飛び散ると、黒燐蟲は地縛霊の身を貪ろうと喰らいついていく。
 しかし、やはり地縛霊は一枚上手といった感じで、能力者達の攻撃をさばいていく。
 そして、手近のアリーセを、凍りつくほどの冷たい手で掴む。
「こ、これくらい……!」
 瞬時に体から感覚が失われる。
 体が凍りつく。
 何とか動くことはできるが、そうすると、今度は全身を突き刺す冷たい痛みが生まれてきた。

 能力者達は地縛霊の持つ魅了を恐れ、速攻で倒すべく、火力を集中させた。
 あの魔力に引き込まれてしまうと、確実に戦力が崩されてしまう。
 そうなる前に倒さなくては……能力者達に、焦りが見えた。
「大丈夫ですか、アリーセさん」
 地縛霊へ近づかせないように、亡者を押さえ込む司真が声をかけた。
「大丈夫だ」
 短い言葉で返すアリーセであるが、どうにも余裕がない感じに見える。
 不安が脳裏を過ぎるが、彼女の言葉を信じるしかないだろう。
 司真は亡者を対処しつつ、仲間を守るバリアを張り巡らせた。
「追い風行くぜ。氷に風はつめてーだろうけど」
 棕櫚も起こした清き風が、アリーセの体を覆っていた氷を溶かしていく。
 幸い、ここまで地縛霊の魅了に惑わされた者はいない。
 地縛霊も諦めたか、目の前の障害を排除しようと、手に冷気をまとわせる。
「……符に籠めたるは……癒しの呪!」
 その間、輝夜と流葉が、アリーセを癒しの符で治癒していた。
 受けた傷の分を相手から奪い、符術士達が癒しの符で彼女の傷を塞ぎ、何とか耐えてる状態だ。
「そこを退いてくださいませ……あなた方の行き先は、すでに決まっているのですから」
 亡者達の抵抗も激しかった。
 鵺夏は必死に掴みかかってくる亡者を、逆に影の腕で掴み返す。
「そっちも大丈夫か」
 エルヴァは長剣で亡者の攻撃を振り払うと、鵺夏へ声をかけた。
 大丈夫ですよ、という声が聞こえたが、苦しさが言葉に滲んでいる。
 仲間は地縛霊に集中しているため、支援はない。
 回復もアリーセに集中しなければ、いつ危険な状態になってもおかしくない状況だ。
 亡者は自分達で対処しなければならなかった。
 こちらは、一人で耐えれる程だが……地縛霊くらい強力になれば、支援があったとしても一人で耐えるのはきついだろう。
「少しでも力を削りたいところですが……」
「いい加減に……!」
 エルレイの放った光が槍となって貫き、初心も呪いを込めた言葉を唱え、地縛霊を苦しめていく。
 徐々にではあるが、地縛霊の動きが鈍ってきたのを感じる。
 しかし、アリーセは攻撃に耐え切れず、防御に転じた。
 ますます火力が弱まっていく。
「やっぱり、実践は難しいなぁ……」
 桜桃の操る黒燐蟲は、狙いが定まらず、空を無意味に飛ぶだけだった。
 火力で役に立てないなら……桜桃は白燐蟲を呼び出した。
 蟲の力を与え、仲間を支援することも、戦力に繋がる。

 戦いは予想以上に苦しかった。
 地縛霊を受け持つ者が一人だったため、被弾を分散できず、どうしても後手に回らざるを得ない。
 だが、桜桃が支援に回ったころから、若干の余裕が生まれてくる。
「それでは……お別れですわ」
 白燐蟲の力を得た鵺夏が、亡者を影の腕で捻り潰し、地縛霊へ加勢したことで、状況が変わってきたのだ。先に亡者を倒したことは想定外だったが、苦戦脱却の糸口が見え始める。
「何とか耐えてくれよー」
 絶え間なく清らかな風を起こし続ける棕櫚。
 おかげで氷が体を痛めつけようとも、すぐにそれを癒してくれる。
 エルヴァも亡者を湖に沈め、加勢を得て余裕ができたアリーセは、再び刃に漆黒の気を練り込む。
「今度こそ惑わず、天上へ……逝けぇっ!」
 その気迫に地縛霊はたじろいだ。
 かなり苦しい状況になったのか、地縛霊は後ろに下がり、霧を身に集め始める。
 同時に、その姿が……二つとなった。
 いや、そう見えるようになった、というべきか。
「止まりなさい!」
 だが、それは自殺行為だった。
 初心の言葉に込められた呪いが、その強化された力に反応し、強烈な災いとなって地縛霊に降り懸かったのだ。呪われた地縛霊は身動きできず、もがき苦しんでいる。
「高坂さん、お怪我は大丈夫ですか?」
 脅威が無くなり、輝夜はアリーセから、亡者に攻撃されつつも地縛霊を攻めている司真へ、回復の手を回した。
「えぇ、何とかなっていますよ」
 司真は亡者の攻撃を受け止めると、影の腕を地縛霊に向ける。
「その霧の幻と共に、このまま夜露と消えて頂きましょうか」
「これで俺も攻撃に専念できる」
 流葉は再び魔弾の力へ、手段を切り替えた。
 エルヴァが放った影の腕も、湖面を走る。
 闇の双手が地縛霊の体を引き千切ろうと掴みかかり、そこへ灼熱の炎が撃ちこまれた。
 毒を注ぎ込まれ、身を焦がす魔の炎に包まれ……すでに大半の力を失った地縛霊へ、追い討ちをかけるように放たれたエルレイの光。
 まばゆい光が湖面に反射し、一瞬、目がくらむほどだったが……そこにいた地縛霊も、同時に消えていた。

 残った亡者も、能力者達の手により葬られた。
 死体は湖に沈んだが、しばらくすれば腐敗が進み、浮かびあがってくるだろう。
「ゆっくりとお休みなさい……」
「ちゃんと見つかって、家族の元に帰るんだぜ……」
 輝夜と棕櫚が湖に向かって黙祷を捧げる。
「今度こそ、真の眠りを……」
 エルヴァも、その湖面を見つめながら、祈るようにつぶやいた。
「せめてもの手向けです……」
 戦いが終わり、落ち着いたアリーセは湖に向かって花束を投げた。
 生前もきっと綺麗だったでしょうから……もちろん、それは想像でしかない。
 でも、人をその魅力で惑わすくらいなら……そこで、考えるのをやめた。
 地縛霊へ情をかけるものなど、誰一人としていなかった。
 理由がわからぬ以上は……いや、知らないほうがいいのかもしれない。
 余計な感情が、戦いの邪魔をすることもあるから……。
「やっぱ、こういうとこって幻想的でいいよなー」
 桜桃は深く息を吸い、呼吸を整えると、改めて湖を見渡した。
 水面に揺れる満月が綺麗だった。
 古の人は、水に浮かんだ月を見ることを好んだという。
 直接、見るよりも、なぜ水に映る月を選んだのだろう。
「手に入れないとわかっていても、少しでも近づくことができれば幸せを感じられる、ということですか……」
 エルレイが月を見上げた。
 遠く彼方にある月。
 それが、目の前の湖面……手に届く場所にある。
 手に届かないものでも、湖は近くに引き寄せてくれる……無論、手に入れることはできないが。
 実物でなくとも美しいと感じるのは、そういった趣があるからではなかろうか。
「シルバーレインは所構わずに降るから性質が悪いや」
 流葉が小さく、言葉を漏らした。
 夜の湖には、思念をも引き寄せる魅力があるのだろうか。
 それが生み出したゴーストが……。

 能力者達は暫しの月見を楽しむと、湖から立ち去った。


マスター:えりあす 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2009/03/12
得票数:カッコいい15  ロマンティック2 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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