≪小さな時間≫池に佇む者


<オープニング>


 午後7時、ある森林公園。
 園内の一角に活動拠点を置く『小さな時間』の団員たちの姿は、普段の活動拠点とは大きく離れた場所にあった。
「少し……気になることが、あるんです」
 先を歩く団員たちの背中にそう声をかけ、鹿瀬・静(ましろき雪の袱紗・b52849)が足を止めた。
「確かに、気になってしまいますね」
 外灯の下で頷く富田・真琴(手探りの道を往くヒト・b51911)。足を止めた一同の脳裏に、先ほど見かけた物が浮かぶ。
「いかにも『何かあります』って感じがするもんね」
 そう苦笑し、八乙女・舞華(蜘蛛切の巫女・b54352)がもと来た道を引き返し始めた。コクコクと頷きながら、新城・香澄(巣立つ雛鳥・b54681)もその後に続く。
 8人が向かうのは、散策中に見つけた小さな池だ。
 人を拒むように伸びた背の高い雑草。
 小さな池の周囲で揺れる柳の木々。
 『小さな時間』の活動拠点とは正反対の位置にあるその場所は、本当に園内かと目を疑うほど荒れ果て、人気どころか小鳥の気配すらなかった。
「随分昔につけられた物みたいだね」
 柳のしなやかな幹につけられた傷を見て、十城・莉良(約束の蒼を求めて・b28547)が呟いた。池を囲む木々のうち1本にだけ刻まれたその傷こそが、8人の脳裏に焼きついて離れない物だった。
 左上から右下にかけて、力強い1本。
 右上から左下にかけて、消えてしまいそうな細い1本。
 2つの傷が作る十字は、何を意味しているのだろう。
 ふと、静が傷をつけられた木の根元付近に不自然な盛り上がりを見つけた。もっとよく見ようと、雑草をかきわけて近づこうとしたとき。
「あなたじゃない……」
「危ない!」
 見知らぬ女の声と、東・御言(シュペルマスター・b58648)の声が同時に響いた。
 御言に引っ張られて静が後退した直後、それまで彼女が立っていた場所に1枚の大きな黒い羽が突き刺さった。見上げた空では、普通のカラスの3倍はありそうな巨大なカラスが3羽飛び回ってる。
 大きさもさることながら、4枚の翼を持つその姿はどう見ても普通のカラスではない。
 妖獣。
 瞬時に理解した神代・怜里(思考が読めない自由人・b52360)を始めとして、次々とイグニッションの声が響く。
 そんな中、冬木・誓護(護るべき誓いはこの心に・b47866)が柳のそばに現れた人影を捉えた。十字傷を隠すように木の前に立ちはだかった、白い着物姿の女――いや、まだ少女というべきか。誓護とあまり変わらない年頃に見える彼女の体からは、地縛霊であることを示す鎖が伸びていた。
「これに触れていいのは、あなたじゃない……」
 冷たい声で呟く少女。その細い指にはめられた質素な指輪が、月光を受けてきらりと輝いた。

 柳につけられた傷とあの少女に、一体どんな関係があるのだろうか。思わず思案を巡らせ始めた頭をふるふると振り、静が得物を握り直す。
 今は目の前のゴーストたちを倒すのが先だ。
「皆さん、気をつけてください!」
 月明かりの中で舞う仲間たちにそう声をかけると、静は木の前に佇む少女を見た。

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参加者
十城・莉良(約束の蒼を求めて・b28547)
冬木・誓護(護るべき誓いはこの心に・b47866)
富田・真琴(手探りの道を往くヒト・b51911)
神代・怜里(思考が読めない自由人・b52360)
鹿瀬・静(ましろき雪の袱紗・b52849)
八乙女・舞華(蜘蛛切の巫女・b54352)
新城・香澄(巣立つ雛鳥・b54681)
東・御言(シュペルマスター・b58648)



<リプレイ>

●月夜の池で
「それじゃ……覚悟していただきます」
 少女と見紛うような顔から表情が消え去り、開かれた口からは無機質な声が響く。隙のない動作で抜刀すると、東・御言(シュペルマスター・b58648)は目前にミストファインダーを出現させた。霧のレンズ越しに刃を向けるのは、木々の間を飛び回る妖獣のカラスたちだ。
「まずは……カラスさん、おとなしく……してくださいね」
 御言よりももう少しだけ後ろに位置取り、鹿瀬・静(ましろき雪の袱紗・b52849)が新城・香澄(巣立つ雛鳥・b54681)と共に茨の領域を発生させる。爆発に続いて出現した魔法の茨が2羽のカラスを飲み込もうとするが、あと少しというところでするすると抜けられてしまう。カラスたちの行方を目で追っていた静が、そのうちの1羽を少女が強化したことに気づいた。
「一番右の……木の上を飛んでいる、カラスです……」
「よーし、任せてよ!」
 明るい返事の直後にカラスを呪詛呪言で麻痺させるのは、八乙女・舞華(蜘蛛切の巫女・b54352)だ。
「怜里クン、たまにはカッコいいとこ見せなよ!」
「『たまには』だけ余計だ!」
 舞華の茶々に律儀に反応しつつ、神代・怜里(思考が読めない自由人・b52360)が魔弾の射手の魔法陣を浮かび上がらせた。
 別のカラスが飛ばしてきた羽をリフレクトコアで防ぎ、十城・莉良(約束の蒼を求めて・b28547)がお返しとばかりに光の槍を放つ。
 翼の付け根を穿たれたカラスにぬうっと伸びる、まるで腕のような影がひとつ。
「どいていただきます……っ」
 旋剣の構えで強化された富田・真琴(手探りの道を往くヒト・b51911)のダークハントをくらい、カラスが騒がしい鳴き声を上げる。
(「今は……彼女を倒すことだけを考えましょう……守るべきもののために……!」)
 黒燐蟲を纏わせた得物を手に、集中攻撃を受けるカラスを見る冬木・誓護(護るべき誓いはこの心に・b47866)。
「邪魔は、させません!」
 叫びと共に放たれた光の槍が、カラスの体を豪快に貫いた。誓護の気合を全て詰め込んだかのような強烈な一撃に、漆黒の羽毛をばら撒きながらカラスの姿が消えていく。
 1羽目が倒されたのを確認し、怜里が木陰から飛び出してきた別のカラスに炎の魔弾を放った。もろにくらったカラスの体が燃え上がるが、そんなのお構いなしといわんばかりにカラスは高い位置へと飛び上がる。
 念の為怜里と御言が最後尾の香澄たちに声をかけようとしたときだった。
「きゃあああっ!?」
 最前列から莉良の絶叫が響いた。彼女を中心とした爆風の中から出てきた白いもやもやとした何かが、莉良や怜里、真琴の体を締め付ける。地縛霊の少女が起こした爆発に誓護のみとなった前衛に加勢しようとして、御言が足を止めた。
「戦局を見誤るな……今、自己の置かれた状況を見極めろ」
 今すべきことは、まずはカラスを倒すことだ。小さく呟くと、御言は剣の柄を握り直した。
「んっ……れ、怜里を呪ってやるんだから……」
 ぎりぎりと締め上げられ、うめく莉良。意味もなく気分的に呪われた方はというと。
「……あれ? なんか呪詛が!? 痛っ!?」
 飛び回るカラスが放った羽が頭に突き刺さり、悲鳴を上げていた。見た目はシンプルだが、泣きたくなるほど痛い。
「そんな締め付けなんかアタシの舞でかき消してあげるよっ!」
 そこへ響くのは、赦しの舞を舞う舞華の声だ。更に静のヤドリギの祝福も加わり、怜里の傷を癒していく。
 隊列を立て直せると思った瞬間に聞こえたのは、御言がこらえきれずに漏らしたうめき声だった。
 急降下してきたカラスのクチバシから香澄をかばい、大きな裂傷を負った御言。カラスを討ち漏らすまいと鮮血を撒き散らして刃を振るうが、あざ笑うかのようにカラスは再び上昇していく。
「逃がしません!」
 霧のレンズ越しに踊る六音剣の切っ先が、カラスへと迫り――確かな手応えと共に、その大きな翼を1枚切り落とした。
「大丈夫ですか?」
 香澄がヤドリギの祝福で御言の傷口を塞ぐ。香澄にキリッとした顔で頷くと、御言は再びカラスを攻め始めた。
 その頃、雑草の中でうごめく影がひとつ。強烈な麻痺を食らっていたカラスだ。ぎゃあ、とひと鳴きして飛び上がるなり、すぐそばにいた真琴へと急降下していく。
 2羽目のカラスにダークハントでトドメを刺していた彼女を、鋭いクチバシが切り裂いた。真っ赤な血と漆黒の髪が舞う様に、静が悲鳴を上げながらも魔法のヤドリギを動かす。
「このっ……!」
 旋回するカラスをキッと睨みつけ、誓護が光の槍を放った。誓護に羽を1枚貫かれながらも、カラスは獲物を吟味するように飛び続ける。
 次の標的を決めると、カラスが急降下を始めた。
「……変なカラスはそこで止まっていてください」
 香澄の静かな声に続いて生まれた魔法の茨がカラスに襲い掛かるが、捕らえきれずに虚しく空を抱く。間髪入れずに御言が氷の吐息を吹きつけるが、一瞬凍りついただけでカラスは莉良の瞬断撃を避けて突進していく。
「うちの彼氏より根性あるカラスね……!」
 そんなことを言うの莉良のそばで動いたのは、カラスのターゲットにされた怜里だ。
 だが、突っ込んでくるカラスにお見舞いするのは青龍刀の斬撃ではない。
「……悪いな、俺は蹴りの方が強い」
 ふわりと持ち上がる長い脚。
 長い時間をかけて培われた動きは、その場にいる者を見とれさせるほど美しく。
 流麗な動きとは正反対に強烈な龍尾脚をくらい、大量の黒い羽毛が弾けるように舞った。

●交差する傷
「はいっ! 駆除完了っ♪ あとは……」
 莉良の声に、皆の視線が1ヶ所に集まる。8人分の熱い視線を受けるのは、件の柳の前に立つ地縛霊の少女だ。
 1体ずつじっくりカラスが倒される間も、決してその場を動こうとしなかった少女。
 彼女が動かない理由を、真琴と舞華はなんとなく感じ取っていた。
「あなたは誰を待ってたの?」
 舞華の言葉に、少女の瞳が見開かれる。少し遅れて開かれた口から零れたのは寂しげなひとり言でも、舞華への答えでもなく――悲鳴に近い泣き声だった。
 直後に爆発が起こるが、体を締め付けるもやもやとした物体は、範囲外になるように立ち位置を調整して待機していた舞華によってあっさり払われる。
「さあ、行こう!」
 自分の周囲にリフレクトコアを旋回させ、莉良が怜里と並んで少女へと駆け出す。
「伝えたいことはあるでしょうけど……放っておくわけにもいきませんので」
 理性的な声で呟く真琴。彼女の足下から伸びた腕の形の影は雑草の中を滑るように移動し、泣き喚く少女の体を引き裂く。
「来ないで! お願い、ここには来ないで!」
 大粒の涙をこぼしながら、少女が指輪をはめた手を月光にかざす。きらりと輝いた光が矢のように飛ぶが、怜里たちの接近を阻むことはできない。
「……そこで止まっていてください」
 タイミングを合わせて放たれる、香澄と静の茨の領域。爆風の中から現れた大量の魔法の茨が、少女を大地へと縛りつけた。
「ごめんなさい。さよならです」
 無機質な御言の声。ミストファインダーに向かって吹きつけた氷の吐息が、茨でがんじがらめにされた少女を凍りつかせていく。
 かつて地縛霊の少女に何があったのか、そして彼女は何を思っているのか。それを知る術は自分にはない。だができること、そしてやらねばならないことはある。
 眼鏡越しに、誓護が呪いの魔眼で少女を見る。
「許してください、とは言いません……あなたを倒すことが、今の私がなすべきことですから」
 次々に傷が生まれる瞬間を見つめながら、誓護はそう呟いた。
「……すまないな」
 怜里の龍尾脚が、まるで吸い込まれるように少女に決まる。
 分かっていても、女を蹴り飛ばすのは少し気が引けた。
「真琴さん!」
「ええ!」
 やや遅れて追いかけてくる真琴を振り返ることなく、得物を構える莉良。
 彼女の瞬断撃の軌跡と交差するように叩き込まれる、真琴の黒影剣。
 長い時間を待ち続けた少女に刻まれる、2つの傷。
 か細い悲鳴を上げ、細い体が霧散した。

●小さな時間
 静かな夜に響く、土を掘り返す湿った音。
「きっとこの傷は、誰かに対するメッセージなんだろうけどね……」
 ボランティアの必須アイテムである軍手とスコップを装備し、莉良がスコップを振るう。真琴たちも一緒になって丁寧に掘り返しているのは、例のアンバランスな十字の傷がつけられた柳の根元だ。
 やがて土の中から現れたのは、古い箱だった。汚れさえ取り除けば、ちょっとしたアンティーク雑貨にも見える。中には、これまた古い写真と手紙、そして小箱が収められていた。
「これが……彼女が守っていたもの……」
 真琴が広げた手紙は、湿気のせいかすっかり文字がにじんでしまっていた。なんとなく分かるのは、少し古風で堅苦しそうな雰囲気だけだ。
「この場所で……何があったのでしょうか」
 手紙同様湿気を吸った白黒の写真を手に、ぽつりと呟く静。少女の隣に写っているのは、男性だろうか。軍服のような物を着ているようにも見える。
 なんとなく察しがつく小箱の中身は2つの指輪だった。月光を受けて輝くそれはすっかりくすんでいたが、少女がつけていたものと同じデザインのようだ。
 弔いをと言う静に、真琴たちは全てを丁寧に箱に収め、再び土の中へと埋めた。もう誰にも邪魔されることなく眠りにつけるように、深い土の中へと。
(「ここでまた会う約束をしていたのでしょうか……」)
 土がかけられる音を聞きながら、香澄が幹の傷を見る。アンバランスな傷は、写真の2人がつけたものだろう。
(「永遠の別れになるとは思いもしなかったでしょうね」)
 そっと十字の傷をなぞる、香澄の手。指先にほのかな温もりを感じたのは、気温のせいだけではないと思いたかった。
「守りたい何かがあるから戦う。それは彼女もボクも同じなのかもしれない……。悲しいことだと知っていてもね」
 箱を埋める光景を見守る御言。そんな彼の耳に、柔らかな歌声が響いてくる。祈りを込めた歌声の主は誓護だ。
「せめてもの手向けです」
 少しでも彼女が救われるように。勝手かもしれないけれどと心中で呟きながら、誓護は静かに夜空を見上げた。
「さてと、ここも綺麗にしてあげた方がいいのかな? それとも……そっとしとく?」
 舞華の声に、莉良がぴくりと反応した。実は莉良、ここの荒れ具合が気になって仕方がなかったのだ。
「んー……気にはなるけど、でも夜更かしはほどほどにしないといけないわね」
 超がつくほど健康的なことを言う莉良。その様子に、箱を埋めて手を合わせていた真琴が静と顔を見合わせて微笑み合う。
「よーし、皆よく頑張ったようだし、お兄さんが何かおごってやろう!」
 そんな中に響く威勢のいい声は怜里だ。
「ただし、ひとりひゃく……」
「やったあ! 何食べようかな?」
「何か辛い物が食べたいなあ」
「ごちそうさまです、神代さん」
 彼の言葉が終わる前に、好き勝手なことを言いながら歩き出す『小さな時間』の団員たち。慌てて怜里が言葉を紡ごうとするが、皆笑って我先にと駆け出す。
「待て! ちょっと待て! ひとり150円までだぞ! おい聞いてるのかあああ!」
 星がまたたく暖かな月夜。
 1つの絶叫と、7つの笑い声が森林公園の片隅に響いていた。


マスター:橘奏夜 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2009/04/11
得票数:ハートフル4  せつない9 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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