<リプレイ>
●過程など、どうでもいいっぽいのだ 走る、走る走る。 ヨウイチは必死に走っていた。抜けた腰に活を入れて立ち上がり、ほうほうのていで。 涙と鼻水とどうしようもない恐怖が渾然一体となった形相で突っ走る。振り向かない、振り向けない。あの恐ろしい奴ら全員が、息のかかるほどの距離にぴたりとついていたらと思うと、とても振り向けない。 ぜえぜえ言いながら正面に見えた空き地に逃げ込む。土管や木材が乱雑に積み上げられた空間。隠れるために飛び込んだその場所で、 「え?」 ヨウイチは、天使を見た。 土管の一つからするりと姿をのぞかせヨウイチを手招きするのは天使──などではもちろんなく、トミィ・クルス(えきぞちっくますこっと・b33045)だ。中性的な面差しの真ん中で、透き通るような青い目がきらきらと輝く。 助かったのか、そんな思いに突き動かされ、手招きされるがままにふらっと近寄るヨウイチを、突如影が遮った。ふふふ、という含み笑い。 「ヨウイチくん……ヨウイチくんヨウイチくんヨウイチくん」 「ぎゃあああああ!?」 「ダメですから! そこ行っちゃダメですから!」 全くもって助かってなかった、謎の包丁片手ににじり寄ってきた夷澤・しいね(リスキードライブ・b43630)と、ついでにツッコミを入れた永遠月・光鈴(夜闇に輝く白銀の月・b47320)に今度こそ腰を抜かす。上げて落とすとか、何とか。安心したところに不意を突かれて慌てて逃げだそうとするのをさらに遮る影一つ。 「ヤンデレ萌えええええええ!」 「どちら様!?」 身の丈2メートルに達そうかという長身の男ことジェイ・ジェイ(獄狂毀ネ申ルドラ・b46579)に有無を言わせぬ迫力で詰め寄られる。羨ましいのが何とかどうとかなんで巫女は鋏角衆に膝枕してくれへんねんとか小学生までがどうのとか一気にまくし立てられ目を白黒させているヨウイチから、識祗・颯(パシリ街道まっしぐら・b56801)がジェイの腰を掴まえて引き離した。 「……付き合ってたコがいるってだけでちょっとうらやま」 「助けに来ました。とりあえず隠れてください」 酷く悲しそうな颯の呟きをざっくり切り、説明は後ほど、と、眼鏡の奥の双眸を笑みの形に変えながらドルミエンテ・ダルターニ(祖なる霧と夢幻の次期侯爵・b49489)がへたり込んだヨウイチに手を伸ばす。気付けばしいねも回収、もとい作戦がうまくいかなくなるとたしなめられたのか居なくなっている。 「あの、こっち側にトラウマ残しちゃダメなんですよ?」 と、土管の影で財前・夏奏(のそりんっぽいなにか・b31982)が念入りに説得していたりするのだが、あいにくとヨウイチからは見えないようである。 「……で、なんでそのヤンデレはあんなラインナップなの?」 同じくヨウイチの視界に入らない位置で遠回・彼方(回り道・b48023)が納得いかないと呟いた。それも道理で、確かになんの整合性もない。 「想いが叶わないから殺すなんて短絡行動、ヤンデレなんて認めない……!」 迫力たっぷりにほくそ笑むのは波多野・のぞみ(深緋の闇桜姫・b16535)だ。どうやらヤンデレに対し一家言持っているようである。それが良いことか悪いことかはさておき。 「ヤンデレって怖いイメージがあるんですけど……実際は……」 「『萌え』らしいのですけど……うーん、あぶないのはダメですから頑張って助けたいのです」 呟く光鈴とリコリス・カラミンサ(黒魔法少女まじかるリコリス・b41091)の、しいねとのぞみを見る軽くおびえた眼差しが、おおむねヤンデレに対する危険性の答えになっているような気もした。
●あんたたちどいてヨウイチ君を殺せない! ヨウイチを積み上がった土管の一角に移し──夫婦喧嘩の必需品ですと、なぜか颯がおたまを渡す一幕を挟み──その直後、空き地に走り込んできたのはゴスロリバール娘であった。たっぷりした黒いレースのドレスを翻し、傘でも振り回すような気軽さでぎゅんぎゅんバールを振り回しているのはそれだけで異様である。が、 「負けない……悪いけど人には負けたくないの……」 「……それは誰得なんですか?」 能力者側にも妙に熱っぽい口調で呟きつつ、ちょっぴり赤く黒ずんだファンシーなロッドをびゅんびゅん振り回してるお嬢さんがいるので、どっこいどっこいかも知れない。ツッコミ役を買って出た光鈴の口調はこの時点で既に疲れ切っていた。 続き薙刀巫女とチェーンソーメイドが、最後に包丁を持ったセーラー服少女が。彼方のひんしゅく通り、統一性も脈絡もない格好だが、一様に言えるのはそのどす黒く歪んだ感情に澱んだ目が、ヨウイチの姿を探していると言うこと。 四つの視線が示し合わせたように一点に注がれる。迷いなくヨウイチの隠れている場所を注視したヤンデレたちは思い思いの武器を構え、対峙する能力者たちもまたヨウイチを守るために布陣を展開する。 「次の同人誌はホラーで決定なのです……行きますですよ!」 先陣を切ったのは夏奏であった。スクリーントーンからゴーストまで幅広くカバーするナイフの切っ先を弾き返したのはセーラー服包丁少女の包丁だ。 「人に包丁をむけちゃだめなんですよー」 「どいてどきなさいどけお兄ちゃんは渡さないわっ!」 「っていうかまったく聞いてませんよねー!」 身をかがめ、意表を突く位置からたたき落としたクレッセントファングが包丁少女のこめかみを浅く削ぐ。 直後、突き出された包丁が思いがけず深く刺さった。苦痛に顔をゆがめる夏奏の横を、颯の投じた限りなく皿に近い結晶輪が唸りを上げて行き過ぎ、包丁少女を切り裂く。あわよくばツッコミを入れようと持参したハリセンを使う余裕はどうにもなさそうであると苦笑したところにゴスロリバール娘の鋭い一撃が飛んできた。かわしきれずに肩をしたたか打たれる。衝撃を殺しきれなかった防具が歪む。 「くっ、彼方、回復……」 「ほしい? ねえ回復ほしい? ほしいの……?」 「そこは回復で! 張り合わないで素直に回復で!!」 颯の要請に、眼鏡の奥の瞳孔が開き気味と言わんばかりの声音で何故かヤンデレる彼方。ツッコミを飛ばす光鈴。迫力負けしてちょっと涙目になってる颯に気付かない優しさを見せる能力者一行。それヤンデレなのかしらと首をひねるのぞみ。 「こんなのどうかな! 避けれる?」 しいねが魔弾の射手を編み出す横でトミィが中空に描いたスピードスケッチを飛ばし、愛用の日本刀を構えた光鈴が地を蹴り、やはり包丁少女に黒影剣を放つ。 「血ぃ祭りじゃあああああああああああ!! にやついてる? 気のせいだヨ!」 皆が皆、作戦通り包丁少女を狙う中、何故かジェイだけは巫女に向かって突撃していた。しかも非常にエエ笑顔である。 「どんな目に遭えばこのような悪夢に陥るのでしょうかねえ……それより」 ジェイが明らかに何かを狙っているように見えるのは果たして気のせいだろうか……なんだか嫌な予感に苛まれながらもドルミエンテが魔蝕の霧を発動させた。音もなく噴き出したちまち空き地に満ちた霧は、チェーンソーメイドとゴスロリバール娘からその攻撃力を奪い取る。チェーンソーメイドが小声で毒づいたのが聞こえた気がした。 「ゴスロリに巫女、部分的にキャラかぶりなのでやっつけるのです!」 ハートフルにどす黒い薙刀を一振りしつつ、赦しの舞で回復に徹するリコリス。 「迷宮に監禁してあげる……」 のぞみの声と共に、不可視の迷宮が広がった。八卦迷宮陣にとらわれたのはまたもチェーンソーメイドだった。移動すらままならずほとんど後衛に近い位置で足止めを食らう形になる。何もできない苛立ちに、その表情を憤怒にゆがめるチェーンソーメイド。何故か夏奏がきらりと目を輝かせた。 「あの表情、あとでスケッチしておかないと!」 新刊のネタにする気満々である。
「散りゆく夢に少しの憐れみを」 ちょっぴり赤く黒ずむロッドをかざしてしいねが雷の魔弾を放ち、颯の氷の吐息と夏奏のクレセントファングが次々とクリーンヒットする。あっという間にぼろぼろになりながらも、すさまじい形相で突き出された包丁が颯の腹部をまともにとらえた。砕ける防具。かろうじて踏みとどまる颯。その横合いからのトミィのスピードスケッチが、とうとう包丁少女を打ち倒す。 「かっ、彼方、回復……」 「ほしい? ねえ回復ほし」 「さっきも言いましたが回復で! お願いですから張り合わないで素直に回復で!!」 「デレのない方向性で行きたいのだけど」 『そこ今重要なの!?』 総ツッコミ。 腹の傷を押さえて今度こそ涙ぐむ颯の肩を、優しく叩くリコリス。 「食い荒らせィ蟲どもぉ! え? 服だけ破けていやーんな展開? 望んでないヨ!」 望むべくもない展開を夢見て暴走黒燐弾をぶっ放すジェイに、蟲の嵐をかいくぐりながら巫女が肉薄した。振り上げられた薙刀にジェイがこれまででもっともいい笑顔を浮かべた。この瞬間を待っていたのだ。 「白羽取り……そぉい!」 すぱーん! 「あっー!」 『無理に決まってるー!?』 総ツッコミ第二弾。いっそ綺麗に唐竹割にされ、凌駕することもなく沈んだジェイの顔は、しかし満足そうな笑みをたたえていたという。 「……ヤンデレ関係なくなってきてますねー」 しみじみ呟くリコリスであった。
●そしてホールニューワールドへ 実質強敵であった包丁少女を倒してしまったあと、ヤンデレ少女たちは非常に脆かった。それなりの攻撃の応酬はあったものの、自己強化が入り攻撃力の跳ね上がった能力者たちの敵ではなかったのだ。 すべてのヤンデレ少女を倒すと、彼女たちは空気に溶けるようにして消えていった。能力者たちとヨウイチ以外、空き地に動く者はいなくなる。 戦いの終わりを告げると、ひどくびくびくしながらヨウイチが現れた。 「……大丈夫ですよ、皆さん良い方ですから」 いつまたあのヤンデレ少女たちが現れるかとおびえる少年をドルミエンテがそう告げながらエスコートし、トミィが優しく声をかける。 「ヤンデレなんて実在しません、心の闇が生み出した幻想なんです」 「まあそのなんだ、世の中には病んでない可愛い女の子がたくさんいるんだ。次に向けて、見る目を鍛えておけばいい」 「人は一人で生きてけへん、ひとりぼっちじゃ何も生まへんねん……信じるっちゅー気持ちを忘れへんことや。それが強さやろ」 同性ならではの視点でヨウイチに語りかける三人。対し、しいねもまたにこりと微笑んだ。 「それも、愛の形なのだよ……!」 「あー、えーっとですね、きっとヨウイチさんのこと大好きだったからちょっと興奮して極端になっちゃっただけだと思うのです」 「人の出会いは天運と申します……悪いものの後には、良いことが。その出会いをここで潰してしまうのは、もったいないですよ」 夏奏と光鈴がフォローするように続ける。それぞれの言葉をかみしめるように目を閉じ、ヨウイチは目を開けた。 「……悪いことばかりじゃないよな?」 「はいです!」 笑顔でリコリスが頷き、ヨウイチもまたその顔に初めて笑みを浮かべた。
奇異な悪夢は終わりを告げた。少年に信じる心が戻るのは、夜が明けてからの話。
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参加者:10人
作成日:2009/03/31
得票数:笑える28
知的1
せつない1
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冒険結果:成功!
重傷者:ジェイ・ジェイ(獄狂毀ネ申ルドラ・b46579)
死亡者:なし
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