鬼颪


<オープニング>


 山を抜ける風は強く、氷の礫が肌を打つ。
 ばちばちと音をたてて襲いくる氷から顔を庇うが、礫はガラスのように彼の腕を切り裂きジャケットに鈍い朱の染みを広げてゆく。
 オンシーズンとはいえ、スキー場のように整備されたわけではないその場所は、地元の人間か彼のように地元の友人から紹介された人間くらいしかいない穴場だった。
『あの場所は、いろいろと曰くのある場所だからな。雪が少しでも強くなるなら切り上げて帰れよ』
 この場所を教えた友人の言葉が脳裏をよぎる。忘れていたわけではない。ただ、もう少し、もう少しと欲張っているうちに天候が急激に変わったのだ。
(「やべぇ、俺死ぬのかな……」)
 彼の意識は、そのままぷつりと途切れていった。

「集まってくれてありがとうございます。話に入りますから適当な場所に座って下さい」
 藤崎・志穂(高校生運命予報士)は集まった能力者たちに着席を促して自らは黒板の前に立つ。
「今回は、雪山に棲む地縛霊を退治してきて下さい」
 そう言って彼女はスキー場で有名なとある地名を一つ挙げた。
 ゴーストが出るにしては人が多いのではないかと言う言葉に、志穂は首を横に振って答える。
「地縛霊が現れるのはスキー場そのものではなくて、地元の人でも一部の人くらいしか滑りに行かないような穴場のスポットです。事故や遭難が多いと噂されていて、地元の人は敬遠する場所なのですが……」
 もちろんそこで起こるのはただの事故や遭難ではない。うかつにも入り込んだ人間を地縛霊が餌食にしているのだ。
 今シーズンもすでに犠牲者がでている。つい最近では、スキー場近くのロッジで住み込みのバイトをしていた青年が行方不明になっていた。もし放置すれば、犠牲者はこれからも増え続けるだろう。
「地縛霊の現れるポイントは地図を書いておいたので参考にしてください」
 渡された地図は麓からポイントまでの目印や方角が細かく記されていた。特に大きな障害物はないが、途中途中で急斜面になっている場所も多い。
「地縛霊が現れるのは必ず雪が吹き付ける風の強い日です。天気予報によると、これから一週間程度は条件に当てはまった天候が続くみたいです」
 まさに地縛霊の出現条件としてはお誂え向き、と言うことだろう。その条件でしか地縛霊が現れないとはいえ、天候が悪く足下は新雪。状況は不利と言える。
「ゴーストは空気中の水分を凝縮して氷にし、吹きつける風に乗せて攻撃してきます。また、相手に触れる事で触れた場所を氷漬けにしてしまう能力もあります」
 やはり、凍え死んだ方の地縛霊なんでしょうか。ぽつりと言った志穂の言葉に答えられる人間はここにはいない。もし答えられる者がいるとすれば地縛霊本人ぐらいであろう。
「あと、今シーズンの犠牲者がリビングデッドとなって3体ほどゴーストと共に襲ってきますので注意して下さい」
 暖冬気味でシーズンの開始が遅れ気味だったというのに、すでに犠牲者は3人となっている。それは取りも直さず猶予のある話では無いことを意味していた。
「防寒着に関しては、現地でスキーウェア程度の物は借りられます。あと、現場は新雪の部分が多くて足を取られやすいと思われますので注意してください」
 寒がりの方は重ね着をしたりした方がいいかも知れませんね、と志穂が付け足す。イグニッションしてしまえば普通の雪風程度でどうということもないであろうが、寒さが防げるわけでもないらしい。
「移動の際のチケットや宿はこちらで手配してありますから心配はいりません」
 これです、と志穂は各人に手渡していく。配布し終わると、教壇に戻りこの仕事を引き受ける能力者たちを見回した。
「不利な状況で大変だとは思いますが、地縛霊とリビングデッドを退治してきてください。そしてなにより……みんな無事に帰ってきてください」
 約束しましたからねと言って、志穂は能力者たちを見送ったのだった。

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参加者
ホウジョウ・エクスフィールド(北条の麒麟児・b01288)
水瀬・桐花(西風の魔女姫・b01667)
塩森・暁徒(紅眼の黒犬・b02712)
尾崎・ジウ(天闘志の結社長・b03146)
志筑・俊哉(影使い・b11395)
繭月・暁(悪殲狗闘・b12442)
オズワルド・ヴァスケス(高校生ゾンビハンター・b12486)
常盤・緑(幻灯の森・b14115)



<リプレイ>

●鬼颪
 ひゅうるり、と。
 音を立てて風が山肌を駆けおりてくる。
 木々や岩肌にぶつかり谷を抜けて強く吹き抜けていくその風は、降雪が合わさった時に人の命を奪う。
 地元の人間の間でまことしやかにささやかれているその噂を確かめようとする人間はいない。
 確かめようとした人間はことごとく冬山で命を落とした。確かめようとはしなかった人間も、山に入ったがために命を落とした。
 そう言い伝えられた風は、地元の人間から畏怖と恐怖を受けてこう呼ばれている。
 ――鬼颪、と。

●行軍
「うう……いろいろ着込んできたけれどまだ寒いわね」
 防寒対策はしっかりとスキーウェアに身を包んではいたがやはり寒さをすべて防ぐとまではいかなかったようで、水瀬・桐花(西風の魔女姫・b01667)はぶるりと体を震わせた。
 身につけた防寒着が不足しているとは断じて言えない。しかし、体の心まで冷やそうとする風は徐々に能力者たちの体温を奪っている。
「犬は喜び庭駆け回るなんて何処のペテン師の台詞だか知らないが、ありゃデマだね」
 寒いのは嫌いと言ってはばからない塩森・暁徒(紅眼の黒犬・b02712)は、ぶつぶつと呟いた。彼自身はコタツで丸くなりたい心境なのかもしれない。腰に貼り付けたカイロがどれだけ暁徒が寒さに弱いかを物語っているようにも思えた。
 回りにいる能力者たちも思い思いに防寒対策をしている。寒さを防ぐのは勿論、足下が雪でおぼつかなくなりそうになるのを防ぐべく登山靴にアイゼンをつけてとなかなかに物々しい装備になっている。
「雪駄、使えると思ったんだけどな」
 ホウジョウ・エクスフィールド(北条の麒麟児・b01288)が手にした履物をみてため息をついた。雪駄はあくまで草履の一種。雪を踏む程度ならば問題はないだろうが雪中行軍には向いていない。
「しっかしこれって、思う以上に厄介かもね……!」
 慣れない雪に足を取られ、常盤・緑(幻灯の森・b14115)がバランスを崩しかける。転倒するまではいかなかったがゴーストに遭遇する前に雪に慣れなければ苦戦は免れないだろう。
 ザクザクと雪に足跡を残し、時に雪を掻き分けるはめになりながらそれでも能力者たちは千春の書いた地図を頼りに山を登っていった。

●接敵
 たどり着いた場所は山の北側にあたるらしく、周りには目立つ木や障害物は見当たらない。うまい具合に傾斜の殆どない足場の取れるポイントになっていた。
 尾崎・ジウ(天闘志の結社長・b03146)が一方足を踏み出せば、ざくりという硬質な音と予想以上に固い感触が返る。
「足が埋もれるほどの事ではないみたいですね」
 せいぜい埋まってくるぶし程度。若干の影響は否めないだろうが、雪に体をもっていかれる程のことはないだろう。ジウは続けて2回、3回と足をふるって見るも足場が緩む気配はなかった。
 山を登り始めた当初はちらつく程度にしか降っていなかった雪が、今は時折吹き付ける風に舞う程になっている。
 緑は地縛霊の痕跡がないかとあたりを見回してみたが、視界に入るのはただただ白い雪ばかりでそれらしいものは何も見当たらない。ふう、と意図せず落胆のため息がこぼれ落ちる。
 一方、オズワルド・ヴァスケス(高校生ゾンビハンター・b12486)は空を見上げて鼻をくんと鳴らした。冷気が鼻腔を刺激し痛みにも似た感覚が神経を伝う。そして、紛うことなき死人の臭気もまた。
「来るぞ」
 オズワルドの言葉に能力者たちが身構える。
『イグニッション!』
 能力者たちが詠唱兵器を喚ぶのとほぼ同時に、風が轟と音をたてた。その音に、ガラス同士がぶつかって砕けるような硬質な音が混ざる。その音はすぐに連なり不協和音を奏でながら能力者たちに降りかかってきた。
「ハナから随分なお出迎えですねぇ!」
 吹き荒れる風と鋭利な刃物と化した氷とから顔を庇うようにしながら繭月・暁(悪殲狗闘・b12442)が痛みすら愉しいとでも言うように嗤った。
 急に吹き込んできた風は、吹きつけ始めた時と同じように急にその力を失う。風が力を失うと同時に、氷の礫がばらばらと足元に落ちていった。どうやら足場の正体はこの氷の礫のようだ。
「吹き付ける風に乗せて、か。乗せる風がなけりゃただの氷だな」
 志筑・俊哉(影使い・b11395)は千春の言葉を思い出しつつそう呟いた。視線は真っ直ぐ前に向けられいる。
 おさまりつつある雪煙の向こうに、ゴーストの影。
「キャハハハハっ、殲滅戦の始まりですよぉ!」
 再び、暁の高い嗤い声があがった。

●交戦
 ゴーストは事前に千春が言っていた通り、地縛霊とリビングデッド3体の計4体が現れた。
 地縛霊には猛る様子も喜色も見当たらず、ただ静かに能力者たちを見据えている。ぱっと見では明確な殺意は感じ取れなかったが氷の礫には殺意だけが込められていた。リビングデッドらはふらふらと揺れながら命を食むべく能力者たちに近寄る。
「雑魚は下がりなさい!」
 ジウの手から放たれた水の刃が、スキーウェアを着込んだリビングデッドに突き刺さった。あまり力を持たないためかそれとも腐敗が進んで居るのか、攻撃を受けたリビングデッドは痛みに尋常ではない叫び声をあげる。
「さっさと片付けるに限るってね」
「まとめて登場たぁ余裕じゃねーか。てめぇら全部蜂の巣になりなっ!!」
 暁徒とオズワルドの放った鉛の散弾がゴーストたちに降り注いだ。肉の爆ぜる音とゴーストの叫び声が灰色の空に響く。畳みかけるような能力者たちの攻撃は、確実にリビングデッドにダメージを与えた。
 早いうちにリビングデッドを倒しに行くという作戦は、どうやらアタリだったようだ。
「皆、今回復するからっ」
「僕も手伝うよ!」
 緑の歌声が、ホウジョウの符が。氷の礫で怪我を負った能力者たちを癒す。
「回復の援護を頼んだわよ」
 肩の上に乗せたモーラットにそう言い付けて、桐花は魔弾の力で眼前に魔方陣を作り上げた。自らの力を増幅させるその魔方陣は桐花の体に残っていた小さな傷すらも消し去ってゆく。
「あまり手こずらせるな!」
 俊哉が叫びながら前に出る。伸ばされたリビングデッドの腕をかいくぐり長剣を一閃した。彼の振るったバルムンクは闇をまとってリビングデッドの1体鋭く打つ。
 ゆらりと地縛霊がその俊哉に視線を移した。茫洋としていたその瞳が、その表情が。獲物を見つけた喜びに歪む。
「あなたの相手は私が務めさせて頂きましょうかぁ!」
 ぎゅるり、と。地縛霊の注意を引くように、暁のアームブレードから炎の蔦が地縛霊に向かって伸びた。生き物のように蠢くその蔦は地縛霊の自由を奪わんとその身に迫るも、地縛霊はひらりとその蔦を躱してしまう。
「ちぃ!」
 弾かれ消えた炎の軌跡に暁が我知らず舌打ちをする。地縛霊に攻撃する、その隙を狙ってきたリビングデッドが彼女の体に爪を立て傷を付けた。
 攻撃を躱した地縛霊は、先に目をつけたとおり俊哉に向かって手を伸ばした。触れられると同時に鋭い痛み。腕を払いのけて飛び退いてみたものの、触られた場所がじんと痺れる。
 氷漬けにはされていないが、それでもきつい痛みが残っている。今回はどうにか堪えたが、これで本格的に凍らされでもすれば動かすことすらままならなくなるかも知れない。
「オズ、もう一発かませ!」
「任せろ!」
 地縛霊から距離を取るためにあげられた俊哉の声にオズワルドが応え、再び放たれた鉛の弾丸がゴーストたちにめり込んだ。

 幾合か。
 打ち付けられる氷を躱し、あるいは傷ついた体を緑のヒーリングボイスで癒しながらも戦いが続いた。
 暁徒とオズワルドのバレットレインがリビングデッドに降り注ぎ、リビングデッドたちの仮初めの命を完全に断つ。
「ここまでは作戦通り……あとは地縛霊だけですっ」
 そう言って、ジウは雷の魔弾を地縛霊に向かって放った。
 自己よりも仲間を。作戦を。依頼に対する責任感からか、ジウは作戦の遂行に心を砕いていた。周りをみて的確に出されるジウの指示が、ゴーストを確実に追い詰めていく。
「実戦じゃ初めて使うねこの技。上手く行くかな、っと」
 暁徒が振るった魔王-Erlkoenig-から、先ほど暁が放ったよりもより多い炎の蔦が繰り出された。炎の蔦を避けようとした地縛霊は、蔦の多さに避けきれず絡め取られる。
 体の動きががままならなくなって、地縛霊は煩悶の表情を浮かべた。それは、遭遇してから始めてみせる焦りのようでもあった。
 そこからは、能力者たちの独壇場といえた。
 桐花の放つ炎の魔弾が、緑の歌声が地縛霊の身に打ち付ける。暁によって重ねられた炎の蔦に身を縛られた地縛霊にそれらの攻撃を避ける手立てはなかった。
 そして。
「安らかに、闇の中に還りな」
 つぶやきと共に、俊哉の長剣が地縛霊の身を貫いた。

●終戦
「……遅くなって、ごめんなさい」
 緑の声がぽつりとこぼれた。倒してあげることが一番彼等を救う道だとはわかっているけれど。それでも。もっとはやくわかっていれば犠牲者が減らせたのではないかと思うときがある。
「……地縛霊も天国に行けるのかしらね」
 人が死んだ後のことは、死んでからしかわからない。でも、安らかであって欲しいと願ってしまう。
 それは多分、力ある故の無力感でしかないのだけれど。
 知れず、感傷的になる。
「ってゆーか失念してたけどすごい寒っ!」
 桐花の声に能力者たちが我に返った。指先から露出した足から、冷気というより痛みが駆け上がってくる。
 イグニッションしたことで重ね着していた服までもが戦闘着と化してしまったのだ。というか先に気づかなかったあたり、皆戦闘に夢中になっていたのだろう。
「あんたらなぁ。いくら着てきたってイグニッションしたら意味ないって」
「なんでお前だけそんな格好なんだよ!」
 寒さには強くないと自他共に認めていたオズワルドが、1人着込んだままにやりと笑った暁徒に食ってかかる。
「なんでって、そりゃイグニッションしてから着込んだに決まってるって」
「「「そういうことは先に教えておけーっ!!」」」
 能力者たちのなかでも寒がりな何名かが思いきり叫んだ。

 春になれば雪が溶けて、リビングデッドとなってしまった犠牲者たちの遺体が発見されるだろう。それまでの間、彼らは雪を褥として眠り続けるのだ。
 ――鬼颪の、最後の犠牲者として。


マスター:川原鴫 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2007/01/26
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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