<リプレイ>
●水中遊戯 燦々と輝く太陽が、世界を紺碧に染めている。強い陽射しに照らされて生まれ消えていく煌きが、波が穏やかである証。小笠原諸島の海原は、茹だるような暑さの中にも静かな涼を湛えながら、訪れる者たちを優しく包み込んでいた。 さざなみが蝉や鳥の鳴き声と重なり合い、妙なるハーモニーとなって耳朶を叩く。海水に身を浸せば冷たい感触が体中を駆け巡り、更に深く潜り行けば優しい暖が包んでくれた。 視界を、進路を何にも遮られる事もなく、最低限の装備を身につけて潜水した皆川・霞彗(星霜の軌跡・b00475)と春宮・静音(バトルマニアガール・bn0097)。彼女たちはどんどん深度を下げて海底へと辿り着き……広がる光景に、心を奪われた。 (「……すごいなぁ」) 銀の色に縦縞に、薄い茶色に白い色。大地に根付き広がるサンゴ礁に優しく抱かれながら、魚たちは警戒する様子も見せず日々の営みを続けている。 (「綺麗だなぁ……?」) 呆然と眺めていた霞彗は肩を叩かれて、首を傾げながら振り返る。微笑みを浮かべる静音に促され、視線を横へと差し向けた。 (「……うわぁ」) 縦縞の魚たちが群を成し、統率者もいないのに動きを同調させてサンゴ礁の間を泳いでいる。他の魚たちも縞々の行進を邪魔せぬよう、進んで道を開けていた。 ……しばしの後、縞々の大群が二人の下へと辿り着く。 「……」 「……」 二人は頷き合った後、体の力を抜いた。行進の邪魔にならないよう、海底から脱出するために。 海上に顔を出したなら、呼吸を行い再び潜る。繰り返した後ゴムボートまで泳いで戻り、短く報告を行なった。ならば、トウヤ・クルドハイド(時間の従者・b37331)と律秘・灰(星を謳う約束・b52113)、灰のモーラットピュアのひーくんとバトンタッチ。今度は彼らが、海に潜る時間となる。 ぎこちない泳法で、トウヤに遅れて海底へと辿り着いた灰。彼女は大地に広がる赤に緑……青ではない色たちを視界に納め、優しく瞳を細めていく。 (「……へぇ」) 自然にしかありえない鮮やかな色彩に、営みを続ける魚や蛸にイソギンチャク。水底を、海洋生物を眺めていた灰は、小さな蟹の姿を発見した折に思わず息を洩らした。彼女はそのまま、息継ぎのために浮き上がっていく。 一方、トウヤは未だ海底に留まり続け、岩の隙間から顔を出したウツボの行動を見守っていた。 黒褐色の斑模様が、碧の中を進み岩から岩へ、サンゴ礁へと潜り込む。丸い瞳で辺りをうかがい、静かに、静かに魚の群へと近づいていく。 しかし、不意に魚たちが弾けるように逃げ出してしまった。故にか、ウツボもまた身を翻し、岩の間へと消えていく。 (「……っと」) 息を少しだけ洩らした後、トウヤは浮上を開始した。近づく光に目を細め、そっと口の端を持ち上げながら……。
潜るにつれて、海の色はその濃さを増していく。蒼から青へ、青から藍へ。気付かぬうちにグラデーションの狭間に居た如月・芙月(中学生符術士・b01111)は、ふと思い立って身を翻した。 細かに揺れ動く水面の向こうに、白く輝く点が穿たれている。 太陽は水に程よく濾過されて、芙月の瞳を優しく包み込んでいた。 (「……暖かい……それに、綺麗……」) ボーイッシュな顔立ちとは裏腹に、豊満に育った女性らしい身体つき。惜しげもなく晒す白いビキニが、かすかな光を受けて輝いている。水に逆らう事もせず、ただ身を委ねている姿は、人魚のお姉さんという風に映るだろうか。 麻生・流華(風雪の囁き・b51834)はそんな芙月を視界に捕らえ、一時探索を中断した。溜息を吐く事はできないから、代わりに心の中で嘆息する。 (「……忘れてもいい、見れば思い出すから……ですか……」) 目を閉じれば泳ぎ回る魚たちが、遥かな年月を越えてきたサンゴ礁の姿が浮かんでくる。瞳を開けば漂う芙月の口の端が、小さく持ち上げられている事に気がついた。 (「……本当に、任務を忘れてしまいそうです……」) 顔を逸らし、もう少しだけ下に潜っていく。久方ぶりの来訪者に魚が散り、代わりに海底に住まう貝の姿が見えた。 流華は手を伸ばし、貝の欠片を拾い上げる。 (「……綺麗なピンク色……?」) 不意に肩を叩かれて、彼女は静かに振り向いた。緋山・政敏(ぐーたら・b41956)が上を指し示し、先に浮上していくのが眼に映る。 気付けばもう、芙月の姿は無い。流華は頷き、二人に従った。 水面に顔を出して呼吸を整えた後、三人はきょろきょろと周囲に視線をめぐらせる。いち早くアルテア・マッコイ(商会の看板娘・b25367)の姿を発見した政敏は、自分のこめかみを強く押さえだした。 豊満に育った肉体をこれでもかというほど見せ付ける、大胆で攻撃的な水着を着たアルテア。浮き輪に乗ってぷかぷかし、トロピカルジュースから伸びたストローに優雅に口をつけながら空を眺める姿は、リゾートを楽しむ背伸びをしたお嬢さんのように映る。 芙月は静かに笑っていた。流華は毒気が抜かれたように肩をそっと下げていく。 「……まあ、今のところは何もないんだろうな」 「はいっ。ちゃんとお役目、果たしてるデスよ?」 嘆息混じりな政敏の問いかけに、アルテアはVサインで返している。サングラスの向こう側では、ニコニコと笑っているのだろう。 政敏は瞳を細めながら更に近づいて、アルテアのサングラスを取り上げた。 「悪いが、遠くまで見え辛くなるからな。手旗でやり取りする以上、せめてこれだけは外してくれ」 「……えへへ、了解デス」 アルテアは悪びれた様子も無く笑いながらサングラスを受け取って、荷物ケースに収めていく。 再び溜息を吐いた政敏は、微笑みを湛えている芙月と悩む様子を見せている流華を引き連れて、海原への潜水を再開した。 残されたアルテアは太陽に背を向けて、再び空を眺めていく。 雲一つない空は、水平線の彼方まで澄み渡っていた。
小瀬路・悠斗(ジェフティ・b34591)はファインダーに魚の群を捉えながら、静かにカメラのスイッチを押していく。小さなシャッター音が響き渡り、みんなの水着姿を写し、泳いでいる姿を写し、海の風景を写したカメラにまた一つ、思い出が蓄積された。 (「……次は……」) 彼はカメラを構えたまま、体を動かし視線を移す。共に泳いでいる十衛・慧託(吹雪の巫者・b25642)と目が合ったため、半ば反射的にスイッチを押していた。 憂いを帯びた表情が、データとして残される。 (「……ゆっくり眺めてもいいのかなぁ」) 地上ならば溜息を吐いていたであろう表情で、慧託は悠斗から視線を外していく。海底が坂になり、少しずつ上昇している事に気がついたから、一旦海面近くへと浮上する。 高みから眺めても、変わらず魚たちは日々の営みを続けていた。海底を動き回る蟹たちは見えないけれど、細かに散る砂がその存在を教えてくれる。人の手が入らない、人の手など要らない自然がそこには合って……呼吸のため海面に顔を出した慧託は、大きな溜息を吐き出した。 やがて、交代の時間がやってくる。悠斗はカメラのメモリーを交換し、慧託は手旗を握り締めながら、末広・衛(朱翼の雀・b06093)と白銀・永琳(中学生月のエアライダー・b26513)を送り出した。 (「どろりがかかってるんだ……負けられない!」) 衛を置いていく勢いで、永琳は海中を進んでいく。蟹妖獣をいち早く発見して、静音との勝負に勝つために。(アルテアにも挑んだが、彼女は海に潜らないため成立しなかった次第である) 永琳の視界を支配する青が藍へと変わり、すれ違う魚たちは各々別の方向へと進んでいく。海底に辿り着きブレーキをかけた際には砂が舞い、魚たちに来訪者の存在を教えていた。 彼はなおも忙しなく、視線を周囲に向けていく。 魚たちが泳いでいる姿が見えた。イソギンチャクが触手をゆらゆらと揺らめかせている姿が瞳に映る。ウツボが小魚を大きな口に収めていく光景が視界に映り、その端で赤く硬質な物質が輝いた。 (「……赤? ……なんだ、岩か」) 見間違いをして落胆している永琳に、衛がやっとの事で追いついた。彼は視線だけで探した場所を問いかけて、答えを得てから別方向へと泳ぎだす。 サンゴ礁が、合間を縫うように泳ぎ回る魚たちが、陽射しに照らされて輝きながら日々の暮らしをこなしていた。地面に埋もれる貝殻も、瞳に優しいほどの光を放っていくれている。 (「……しかし」) 衛は視線を永琳に、遥か上方のゴムボートに移した後、静かに肩を落として苦笑い。 (「ひがむわけじゃないっすけど、ちょっと色がないよねっ」) 他の二班は偶然にもハーレム状態。思うところがあるのも当然のだろうか。 (「……ま、でも、綺麗だからいっか……」) 姿勢を変え、再び視線を海中へと向けていく。瞳を優しく細め、再び水を掻き分け泳ぎだした。
しばらくして、A班から蟹妖獣発見の報が届いた。他の者たちは遊泳を……もとい探索を打ち切り、集結する。
●決戦! 浜辺の巨大蟹!! 真夏の陽射しを浴びて、焼けるような熱を抱いた白い砂。浜風が吹き寄せても冷める事のない、陽炎ゆらめく砂浜で佇み待つ彼らは、最初に灰の姿を視界に捉えた。続いて霞彗、静音、トウヤが顔を出し、各々水面が膝丈辺りになったところでイグニッションの声を響かせる。 刹那、大きな波を生み出しながら、巨大蟹が姿を現した。巨大蟹は濡れた砂を蹴り、トウヤの後を負っている。 「それじゃ、本格的な蟹退治といくかね」 最後に合流したトウヤが、静かに力を高めていく。頬に虎の紋様が刻まれた。 「うっわー、改めてみても、やっぱ三メートルを食べるのはちょっと嫌かも」 ぐろてすくーと呟きながら、灰は巨大蟹の足元に茨を発生させていく。 茨は引き千切られてしまったものの、きばってこーい! と送り出したひーくんが、火花で巨大蟹の表面を焼いてくれていた。 熱さか、はたまたちょっかいを出された怒りか、巨大蟹ははさみを大きく振り上げて、振り下ろす。 アルテアは足元に飛び込み、後ろへ抜ける事で何とか避けた。 砂浜に、巨大なクレーターが刻まれる。 けれど、怪我人はいない。 芙月が仲間たちの合間を走り回りながら、次々と白燐奏甲を施していく。次に施す対象、永琳は、巨大蟹の後ろにいた。 「……色々と、ぶつけさせてもらいます!」 冷たく目を細めていた流華が発生させた上昇気流が、巨大蟹の体を浮かばせる。動けぬ相手の横を芙月は抜け、無事白燐の加護を与えていた。 さなか、悠斗の放った雷光が、巨大蟹の左はさみを焦がしていく。香ばしい匂いを漂わせながら、巨大蟹は無茶苦茶に暴れだした。 「決めろよ!」 暴れたため無防備になった腹部に、政敏は紅蓮の退魔刀を打ち込み燃え上がらせる。 巨大蟹の瞳が彼へと向けられたタイミングで、遥かな風を纏う静音が横合いから、更なる暴風と共に突撃した。 燃え盛る巨大蟹は大きくバランスを崩し、右のはさみを砂浜に突き刺していく。けれど次の刹那には風も、炎も振り払い、砂を擦りながら右のはさみを振り上げた。 体を仰け反らせた静音の前に、綺麗な弧が描かれる。巨大蟹がバランスを取り戻す頃、チューブトップが真ん中から二つに分かれて……。 「きゃあっ!?」 「だ、大丈夫ですか?」 ……胸が小さいためか、弾け飛ばずに済んだのは幸いだっただろうか。 顔を真っ赤にして胸を隠した静音に、霞彗が治癒の符を投げつける。符は傷付いた防具を修復し、戦いに挑める姿に戻してくれた。 「……できるだけ、足を止めさせた方が良さそうですね」 「いくよっ、はあぁっ!」 巨大蟹の頭にキノコを生やさせた慧託。彼の言葉に頷いた衛の放った炎の砲弾は、巨大蟹の目と目の間にぶつかり、その巨体を包み込む。動く事もできずない巨大蟹は、口から泡を吹き出した。 「思いっきりやるデスよ!」 燃え盛る炎にも怯まず、アルテアはアッパーカットをぶちかまし、背中に亀裂を発生させる。 「……タイミング、合わせて行くよ!」 永琳が音頭を取り、巨大蟹のお腹に三発の弾丸を撃ち込んだ。ひびが入り、砕けた殻が白い砂に溶けていく。 悠斗の放つ雷弾がひびの間に入り込み、柔らかい中身を焼いていた。灰が生み出した茨が巨体を締め付け軋ませる中、慧託の貼り付けさせた氷を溶かすように、ひーくんが火花を走らせる。ひびに沿って霞彗が切り開いた腹部には顔を真っ赤に染めた静音が膝を、流華の上昇気流に浮かばせられてバランスを崩した所にアルテアがつま先を打ち込んで、前後から逃れられない衝撃を与えていた。白燐蟲を施し退く芙月の目の前で政敏は、紅蓮の刀を振り下ろし、衛の砲弾と共に更なる火力を注ぎ足した。 巨大蟹の腹部に再び十字が刻まれて、永琳の放った弾丸が四発、体内に吸い込まれて消えていく。受身も取れず仰向けに倒れていく巨大蟹に、トウヤが凍てつく槍で噛み付いた。 炎に巻かれながら凍りついた巨大蟹は大きな音を立てて砕け散り、虚空へと消えていく。後には巨大蟹の砂型と、静寂だけが残された……。
「……やっぱり、蟹は普通サイズをがっつり食べたいな……はともかく、折角の海だよ! 遊ぼう! 騒ごう! 楽しんじゃお!!」 「今度こそ、思いっきり遊ぶのデス!」 イグニッションを解いてしばしの時が立った後、まだまだ太陽が輝く時間帯。 灰が元気よく駆け出して、アルテアも弾んだ調子で静音を連れて遥かな海原へと飛び込んでいく。 しばらくの間静音を羨望の眼差しで見上げていた芙月は振り向いて、残る者たちを手招きした。トウヤと衛が誘いに乗り、共に波打ち寄せる砂浜を走り出す。 一方、流華はのんびり波打ち際を歩いていた。慧託もまた表情を緩ませて、広がる海を、水平線の彼方を眺めている。 そんな元気の良い面々とは裏腹に、疲れた様子で座り込んだ霞彗。彼女は手に冷気を感じて顔を上げていく。 「……元気だよな」 霞彗は、はしゃぎまわる仲間たちを遠い眼で眺めている政敏から飲み物を受け取り、口をつける。 心地よい涼が、喉を潜り抜けた。 「……どろりは……一気飲みには向かないよね」 続いてバツゲームを果たした永琳が口直しに、政敏から飲み物を受け取り飲み干して、礼を述べた後遅れて海原へと駆けて行く。 ――そんな光景を、悠斗がカメラに収めていた。 遥かな海に身を委ね、浅瀬で水しぶきを上げてはしゃぎ回り、波打ち際を静かに歩き、仲間たちを見守って過ごしている。 何か足りない事に首かしげ、はたと気がつきカメラを平らな岩に載せていく。タイマーをセットした後、自分もその光景に潜り込んだ。 燦々と輝く夏の太陽を浴びながら、生きとし生けるものを暖かく抱いてくれる母なる海原に見守られて遊びまわる銀誓館学園生徒たち。 軽妙な音が鳴り響き、思い出がまた一つ、刻まれた――。
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参加者:11人
作成日:2009/08/19
得票数:楽しい15
笑える1
怖すぎ2
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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