<リプレイ>
● シンイチの自室へやってきた一行。 うめき声を上げている彼の枕元から、悪夢への潜入を果たす。
「えー、なになに?」 「痴漢だってさ、ほらあの男」 「マジで? うわ、根暗でいかにも痴漢っぽい〜」 「違う……誤解だ……こんなの……」 車両の中、シンイチを遠巻きにしながら、あれこれ中傷したり携帯で撮影したり、野次馬によってちょっとした人だかりが出来ている。 「止めとけって、あんたらだって撮られちゃイヤだろうが……」 携帯片手に写真を撮りまくっている連中の前に出て、止めさせようとする二葉・良(時給弐百伍拾伍円也・b02951)。 「はぁ、だってあいつ痴漢男だぜ」 「あ、いや、もし自分なら撮られるのがイイとかいうんならそっちは止めないっスけどね……?」 「俺たちは痴漢なんてしねーし、な」 あれこれとご託を並べる男達だが、さすがに良のお陰で撮影自体は手が止まった。 「つるし上げはだめだよ、どうしたの?」 クリティア・ラスキン(プラグマティック・b26410)はシンイチと乗客達の間に割り込み、事情を尋ねる。 「そいつが痴漢したんだよ」 近くにいた男の1人が、こともなげにそう告げる。 「じゃあ、どんな風に痴漢してたの?」 努めて冷静に、質問を投げかける島宮・火蓮(リトルウィッチ・b01973)。 「いや、その瞬間を見てたわけじゃないから……」 「ああ、もし気づいてたらその時点でそいつぶっ飛ばしてるって」 「お尻を触ってたとかなんとか……」 「じゃあ実際にその現場を見てた第三者は居ないって事?」 「……そりゃ……まぁ」 火蓮の問いかけに自信を持って答えられる者は居ない様子。 「逮捕されたらこの人は社会的に死ぬわ、貴方達が殺すのよ! もし本当に痴漢だったら死んでもいいって思うかもしれないけど……だけどもし違ったらこの人の人生に責任取れるの?」 「いや、でも本人がそいつにされたって言ってるし……なぁ?」 「そうよ! 怖かったでしょうに、勇気を出して告発したこの子が嘘を言う筈無いわ!」 今度は中年女性らが息巻いて、すすり泣いている被害者の女の子を引き合いに主張する。 「シンイチだって、そんな事をする人ではないわ」 うろたえっぱなしのシンイチを庇う様に進み出るのは、御佩刀・まほら(レッドエンプレス・b31076)。 「もし触ったならば彼の手から貴女の洋服の繊維が検出されるはずよ。繊維鑑定してみる? 彼の無実が証明されたら貴女の行為は許されるものではないわ」 「っ……で、でも私……本当に……ひっく……」 まほらの言葉に、びくりと震える少女。 「ちょっとあなた!! 卑劣な痴漢のせいで傷ついてるこの子を脅すの!? そんな女の敵を庇うなんてどうかしてるわ!」 そんな見るからにいたいけな少女を守るべく、ヒステリックな声でまくし立てるおばさん連中。 「はっきり言わなきゃダメですよ。もう良いやって妥協したら社会的に、死」 「うっ……」 圧倒されて黙りっぱなしのシンイチに、ぼそりと発破を掛ける羽空・ひなた(幸せの運び手・b57477)。 「こーいうのって案外誤認が多いんですよね。近くにいる他の人が犯人なのに冤罪着せちゃうとか……しかもやった人は自分が助かる為に誤認を援護するんですよー。何故かやたら話を聞かずに援護とか怪しいですよねー。ですよねー?」 「……え? おい、ちょっと待てよ! 俺がやったとでも言いたいのかよ!!」 たまたまそこに居た男に濡れ衣を着せ替えすひなた。一瞬周囲の視線が集まって、慌てる男。 「……電車の中で騒ぐだけ騒いで、アナタ達はマナーも守れないのですか?」 やれやれと言った様子で立ち上がったのは朝穂・魅臣(ももんが係長・b25314)。 「黙って聞いてれば痴漢だのなんだのって、面白半分興味本位でざわつくのやめてもらいます? 証人がいるのなら警察にでもなんでも突き出して終わりでしょ?」 「……」 「いや、だから見た人が居るとか、痴漢してる時現行犯で捕まえてるから、こうやって決めつけてるんでしょ?」 まさか違うとか言いませんよね? とばかりに尋ねる魅臣。現行犯でない人間を一般人が逮捕する事は、法律的には出来ない。 「そう、彼の罪はまだ確定していませんよ?」 さらに言葉を続けるのは天宮・宗(怠惰にして眠れる蒼龍・b44652)。 いわゆる推定無罪の原則である。 「『疑わしきは罰せず』。彼に容疑が掛かっているからと言って、彼を犯罪者の様に扱う事は許されません」 「ですぅ。第一、立証責任って言うのは訴える側に生じる物ですぅ。シンイチさんが『私はやってない』と言ってる以上、それを覆す証拠を出すのはそっちの責任ってもんですぅ」 少女を容赦なく指さし、言うのは志筑・涼子(残念な子と呼ばないで・bn0055)。 通常、訴える少女の側が「シンイチが犯人であると言う、動かぬ証拠」を提示して初めて、彼の罪を立証出来るとされている。 訴えられた側、つまり防御側が一方的に不利に成らないように一定のバランスが取られているのが日本の司法制度なのだが――。 「証拠って言われても……でも私、本当に……触られたんです……その人に……」 「大丈夫よ、次の駅についたらまず駅員室に連れて行って、警察に来て貰って、その男を連行してもらいましょう。後は警察が警察署の取調室で、じっくり調べてくれるわ! そうしたらその痴漢男も、観念して白状するでしょう」 少女を励ますおばさん。 駅員室に行けば「じゃあ詳しいことは署で」とそのまま警察に逮捕されるケースが多い。 「け、警察で……取り調べ……?」 その言葉におびえを隠せないシンイチ。 実際の取調室にはカツ丼は存在しない。強面の刑事による、執拗な取り調べが待っているばかり。 この取り調べに耐えかねた頃を見計らって「今はとりあえず認めておいて、裁判で無罪を勝ち取ればいい」そんな風に持ちかけられると、つい「やりました」と自白してしまう。そうなると、もはや無罪の証明は至難となる。 痴漢事件では、先に述べたような「動かぬ証拠、物的証拠」はそもそも残りづらく、証言や自白が非常に重要となる為だ。 近年になって、まほらが指摘した様な繊維・指紋・DNA鑑定等の物証もやや重要視され初めてはいるが、鑑定結果が白だから=無罪と言う訳でもなく、「お前が犯人だろう」と言う推定有罪の元で進められる厳しい取り調べに屈してしまう人は多い。 弁護士を雇うのは勿論有効な手だが、高額な依頼料は全て自分持ちになる。大学生のシンイチには、到底そんなお金はない。
● 「ほんとうにそうだったの、どうやってシンイチさんだってわかったの?」 「は、はい……最初は……たまたま手が当たっただけかと――」 「ちょっとあなた! 辛い思いをしたこの子に、その内容を大勢の前で喋らせるつもりなの!?」 「そうよそうよ! 後は警察と裁判所に任せるべきだわ!」 クリティアがもう一度事実確認をしようと少女に話しかけるが、周囲の声に掻き消されてしまう。 確かに、痴漢された事を他人の前で説明するのは、被害者にとってはかなりの精神的苦痛を伴う事は間違い無い。 そのせいで、泣き寝入りしてしまう被害者も非常に多い。 「……警察……裁判……」 しかしシンイチは、絶望的な面持ちで手すりにもたれかかっている。 「あーあ、あいつの人生もう終わりだな」 「バカな奴だ……痴漢なんて」 「マジさいってー」 再び、乗客達の罵声が浴びせられる。 「うっせえな、触ってねえっつってんだろが!」 渡良瀬・燐太郎(父と鍛えたド根性・b44141)の声が響くと、車内は静まりかえる。 「大体そんなきたねえケツ、誰がわざわざ触るもん……もがもがっ」 「こっちが先にキレちゃダメですよぅ!」 激昂しかけた燐太郎の口を塞ぐ涼子。 「はぁ? 誰が汚ぇケツだよ! ……じゃなくて、汚くなんて……ないですっ……ぐすん」 「キャラ崩壊してんじゃねぇか」 しかし激昂したのは燐太郎だけでは無かったようだ。少女も本性を覗かせる。 「とにかく、アタシのお尻に触ったんだから反省して誠意を見せなさいよ誠意を」 「せ、誠意って……?」 「まずは土下座して謝ることと、精神的苦痛に対する慰謝料ね」 「土下座は良いけど、お金が余りなくて……」 「おいおい、ちょっと待てよ! そういう態度で隙を作るのがいけないんだと思うぜ? 毅然とした態度で居れば誤解を招くこともねえだろう」 弱気になって、相手の言うなりになりかけたシンイチを、燐太郎が押し留める。 「これから疑いを掛けられるごとに土下座して金払うのかよ」 「い、いや……それは……」 「うん、自分がやっていないのなら胸を張って居た方がいい。それだけで周りの印象は変わるものだ」 ポンと肩を叩きながらアドバイスする宗。 「……そうだ、ボクはやってません! 誤解です。どなたか、ボクの無実を証言して下さる方はいらっしゃいませんか?」 2人に勇気づけられたシンイチは、周囲を見回してそう尋ねる。そういった証言をしてくれる証人を確保する事も、潔白を証明するために重要な要素だ。 「ちっ……大人しく認めてりゃ良い物を……おまえら、やっちまいな!」 これ以上シンイチを追い詰めることは難しいと判断したのか、ようやく少女達は実力行使に打って出る。
● 「邪魔する奴はガンガガーン!」 ――バキャッ! 「ごはぁっ!?!」 低い(別に身長的な意味ではなく)姿勢から繰り出された火蓮のアッパーが、若い男のあごを正確に打ち抜き、車両の端まで吹き飛ばす。 「そういう悪意はわたし許せないなっ……!」 クリティアはシンイチの前に立ちふさがると、怒りを込めた地獄の叫びを轟かせる。 耳を塞いでのたうち回る乗客達。 「ええ、安易に濡れ衣を着せる女性には同性としても怒りを感じるわ。……慎!」 まほらの声に応えて前へ出るフランケンシュタインの慎。 深紅のオーラが彼の体を包むが早いか、電撃が放たれて周囲の乗客達を捉える。 「静かにしてろとあれほど言ったのに……万死に値する!」 「突撃! 火花で2〜3人まとめてGOGO!」 一方魅臣とひなたは、モーラットの社長とモラさんにそれぞれ指示を出す。 魅臣が地獄の叫びを響かせると共に、モラさんの放つ火花が乗客らを焼いてゆく。 「へ、かえって話が早いぜ!」 「ゲンコツで語れって奴ですぅ」 当たるを幸いとばかりに敵中に飛び込んだ燐太郎は、はかぶさ丸を抜き放つや高速回転し、乗客らを蹴散らしてゆく。 これを辛くも逃れた敵には、涼子のクレセントファングが浴びせられる。 「ちっ、せめてソイツだけでもやっちまえ!」 「おおっ」 シンイチに狙いを定め、数人が襲いかかってくる。 「悪いが、彼に触れる事は罷り通らん」 ――バキッ! 宗の龍尾脚がこれを迎え撃ち、シンイチの窮地を救う。 「くっ……役立たずっ!」 「残念だったっスね」 「っ?! ぎゃああぁっ!!」 良の手から放たれた呪殺符が少女の額に張り付いたかと思うと、次の瞬間には符から解放された怨念の力が彼女を打ち、跡形もなく消し去った。
● 「ちなみにさっきの続きだけど、慌てて弁明すると逆に疑われるので気をつけよう。……ちょっと説教臭かったかな?」 「あぁ、そうだね……ボクは口下手だから気をつけるよ」 宗の助言にそう答えるシンイチ。 気が動転すると、かえって妙な言動や行動をしてしまい、一層怪しまれてしまう物だ。 「ま、要するに気合だ気合!」 「げほっ! ……あ、あぁそうだね」 燐太郎に、バシンと背中から気合いを注入され、咳き込むシンイチ。 「こういう冤罪ってなかなか周りに信じてもらえないからたまったもんじゃないっスよねぇ。……世の中、今回みたいな碌でもない女も居りゃ、フォローしてくれた娘たちみたいにちゃんと分かってくれる人も居るっス。だから、堂々と胸張ってりゃいいと思うっスよ!」 「うん、本当に有り難う。君たちが居なかったら本当にどうなってたか……ボクの人生が終わる所だったよ」 良の言葉に頷きながら、皆へ深々と頭を下げるシンイチ。 「自転車通学とかどーですか? 健康に良いですよ。まー、もっと勇気を持ちましょう」 「自転車かぁ、でも学校まで遠いからなぁ……でもそうだよね。やってないんだから怯える必要はないんだ」 ひなたのアドバイスにも、然りと頷く。 「通学時間を朝早くにずらすのがお勧めよ。今だって満員になる程混んでる訳じゃないけど、座れるくらい空いてる時間帯に、座って本を読んでれば痴漢と疑われる事はないわ。早く着きすぎるのは、優雅にコーヒーでも飲みながら予習してればいいじゃない」 「そうか……確かにそうだね」 火蓮の言う様に、混雑している電車を避けると言うのも有効な自衛手段の一つと言えるだろう。 李下に冠を正さずと言う様に、つり革など、皆の目に見える場所に手を置いておくとか、本を持つとか、疑われにくい姿勢を取るなどの努力は有効だ。 「疑われちゃったりしたら焦ると思うけど、声を荒げたりしちゃ駄目だよ。悪意のない相手なら、相手も怖い思いをしているんだから優しくね」 「ええ、痴漢された子も被害者です。もし、今後見かける様な事があったらその場で助けてあげてください。痛みがわかるアナタなら出来るはず」 「うん、そうだね……そもそも痴漢が無ければ、濡れ衣だって無いんだし」 クリティアと魅臣の意見も、忘れてはならない真理。 今回のようなケースはごくレアであって、実際には被害者(或いはそうだと信じている者)が存在する。そう言った相手に対して、あからさまな対立姿勢や喧嘩腰で臨む事は良い事ではない。 理性的に話し合えば、穏便に誤解を解いて、解決出来る事もあるのだ。 そして何より、卑劣な痴漢犯罪が無ければ、えん罪も生まれない。
「さて、帰りましょうか」 ともかく、シンイチに関しては必要以上に濡れ衣を恐れる事は無くなった筈だ。宗の声に頷き、一同は彼の夢を後にする。 いつかは濡れ衣を着せられる人が、そして痴漢に苦しめられる人が0になる事を祈りつつ、能力者達は凱旋するのだった。
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参加者:8人
作成日:2009/08/05
得票数:楽しい10
カッコいい1
怖すぎ1
知的4
せつない1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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