コガモ連なる木


<オープニング>


「釣りっ、釣り〜」
 この池で釣りに励むのは、単身赴任で田舎町に越してきた男の唯一といっていい趣味だった。朝日が昇る前に出かけて昼頃には帰途に着く。毎週同じ事の繰り返し。林の奥地にあるおかげで地元民でも知らない人が多い釣りの穴場だ。
 だが、その日だけは様子が違う。
 ちょうど、太陽が地平線から頭を出した頃だった。
「ん? カモ?」
 釣り糸と垂らした男の前にカモの雛が現れる。最初はかわいいなーと思ってたのだが、数がどんどん増えていく。10羽を超えた辺りで男も異常に気がついた。
 足を伝わって腹の上によじ登ってくる、よじ登ってくる。
「ぎゃ、ぎゃーーーー!!!」
 そのうち、全身をコガモに包まれた男は絶叫を上げた。
 コガモの薄い茶色をした産毛が赤い血に染められて、まるで真っ赤な毛皮を羽織っているように見える。
 ぴーぴーと、一枚の毛皮になったコガモ達は狂ったような鳴き声をあげた。

「カモは食べられるんでしたっけ?」
 山本・真緒(中学生運命予報士・bn0244)は開口一番、集まった能力者達にそう尋ねた。
「どちらにしても妖獣は食べられませんけど……。あ、今回倒してもらいたいのはコガモの妖獣です。全部で50羽」
 真緒はどん、と右の手のひらを開いて見せた。

 妖獣が出るのは林の奥に出来た池のほとりである。池周辺は草原のようになっていて少し開けているのだが、ぽつぽつと立つ大樹の枝に群れで棲んでいるらしい。
「5、6羽ずつ、1本の樹に集団で集まっているみたいですね。日の出とともに目を覚まして、枝から降りてきます。このままだと釣りをしてるおじさんが犠牲になってしまうので、何としても日の出前に現場へ着くようにお願いします。寄り道してたら間に合わないですよ」
 それに、日の出を過ぎるとコガモは林や池に散ってしまい全てを倒すのが困難になる。出来るだけ早く行動を開始するのに越した事はないだろう。
「コガモさん達、数は多いですけどその分力は弱いです。それはもう、ゴーストタウンの雑魚ゴーストさん並みに。攻撃も、通常技相当のくちばし突っつきくらいしか出来ませんし。ただし、50羽のうち3羽だけ少し強いコガモさんが混じってるんです。こちらは同じ突っつき攻撃ですが、相手にエンチャントがかかっていると超マヒのバッドステータスを与えます」
 しかも、その3羽は同じ群れで固まって行動するという。ちょっとやっかいですね。でも皆さんなら大丈夫ですよね! 真緒は信頼の微笑みを浮かべて言い切った。

「あ、この池って結構穴場で気持ちよく魚が釣れるらしいですよ。もし気が向いたらいかがですか? ヘラブナとか鯉もいるって話聞きました。……ヘラブナって食べられるんですか?」
 首を傾げる真緒に、窓際で話を聞いていた仰木・弥鶴(翔鳥・bn0041)が無責任に口を開く。
「普通は逃がすけど、食べられない事はないんじゃないかな」
 せっかくだから試してみる、と。
 振り返って、そこにいる面子に結論を委ねた。

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参加者
江西・唯(闇灯橙陽・b03502)
坂田・あずき(とアサリ・b20610)
鳳凰院・火穂(鳳雛姫・b31770)
遙・蘭(漆黒の月狼・b37605)
山崎・ましろ(氷空のおとしもの・b45247)
冴樹・戒璃(蒼銀の断罪者・b50973)
椿・徳次朗(高校生水練忍者・b54518)
天川・竜馬(高校生符術士・b58153)
NPC:仰木・弥鶴(翔鳥・bn0041)




<リプレイ>

●15人冒険紀―散策編―
 舞台は夜明け前、広い池の畔だった。異様な気配を察知しているのか獣や鳥の気配はまるでない。今この場にいるのはおそらく、50羽にも及ぶコガモ妖獣の群れとそれを退治に来た9人の能力者達。
 ――そして、6体の使役ゴーストのみだ。
「ねえねえ、夏目って『ナツメ』って読むの? そしたらうちの相棒と同じだねっ!」
 椿・徳次朗(高校生水練忍者・b54518)のすぐ後ろをとことことついてくるシャーマンズゴーストの夏目を指して、遙・蘭(漆黒の月狼・b37605)は人懐こい笑顔を見せた。各人が用意して来た懐中電灯やヘッドライト、カンテラによって視界は充分保たれている。
 徳次朗は蘭の足元にいる蜘蛛童・爆を見下ろして、逆に尋ね返した。
「そいつ、ナツメっていうのか?」
 個人的な感想を言わせてもらえば、使役ゴーストは見ていると非常に和む。どの種類であってもだ。夏目はどうなのだろうとお面をつけたような横顔を眺めるが、やはりそこに特別な表情は見られない。
 いつもなら眠い時間もナツメの話とあらば目も覚めるというものだ。元気に頷いてみせる蘭に、横で話を聞いていた江西・唯(闇灯橙陽・b03502)が好奇心を湛えた瞳を瞬いた。
「へー、奇遇ってやつだな。蘭のナツメと徳……椿の夏目」
 名前を呼ばれかけた徳次朗の目が不機嫌に細められた。ただでさえガラが悪そうに見えるのに、そんな顔をされたら及び腰にもなる。唯は誤魔化すように笑ってどっちの相棒もカッコイイな! と親指を立ててみせた。そんな彼の背後には闇に黒いマントを馴染ませたスカルロードのジャックが控えている。
 一連のやり取りを横で聞いていた天川・竜馬(高校生符術士・b58153)は口元に小さな笑みを浮かべた。首に下げた双眼鏡を覗き、ざっと周囲の様子を確認する。
「池の近くっていうんだから、あの辺の木だろうな」
「そうだね。……ていうか、アサリ、アサリ。臨戦態勢になるのはまだ早いよ」
 坂田・あずき(とアサリ・b20610)の肩に乗った真グレートモーラットのアサリは既にやる気満々といった様子で尻尾をぱたふぱたふと振っている。その先っぽがちょうど後ろにいた山崎・ましろ(氷空のおとしもの・b45247)のケットシー・ワンダラー、玉泉華夫人の目の前に垂れ下がった。
「あ、ごめんね。ぶつかっちゃった?」
 あずきの問いに、玉泉華夫人は名が示すとおり優雅な素振りで首を振る。隣のましろはアサリの動きが面白いのか尻尾の動きと一緒に頭まで動かして注視中。
 これから戦うコガモもこれくらいふわふわなのだろうか。
「でも、倒さなきゃならないですよね。ほっといたら妖獣は手がつけられませんですし」
「せやな。人が食べられる側にならへんよう頑張ろな?」
 冴樹・戒璃(蒼銀の断罪者・b50973)の、外見に似合わない柔らかな声音に頷いたのはましろだけではない。あずきが眉毛を更にきりっと上げ、玉泉華夫人は相変わらず隙のない仕草だ。
 鳳凰院・火穂(鳳雛姫・b31770)も顎を引くようにして戒璃の言葉を首肯する。
「ええ。釣りを楽しみにここを訪れる人のためにも、頑張りましょう」
 それにしても50羽とは圧巻だ。気合を入れ直すように自分の頬を両手で軽く叩く。そろそろ池の傍に出るぞという竜馬の合図に、鋭さには自信がある感覚を研ぎ澄ました。
 闇に浮かび上がる池はまるで見る者を引き込んでしまいそうな深淵に満たされている。蜘蛛童談義に花を咲かせていた蘭と仰木・弥鶴(翔鳥・bn0041)も、ようやく口を結んだ。
 これだけ近付けば双眼鏡の必要はない。肉眼でも周辺の樹上でうごめく羽毛の姿が見て取れた。
「準備はオーケー?」
 振り返り、尋ねる竜馬に了解という声が重なる。
 彼らはそれぞれの手に詠唱兵器を掲げ、事前に決めていた通り3つの班に分かれて攻撃を開始した。

●15人冒険紀―戦闘編―
 火力という点において、今回の班分けはうまくバランスが取れていたと言えるだろう。
 幸いコガモが棲みついている木々はそれほど広範囲にばらけてはいない。ちょうど3班で全ての木々を射程に捉えられるように布陣した。
「それでは、よろしくお願いしますです」
 傍らの玉泉華夫人に踊ってもらうのと同時に、ましろは周囲を雪で染め上げる。ライフルを構えた蘭はスコープの先にもこもこのコガモを見て思わず「可愛い」と漏らした。ナツメは後半戦に備えて粘り糸を温存、コガモが木から下りて来るのを待って牙をかちかちと鳴らしている。
「日の出前に必ず倒します!」
 樹上を睨むようにして、火穂はパラノイアペーパーをばらまいた。ましろの雪と輪舞するかのように火穂の思い描く原稿が次々にコガモを切り裂いていく。
 すると、コガモがぽてぽてと地面に落ちてきた。
 一息に距離を詰めたナツメは毒のある牙を端から突き立てる。

「……よし、んじゃいっちょ暴れっかジャック!」
 唯は橙色の鎖が伸びる鎖剣を持ち上げ、自分の肩を軽く叩いた。凝視しなければ分からないほどの僅かさでジャックが頷く。存分にやっちまえよ、と後は任せてダークハンドを走らせた。闇は唯の足元から伸びて大樹を一気に駆け上がる。
 続いて弥鶴の手元から森王の槍が放たれた。同時に後ろに佇む竜馬の指先から白いキノコが飛び出す。
 ファンガスのキノコ弾丸だ。
「カモが、キノコ入り鍋にして食うぞっ!」
「あ、それいいな」
 鶏肉とキノコって最高の取り合わせだよな、と弥鶴が笑顔で相槌を打った。蜘蛛童・爆はスカルロードと一緒に樹下に進み出て落ちてくるコガモに攻撃している。さくっと大鎌が振り下ろされた所に牙を立てるという、傍から見ていると妙な共同作業である。

「……なんというか、ほんとにやる気まんまんやね」
 攻撃力のほとんどをマントに頼る戒璃は、空いた片手に懐中電灯を持って危なげなく戦場を照らした。眩い光の中で、真っ先に敵の群れへと突っ込んでいったアサリが豪快に火花を飛ばしている。自らもマントと同色のコウモリを飛ばしながら、戒璃は感心したように呟いた。
 更に、後方では夏目が近寄ってきたコガモを腕の一振りで迎撃している。攻撃力と体力に少し不安があるが、弱いコガモ相手なら何とかなりそうだ。
「アサリはんや夏目はんの奮闘眺めとると、負けてられへんて気がしてくるわ」
「あはは、僕らも頑張らないとね」
「……まーな」
 次々と植物の槍を生み出しては放るあずきにぼそりと返して、徳次朗は対象が被らないように見極めつつ水刃手裏剣を放つ。ちら、と様子を窺った夏目が敵に引きずられるように前へ前へと出ているのに気がついて、下がるように顎で示した。
 繰り返される範囲攻撃は周囲にある木々に潜むコガモをも樹上から引きずり落とし、戦場へと引き寄せる。地上に落ちたコガモは他の仲間に習うようにして、近くにいる能力者や使役ゴーストに嘴を立てた。
 と、一緒にいたコガモが倒れてもまだ元気に駆け回っているコガモがいる事に気づく。戒璃はスラッシュロンドの合間、隣のあずきを仰ぎ見た。
「これと……あれもやろか?」
「うん。それっぽいね」
 同意を得て、戒璃は口元に手をあてて大きめの声を上げる。その間にも徳次朗は夏目とともに攻撃の矛先を普通のコガモから強いと思われるそれへと変更した。
「こっち、おったで」
「あっ、了解なのです!」
 目の前で繰り広げられるコガモダンスに顔をほころばせていたましろが大きく手を振ってそれに応える。玉泉華夫人の振り付けに合わせるようにして体を左右に揺すぶる姿は普通に可愛い。むしろ非常に可愛い。
「それじゃ、加勢はよろしくねっ!」
 ナツメの連続祈りで体力を持ち直した蘭はウインクとともに強コガモ戦を仲間に任せた。自身はナツメとともに目の前の敵に集中する。ここからは掃討戦だ。
「うし、そっちは任せたぜ竜馬!」
「了解……って、なんかあそこ人影が……」
 いち早くそれに気づいた竜馬が、あずきと火穂に向けてぶんぶんと大きく腕を振り回す。来たぞ、と東の方角を指差した。自分の方が近いと見極めたあずきは駆け出しながら火穂を呼ぶ。
「火穂ちゃん、お願い」
 届くよねという問いに頷き、火穂は指先に導眠符を紡いだ。
「いきます……!」
 おじさんはまだ林の向こう側にいる。導眠符を受けて倒れ込んだ彼の脇にあずきがしゃがみこんだ。OKと指で文字を作ってみせる。
 東の空は薄く白み、日の出までもう間もない。戦いに夢中になっているコガモの動きが鈍くなった。そろそろ自由に動き回りたい――そんな素振りを感じる。
「悪いけど、そうはさせないよっ」
 ナツメと弥鶴の蜘蛛童が相次いで粘り糸を吐き出し、コガモの動きを縛った。弥鶴の茨が反対側に散らばっていたコガモの大半を捕まえる。
 一方、強いコガモは怒涛の集中攻撃を受けて残り1体にまで減っていた。出現次第他の班員も加勢するという作戦が功を奏した形だ。この時のために残しておいたキノコ弾を、竜馬は裂帛の気合とともに発射する。
「止まってろっ!」
 ――見事着弾。逆に自分が麻痺する羽目になって立ち往生するコガモの背中を徳次郎の水刃が切り裂いた。それを皮切りに、これまで我慢していた自己強化をかける声が連鎖する。
「ラストスパートー!」
 ジャックと背中合わせになった唯は鎖剣に闇を乗せて振り回した。茨の領域を展開しながら、弥鶴は純粋な感想を述べた。
「スカルロードもかっこいいよな」
「だろ? ジャックは超頼もしいんだぜ!」
 笑って振り返れば、ないはずの眼差しがこちらに向けられたような気さえする。
「こっち、終わりましたです」
 向こう側でましろが元気に手を振った。同じく、と戒璃が軽く手を挙げる。やれやれと肩を竦めた徳次朗は祈りを捧げようとしていた夏目を手で制した。もういいぞ、と。短い言葉の裏に助かったという礼も込めて。
「さようなら、コガモさん」
 普通のコガモに生まれて来た日にはたくさんのパンを用意して待っているから。手を合わせて祈るように瞼を伏せたましろは、次の瞬間にはぱっと表情を変えて釣りを始める皆の元へ駆けて行く。
「初心者でも釣れるですか? わたしは鯉が欲しいです!」

●15人冒険紀―釣り編―
「天川はんは釣り上手いん?」
 ゴースト討伐後、いそいそと持参した釣竿を取り出す竜馬の脇に戒璃がしゃがみ込んだ。
「よければコツ教えてくれへん?」
「あっ、私も是非。大きいの釣れるといいんですけど……」
「ああ、いいぜ」
 おじさんを池の向こうに寝かせてきた火穂も駆け寄ってくる。持って来ていた容器に水を汲み、どんと池の岸に置いた。少し離れた日向では唯が横になって転寝をしている。木が多いため、日向は案外少ない。もう少しそっちへ行けと徳次朗がやや不機嫌そうな顔で唯の背中を蹴る振りをした。あずきは木の幹に寄りかかってのんびりとしている。
「む〜……」
 一通りのコツを聞いた蘭は最初こそおとなしく糸を垂れ下げていたものの、ただ待つという行為は即断行動派の彼女には我慢し切れなかったようだ。
「……ぁぁ、やっぱりこういうの駄目っ、パスッ! 私は料理専門ってことで」
 蘭から釣竿を受け取った弥鶴は意外そうな顔をする。
「料理得意なんだ?」
「まぁね」
「え、ほんとに食べるですか?」
 容器の中で泳ぐヘラブナを見下ろしながら、ましろが期待の眼差しで竜馬を見た。彼は弥鶴に容器ごと釣った魚を押しやりつつ、生では食うなよと念を押す。
「焼いてな、焼いてからだぞ?」
「わかった。遙、焼いてからだって」
「えっ、ここで焼くの!?」
 じゃあまずは木を拾い集めて火種を……と、周囲はにわかに騒がしくなる。ましろは相変わらず鯉を狙って釣り糸を垂らし、火穂は筋がいいのかビギナーズラックか次々とフナを釣り上げて行く。
 後ろで休んでいた男性陣の元へ生焼きのヘラブナが届けられたのは、もう数十分後の事だった。


マスター:ツヅキ 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2009/05/31
得票数:楽しい19  ハートフル3 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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