<リプレイ>
●幸せなのはどっち? 海の向こう側、彼方にきらめく街の灯りはとても美しく、この様な場所で告白されれば断るのも難しいのではないか。 そんな風にさえ思えてくる夜の埠頭。 「き、綺麗な景色だろ」 「うん、凄く綺麗……」 一行が現場に到着した時、ベンチの1つには身を寄せ合って座る一組のカップル。既に良いムードが出来上がっている。 「実は……け、けっ……結婚してくれないか」 「え、今……なんて?」 男性の方はプロポーズの真っ最中。 そして幸せ度数が急上昇してゆく2人に反応してか、防波堤付近では青白い燐光がちらつき始めた。 (「……どう考えても恥ずかしすぎる上に大丈夫か」) (「昔、読んだ本の……幸せな風景でも……思い浮かべて演じれば良いのかしら? 兎に角……幸せそうな……風景に……すればいいのよね。……うん」) 多少困惑気味ながら、覚悟を決めてもう一つのベンチへ腰を下ろした氷冴・紫月(聖夜崩落・b63543)と橘・楊(健啖家の白魔の稀人・b71936)。 「冬になっても一緒になって、クリスマスまた二人でこの夜景を見に行こうな」 「……ええ、約束よ」 「ああ、これからもずっと一緒だぜ」 余り演技は得意でない様子の2人、とはいえ初々しい中学生カップルと言った風情で、こちらも幸せそうなオーラを展開し始める。 次第に人の形を為し始めた燐光は、2組のどちらへ狙いを定めるか決めかねている様に、微かに揺らめく――が、やはりリアルカップルのプロポーズの方が、より彼を嫉妬させたのだろう。 一直線に一般人2人へと向かい始めた。 「行きますよ? 準備はいいですね?」 カップルに悪夢を見せる事でその幸せ度数を下げ、その間に戦闘区域から連れだしてしまおうと目論むのはナイトメア適合者である姫宮・心(また無駄な称号変更を・b42378)。 「行動開始、だな」 眠りに落ちたカップルの救助・運搬に当たる雉橋・希平(斜に構えて縦に断つ・b68659)と舞岳・貴乃子(白茸姫・b63893)もその合図に合わせ、全力でカップルの元へ走り出す。 「(間に合う……か?)」 同じく疾走する前衛役の黒瀬・和真(黒のレガリス・b24533)と倉科・こころ(焔の如き希望と共に歩む者・b34138)。 いざとなればその身を盾にする事も厭わない覚悟。 だが、それでも尚――タイミングは紙一重。 「私幸せ……今が人生で一番幸せよ!」 「僕もだよ、このまま死んでも良いくらいさ!」 「私だって、あなたと一緒なら何も怖くない!」 一方カップルは自らに迫る危険を知る由も無く、幸福のピークとも言える瞬間を迎えている。 「じゃあ死ねよ」 「え?」 完全に姿を現わした地縛霊は、その強烈な怨念を隠す事もせず、2人の下へ歩み寄ってゆく。 「少し寒いわ……もう少し、そっちに行っても良い?」 「お、おお、もちろんだぜ! 俺が温めてやるよ」 楊と紫月も、ここに至っては恥ずかしい等と言っている場合ではない。とにかく少しでも、地縛霊の意識を自分達に向けさせなくてはならない。 ぐっと楊の肩を抱き寄せる紫月。清純な中学生男子としては、精一杯の頑張りだろう。 「……」 そんな頑張りが功を奏してか、地縛霊は一瞬その足を止めて中学生カップルの方を見遣る。 「……死ねっ!」 僅かに逡巡はあった様だが、やはり目の前のカップルに向き直って男性に狙いを定める。 万事休す! 最悪の事態が能力者達の脳裏をよぎった。 「!」 だが、振り下ろされかけた男の手がピタリと止まり、再びその視線は能力者達の方へ。 「……あち……おいし」 視線の先には――緊迫した場面に全く不似合いな、月乃・星(永遠の欠食児童かも・b33543)の姿。なんと熱々のおでんをふーふーと吹き冷ましては、美味しそうに食べて居る。 飽食の現代では想像しにくいかも知れないが、学園に入学するまでの彼女の生活は極めて苦しく、常に飢えとの戦いだった。 「やめろ……俺の前で……幸せそうにするなっ……!」 今、食べたい物を自由に食べられる。そんな最高の幸せを満喫している彼女に対し、地縛霊の嫉妬センサーは強く反応している様子。 「え、あ……?」 「夢の世界へおいでませー!」 ――ぼぼんっ! 事情が飲み込めず呆気にとられていたカップルに対し、心の悪夢クラスターが降り注ぐ。 「雉橋殿、あちらに運びましょう!」 貴乃子と希平は速やかにカップルを担ぎ上げると、地縛霊の射程を脱するべく走る。 「これでもう寒くねーだろ?」 「うん……温かいわ」 敵の狙いが能力者側に向きつつあるのを確認し、紫月と楊のペアもダメ押しとばかりの熱演。 「許せない……死ねっ……死んで詫びろぉぉ!!」 激昂した男の叫びと共に、周囲に出現する4体の援護地縛霊達。 「さ、しっかりと倒させてもらいましょうか」 螺旋状の詠唱停止プログラムを拳に纏わせ、男との間合いを詰めるこころ。和真もまた、自らの黒燐蟲達に臨戦態勢の意志を伝える。 嫉妬深き地縛霊との、戦いの幕が切って落とされた。
●馬に蹴られて 「いけっ!」 こころのデモンストランダムと、和真の暴走黒燐弾がゴーストらに襲いかかる。 貴乃子、希平の手によりカップルは安全圏へと離脱しつつあり、能力者達はゴーストに意識を集中する事が出来そうだ。 「俺の邪魔を……邪魔するなっ……」 ――バシュッ!! 男の手からは妬みにどす黒く濁った水鉄砲が撃ち出され、同時に援護ゴーストらが一斉に飛び掛かってくる。 「恥ずかしいことさせやがって……!」 が、怒っているのは地縛霊だけでは無かった。紫月は照れくさい演技を散々させられた分、強大な魔力を凝縮した蒼の魔弾を放つ。 「人の……恋路を……。邪魔する奴は……凍りつけっ」 時を同じくして、楊の呼び起こす氷雪の竜巻。 「ぐわあぁぁぁっ!!」 それらは猛然たる勢いで、地縛霊らを飲み込んで行く。 「……」 食べかけのおでんに蓋をすると、霧の巨人を自らの身体に纏う星。 「出番ですよ! ユメノさん、GO!」 不測の事態に備えて中衛の位置に居た心も、相棒であるナイトメアのユメノを召喚。 能力者らは質・量ともに劣る地縛霊を相手に、盤石の体勢を構築してゆく。
「妬むのは勝手だが、それをぶつけるのは話は別だぜ。てめーが不幸なのは誰かのせいじゃねーよ」 「黙れっ……黙れ! 俺は悪くない……なのにっ……」 「ぶつけるんならオレにぶつけてこいっ。きっちり叩き切って決着をつけてやる」 紫月は「採魂の葬刃」で地縛霊の水撃をいなしながら、幾度目かの蒼の魔弾を放つ。 「雉橋くん、貴乃子ちゃん!」 目の前の地縛霊と対峙しつつ、高速演算プログラムを発動するこころ。視界の隅には、一般人の待避を終えて戦線へ復帰する仲間達の姿。 「雉橋希平、戦闘行動に移行する」 「はあああぁぁぁーっ!」 ゴーグルを掛ける希平と、虎紋をその肌に纏う貴乃子だ。 「心の底から……氷漬けに……してあげる」 「……援護」 援軍を得て更に優位に立つ能力者達。楊と星は一気呵成にザコ地縛霊達を蹴散らしに掛かる。 ――ゴォォッ!! 吹き荒れる竜巻の中心を、青白いビームが貫く。 吹雪が止む頃には、援護地縛霊はその半数が消滅していた。 「憎い……憎いっ……俺はこんなに不幸なのに……なんでお前らは……がふあぁっ!?」 独善的な恨み言を言いつのる男の顔面を、和真の拳が強かに打ち据えた。 「……ま、人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて、って訳でもないけれどもな」 燃え盛る太陽の炎は、突っ伏した男の全身を包んで尚も激しく燃え上がる。 「夢の力をたっぷり乗せて、夢の中から走り出せー。マジカルらんぺーーじ!!」 浮き足だった地縛霊達目掛け、ユメノを疾走させる心。 夢魔は風を巻いて敵中に躍り込むと、それらに痛撃を与えてゆく。文字通りの馬の蹴りである。 「ぐっ……俺の崇高なる復讐を邪魔するなっ……これは正義なんだっ……不幸は等しく与えられるべきなんだよ!」 理解し難い理屈を並べ立てた男は、怨嗟の絶叫を響かせる。 「っ!」 大音声と怨みの波動に、思わず気圧される能力者達。 ――ウガァァァッ! 息も絶え絶えと言った援護地縛霊も、最後の思念を振り絞るようにして能力者達へ襲いかかってくる。 「皆、もう一息だよ」 こころは「Hoffnung Flamme」を振るって敵の攻撃を受け流すと、仲間達を鼓舞。 「白き友よ、汝の活力を彼の者に分け与えたまえ!」 これに続き、癒しの白いキノコを和真へ投じる貴乃子。 「くらえっ」 「目標捕捉。迫撃、実行」 紫月、希平はそれぞれに至近の援護地縛霊へ狙いを定め、とどめの一撃を見舞わんとする。 ――バシィィッ!! 空間を歪ませる程に強大な魔力を篭めた蒼き魔弾が、地縛霊の鳩尾に炸裂。瞬時にその思念を霧散させる。 ――シャッ! 片や、希平の繰り出した鋭利な蹴りは、もう一方の地縛霊の顔面を正確に捉える。 もんどり打って倒れた地縛霊は、地面にしみこむようにしてそのまま掻き消えた。 「くそっ……ふざけやがって……どいつもこいつもっ……幸せそうにしやがってっ……!」 味方は全滅し、残っているのは自分独り。男はジリジリと間合いを詰める能力者達を見回し、ぼそぼそと毒づく。 「とどめ……」 みたび、吹雪を巻き起こす楊。星も無言で頷くと、試作型ゆえの高威力を誇るライトニングヴァイパーを放つ。 「ぐあああっ!! なんで……なんで俺だけがァァァ――!!」 断末魔の叫びと共に、男はついに散滅する。 彼にとっての幸福とは、手の届かない……常に他者にのみ与えられる、特権的な感覚でしか無かったのかも知れない。
●お幸せに 「邪魔するやつは……あ、そうだ。馬に蹴られて死んでしまえ、だ」 希平は今更のように、今回の事件に合致する慣用句を思い出す。 蹴られるべき相手は、既に散った後ではあるが。 「まあ、幸せなことに縁がなかったって……思えば可哀想なことだよね。次は幸せになれるといいね」 静寂を取り戻した桟橋を見回し、こころは男の冥福を祈る。 「幸せか……幸せにも……様々な形が……あるわよね」 楊が視線を向けるのは、ベンチに横たわるカップル。 恐らく、間もなく目を覚ますだろう。 「まあ、お幸せそうなお二人でしたから、このくらいのハプニングは、スパイスとして丁度いいくらいでしょう」 今回の事件が、カップルに悪影響を及ぼす心配はないだろうと考える心。 「……お腹すいた……眠い」 そんなカップルの手を握らせた星は、残りのおでんを平らげる。 普段は就寝している時間と言う事もあって、かなり眠そうだ。 「いろいろすまなかったな」 「いいえ……」 「しかし、まぁ……夜景は綺麗だな。こうゆう夜ってのも悪くねーだろ」 さて、紫月は即席カップル役を務めた楊とまだぎこちない様子でそんなやり取り。 「それにしてもカップルは……抱き合って何が楽しいのでしょう?」 「え? 何がって……それは――」 唐突な貴乃子の質問に、思わず顔を見合わせる2人。 「ああっ、秋となって寒くなってきたので暖め合っているのですか?」 しかし貴乃子は答えを聞くより早く、ぽんと手を打つ。ある意味では正解だろう。 「さぁ、帰ろうか。長居すると僕達が馬に蹴られる羽目になりそうだよ」 カップルが目を覚ます前に。 そんな和真の提案に頷いた一行は、足早に桟橋を後にする。
今後、何組のカップルがこの場所で良いムードになろうとも、それを邪魔する者は現われない。
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参加者:8人
作成日:2010/10/20
得票数:楽しい3
笑える11
ロマンティック1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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