<リプレイ>
最後の民家の明かりを見て、幾ばくの時が過ぎただろうか。真っ暗な道は、例え懐中電灯という明かりがあると言えども、不安を想起させる。暗闇を割く一筋の光が唯一の頼りだ。 「や、やっぱり、ここは怖いっす……」 「あら? この辺りのことご存知なのですか?」 武藤・旅人(微笑年調伏士・b11445)のやや震えた声に、黄金崎・燐(中学生ヤドリギ使い・b55478)がのんびりとした口調で問いかける。犬鳴峠と言われていたが、九州に詳しくなければそんな地名など聞かない。 「そりゃ、地元が近いっすからね。いや、これおいらが知り合いから聞いた話なんすけど」 旅人が怪談を語る。写真に白い着物の女性が写っていたとか、携帯電話が突然に鳴り出したとか、そういう類の話。 「まぁ、ゴーストが関わっていると分かっているとは言え、気分の良いものではない、か」 「そういうことっす!」 坂上・静馬(後の池上である・b00535)の得心した頷きに、旅人が勢いよく返事する。 「……でも、今回は違う」 「百鬼夜行、のぅ」 シャオ・クロウィン(月夜に謳う小夜啼烏・b47283)が一言それだけを呟いて、彼方・美織(牙蜘蛛・b32807)がその先を続けた。 「百鬼夜行イコール狐の嫁入りか」 どんどん夢が壊れていく。そう、静馬が嘆息する。何でもかんでもこの世の怪異はゴーストが関わっている。理解はしているのだが、たまにその感覚についていけなくなりそうになっていた。 「狐の嫁入りと言えば、天気雨だけどねぇ」 楢芝鳥・俊哉(新人な図書室の主・b20054)が天を仰ぎながら、まったりとした口調で。輝く月と満天の星空から、雨の降る様子は見えない。それでも、そんなときに降る雨のことを、昔から狐の嫁入りと言う。 そのときの雨は、銀の雨を指しているのか。ふと、そんなことを思った。 「それに百鬼夜行が狐の尻尾とはね。伝説の九尾の狐、なんてのも実在してたのかしら?」 在原・丙(されど想う霧の果て・b22722)が面白そうに言った。 どんどんと分かってきた妖狐の実態。 だが。 「狐って言われますと、やっぱり妖狐関連なんだなって思いますね」 不安な表情をのぞかせた燐。知らず、足は止まっていた。 予報士の説明によれば、強敵であるとのこと。それだけではない。妖狐に対する疑念、この事実を伝えた少女への疑問。浮かぶ不安と疑惑はぐるぐると頭を駆け巡る。 「不安?」 澄ました表情のまま野口・すぐり(第一警備保障特務部零課所属・b28325)が尋ねてくる。顔を上げて目を合わせる。 「そうね、罠とかそういう可能性もあるわね」 目つきは冷たいまま。 妖狐たちの手のひらで踊らされているだけなのかもしれない。そう続ける。 そもそも何の目的でこれを教えてきたのか、彼女には皆目見当もつかない。 「それでも、潰しに行くには変わり無いわね。今日もお仕事、と」 くるりとすぐりは燐の眼前から踵を返して進んでいく。 ぎゅっと、モーラットの章姫を知らず抱きかかえていた。 「もきゅ?」 つぶらな瞳を見ていれば、不安も次第に和らいでくる。 足を前に。今、自分にできることは、分かったのだから。 「造り出された亡者に率いられた亡者の行列。なんとも歪なモノよな。しっかりと叩き潰さんとの」 美織の声が暗闇に響いた。
さらに歩くこと半刻ほど。車の通行を禁止するための柵を越えて向かうと、次第に道幅が狭くなってきた。空気もどこか、夏だというにもかかわらず、いやに冷たい。 そろそろか。臨戦態勢を取ったまま、歩を進めていく。 ふと。ぼぅっと白い影が浮かぶ。 ゆらりゆらりと陽炎のようなその姿。伸びる鎖は闇の奥に繋がっている。 「じゃ、坂上、名乗りよろしく」 「……よろしく」 すぐりとシャオが静かに言った。どうにもこの手の事は苦手というか、そもそもやったことがないというか。勝手が分からないので、できるという人間に任せるに限る。 そうこうしている内に、こちらに気付いたのか。ゆらりと姿が薄らいでいく。 「楽しそーにぶらぶらしてんじゃねーか、でもこの先行きたきゃ俺らを倒してからだぜー」 静馬のどこか間延びした声。しかし意味を悟ったのか着物の女の地縛霊、百鬼夜行の輪郭がはっきりとしてくる。すっと、六体の地縛霊が百鬼夜行の前に立つ。 血に塗れた顔にある瞳はただただ無機質。その瞳に映った八人を敵として認識したのか。一斉におどろおどろしい怨念のこもった声を上げた。 それが開戦の合図。 布陣は前衛に静馬、すぐり、シャオ、中衛に章姫、美織、俊哉後衛に旅人、燐、丙。 一足飛びに静馬が地縛霊へと接近する。 「虎の子の一発、受けてみなっ!」 軽く地縛霊へ触れるだけ。何ともないように、嘲笑うかのように、地縛霊はふわふわと体を揺らす。 だが、直後。その体が内側からひしゃげた。 「下っ端は下っ端らしく、さっさと散ることね!」 左方より拳に剣状のものが突き出した武器が迫る。獣の闘気を纏ったその一撃は地縛霊に深々と突き刺さり、いっそう体が捻じ曲がる。 「……散れ」 容赦のないほどの連撃。シャオが繰り出した三度の回転撃で、成す術もなく一瞬の内に地縛霊が霧散した。 集中攻撃が功を奏した。瞬く間に一体を葬り去ったこの瞬間こそが好機。 完全に機先を制していたのは能力者たち。攻撃に次ぐ攻撃を繰り返して繋げていく。 「一体ずつ確実にっす!」 一体を狙い、旅人がパラライズファンガスを放った。体の自由を奪う胞子が地縛霊へと襲い掛かる。 結果は、不発。狙った敵の様子に変化はない。 「さぁ、大人しくなさいな」 丙の放った不可思議な霧が周囲に立ち込める。不発に終わることが多い技ではあるが、敵の数も多く一体が捕らえられる。 「槍、撃ちます!」 それでも、攻撃の手を休める必要はない。 燐の掲げた左手の空間に植物が互いに絡み合い巨大な槍を模る。その質量そのままを地縛霊へと叩き付ける。 「妾も負けてはおれんの」 同じ位置に、美織の暴走黒燐弾が炸裂する。弾けた黒燐蟲が地縛霊たちを食らい尽くさんと群がった。 「根源たる炎、役割は剣、貫きて発火、爆ぜろ炎弾!」 詠唱。直後、俊哉の眼前に魔方陣が展開される。高エネルギーの魔力は収束し、煉獄の炎と化す。直進し焼き尽くさんと進むが、地縛霊の防御が間に合ったのか傷は浅い。 一気呵成に攻める八人。だが、地縛霊もただの置物ではない。反撃を始める。 『アァアァァァアアアアアア!!!!』 耳を劈くような金切り声が周囲に響き渡った。上げる声は意味を成さない。それでも、刹那という単位で命を持っていかれそうな浮遊感に包まれる。 「ぐっ……!?」 前衛の三人と中衛に立つ二人と一匹から呻き声が漏れる。 敵の攻撃に中衛と前衛の区別などないに等しかった。後衛まで百鬼夜行の攻撃は及んでいないのがせめてもの救いか。広範囲に及ぶ攻撃を確実に避けるのならば、射程の外にいるのが一番だ。 まだ戦闘を続けるには余裕がある。しかし、今度は前に立つ地縛霊四体が一斉に呪詛を呟き始めた。不可視の言霊が全員の生命力を奪っていく。 「うっ……」 美織と俊哉が息を荒くして膝を付く。 百鬼夜行を含めた五度もの攻撃に晒された前衛と中衛の損耗は激しい。体力が著しく高い前衛の三人は、サポートの回復もあってまだ余裕がある。しかし、中衛の面々はそういうわけにもいかなかった。後一歩で満身創痍に近い。もし魔触の霧にかかったままの個体がいなかったら、かなり危なかっただろう。 さらに、前にいる地縛霊の攻撃全てが、後衛まで届いてしまっていた。 傷ついた敵を優先して狙える、すなわち、どんな敵でも狙えるように。それが不味かったのかもしれない。こちらの攻撃が敵全員に届くようにするには、敵全員の攻撃範囲から逃れられないことを意味している。 中衛、後衛、共に回復に手を回さないと不味いが、そう簡単に回復もできない。下手に回復すると、敵の毒を浴びてしまう可能性がある。 最低限の回復、そして可能な限り素早く数を減らすこと。それが課題になる。 「俺も回復に回る……!」 静馬が治癒符で燐の傷を癒す。章姫も美織の傷口をなめ、旅人が俊哉へヒーリングファンガスを放つ。 「さっさと消えな!」 「……抉れ、爪牙」 前衛に立つすぐりとシャオが即座に敵を叩き潰すべく、同時に獣撃拳を叩き込む。的確に防御の隙間を縫って一撃を与えていたが、致命的に達するまでは後の一撃が足りなかった。 厄介なことこの上ない。 初撃は機先を制した上に強力な連撃を叩き込めたから即座に一体を屠れたが、二度目はそうはいかなかった。 お返しとばかりに、金切り声と呪詛が周囲に響き渡った。 「う、くっ……章姫、次はこっちを回復……」 次第に火力に手を回すより、回復に手を回し続けないとならないような後手後手の状況が続く。何とか削るも範囲攻撃は敵が怨念によってどんどんと傷を癒していくために、確実な効果が出ているとは言い難い。 それでも勝機がゼロになったわけではない。 「もっと、大人しくしてなさいな!」 丙の魔触の霧の効果が何とか敵の猛攻を押し留めていた。 「はぁ、はぁ……効いてなくても続けるだけじゃ」 美織の暴走黒燐弾が敵の一角を抉る。 「深淵に潜むもの、役割は奪取、蔓延せよ吸血蝙蝠!」 ざぁと黒雲が地縛霊たちを包む。全てが敵を捕らえられたとは言えないが、体に戻ってくる生命力はわずかでも敵に打撃を与えられた証。 範囲攻撃も効果が出ていないとは言え、全くの無意味ではない。敵が回復せざるを得ない状況を作りこんだ。攻撃の手が一瞬だけ完全に止む。 その機を逃す理由などない。 再度、果敢に攻撃を繰り出す。 呪いの符で敵の生命をそぎ落とし、獣撃拳で抉り、植物の巨槍が敵を貫き、黒の蟲が蹂躙し、炎が焼き尽くしていく。 猛攻の末に二体を葬る。これで前に立つ地縛霊の残りは三体。その内の一体は、まだ魔触の霧の効果が顕在である。 だが、回復しきっていた敵が攻撃を仕掛けてくる。 「章姫、後は……お願い」 さすがに、傷の深くなってきた燐と美織の二人の膝が折れると、その場にうずくまって動けなくなってしまう。 「あぁ、治癒が間に合わないっす!」 ひたすら、ヒーリングファンガスで癒し続けていた旅人だが、他人だけでなく自分も同じく危機に陥りかけたので自分を回復せざるを得なかった。サポートが二人いるとは言え、回復手段が少ないのが辛い。一撃一撃は重くないが、一気にダメージの重なる敵の攻撃が厄介極まりない。 それでも、火力面は能力者たちとて劣らない。三度目の正直と放った全員の攻撃は、男性型の地縛霊を瞬く間に残り一体へと減らした。 これで百鬼夜行への道は開かれた。 「今だっ!」 静馬が百鬼夜行へと駆ける。敵に逃げる気があるかどうかは分からない。しかし、逃げられたら不味い。 ふと、何かを誘うような声が耳に響いた。 意識が朦朧とする。敵と味方の境界が曖昧になる感覚。治癒符を取り出しかけて、しかし頭を振り、それを拒む。 魅了から回復した静馬は一瞬の内に、百鬼夜行の背後へと回りこむ。 「餞別だ、受け取れ!」 同時に地を踏みしめる。瞬間、衝撃波が百鬼夜行を弾き飛ばした。 勢いよく滑る百鬼夜行。それが止まった時、敵は薄気味悪い笑みを浮かべた。大した傷ではないからか。その場で金切り声を上げようとしたところ。 「―――ようやく手が出せるわ。手間かけさせるわね、この女」 「……そろそろ終幕」 背後からの声。立て続けに二回もの獣撃拳が百鬼夜行を貫いた。 後ろには、呼吸を整え力を存分に体へ巡らせたすぐりとシャオの姿。 どこか慌てたように、周囲を見渡す百鬼夜行。 「仲間をお探しですか? もう遅いかな」 声を上げた俊哉の目の前からは熱気が放たれている。直線的に続くその熱気はとある点、地縛霊がいたであろう点に終着していた。それは炎の魔弾の軌跡。 すでに地縛霊の姿は百鬼夜行ただ一体のみ。 全力を込めた二撃の獣撃拳を受けて倒れぬ百鬼夜行の力は侮れない。 だが、いかな強敵と言えども七対一などという状況を覆すことなど不可能。能力者たちの連撃の前に、力なく霧散するのみだった。
一息を吐いて、全員が武器を下ろす。すでに脅威は去った。 シャオに手を貸してもらい、美織と燐が立ち上がる。傷は深いが、何とか動く事はできそうだった。 「申し訳ありません……最後までお役に立てなくて」 「気にすることないっすよ。酷い怪我もなくてよかったっす!」 途中で戦闘の続行が不可能なほどの傷を負った燐が謝るが、旅人はそれに笑顔で答える。重い傷を負わなかったのだから、それで充分だ。 「わずかにこれだけで、この力。すでに成ってしまった狐の尾とやらは、いったいどれほどのものか……の」 美織がすでに消えた百鬼夜行のいた跡を見て呟く。敵の数は七体だけ。にも関わらず、これほどの苦戦を強いられた。本当の百鬼夜行では、それこそ百のゴースト、凶悪な物は千や万と言った単位になると。もし、ここで断てていなかったと思うとぞっとする。 「人造、ゴーストですか。彼らも悲しい存在ですね……」 生まれても結局は、狐の尾にされてしまう。そもそもゴースト自体が悲劇の塊に過ぎない。 人造。ぽつりと燐は再び、その単語だけを呟く。百鬼夜行も、普通の地縛霊もどちらも変わらないのではないだろうか。悲劇が起きるのは、常に人の存在があるのだから。ならば、それも人によって造られた。暴論かもしれないが、そう思ってしまった。ただどちらにせよ、あるべき存在でないことだけは確かで。 「それにしても。ほんと、こういう手合いが相手に受身は面倒この上ないわ」 イグニッションを解除して、溜め息混じりにすぐりが言葉を紡ぐ。力を蓄えようとするのを阻止する。ひたすら後手に回る戦いだ。 もっとも、潰し続ければ動きを見せてはくれるだろう。尻尾を掴むのはそのときで良い。 「とにかく、早くこんな所からは帰るっす。ここに居続けるのは嫌っすから」 旅人の発言に七人の笑い声が響く。 百鬼夜行の一体を倒した。今は、それだけでも十分な収穫であるに違いないのだ。
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参加者:8人
作成日:2009/08/13
得票数:楽しい2
カッコいい14
知的1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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