海路を辿る


<オープニング>


 ―……潮騒がきこえる。
 柔らかな草地に立って、彼は視線をあげた。
 見やる雑木林の向こうには、海。
 色のない海だ。
 世の中には青いそれもあるというが、彼は生まれてこの方、そんなものを見たことがなかった。
「日本海とは……そういうものなのだろうな」
 存外気に入っていた。灰色の海。
 白い波がなんとなく寂しくて、潮騒が慟哭のようで。
 夏の真昼、濃い緑と鮮やかな紺とに染まることがあっても、それは決して澄んだ青とは言い難い色をしていた。
 それを眺め、潮騒をきいているだけで。
 涙が出そうに寂しくて、けれど心は安らいだ。
 そうして近く、母がこの砂浜で死を迎える。
「あの人がいる限り、俺は自由にはなれない……」
 雑木林の途切れたところ。片目と片腕を失った男が立っていた。
 異常な光景。
 けれど彼の心は凪いでいる。
 白い砂浜の向こうには、灰色の海。
「俺なしではいられないなら。俺が、終わらせてやればいいだろう?」
 俺がこの手で。
 彼が囁くと、一拍遅れて男が視線を空へと投げた。そうしてくつりと、喉を鳴らす。笑っているのか。
 炎がゆらりと嵩を増して、風と遊ぶ。
「連レテオイデ」
 甘さを含んだ、優しい声。
 少なくとも彼にはそう聞こえた。
「見届けてやると、いうことか」
「海へ、連レテ行ッテヤロウ」
「……俺をか。それとも、あの人をか」
「連レテオイデ……」
「いいだろう……俺でも、あの人でも、好きにするがいい」
 潮騒がきこえる。

 青空に白い穴があいている。
 直視できないほど強く光を放つ、それは太陽だ。
「過ぎた愛情は、毒になることもあるのね」
 青年の名は、マドカ。彼は母親の束縛に疲れはてている。
 それ故に地縛霊の誘いにのって、母親を殺してしまおうとしているのだ。
 既に2人の仲は、取り持つことが困難なほど捩れていて。
 それでも。
「彼の……地縛霊の存在を、予報しなかったことにはできない」
 それに、と信楽・六花(中学生運命予報士・bn0128)は平素と変わらない表情で訥々と話す。
 マドカの母を殺した彼はまた、マドカをも喰らうだろう。
 マドカが母親を浜近くの雑木林に呼び出すのは、朝焼けの頃。
 傍から見て、見通しの良い広い雑木林である。
 が、早朝ともなれば散歩する人間もほとんどない。
「マドカは毎朝、日が昇る前に散歩に出るのが日課なの。どういう誘いをかけるのかは不明だけれど、その日は彼の母親も一緒にそこへ行くことになる」
 母親は気丈で利己的。
 片親で彼を育てあげたまでは立派な女性。
 けれど、その束縛は度を越して彼の自由を奪っていった。
「雑木林に入って間もなく、件の地縛霊が姿を見せるわ」
 距離は充分に離れている。
 止めることは可能だろう。
 そして地縛霊だが、彼は失った片目から影を生みだし襲いかかってくる。
 彼の半径30メートル内にあるすべての影は彼の支配下に置かれ、また彼の生みだす影と共に襲いかかってくるだろう。
「他、海鳥の群れが浜から迫ってくるわ」
 腐敗寸前のその群れは、脅威となるほどではないがその数に翻弄されることが大いに考えられる。
 おそらく、地縛霊と並べばかなり手強い相手になる。

「マドカに対しては、同じ事を繰り返さないでほしいと……説得、できれば一番ね」
 地縛霊を制することは一筋縄ではいかない。
 しかし説得に関しては、それ以上の困難が伴うだろう。
「それでも。道を拓いてあげてほしい」
 六花はそう言って、頭をさげた。

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参加者
弘瀬・章人(水天彷彿・b09525)
卿爾・輝政(幸せ探しの黒帽子・b24309)
有月・優斗(大根を裁く呪爪・b25449)
ルシア・バークリー(リトルウィッシュ・b28515)
成影・偉純(深海の人魚・b39887)
不動・エクス(戦亙り・b40567)
星・琴菜(夜空に奏でる生命の音色・b60743)
白坂・未邑(ふわふわ呪言士・b65917)



<リプレイ>


 長い閉塞。
 わかったことといえば、どうあってもそこから逃げるすべがないということだけだった。
 そうしていずれ、考えることをやめた。
「……母さん?」
 目的地である砂浜まであとしばらくというところ。
 雑木林に入って間もなく、母が糸でも切れたように倒れた。
(「まだ、海へは距離があるのに……」)
 マドカはぴくりとも動かない母を見下ろし、無表情に目を眇めた。
 ここではまだ殺せない。
 そも彼女を殺すのを見届けてくれるという男も、ここにはいない。
 片目と片腕のない男。彼が雑木林の奥の浜で待っている。
「何してる。立てよ」
 冷えた声が告げ、爪先が母親の頭蓋を蹴りつけようという、その時。
 マドカもまた、暗黒に意識を呑まれた。

「ごめんなさいっ、ちょっとだけ眠っていてくださいっ」
 国道のガードレールから、ふわりと飛び降りてくる者がある。
 音もなく着地し、親子に駆け寄った少女の名は白坂・未邑(ふわふわ呪言士・b65917)。
 親子に悪夢爆弾を放ったのは彼女である。
 未邑は親子の顔色を確認し、大事ないことを見て取ると小さく息をついた。
(「……自分を生んでくれたお母さんを殺そうとするなんて、絶対ダメな事です!」)
 そう思って。
「西の海は、随分と物寂しいのだな。ふらりと向かってしまいそうだ……」
「波音が心地いいものね。朝日が射すと、きっともっと綺麗だわ」
 ふと、そんな会話が聞こえて顔をあげる。
 不動・エクス(戦亙り・b40567)と成影・偉純(深海の人魚・b39887)が、雑木林の奥に広がる仄白い海を眺めていた。
 いや、違う。
 その目は浜に佇む一人の男を捉えていた。
 いつからそこにいたのだろう、表情のない相貌が彼らを見据えて、ひとつ瞬いた。
「海ヘ……連レテ行ッテヤロウ」
「生憎だけれど。行くのは、過ぎた命を持て余している貴方だけ」
「他人の弱みにつけこむような卑劣なこと、絶対にさせません」
 星・琴菜(夜空に奏でる生命の音色・b60743)もまた、白刃を薄い陽光に晒して告げた。
 常の物静かな様子より、ほんの少し凛としている琴菜。
 それははじめての任務に対する意気込み故か、男に対する負けられないという意思表示故か。
 何にせよ、彼女の瞳には迷いがなかった。
 偉純は耳をすませる。
 潮騒がきこえた。彼女が最も心を許せる、水のたゆたう音。
 男がそこへ帰るのは、約束された安らぎ。
 バサバサッ……鳥の、羽ばたき。
 視線をつとあげたルシア・バークリー(リトルウィッシュ・b28515)は、術扇を掌で返して呼吸をひとつ。
 風にあおられ踊る金糸の髪。
 やわらかに輝く白燐奏甲を纏い、空へ向けて言い放つ。
「あなたたちも、この世に縛られていないで、天上に還る時です!」
「さぁて、遠路遥々飛んでお疲れでしょう……ゆるりとお休み下せぇ!」
 目深に帽子をかぶり直して。
 卿爾・輝政(幸せ探しの黒帽子・b24309)は常と変わらぬ笑みを浮かべた。
 飄々としたその様子は、これからはじまる戦いへの過度な緊張感を緩める効果も持ち合わせているようだ。
 空を覆うといえば些か過ぎるが、その海鳥の群れはかなりの規模で彼らに迫っていた。
「……今、楽にしてやる」
 エクスは呟いた。
 腐敗も限界を超えた躯を見やって。
「んー長丁場になりそうだな。まぁ、まずは己のできることからやりますか」
「ああ、そうだな。……さあ、覚悟してくれよ」
 長く伸びた獣爪をためつすがめつ、指を鳴らして数秒間の準備運動をして。
 有月・優斗(大根を裁く呪爪・b25449)は、ふっと息を吐いて呼吸を落とした。
 事前の打ちあわせ通り、自分が相手取るのは男のみ。
 頭上の群れは、仲間たちが綺麗に一掃してくれるだろう。
 同じく男の牽制役である弘瀬・章人(水天彷彿・b09525)も、頭上をちらと見たきり男へ意識を集中していた。
 地を蹴って駆け出す二人。
 間際、章人は未邑が背後に護っている親子をふり返る。
(「人の心は複雑だな……」)
 近ければ近いほど、見失ってしまう。
 そうして見失ったものは、容易なことでは取り戻せない。
 だからこそ、この親子には時間が必要だと。


 影に絡めとられ、地に叩きつけられる。
 その鋭い切っ先が脳天に降りおろされるが、優斗はすんでのところで上半身をよじって避けた。
 拘束が緩んだのは、琴菜がとっさに黒影剣で斬りこんだため。
 続く章人の一撃が、再び集結したその影をどっと穿ち、圧した。
 指先で軽く地を叩き、その反動でぱっと立ちあがった優斗。
 鞠が転がるように地面を跳ねあがり、男の頭上に躍り上がった。
 男の視線だけが、それを捉えた。
「出方が分からないと、なんともやりにくい……なっ」
 ごっ、と鈍い音がして。
 放たれた獣撃拳に男の肩口から血が噴き出した。
 柔らかな肉の感触は、雨に弛んだ泥を叩きつけるようにも似て。
 不確かな感触に、ぞっとしないものを感じる。
 章人が、その隙にも男の懐に沈みこんでいた。
 白刃の先に水流が巻き起こる。
 男の視線が今度は章人を捉える。左の瞳に宿っている光が炎のようで、それがゆらりと嵩を増した。
 途端、潰れた右の瞳から溢れ出す漆黒の影。
 章人は躊躇わなかった。
 影が己を切り裂くのを感じながらも、渾身の力をこめて爆水掌を男の腹へ捻じ込む。
 ぱぁんと、火薬が破裂するような音を立てて両者は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
 章人は頭を庇うようにして転がり、そのまま背中を丸めてくるりと起きあがる。
「……っふぅ。ま、無傷で勝てるとは思ってない、がな」
 見れば、自分と男の血とが掌を染めている。
 「いてて」と小さな声が聞こえて視線をやれば、優斗もまた夥しい血に濡れて頬を拭っていた。
 返り血なのかそうでないのか、こちらも不明だが顔色には血の気がない。
 影が木々の合間をうねり、立ちあがり、空を占める。
「雑魚は引っ込んでろ、ですよ……っ」
 琴菜は間髪入れずに飛びかかっていく。
 襲う影を斬り伏せ、返す手で弾き飛ばす。
 ちらと走った視線は後方の偉純へ向けられ、偉純は即座にその視線を受け取って頷いた。
 相当の距離がある中でのアイコンタクト。
 けれどそれは確かに伝わった。
 紡がれたヒーリングヴォイスは清冽な風を纏って仲間を包み込む。
 深海で生まれる細かでなめらかな気泡に、肌を撫でられるような感覚。
「海へおかえり」
 男を見据える静まり返ったその瞳は、深い海の色。

 木々の合間を縫って輝く、光の十字架。
 その清浄なる光に焼かれた鳥の群れが、弾けて散っていく。
 ルシアはそれを見送り、念動剣に映った白い海と空とに想いを馳せる。
(「……空に帰ってく」)
 海鳥は、数こそ多いが大した脅威ではなく。
 数撃の攻撃で落ちた。
 いずれも地に着く前に霧散し、失せた。
 死したゴーストの魂は空に解放されるものだと考えている彼女は、それを見てほんの少しだけ救われたような気持ちにもなった。
 だから、攻撃の手を緩めない。
 海鳥がまた鳴いて、空で渦巻いた。
 明確な殺意を宿した海鳥の視線が、エクスを捉える。
「……―来い」
 エクスは抜刀し、暴走黒燐弾を放つ。
 反動で浮き上がる腕を押さえ込み、そのまま振り抜いた。
 鴉の濡羽色の光が走り、次いで景気よく爆ぜる。
 群れの隊列が散開し、幾羽かがばらばらと落ちてくる。
 エクスはそれを見送ることなく、背後へ首をひねる。
 自分自身のの影が迫っていた。同じく、刃を手にした漆黒のその姿。
 そこへ割り入る一陣の疾風。
 とっ、とかすかな音が一つ。ざばりと鈍い音がして、影がふたつに裂けた。
 見事な弧を描いてクレセントファングを放ったのは、輝政だ。
「どうしてなかなか。海鳥相手に影に注意を払うのも、厄介なもんですねぇ」
「っはは、すごい。絶妙のタイミングだな。頼りになる」
「よしてくれやぃ不動の旦那。図に乗っちまいまさぁ」
 決して浅くはない擦過傷を体中に負っている輝政。
 背中合わせに呼吸を整えながら、輝政は笑う。
 対するエクスもまた笑みを浮かべ、滲んだ汗ですべった白刃を握りなおした。
 気づけば、つい先ほどまで耳が痛いほどに騒々しかった鳥の羽ばたきと喚き声がやんでいた。
「終わっていたのか。静かだ」
「つい今しがたですぜ。バークリーのお嬢と成影のお嬢の大活躍のおかげでさぁ」
「それこそ褒めても何も出ませんよ。あ、余裕も出てきましたから回復は任せてください」
 くっと拳を握ってみせたのはルシア。
 花咲き乱れる扇のむこうで、はんなりと笑んでみせた。
「未邑が親子を守ってくれているから、こちらも戦いに専念できて楽だわ」
 助けてもらっているのは私たちの方。
 そう言って、偉純は目を細める。
 後方に位置する彼女たちよりもさらに奥、未邑が弓矢を引いて立っていた。
 背後に守るのは二人の親子。
「二人には絶対に、手を出させませんです。だから、地縛霊は任せました、ですっ!」
 小さな体は、めいっぱいの責任感であふれている。
 きゅっととじた口元は明確な意志の表れ。
「確かに。ありがたい」
「お嬢たちがいると、本当に頼もしい。迫ってくる鳥をばったばったと撃ち落として」
「お二人も凄かったですよ。縦横無尽に飛び回って……て、なんだか仲間自慢のノロけあいになってしまいます、ねぇ」
「ふふっ褒められて悪い気はしないけどね」
 偉純が歌うのは、傷ついた仲間を癒すヒーリングヴォイス。
 澄んだ水底から仰ぐ陽光ような、あたたかな音色。
 聞くと不思議とざわついた心が落ち着き、熱を帯びた肌が冷まされるようで。

 首筋を射抜かれ、血を吹き出す男。
 飛び散った血液が砂地に吸われて黒くなる。男は意に介した様子もない。
 次の瞬間にも、どっと空の瞳からあふれ出す漆黒の影。
 波を打って襲うそれを、しなやかな斬り返しで一蹴する琴菜。
 繰り出された黒影剣が、影を打ち破って活路を見出す。
 拓ける視界。
「すべて。人の弱みに付け込んだ報いですよ」
 後方からその空間をすり抜け、男に迫る輝政と章人。
 ゼロ距離から放たれる、クレセントファングと水刃手裏剣。
「気の毒とは思いやすが、貴方には、貴方自身の影のみ連れて、旅立って貰いやす……!」
「貴方もこれで自由だ」
 裂帛の気合いをこめて叩き落とされたその一撃に、男は膝をついて。
 ざらりと、砂と化して風に溶けた。


 死ぬか殺すか。
 さもなくばそうされたいと思っていた。
 気づけば息すら満足できなくなっていた。
「何も言わずに家を出ることも、その歳なら可能だったでしょうや」
 昏々と眠る母を見下ろしマドカ。
 二歩ほど離れた場所にあって、それ以上近寄ろうとはしない。
 マドカは目覚めてのち、己を少し離れた所から窺っていた8人を見てもさほどの動揺を見せなかった。
 起きあがり、日が昇る空を眺めて。
 見知らぬ青年、輝政の言葉に感情の読めない瞳をむけた。
「けれど貴方は、それを選ばなかった。まだ、とり返しはつきやす」
「殺してしまえば、彼女の影に囚われ続ける」
 そうなれば、逃れることなど本当にできない。
 偉純は続ければ、その首がやんわりと傾げられた。
 あいかわらず白い相貌は無表情だ。
「色々と知っているようだな……何故かは、聞かないが。なんにせよ、お前たちには関係のないこと」
「それでも。お母さんは貴方を生みこれまで育ててくれた人。その恩を、こんな形で返すなんて間違ってます」
 お節介だとわかっているけれど、止められるものなら止めたいと願うから。
 琴菜は真摯な気持ちで言葉を選ぶ。
 からっぽの表情をするその青年に、何かが響けばいいと思って。
「それに」
 と、ゆっくりと言葉を選びとるのは章人。
「締めつけを振りほどく力が、その身にはあるはずだ。そうしたいという、強い意志さえあれば」 
 殺して決別するほどの覚悟ができるというなら、その腕から逃れるだけの力があるはずではないかと。
 なにも、「死」を手段として選ぶことなどないはずだと。
 マドカの表情は変わらない。変わらないが、くつりと喉が鳴った。
 笑っているのか。
「意志……笑える、そんなものひとつで世界は変わらない」
 エクスは微かに目を眇めた。
「真に愛されてなければ、干渉される事さえない。それでも?」
「それでも。俺はもう、ひとりになりたい」
 泣きかたも、怒りかたも、忘れてしまった。
 それを辛いとは思わなかった。
「マドカ……私、どうしたのかしら」
「母さん、平気? 貧血かな、抱えて帰ろうかと思ってた」 
「平気よ。この子たちは? 友達……いえ、私の知らない子ね」
「友達じゃない」
「そうよね、マドカは私の知らない子と付き合ったりしないものね」
「そうだね」
「あら……帽子、どこにやったかしら。ああ、あんなところに」
 離れた木陰に転がる白いストローハットを拾いに、ふわふわと歩きだす母。
 母を視線で追うマドカ。
 その背中は風に煽られそうに頼りない。
 見ていた優斗は、ぽつんとこぼした。
「本当は……気づいてるんじゃないのか?」
「何を」
 マドカがふり返ることはない。
 帽子を拾いあげ、笑みをこぼす母を、ただ見ている。
「君の母親がだよ。自分がどうするべきか……きっと分かってる」
 ルシアも頷く。
「親子なんですから」
 一度距離をおいてみるのはどうかと、提案する。
 他人とは違う、親子という絆があるからこそ時間が関係を修復してくれるかもしれないと。
 マドカは背中を向けたまま。
 手招きして笑う母にむかって歩きだす。
 それを追い抜いた未邑が、先に母のもとに辿り着いて。
 息せききって、けれど言葉につまってしまう。
「なぁに、お嬢ちゃん」
「あの……っお兄さんを、愛していますか」
「ええ、私の息子だもの。マドカが私のすべて。彼にも私しか、いないのよ」
「マドカさんの気持ちを、考えてあげてください」
 過ぎる愛情が、マドカさんを追い詰めていることをどうかわかって。
 そう、心の中で続ける。
 母が笑う。
「不思議なことを言う子ね。……ええ、いつも考えているわ。マドカの最良は、私が選び与える」
「彼は貴女の息子だが、所有物ではない」
「私の所有物よ。私が持っているのは、それだけ」
「飛び立つ所を見守るのも、親の愛情ではないの」
「そんな愛情の示し方を、私はしないわ」
「彼は、もう一人でだって十分に歩む事の出来る歳なんだ」
「マドカは私から離れていかない。これからも、ずっと一緒なのよ」
 ふわふわと、夢でも見ているように笑う母。
 傍らまでやってきたマドカがその手をとり、歩き出す。
「帰ろう、母さん」
「はいはい。朝ご飯は、オムライスにしましょうね」
 軽やかに歩きだす母。
 マドカは貼り付けた笑顔でそれを見下ろし、一度だけふり返る。
 氷のように冷えたその瞳が8人を射抜き、それきりふり返らなかった。
 潮騒がきこえる。
 灰色の海に白い太陽が昇り、薄暗かった雑木林に日が射しこんで。
 朝が来る。


マスター:椿 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2009/07/22
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冒険結果:成功!
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