≪町外れの古屋敷≫少女は病の果てに歌う


<オープニング>


 打ち捨てられて久しい廃病院の一角、病室のひとつに彼女はいた。
 病的に白い肌、細い四肢。はかなげな姿は庇護欲さえ生じさせるかのよう。
 けれど彼女は、滅せられるべきゴーストだった。

 豪奢な大鎌を携えて少女を見つめる風見・玲樹(の弱点は虫・b00256)に、セシリア・アークライト(黒き蜉蝣を纏いし白獅子・b45097)が声をかけた。
「玲樹さん、たしか……」
「うん。たぶん、噂のとおりだね」
 閉鎖される直前、この病院で医療関係者が次々死亡したという噂。それは、少女の幽霊が呪ったせいなのだという。もっとも、閉鎖前にもいろいろと噂はあったようだが。いわく、利益ばかりで治療がずさん、行けば病気が悪化する、など。
「ひどいですよね」
 サトミ・アストゥリアス(星の謳声・b58031)の表情は辛そうだ。
 なんとなれば、その少女は、裕福だった彼女の親が支払う高額な治療費目当てに長期間留め置かれ、適当な治療を与えられただけだったという。もちろん病状は悪化の一途をたどり、そうして命を失ってしまったというのだから。
「悲しんでばかりもいられまい」
「そうだな……」
 羽黒・蓮慈(不動智の拳士・b32550)と緋神・琉紫葵(蓬莱を守護せし月華の銀翼・b42772)が、油断なく周囲を見渡して仲間たちに告げた。
 この場にいる異形は少女だけではない。医師や看護婦だったと思しき、おそらく『呪い殺された』リビングデッドたちが姿を見せていた。数にして三体。
 やわらかな金の髪を揺らして、セオドア・エフェメローズ(赫棘の柩・b47033)が身構える。四道・浅葱(魔導の申し子・b55060) が武器の握りを確かめる傍ら、荒城・夜月(氷雨降る闇に映し月虹・b00334)が玲樹へと視線を送った。
「うん」
 もう一度つぶやいて、玲樹は少女を見据える目に、そして全身に力を入れる。それに呼応するかのように、少女が動く。これから歌おうとでもいうのか、胸元に手を組み胸に呼気を送るしぐさ。
 彼女の残した無念には、心をいためてあまりある。けれど、それが新しい無念を引き起こすというのなら。
「戦おう」
 この場に集った自分たちが、凝った無念を打ち晴らそう。

マスターからのコメントを見る

参加者
風見・玲樹(の弱点は虫・b00256)
荒城・夜月(氷雨降る闇に映し月虹・b00334)
羽黒・蓮慈(不動智の拳士・b32550)
緋神・琉紫葵(蓬莱を守護せし月華の銀翼・b42772)
セシリア・アークライト(黒き蜉蝣を纏いし白獅子・b45097)
セオドア・エフェメローズ(赫棘の柩・b47033)
四道・浅葱(魔導の申し子・b55060)
サトミ・アストゥリアス(星の謳声・b58031)



<リプレイ>


 日の光は弱く、そよぐ風は遠く。
 ひとりぼっちの病室で、つむいだ歌にはどんな思いがあったのだろう。
 壁一枚窓一枚隔てた世界に、扉の向こうに去る家族の背に、どれだけ少女は焦がれただろう。弱り行く己の体を、どれだけ哀しんでいただろう。効果を見せぬ治療、表向きの慰めの影に金への執着を垣間見た、それが恨みになったのか。
 真実は、この場もろとも廃れて消えて。無念だけが、ただ残る。

 利益ばかりを追求した病院の行く末がここだった訳だ。呟き、風見・玲樹(の弱点は虫・b00256)はその頭上に大鎌を回転させる。
「欲望に満ちた人達は許せない!」
「我が体に流れる血にかけて、その魂を天に還す」
 魂がこれ以上、汚れることがないように。少女を一瞥し、緋神・琉紫葵(蓬莱を守護せし月華の銀翼・b42772)が自身の頬に施した血化粧を、黒い輝きが照らした。
「私に力を貸して頂戴、蟲達よ♪」
 似た輝きをその身にまとわせるのは、セシリア・アークライト(黒き蜉蝣を纏いし白獅子・b45097)、荒城・夜月(氷雨降る闇に映し月虹・b00334)。
 仲間たちも次々に、己を強化すべくアビリティを発動する。
 広くはあるが、もともと一人用の病室。ベッドに座す少女を除いても、室内に立つ各々の距離は近い。
 じり、と、足が床を擦る音。
 看護婦の一人が、医師の強化を受けて能力者たちへ踏み出した。
「っ!」
 接近を許しはしたものの、羽黒・蓮慈(不動智の拳士・b32550)は腕を振るって注射針を退ける。的を逃がした液体は毒々しい軌跡を描いて宙に散った。
 その直後、
 ――♪
 響く歌。
 どうして。何故。何故、私は、帰れなかったの。外に。おうちに。家族の傍に。
「う、わ……!」
 それは声というより、思惟を直接、脳に叩きつけられるような。その悲しみは能力者たちを一人の例外もなく飲み込み、襲う。
 共感してはならない。
 同調させられてはならない。
 しては最後、その深さ、重さに打ち伏される。
 半数が初撃でそれに耐え、けれど半数がより深くまで歌に侵食される。
「病院の利益なんて、あなたには関係なかったのに……」
 辛かったよね。悔しいよね。
「でも、これ以上罪を犯してはいけないの」
 かすかに残る残滓を払い、サトミ・アストゥリアス(星の謳声・b58031)は意識を少女から逸らした。医師と看護婦二人を的に据え、魔力の茨で看護婦の一人に拘束を与える。
「こんな歌しか唄えないなら、その声を止めることが僕たちの役目だよね」
 セオドア・エフェメローズ(赫棘の柩・b47033)が、紋章を描く。看護婦のどちらを狙うかとめぐらせた視線は、四道・浅葱(魔導の申し子・b55060)の声で定まった。彼の放つ雷の魔弾につづいて、浅葱が撃ち出した十字架の連撃が看護婦を穿つ。
「自分の欲を優先した因果応報かもしれんが、その姿はつらいだろう」
 いっそそこで消滅すれば楽であったろうけれど。どうにか耐えた看護婦は、奇妙な薬によって身を持ち直す。さらに医師がドーピングを施せば、体力に加えて力さえ漲りだす始末。
 小さく舌打ちする浅葱だったが、その傍らの空間を、黒き蟲たちが疾駆した。夜月の放った暴走黒燐弾が医師と看護婦を巻き込んで炸裂し、少なくとも治療分のいくらかをまた削ることに成功する。
 玲樹がそこに距離を詰め、闇を纏わせた鎌を振るう。ざっくりと、衣服ごと切り裂かれる冷たい体。元は白かっただろう彼らの衣服は、だがその攻撃を受ける前からどす黒い。
「人を癒すのではなく、傷つけるのが仕事だとしたら、もう医師でも看護婦でもないね」
 冷たい声で、セオドアが言った。世間に白衣の天使、と称されるような存在は、とうにここには居やしないのだ。


 ――♪
 どうして。と、歌う声。 
 何故なの。と、嘆く歌。
 ――♪
 私は死んでしまったのに、どうして、あなたたちは生きているの。
 私は生きていられなかったのだから、あなたたちも生きていないで。
 私を殺した者たちを、私が死んでも生きる者たちを。
 けして、私は、許さない。
 それは強い、強い、生者への恨みだ。
「……そんなに、つらかったのか……」
 ぽつり、浅葱は呟いた。傍で耳にするだけでも、それは胸を締め上げるのだ。
 つむがれる怨念が向いた琉紫葵から、仲間たちは距離をとる。異常状態を回復する手段を持たない以上、間合いをとって標的にされないようにするのが精一杯だ。よって、彼の繰り出した攻撃は、のこのこと近づいてきた看護婦を打ちのめす。
「犠牲になった人、真面目な医療関係者の無念は僕達が晴らすよ!」
 玲樹の振るう鎌の髑髏が、一閃の残像。
「死んでも死にきれないなら、その体を無くしてあげる♪ 喰らいなさい、私の蟲達!」
 セシリアの蟲たちが奔る。黒い奔流に飲み込まれ、回復を持ちながらもじりじり押されていた看護婦たちは、それで姿を失った。
「よしっ、もう毒はないね!」
 戦闘を楽しむ性質ではあるけど、周囲の状況もしっかり確認していた夜月が、安心したように笑う。実は、ほんのさっきまでそれに蝕まれていただけに、うれしさもひとしおだ。
 先に虎紋覚醒で失った体力を取り戻していた蓮慈は、医師に狙いを定めて連携派生。龍顎拳を叩き込めば、敵はまともに食らって身をかしがせる。
「長生きしたければ医者には掛かるな、と昔から教えられてきたものでな。悪いがお引取り願おうか」
 たしかに寺などでは、日々の摂生に努めてこそ健康があるという。もっとも、今目の前にいる医師には、どんな重病人でさえ掛かるわけにはいかないだろうが。
 混乱を振り切った琉紫葵に、サトミが祝福を描いた。少女の歌が響く以上、全員の体力は均等に、時に大きく削られる。必要とみれば最古フィールドを展開するが、それぞれに回復は豊富だ。今はより減少していた自分たちの体力を立て直すほうが、望ましいという判断。
「死して尚医療に殉ずるのは称賛に値するが」
 体力の心配も消えて放たれた三日月の軌跡が、医師を撃つ。
「残念ながら、その行為は人にとっての毒でしかない」
「容赦はしないよっ!」
 走りこんだ夜月が、ロケットスマッシュを叩き込む。鈍く、大きな殴打音が響くには、病室はあまりにも不似合いだ。ごっそりと抉られた医師は、それでも粘るべく、己へとドーピング。
 が、それまで。歌うばかりの少女を余所に攻撃を集中してくる能力者たちに削られる分を、一人だけで持ち直せるわけがない。いつしか防戦一方になった医師はほどなくして、響く歌声のなか、倒れて失せる。

 ――♪
 少女は啼いている。歌に、そのすべてをこめて。泣きつづける。
 医師を伏せたのち、攻撃の目標を定める際に、彼らはほんの少し逡巡した。が、それは本当にほんのわずかだ。
 不憫ではあるが、と、蓮慈は全力で攻撃を仕掛ける。
「おとなしく成仏してもらおうか」
「貴女の悲しみ、恨みは、今日この場で終わりにしてあげる♪」
 最後の黒燐弾を放つと同時、セシリアは少女に語りかけた。そうして終わりにするために、この戦いがあるというのなら。
「さあ、全力で抗いなさい♪」
 彼女の悲しみも心の痛みも受け止めよう。そう心に思い、風をまとった琉紫葵が描く三日月に重ねて、水滴が弧を描く。遠く、眠る妹の姿を無意識に重ねて頬を濡らすそれに、彼自身は気づかぬまま。
「貴女みたいな幼い子を攻撃する事は、僕だって辛い」
 だけど、これ以上悲劇を広げてはいけない。すぐに決着をつける。その思いのもと、玲樹の大鎌は闇の力とともに少女を切り裂く。切なく何かを訴えるようだった少女の表情が、そこで一際の苦痛を見せた。
 病身のさなか。治療のさなか。そして今。苦しみも哀しみも、彼女にはまだ続いたままだ。
 白兵戦は得意ではないけれど、サトミも懸命にクロスシザーズを振るう。そして願う。どうかその苦痛を終えて安らかに、眠らせてあげたいと。
 そう、願わくば、安らかに。
「眠って」
 言葉にならない彼女の思いともども形にするかのように、セオドアもまた、魔弾を編みつつ少女に告げる。
「僕が言えた義理じゃないけど……ずっとここで、歌っていなくていい。もう解放されてもいいと思うよ」
 ――♪
 それでも少女は歌う。
 心に侵食する暗い念を、夜月は幸運の助けもあって防ぎきった。体勢を一転し、もはやベッドごとともいえる勢いでチェーンソーを叩きつける。薄暗い病室に、ぱっと赤い髪が翻った。けれどその一撃をも耐え切る少女の姿を、夜月は視線も強く見据える。
「容赦はしない。……早く終わらせてあげるよ」
 敵は敵。でも、ちょっとはかわいそうだとも思うから。
「すまないな……優しい喜びの歌を、向こうでは歌えよ」
 浅葱のクロストリガーが、さらに少女を撃ち抜いた後。
「僕が能力者で貴女がゴーストでなかったら、こうして会う事もなかったかもね」
 大鎌を握りなおした玲樹はもう一度、少女に声をかけた。
 その出会いが互いにとって幸か不幸か。なんて、論じたりはしない。少女はここにいて、彼らは訪れて、そして出会った。倒される者、倒す者として。
 それがただ、ここにいる者のすべてだった。
 そしてただ、今日このとき、ここに起きた出来事のすべてだったのだ。


 ――♪
 鳥が鳴いている。それはこの病院の外、晴れた空のどこかで。
 病室は静かだ。歌声は、もう聞こえない。
 しばしの沈黙。
 琉紫葵が、小さな花束をベッドに置いた。
「月下に抱かれて静かに眠れ」
 祈るように天を仰いで、言葉にするのはただそれだけ。
 安らかに、と蓮慈が深く瞑目し、サトミとセシリアもまた少女への祈りを捧げる傍ら、戦闘中の硬い表情から一転、皆さんお疲れ様でした、と、セオドアはやわらかな笑顔を浮かべる。
「あの子もこれからは、優しい歌だけ唄えるといいよね」
 言葉にしては応じないけれど、浅葱はそれに深くうなずいた。無言のまま、戦場となった病室を片付ける彼の傍らを抜けて、夜月が窓へ近づく。
 ひび割れて汚れた窓ガラス。それでもその向こうに広がる空と、その下の街並みが驚くほどよく見える。時間こそ異なるけれど、あの子が最後に見たのも、こんな景色だったのだろうか。
 そしてふと見下ろした先に、いつの間にか病室を出ていた玲樹の姿。何だろうと皆が待つなかに戻ってきた彼は、黄色い葉を手にしていた。
「玲樹さん、それ何? イチョウ?」
「あ、やっちゃん。……うん、これ、イチョウの葉っぱだよ。鎮魂って花言葉があるんだ」
 たくさんはムリだったけど、せめてこれくらいは。犠牲者の皆が安らげるように。
 両手に包んで持ってきたイチョウを、花束を囲むようにベッドに敷き詰め、彼は、見守る仲間たちに笑ってみせた。
「あの子が生まれ変わったら、今度はお友達になれるといいな」
「そうね。次は幸せになってほしいわね」
 やはり笑顔で応じ、セシリアも言う。
 そうして、
 ――♪
 病室に、最後の歌が響く。
 それは悲しい少女の声ではなく、澄んだボーイソプラノ。セオドアが奏でるやわらかなララバイだった。


マスター:飯守渡 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2009/09/28
得票数:泣ける2  カッコいい1  せつない14  えっち1 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。