ぬばたまの夜に集う


<オープニング>


「ようこそ、お集りくださいました。皆さん」
 今岡・治子(運命予報士・bn0054)は丁寧に使いこまれたおなじみのファイルを胸に、教室に入って来た。せわしないですね、と話しかけた雛森・イスカ(魔剣士・bn0012)にもほんの僅かに会釈らしいものを見せただけで。

「すでにお聞きおよびと思いますが、皆さんに向かっていただく先は佐渡です」
 正確を期すならば、その島にある坑道ですが……やや早口に治子は話を切り出した。佐渡は江戸時代には金の採掘で知られた島。現在でもその坑道は残されているわけなのだが、そこに狸型の妖獣達が結集しているのが確認されたのだ。報告は妖狐・文曲と行動を共にした能力者達によってもたらされた。
「確か、怪しげな儀式を行おうとしているのだとか……」
 イスカの問いに治子は困ったように首を横に振ってみせる。
「例の御人は彼の地にも何かが封印されている、と言っているそうなのですが……」
 かつて対峙した『大いなる災い』より規模は小さいらしいとの話も聞いてはいるが、放置しておけば人界に災禍が及ぶことは火を見るよりも明らかだ。
「しかも坑道は結構な規模がありますしね」
 治子は先の調査隊が持ち帰って来たという地図の写しを広げた。複雑に入り組んだその坑道には一体どれほどの数の妖獣が身を潜めていることだろうか。狸達の意図が奈辺にあるのか、封印されているモノはなんなのかは全く判っていないし、本当に災いが引き起こされるのかも保証の限りではない。だが、これだけの数の妖獣がいると判っているものを能力者の立場にある者として看過することは許されないはずだ。
「……判りました。では詳細を」
 イスカはメモのページを改めた。広く深い闇、そこに潜む災いを駆逐するために――。

「皆さんの敵はここに……」
 治子は地図の1点を指すと、今度は手書きの地形図を広げた。
「崖?」
 能力者の1人が聞き返したように、確かにそこにははっきりと段差が示されていた。崖という程に切り立っているわけではないのだが、ごつごつとした岩は確かに階段状の段差を作っているのだという。
「この上と下に猩々鬼がいるんです」
 ただし皆さんの知っているものとは少し違うようですが……治子は説明を続ける。

 猩々鬼はどちらも体長4メートル程。赤っぽい毛並みに大きな編み笠をかぶり、手には大きな徳利を持っている。だが、尋常ではない力の持ち主であることは、よく知られているものと同じだ。殴られれば吹き飛んでしまうこともありうるし、その腹鼓――というには轟音すぎるかもしれないが――聞く者を錯乱させる力を持つという。
「それだけならまだ可愛げもあるんですけどね……」
 治子がふうっと息をつき、イスカは顔を上げた瞬間にシャープペンシルの芯をぽきりと折ってしまった。
「まだ何か?」
 イスカの問いに治子はすぐさま応えてくれた。すなわちの猩々鬼は編み笠を投げつけてくるし、徳利の中身を飲むことで回復を図るという。
「笠は飛んでいった先で激しく回転して周囲の者を巻き込みますし、徳利の飲み物は自身だけでなく投げ与えれば他者にも恩恵があることでしょう」
 階段状の崖は端に寄りさえすれば遠距離攻撃を届かせることができるから、猩々鬼の位置によっては上下どちらの敵も回復を受けることができるのだ。
「てーことは、こっちも下から狙えるな」
 もし上の猩々鬼が自分以外にも回復を使うなら、おそらくは端のぎりぎりの所に来ることになるだろう。そうなればこちらの遠距離も確実にとどくと言う訳ではあるまいか。 治子もその点についてはあっさり認めた。
「ええ、上の奥にいた場合はどうしても階段を上らないといけません。でも……」
 竹槍を持った狸妖獣も上下に5体ずついるからそう簡単に上がることができるかどうか……。竹槍の狸は単純な近接攻撃しかしてこないけれども数がいるし、彼らがうつ腹鼓は仲間を呼ぶ信号のようなものでもある。長引けば崖の上からも下からも増援が来てしまうことになるだろう。

「猩々鬼は超難敵とは呼べませんが、無論油断して良い相手ではないです」
 陽の光もさしこまない永劫の夜の中で戦うことも考えれば、戦いの難しさは容易に想像することができるだろう。
「大丈夫です。皆で護りますから……」
 イスカの言葉に、治子はふわりと笑んで教壇を降りた。よろしくお願いしますと下げる頭はいつもより深い。
「それでは、行ってらっしゃい」
 そんな言葉を受けながら、能力者達は旅立っていく。海の向こうに横たわる島へ――。

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参加者
氷室・雪那(雪花の歌姫・b01253)
北野・菜奈(紅桜を継ぎし者・b02110)
三神・ヤマト(閃剣の魔剣士・b03463)
比良坂・絢姫(高校生能力者・b18065)
九重・倭(金華・b20966)
天宮・伽耶(繋がれたセイレーン・b26916)
皐月・美空(トラブルイズディスライク・b27380)
春野・愛美(花の夢を守りし者・b36386)
藤井・花火(迷子世界ランキング第四位・b37031)

NPC:雛森・イスカ(魔剣士・bn0012)




<リプレイ>

●漆黒
 音さえも吸いこみそうな闇。人はそれを漆黒と呼ぶけれども、そんな言葉では追いつかないのではないかと思う程に暗かった。もしかしたらこういう闇を昔の人々は『ぬばたま』と呼んだのだろうか。その地にはかつて金を取る無数の坑道が穿たれた。鉱山が閉鎖となった今、その道は思い出だけを残して大地の底に眠るだけ……そう思われていた。妖狐の文曲によってその情報が齎されたその日まで。
「一体何が封じられているというの?」
 氷室・雪那(雪花の歌姫・b01253)は闇に向ってそっと零した。集まっている狸妖獣達が何やらよからぬ事を企図しているらしいとは聞いている。そして何かが封じられているらしいとも。
「何かの封印と言われたら、普通の人だって信じてしまいそうですよね」
 雛森・イスカ(魔剣士・bn0012)も小さく身を震わせた。漆黒の闇は肌に重くのしかかってくるようで。
「狸さん達は儀式……をしているのでしょうか」
 天宮・伽耶(繋がれたセイレーン・b26916)の声はどこか心細げにも聞こえた。この広大な闇を前にしては人の明りなどほんの些細なものに過ぎないのだとよく判る。
「何をしようとしてるのか分からないけど……よくない事みたいだからね」
 絶対に阻止しないと、と春野・愛美(花の夢を守りし者・b36386)もきゅっと掌を握った。目の前も後も続くのはただ闇ばかり。足元だけを照らす光がこれほど頼りないものだとは正直思った事がない。
「下手に思い通りにやらせて、大事になるのは……」
 三神・ヤマト(閃剣の魔剣士・b03463)も軽く息をつく。鎌倉は真夏といってもいい位に蒸し暑い日が続いていたが、ここは只管にひんやりと……いや、寧ろ背筋がぞくりとするような……。
「ええ、ここで食い止めてしまいたいわね」
「無辜の市民に被害が出るのは、許容出来る訳がありませんからね」
 雪那は更に声を低め、ヤマトもそれに倣う。この地について、狸一族について知りたい事なら、それこそ山ほどあるのだ。だが、今最も至近にある目標はやがて出会うだろう妖獣達を必ず倒そう、という事だ。
「釈然としない感じが強いですが、放っておく訳にはいきませんよね」
 九重・倭(金華・b20966)は坑道に入ったその時から、呪言士の灯でぎりぎり足元だけを照らしていた。その僅かな光を頼りに能力者達は一かたまりになっている格好だ。それぞれに明りは用意してきてはいるが今は誰もが電源を切っていた。余計な光が余計な敵を呼びこまないとは限らない。この明けない夜の中にはそれこそ無数の狸が潜んでいるのだから。今頃他の者達もそれぞれの場所で戦っているのだろうか。そして、彼らも間もなくその『敵』のいる場所へ到達する筈である。
「竹槍持った狸の群れ……ちょっと可愛いかも」
 1匹ぐらい連れて帰りたいなぁ〜と藤井・花火(迷子世界ランキング第四位・b37031)は冗談ともつかないことを傍らのケットシー・ワンダラー『エドワード』に話すともなく話している。比良坂・絢姫(高校生能力者・b18065)は軽く肩を竦めてみせたけれど、まあ、そこは個人の趣味という事で済ませるべきかもしれない。
「……何にせよ食止めねばなりませんね」
 北野・菜奈(紅桜を継ぎし者・b02110)は光の向うに広がる闇に眼をこらした。手元のライトをつけたい衝動を何とか抑え込む。できるだけ敵に見つかりたくないから、との倭から言われているのだ。坑道はいつの間にか天然の洞窟の風情を見せ始めていた。闇は相変わらず濃い――。
「まあ、今はとにかく戦いに集中ね」
 ここで頑張らないととんでもないことになるんだから……皐月・美空(トラブルイズディスライク・b27380)の言葉は、幾つもの頷きによって報われた。敵の目的は判らなくとも、それをすんなりと成就させてやる義理はないのだから。

●光明
「闇を祓います、足元に気をつけて下さいね」
 倭の光明が最大まで広げられた。各人も用意してきた明りを点す。暗闇に慣れた能力者達にとってはそれだけでも十分に眩しかったが、光は彼らに危険が差し迫っている事をいち早く教えた。
「編み笠!」
 それが誰の警告だったのか、彼らは最後まで知る事ができなかった。戦闘に入れば互いに距離を取る手筈にはなっていたが、それよりも速く猩々鬼は先手を打って見せたのだ。編み笠の爆発は称えてやりたい程見事に能力者の多くを巻きこんだ。妖獣に知性があればしてやったりとほくそ笑むところだろう。
「強敵なのは確か、です……」
 伽耶は早くも傷を負った自らの腕を抑えながらゆらりと立ち上がった。階段上の戦場への入口でこうも見事にしてやられるとは不覚だったが、伽耶は淡く輝くリフレクトコアを召喚する。敵は情報通り強大だ。気を引き締めてかからねば、憂き目を見るのは自分達なのだから。能力者達はそれぞれに傷を癒し、動けるものはまず散開を目指した。魔剣士達は無敵の構えを取り、美空は自らに土蜘蛛の祖霊の力を宿す。
「油断しないで頑張ろっ!」
 愛美の視界には赤い毛並みの狸のみならず、竹槍狸の集団が飛び込んでくる。愛美は素早く真グレートモーラットの『ミルク』と共に敵へ向き直る。竹槍を振るう狸は前衛を務める雪那をなぎ、ヤマトに狙いをつけている。
「まだ数体? 少し奥にいるんでしょうね」
 イスカは肩口の傷口を抑えながら崖上を見た。階段状に連なった岩の上、突端にはまだ妖獣の姿は見えない。だがそれはいずれ姿を見せる可能性が高い事を意味していた。
 なるべく早く下を片付けよう――能力者達はそう決めていた。幸い上にいるはずの猩々鬼はまだ手の届くところにいないのだ。
 再び弾けた編み笠は癒しなどで動けなかった者達を平等に襲う。
「大丈夫、守ります」
 イスカの手には既に治癒の符。倭や絢姫も祖霊の力を呼び出していた。
「早く!」
 倭のまだ高さの残る声通り、能力者達も反撃に出る。
「さぁ、カチカチ山を再現しちゃうよ!」
 花火が解き放つのは紅蓮の炎。仄明るく照らされた洞窟に鮮やかな火焔の道が作られる。猩々鬼の赤い毛並みとは全く系統を異にするその赤は、ルビーが燃えているかの如く美しい。炎が熱を持った光なら、伽耶の光る槍は熱のない炎。どちらも見惚れる程に美しいと、ヤマトは思った。だが同時に彼は判ってもいた。己の長剣を覆う闇もまた何よりも美しい黒だという事を。
 2つの光に2つの闇。菜奈が闇の剣戟の矛先を収めると今度はその傷口を雪那の第3の腕が引き裂いていった。送りこまれた毒に狸は我を忘れた風情で騒ぎ続けている――。

●膠着
 先手こそ取られたものの、能力者達の健闘は賞賛されてしかるべきであっただろう。どうしても回復が多くなりそうな予感はしていたが、彼らが目指すのは崖下の巨大な狸。上、と注意されて上の方に目をやればそこにも強大な猩々鬼。供について来ていた竹槍狸が一足飛びにだけの最初の段に足をかける。
「降りてくる気です」
 絢姫は前で竹槍狸と刃を交えている前衛陣に声をかけた。
「なら、本気でいくよ? くらえ、雑霊弾ッ!」
 愛美は手の内に集めて追いた雑霊達を一気に解き放った。彼女のすぐ前では無数の狸達がイスカや菜奈をぶち殴っている。
「勿論、遠慮は必要ない」
 ヤマトの剣が再び黒々とした剣戟で赤い猿の腹を裂く。その後を追うかのように放たれたものは2つ。1つは美空の清冽な水。そしてもう1つは雪那の影から伸びる第3の腕……。水の刃はやすやすと毛皮を切り裂き、闇色の腕はそんな傷口をあっさりと切り開く。
「よおっし、いい速さっ」
 倒れた猩々鬼の体が砂の城のように崩れていくのを横目に、花火は鮮やかな魔法陣を描き出す。猩々鬼が倒れれば前衛は岩の階段を登って『上』を目指す事になる。彼女は『下』で掃討戦に入るのだ。

 その魔法陣の輝きは戦いが新たな局面に入ったことを能力者達に教えた。下には倒した竹槍狸とほぼ同数の援軍が到着している。そのうえ、崖上にも狸達の陣がはっきりと見てとれる。崖上に現れた竹槍狸は降りてきそうな気配さえ漂わせ……。
「さあ、行ってっ」
 この炎のように――花火の火焔撃が崖上に姿を見せた第2の猩々鬼をこの世のものならぬ火で灼きあげる。火柱になったそれはこの空間中をくまなく照らしてくれる街灯のよう。愛美も雑霊達の力を猩々鬼へと解き放つ。
「行きます」
 ヤマトの張りのある声が能力者達の耳朶を打つ。
「頼むわね」
 ヤマトを追おうとする竹槍狸を、雪那は容赦なく漆黒の剣戟で薙ぎ払い、伽耶の光は一条の槍となって竹槍狸を貫いていく。大黒柱――妖獣にそんな概念がある訳もないが――を失った手下達の反撃は凄惨を極めるだろう。だが、敵以上に強くあるべし――能力者に求められるのは常にこの1点である。無論負けるつもりなどある筈もない。
「不利、ね」
 菜奈は小さく呟く、上から編み笠に狙い撃ちされる恐怖は下にいる時の比ではなかった。落ちてくる狸を切り捨て、猩々鬼の攻撃に耐えるのは並大抵の事ではない。倭と絢姫が絶妙なタイミングでよこしてくれる回復がなければ、彼らは崖上など到底目指せるものではなかった。暖かな祖霊の力を体の奥底に感じつつ、菜奈はきっと顔を上げた。
「特別な恨みはありませんが……」
 その青い視線の向く先には赤い獣。生かしておけば絶対に人の役には立たぬモノ。
「北野菜奈、押してまいる!」
 高らかな宣言に呼応するように、崖下では光と炎とが竹槍の狸達を葬っていく。

●転回点
 下の猩々鬼を倒して後、能力者達の陣は僅かずつ崖上へと移動を始めていた。できるなら下の妖獣達を一掃し、余裕をもって崖を登りたかったのだが、敵もさる者すんなりと破れてはくれない。
『♪♪♪〜』
 戦場には似合わない程の陽気なリズムは竹槍狸達が仲間を呼ぶ合図。続いて崖上を目指そうとしていた美空は現れた敵の多さに思わず息をのんだ。下の猩々鬼にはあれ程見事に火力を集中しながら、竹槍狸への狙いが絞り切れていなかった事が意外に戦いを長引かせていたのだと、今更ながらに気がつく。
「でも、倒す事は同じよ」
 美空の手に透明な力が生れる。水の匂いをもったその刃は下をうろついていた1体を切り裂いて消える。今更引き返す事はできない。ならばこのまま突き進む他はない。
「「!!!」」
 崖上の猩々鬼が編み笠の狙いを登ってくる2人につけたのは、当然中の当然である。狭い岩の上とあっては避けるにも限界がある。おまけに上からも増援の狸は降りてくるのだ。彼らの剣技が繰り広げられる度に、黒い闇が散り、竹槍狸の屍が落ちてくる。回復陣は目下この2人を支える事を至上の命題となし、戦線の維持に神経を張り詰めっぱなしだった。
(「いつまでもつだろう……」)
 イスカはこの危うい均衡に背筋が冷たくなるのを覚えた。ふっと倭を見やると彼もまた張りつめた顔をしている。次々と呼ばれてしまう増援、増えた分だけ屠る自分達――この膠着状態をどうにかして破らなければ……。
「呪詛……」
 祖霊の力を菜奈に宿しつつ、彼は呟いた。それが何を意味するのか、イスカが知るのはもう少しだけ先の事。

 時がじりじりと過ぎていく。敵も味方も懸命でないものは1人としておらず、攻防はそのまま命のやり取りだった。
「エド!」
 主の呼ぶ声をケットシー・ワンダラーは正確に聞きわけた。主の火焔が見事に猩々鬼に決まったのと時を同じくして、この貴族的な猫は更に貴族的な趣味を発揮するに至る。
「わ〜、狸達が踊りだしたー! か、可愛い!」
 およそ戦場には似合わぬ声が花火から上がる。確かに……と誰もが一瞬笑いを取り戻す。光明溢れる洞窟の奥で数体の狸を躍らせる小さな猫。狸の巨躯が不器用そうに踊るその様は優雅とは程遠いものであったが、今はそれが何よりの福音。
『!!!』
 だが一瞬の和みは猩々鬼の雄叫びによって突き破られる。誰もが攻撃かと身構えたその刹那、猩々鬼が手にしたのは編み笠ではなく徳利……。それを目にした瞬間の伽耶の笑顔をイスカは一生忘れないであろう。炎の傷はそれであっさり塞がったようにみえるのに、彼女の表情は天使にでも出会ったかのようだ。
「……」
 その笑みをまだ残したままに伽耶は聞き取れない程の早口で何ごとかを呟いた。それが呪言士の放つ呪いであると仲間達が気づいた時、猩々鬼の運命は決した。
「麻痺……」
 イスカの喉の奥で言葉が凍った。これ程劇的な場面を見たのはそう記憶に多くはない。次の瞬間、仲間達の顔から焦燥が一斉に吹き飛ぶ様も、イスカに忘れられない印象を残した。――『勝機の風が吹く』というその瞬間に、今彼女は立ち会ったのである。

●夜明けの光
 能力者達は一気に勢いづいた。猩々鬼が回復する瞬間、呪言士達が虎視眈々と狙っていたのはまさにその時であった。伽耶と倭の間に喜びの視線が交錯した。動けなくなった猩々鬼の前で能力者達の反撃が始まる。
「……」
 絢姫の手に緑の槍が現れた、幾重にも蔦が絡み合ったその槍は、崖下にたむろする狸達の中央で弾け飛ぶ。ばたばたとバランスを崩していく妖獣達に、『ミルク』はぱちぱちと火花を放ち、その主は雑霊達の力をもって弱った1体を完全に無に帰さしめる。
「お前達は災いには違いないわ」
 たとえ大いなる災いに及ぶものでないとしても、世界に解き放つ訳にはいかない――静かな言葉遣いとは裏腹に雪那の闇の腕は妖獣を呵責なく引き裂いていく。
「これは……」
 降りてくる狸を切り捨てながらも、ヤマトは苦笑を禁じ得なかった。戦いが生き物であるとを改めて思い知らされた。
「……今が勝つ時ですよ」
 倭と目があった。同じ名をもつ2人にはそれ以上の言葉はいらなかった。――僕は最良の結果を望むだけです――小さな倭の言霊は、最後に残った崖下の狸にとってはこの世の名残の呪詛となる。
 
 やがて猩々鬼は麻痺を逃れ、再び反撃に出てきはしたが、それはもう敵と呼ぶに値するものではなかった。崖下の一掃を終えた者達は次に上を目指し、先発組に続き美空、絢姫までが崖上に布陣を終えている。囲まれた形となった妖獣に生き残る術はなく、竹槍狸が援軍を呼ぼうにも、腹鼓を打つよりも早く、炎や水がその道を絶った。
「「……」」
 2人の呪言士の呪詛が発せられ、再び赤い獣は自由を失った。その間にばたばたと倒れていく眷族達を、猩々鬼はどんな思いで眺めていたのだろう。
「今、還してあげますから」
 絢姫の緑の槍が最後の狸達の上で弾け、その上に水の刃や炎の弾丸が飛交う。愛美の操る雑霊達が再び空へと散った時、そこにいるのは猩々鬼ただ1体。
 一瞬、能力者達は瞑目する――そしてその祈りの時が過ぎた時、能力者達の最後の攻撃が始まる。

 ――鮮やかで、激しくて、そしてどこか哀しい……終わりの始まりだった。それはもしかしたら更なる戦いへの幕開けとなるのかもしれない。そんな予感が戦い終えた能力者達の心に残された。


マスター:矢野梓 紹介ページ
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参加者:9人
作成日:2009/06/18
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